流離う翼たち
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アスランはおもいきって問い掛けてみた。
「あの、もしかして、ラクスって料理が下手なのですか?」
その問いに、シーゲルはとても悲しそうな目でアスランに答えた。
「まあ、食べてみれば分かる。すぐにな」
その答えに、アスランはこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。だが、その思いを踏み躙るかのようにラクスが現れた。両手でシチューの入った鍋を抱えて。
「今用意できますから、楽しみにしててくださいね、アスラン」
「・・・・・・はい、楽しみにしてます」
花のような可憐な笑顔を見せるラクスに、アスランは逃げ出す気力を奪われてしまったのだった。そして目の前に料理が並べられていく。見た目は問題無い。臭いも悪くは無い。ならば味も問題無いのではないだろうかと、アスランは淡い期待を抱いた。
そして、ラクスがテーブルについてにこやかにアスランを見た。
「さあ、召し上がれ」
「は、はい」
アスランはスプーンを手にシチューを一匙すくい、口に運んだ。そして、その凄まじい味わいに意識が飛びかけた。最悪の予想の斜め上をいかれたとでも言うか、まずい! などという生易しいレベルではない。もはやそんなレベルを通り越して口の中が溶かされていく感覚さえある。
だが、アスランは脅威的な努力と精神力でこれを飲み下した。
「どうですか、アスラン?」
期待と不安を目で力一杯表現しながら問い掛けてくるラクスに、アスランは渾身の努力で笑顔を浮かべて答えた。
「え、ええと、独創的な味ですね」
「そうですか、本の通りに作ったのですが?」
ラクスは首を捻って自作を味わい、次の瞬間には顔色を変えて水を口に含んだ。そしてすまなそうにアスランを見る。
「す、すいませんアスラン、まさかここまで酷い出来だったなんてっ」
「いえ、気にしないで下さい。食べれないわけではないですから」
アスランは笑いながらこの殺人的なシチューを平らげていく。恐るべき精神力だ。その姿にラクスは感激し、シーゲルはなにやら物凄いものを見ているような眼差しでアスランを見ていたのはいうまでも無い。
この後、クライン邸から帰ってきたアスランは倒れてしまい、内臓に酷い負担があると診断された状態で地球に向う船に乗り込んだ。同行するディアッカ、ニコル、ミゲルは憔悴しきってボロボロになったアスランの姿に驚愕したという。
後で判明したことだが、この時アスランが被った被害は、ナチュラルであれば死に至っても不思議ではないほどのものであったという。この時ばかりはアスランはコーディネイターという我が身に感謝したのだった。
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トリポリに近づいたアークエンジェルは、そこで驚くべき通信を傍受した。友軍の勢力圏が近づいたおかげで通信が繋がったのだが、ヨーロッパの軍が補給部隊を送ってくれると言ってきたのだ。合流ポイントはアークエンジェルが当面の目的地としているトリポリにほど近い場所だ。そこで艦を降ろし、補給部隊を待つ事になるのだ。
マリュ−は嬉しそうにCICにいるナタルを見た。
「どうやら、ヨーロッパの友軍は私達を受け入れてくれるみたいね」
「はい、見捨てられたのではと心配していましたが」
ナタルの顔にも珍しく笑顔が浮かんでいる。この辺りには有力な敵軍がいない事はフラガとキースが航空偵察で確認している。トリポリの町は戦闘で破壊されており、今では廃墟同然だ。
アークエンジェルは指定された海岸線で身を隠しやすい場所を探すと、そこに艦を下ろした。そして上に迷彩ネットを張り巡らせる。その作業を監督しながらフラガとマリュ−はこれからどうするかを話し合っていた。
「どうだい、戦闘も無さそうだし、半舷休息にしちゃ?」
「ですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だって。俺とキースが交代で戦闘待機してるから、偵察部隊ぐらいは追い払ってやるよ」
2機のスカイグラスパーは緊急発進出来る状態にされている。2人の腕なら偵察機どころかジンの1機くらいでも蹴散らしてしまうだろう。確かに余り気にする必要は無いのかもしれなかった。
そう考えると、マリュ−もフラガの提案に魅力を感じずにはいられなかった。やはり、連日の戦闘で疲れている事も確かだからだ。
「分かりました。交代で自由にしましょう。幸い地中海の海岸ですし、泳ぎたい者もいるでしょうから」
「おお、話が分かるねえ」
マリュ−の返事にフラガは大喜びだった。それを聞いてマリュ−は僅かに眉を顰めた。もしかしてこの人、自分が遊びたかっただけなんじゃないかしら? という疑念が湧いたのだ。
半舷休息が伝えられたクルー達は大喜びだった。急いで何処からとも無く水着を持ち出す者。その水着を貸してくれとせがむ者。つり竿を取り出して来る者など、なんで戦艦にそんな物があるんだよと言いたくなるような物を持ち出してきている。
当然キラ達もこの命令には歓喜していた。久しぶりに遊び倒せるのだ。だが、今の彼らは素直に喜べない現実もあった。キラとフレイがどういう訳か付き合い出した為に、一方的に振られる事になったサイとの摩擦が生じているのだ。自然とカズィ、ミリアリアもキラとフレイから距離を取ることとなり、トールだけが両者の間に立っているという状態である。今もキラとフレイ、サイとカズィとトールとミリアリアという境界線が存在するのである。
だが、そんな6人に、この空気を全く気にしない、というか気付いていない奴が話し掛けてきた。
「おい、早く海行こうぜ!」
「カ、カガリ・・・・・・」
キラはこのゴーイングマイウェイなカガリの真っ直ぐな所が気にいっていたが、もう少し回りの空気を呼んで欲しいと思うときもあった。だけど、珍しい事にトールがカガリの話に乗った。
「そうだな、行くか」
全員を見回してトールが言ったので、みんなとりあえず頷いた。それで方針が決まり、各々水着に着替えて浜へと向ったのである。
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外にはもうすでに多くのクルーが出てきていた。海に飛び込む者、浜で遊ぶ者などさまざまである。そんな中で一際目を日いたのが水着姿のマリュ−だった。そのナイスバディに目を惹き付けられている男は数え切れない。特にフラガがほとんどナンパ同然に話し掛けている辺りがなんとも言えなかった。
サイとカズィが海に向って行くのを見て自分も行こうとしたが、トールに呼び止められてしまった。
「キラ、ちょっと良いか?」
「トール?」
珍しく真剣な顔をしているトールに、キラは何事かと思った。近くの木陰まで移動したところでトールが切り出す。
「なあキラ、お前、どうしてフレイと付き合うようになったんだ?」
「・・・・・・フレイは、優しかったんだ。僕を慰めてくれて、それで・・・・・・」
「お前が戦いたくないってのは知ってるよ。酷く疲れてるのも」
トールはフレイからキラに近づいたという事にどうしてもおかしいと感じてしまうのだ。あのコーディネイター嫌いのフレイが、どうしてキラと付き合うんだと考えてしまう。
だが、次にキラが口にした言葉にはトールも少し驚いてしまった。
「でも、フレイは僕に、同情で付き合ってくれてるみたいなんだ」
「同情って・・・・・・」
「落ち込んでる僕を見ていられなくなったんだと思う」
フレイには、色々とみっともない所を見られてるからね。と、自嘲気味に笑いながら話すキラに、トールは言い知れない寂しさを感じてしまった。誰も本当に自分を理解してくれる事は無い。同情で付き合ってなど欲しくは無い。そう言いたいのだろう。
トールはキラがフレイに惹かれている事は知っていた。昔からそれでからかってきたのだから。勿論キラの恋を応援してはいた。だが、いざそれが現実になってみると、こうもお互いを傷付けてしまうものなのか。フレイがどうしてキラに近づいたのかは分からないが、それが結果としてキラを支え、そして傷付けてしまっている。傷を舐めあうというようなものではない。まるでヤマアラシのジレンマだ。近づけば近づくほどにお互いを傷付けあってしまう。
問題の根の深さを知ったトールは、もう一度考え直す必要があると思った。フレイは、どうしてキラに近づいたのだろう。本当にただの同情ならば、それはそれで良いのかもしれない。だが、もし何か別の目的があるのなら、それは不幸しか生み出さないだろう。その時は力づくでも別れさせるしかないと、トールは考えていた。
艦橋で下を羨ましそうに見下ろしているノイマンは、傍らでコーヒーを啜っているキースに話し掛けた。
「良いですねえ。楽しそうで」
「順番が回ってきたら俺たちも降りられるんだ。そう焦るなって」
「でも、なんか待ちきれないと言いますか・・・・・・」
はあ、とため息をつくノイマン。CICにいるトノムラやチャンドラからも似たようなため息が聞えてくる。キースはやれやれと思いながら背後の艦長席に座っているナタルを見た。こちらはじっと何かを考えているらしく、少し俯き加減だ。
キースはノイマンとの話を再開した。
「でもまあ、艦長を見れないのは残念かな」
「大尉もそう思いますか? あーあ、フラガ少佐が羨ましい」
「あの人のことだから、今頃艦長に粉かけてるだろうなあ。まあ、艦長はかなり手強そうだけど」
「なるほど、確かにそうですね」
ハッハッハと声に出して笑うノイマン。キースもその光景が想像できてしまい、笑い出してしまった。丁度その頃、浜辺でマリュ−に手を出したフラガが蹴り倒されていた事など、2人には知る由もなかった。まして、背後からナタルがいささかキツイ目で睨んでいる事など、気付いてもいなかったのである。
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交代で海岸で遊ぶクルー達。子供達はマリュ−の計らいで1日中遊べる事になっており、元気に遊び回っている。ようやく順番が回ってきたキースとノイマンは楽しそうなサイたちを面白そうに見やっていた。彼らは浜辺でビーチバレーをしている。
「いいねえ、子供たちはこうでないと」
「ここまで苦労させましたからねえ。あいつ等も15、6才の子供なんですよね」
「そう、酷い話さ。あんな子供の手を血で汚してるんだからな」
アークエンジェルという軍艦に乗り、戦っている以上は彼らの手も血で汚れてしまっている。そういう自覚は無いだろうが、彼らの操作で放たれた砲弾は敵兵の命を確実に奪っているのだ。キラだけが人を殺した訳ではない。彼らも自覚が無いだけで人を殺しているのだ。
キースは子供たちの中にキラとフレイの姿が無い事に気付いた。不思議に思って辺りを見回すと、2人だけ離れたところで一緒に座っているのが見えた。相変わらず子供たちの仲違いは続いているらしい。
「フレイは白のビキニねえ。あのスタイルは15歳とは信じられんな」
「大尉、子供に手を出すのは不味いですよ」
苦笑混じりに窘められてしまい、キースは慌てて首を横に振る。自分にはロリコン趣味はないぞとばかりに。そして、すぐにまた神妙な顔にもどった。
キースはどうしたものかと考えると、徐にノイマンを見た。
「どうだい、俺達も加わらないか?」
「良いですね。やりましょう」
「よし、決まりだ。少尉はあの2人を呼んできてくれ。俺も1人連れてくるから」
ノイマンを2人を呼びにやり、キースは所在無さげに海を見ているナタルに歩み寄った。ナタルは黒い水着に身を包み、藍色のパレオを巻いている。
「中尉、ちょっと良いかな?」
「大尉、なんでしょうか?」
不思議そうに自分を見るナタルの腕を、いきなりキースは掴んだ。
「た、大尉、何を!?」
「ビーチバレーのメンバーが1人足りないんだ。入ってくれ」
「わ、私がですか!?」
「でなきゃ誘ったりしないでしょう?」
少し強引にナタルを連れてくるキース。その顔は笑いの衝動を堪えるのに必死という感じだった。今のナタルの顔は焦りと羞恥で慌てふためき、真っ赤になっていたからである。
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キースがナタルを引っ張ってきた頃にはノイマンが2人を連れてきていた。明らかにいずらい空気が流れていて、ノイマンが辛そうな顔をしている。
「おお、集まってるな少年少女達」
「バゥアー大尉が集めたんでしょう」
サイがいささか刺のある声で言い返す。キースは肩を竦めると、ナタルを入れた全員を見た。
「さてと、メンバーは9人。ビーチバレーをやるには十分な人数だ。」
「1人バランス悪いと思うんですけど?」
「1人は交代で審判やる役だ!」
断言するキースを呆れた目で見る全員。キースは少したじろいだが、ここで負けたりはしなかった。
「では、さっそくチーム分けをするかね。最初の審判は俺として」
「だから、勝手に話を進めないで下さい!」
「なんで、やりたくない。せっかくこれだけの人数がいるのに?」
問われてサイは返答に詰まった。こうも真顔で返されるとは思ってなかったのだ。トールとミリアリアは特に反対してないし、カズィは自分から意見をいうような男ではない。キラとフレイは顔を背けたままだ。
だが、ここでキースは珍しい行動に出た。
「なら、こうしよう。上官命令」
「・・・・・・それって職権濫用って気がしますが?」
キラのぼそぼそとした反論をキースは笑顔で無視していた。
「チーム割りはキラ、サイ、カズィ、ノイマンと、中尉、ミリアリア、フレイ、トールで組もうかね」
「女性は分けた方が良いんじゃないですか?」
「気にするな。カガリがその内来るだろうから、そうしたら男性VS女性の戦いにしようか」
「そんな、これじゃ勝負になりませんよ・・・・・・」
こちらにはコーディネイターのキラまでいるのだ。これじゃ勝負になるわけがない。だが、キースな文句を言うサイを見たあと、トールとフレイを見た。
「2人とも、負けたら明日は地獄のフルコースだぞ」
「「っ!?」」
それを聞いた途端、やる気無さそうだったトールとフレイの顔に驚愕と怯えが走った。2人して顔を見合わせ、頷き合う。
「いいか、フレイ、何がなんでも勝つぞ」
「分かってるわ、私達は負けられないんだから」
突如として団結する2人。どういうわけかは分からないが、キースの言う地獄のフルコースというのが2人にとって死ぬほど嫌な事である事は確かなようだ。団結するトールとフレイのおかげでミリアリアとナタルも仕方なく手を合わせる事に。
「まあ、やるからには負けたくは無いな」
「そうですね」
キースはそれを見て、サイ達を見た。
「さてと、それじゃ勝負といこうか」
キースの合図で始められた試合。投じられるビーチボール。そして、戦いが始まった。そして、戦いは予想外の結果に終わったのである。
「・・・・・・なんで、負けるんだよ、キラ?」
「僕に言われても困るよ、サイ」
そうなのだ。キラ達はナタル達に一方的に敗北したのである。体力的にも運動能力的にも勝っている筈の自分達がどうして勝てなかったのだろうか。キースは悩んでいる彼らを見ると、ナタルを手招きした。呼ばれたナタルにキースはそっと耳打ちする。暫く聞いていたナタルは小さく頷くと、自分のチームに戻った。
「お前達、このまま3セット取るぞ!」
「どうしたんです中尉?」
いきなりやる気を見せるナタルにミリアリアが不思議そうに問うたが、ナタルは答えてくれなかった。そして、ナタルの指揮を得たナタルチームは圧倒的な強さを発揮して次々にポイントを奪っていき、反対にキラ達はどんどん崩れ出したのである。
「何やってるんだキラ、そのくらい拾えよな!」
「サイこそ、邪魔ばっかりして!」
「2人とも、喧嘩してる場合じゃないだろう!」
サイとキラがお互いを罵り合い、カズィが止めるが聞く様子も無い。ノイマンは右手で顔を押さえて頭痛に耐えていた。キースはそんな男チームを見て面白そうに腕を組み、女チームを見る。こちらは男チームと違って勝利の喜びに沸いていた。
トールが受けたボールをミリアリアが素早くトスする。そしてフレイが飛んだ。
「フレイ、いっけえっ!」
「えーい!」
フレイのアタックが決まり、またナタルチームにポイントが加算されていく。
「やったね、ミリアリア!」
「なんか、フレイと一緒に試合するのもヘリオポリス以来よねえ。懐かしい!」
掌を打ち合って喜び合う2人。カレッジでは同じテニス倶楽部に所属していただけあって息は合っている。この2人のコンビプレーに男チームは散々泣かされているのだ。結局、この後もチームワークを形成できなかった男チームは惨敗を続けるのである。
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一説によると、男チームの面々はフレイやナタルの揺れる胸に目を奪われ、動く事が出来なかったのだとも言われている。2人ともビキニタイプだからより激しい威力がある。少なくともキースやトールは目の保養に勤しんでいたりする。
勝負が終わった後、喧嘩寸前の空気を漂わせるキラ達にナタルが強い口調で聞いた。
「お前達、自分達がどうして負けたと思う?」
「それは、サイが僕の足を引っ張るから!」
「何言ってやがる。お前が!」
「いいかげんにしないか、馬鹿者っ!」
いがみあう2人をナタルが怒鳴りつけた。突然の叱咤にキラとサイは驚いてナタルを見た。
「お前達が負けた原因は、その連携の無さだというのが分からんのか!」
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
キラもサイも黙り込んでしまった。内心では分かっていたのだが、それを口にする勇気は無かったのだ。
「お前達、戦闘でもその様にいがみ合うつもりか。そんな事をしていたら、次の戦いでは死ぬぞ!」
ナタルに叱られて落ち込むキラとサイ。キースは2人を叱るナタルの凛々しい姿をにこやかに眺めていた。
これがキースとナタルが企んだ事であった。いがみ合っていては勝てる戦いも勝てない。それを分からせたかったのだ。口だけで言っても分からないだろうからこんな手のこんだ事をしたのだが、果たして何処まで伝わってくれるか。
この後、キースも加わって遊んでいたのだが、カガリが来た所でキースはそっと場所を離れた。前に散々こき下ろした事もあり、こういう場所で顔を合わせると色々気まずくなってしまう事を気にしたのだ。
離れた所で腰を下ろしたキースの前に、冷えたドリンクが差し出された。
「お疲れさまでした、大尉」
「え、あ、バジルール中尉? あ、ありがとう」
少し驚きながらキースはドリンクを受け取った。ナタルは微笑むとキースの隣にそっと腰を下ろす。
「正直、大尉がどうして子供達のことをあそこまで気にかけているのか、よく分かりません。ですが、何か意味があるのでしょう?」
「俺は、子供をなるべく戦争に染めたくないだけさ。戦争は大人の仕事だよ」
キースはドリンクを口に含んだ。そして少し驚く。オレンジ味だったのだ。
「・・・・・・中尉、何故にオレンジ?」
「お嫌いでしたか?」
「いや、そうじゃないがね」
ちょっとチョイスが意外だっただけだよとは口にせず、キースはドリンクを口に含んだ。
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日もだいぶ翳ってきた頃になって、ようやく補給部隊が到着した。ストークス中尉率いるVTOL型輸送機の編隊が先導を勤めるフラガの案内の元、次々に降下してきたのである。降下した補給部隊はさっそくアークエンジェルに補給物資を搬入し始めた。普段は仕事の無い主計兵はこういう時は誰よりも忙しく。手にボードを持って走りまわっている。フレイも例外では無く、物資の確認と搬入作業に追われていた。
補給物資の一覧を見てマリュ−が驚いた声を上げる。
「各種ストライカーパックにストライク、スカイグラスパーの予備部品。弾薬に食料、補修資材まで、よくこれだけの物を」
「正直、アラスカは我々を見殺しにしたのかと思っていましたが」
ナタルの上層部を責めるような言葉に、ストークスは首を横に振った。
「そんな事は無いよ副長。アラスカはまだ君たちを忘れていはいない」
「そうですか」
ナタルはストークスの言葉を信じる事にした。実際そうでもなければこれだけの物資を送ってくれる訳が無いだろう。だが、何よりも1番驚いたのは今降ろされている巨大な兵器である。それを見ていたフラガが呆れかえっている。
「おいおい、こいつは・・・・・・」
「はい、GAT−102Bデュエルです。ヘリオポリスで作られた試作1号機は奪われましたが、モルゲンレーテから受け取ったデータを元に改良され、アラスカで生産された機体ですよ」
「じゃあ、アラスカではMSの量産が始まってるのか?」
「本格生産型の開発も進んでいますが、とりあえず当面の戦線維持の為にXナンバーを改良して生産することを決定したんです。こいつはその内の1機で、経験豊富なアークエンジェルに配備するようにと回された機体ですよ」
ストークスは自身満万で答える。だが、フラガは良い顔をしなかった。
「ひょっとして、こいつに俺が乗れって言うの?」
「少佐が嫌でしたら、バゥアー大尉でも構いませんが?」
ストークスに問われたフラガはしばし考え、つまらなそうに顔の前で手を振った。
「やっぱ止めとくわ。俺にはMSパイロットは似合わないよ」
「あら、少佐はスカイグラスパーから降りたくないだけじゃないですか?」
「あ、ばれたあ?」
マリュ−の突っ込みにフラガは頭を掻きながら笑い出した。結局この男は航空機が好きなのだ。空の男とでも言うのだろうか。だが、それはキースにも言える気がする。あの男もやはりデュエルに乗ることを拒みそうだ。
格納庫に降りてきたキースもまた、マリュ−の予想通りデュエルへの搭乗を拒んだのである。現実問題として機種転換訓練をしている暇が無い。この機体は暫く搭乗者無しで放置される事になるだろう。
だが、キラが乗って確かめた所によると、このデュエルはストライクに使われていたOSよりもだいぶ改良されたOSが搭載され、機体のレスポンスもかなり良くなっていると言う。兵器としての完成度それ事体が試作1号機よりも向上しているのだろう。量産型なので性能と品質が安定したというところか。
デュエルから降りてきたキラにフラガが問い掛けた。
「どうだキラ、デュエルは?」
「悪くないですね。とても乗りやすいです。ただ、OSには改良の余地が大きいですね」
「まあ、そいつはおいおい何とかするさ」
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フラガとキラが話している。それをストークスとマリュ−、ナタルが見上げていた。
「彼が、報告書にあったコーディネイターですか?」
「ええ、そうよ。彼のおかげで私達は生きて来れたわ」
マリュ−は少しきつめの視線でストークスを睨んだ。マリュ−はあの常に悩み、苦しんでいる少年を全力で守るつもりであった。少なくとも自分の力の及ぶ限り。
だが、ストークスは別にマリュ−が警戒しているような事を言うつもりは無かった。
「そう警戒しないで下さい。私は別に、彼をどうこうしようとは思っていません。ただ、艦長の耳に入れておきたい事がありまして」
「・・・・・・なに、かしら?」
「キラ・ヤマト少尉の処遇について、上層部の意見が割れています。コーディネイターだという事で例外を認めず、早々に処分するべきだという勢力と、実際に功績を立てているのだから、このまま兵士として受け入れれば良いとする勢力にです。どちらに転ぶかはまだ分かりません」
「そんな、彼は我々の味方だぞ。上層部は何を考えている!?」
ナタルが彼女らしくも無く怒りを露にしている。ヘリオポリスの頃はあんなにキラを乗せるのを嫌がっていたのに、いつのまにか彼女の中にもキラに対する戦友意識が芽生えていたのだ。
ストークスは激高するナタルを手で制した。
「わかっている。そんな人ばかりじゃないから、こうして私が来たんだからな」
「・・・・・・信じても、良いんだな。アラスカを?」
「ハルバートン提督のような人は、アラスカにも居るという事だよ」
ストークスに答えに、ナタルは不承不承引き下がった。ここで補給部隊の士官と言い争っても意味は無いし、信じるしかないのだ。
ストークスの補給部隊は帰っていた。ヨーロパ方面軍に対する自分達の動きの伝達を頼んだのである。ブカレストに向うという方針を。それを聞いたストークスはクライスラー少将なら大丈夫だと太鼓判を押してくれた。今はそれを頼りにするしかない。
ストークスが残していった現在の詳しい戦況を纏めたナタルは、それを投影した。そこに映されたものは、まさに絶望的なものだった。
「そんな、これだけの大軍がヨーロッパに集結していたなんて」
マリュ−が真っ青になって震えている。
「狙いはバイコヌールだろうな。だが、連合もこれだけの部隊を集めてる。こいつは大きな作戦があるな」
「ザフトはジブラルタル基地がありますからね。あそこを拠点にすれば圧倒的な大軍を展開できるでしょうねえ」
「おいおいキース、何他人事みたいに言ってるんだよ。下手すりゃ俺達も戦うんだぞ」
何も気にしていないようなキースの物言いにフラガが呆れる。だが、キースはフラガを見て首を傾げた。
「何を言ってるんですか少佐。どのみち敵とはぶつかるんです。それに、わざわざユーラシアが補給部隊を回してくれたのは、なんでですかねえ?」
「まさかっ!?」
「そのまさかでしょう。俺達が敵部隊にそれなりの打撃を与えてくれる事を期待してるんです」
キースは作戦図を指で指した。
「俺達が突破しようとしてるギリシアには有力な敵部隊が居ますが、有力と言っても数事体は大した事は無い。広い戦線にMSを展開させているだけです。戦車主力のヨーロッパの部隊にはキツイでしょうが、アークエンジェルとストライクを擁する俺達なら突破は不可能じゃない」
「つまり、ユーラシアの部隊は我々に補給を与えた見返りに、敵に打撃を与えろと言っていると?」
「それ以外に取りようがある?」
キースの問い掛けにナタルは沈黙した。確かに大西洋連邦と仲の悪いユーラシアが補給部隊を回してくれたというのはいささか都合がよすぎる。ましてデュエルまで届いているのだから。
「ストークス中尉は、その辺りを知っていたと思いますか?」
「どうだろうね。彼は大西洋連邦所属だったようだし、その辺りの事情は知らなかったんじゃないかな」
キースはストークスを擁護した。補給部隊の指揮官が、それも対立する勢力の士官にそんな情報が与えられるとは思えなかったからだ。
だが、ギリシアを突破するとなるとそれなりの損害を覚悟する必要がある。当分はフラガとキースが交代で哨戒に出なくてはいけないだろう。パイロットの負担が増える事が予想された。だが、突破しなくてはならないのだ。損傷箇所の修理もしないといけないし、機関部などの本格的な点検も受けたい。その為には友軍の拠点に行くしかないのだ。
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海上を突破するアークエンジェル。敵の部隊が展開するギリシアはもう目前である。渡された資料から敵の基地やおまかな部隊配置は分かっているが、哨戒部隊に発見される事は覚悟しないといけないだろう。
マリュ−は戦闘準備を命じた。
「全艦第1戦闘配備。本艦はこれより、ブカレストへ向けて直進します。全包囲を警戒。敵の襲撃に備えよ!」
「全砲門発射準備、ヘルダート、アンチビーム爆雷装填、艦尾発射管にウォンバットを装填。何時でも使えるようにしておけ!」
ナタルの指示で全兵装が発射準備状態にされる。続いてスカイグラスパー2機が発進して戦闘空中哨戒に入る。ここはもう敵の勢力圏なのだ。海上から陸上に入り、そのまま暫く何事も起きない時間が続く。このまま見つからなければ良いと誰もが思ったが、その希望は甘すぎた。
「レーダーに反応、敵機です!」
パルの悲鳴のような報告が響く。間違い無い、敵の偵察機だ。これで敵部隊がやってくるのは確実だ。艦内に緊張が走る。それから丁度5分後。フラガから報告が飛びこんできた。
「敵だ、ディン2機、ザウート3機。それに戦闘ヘリが10機!」
「こちらでも確認しました。フラガ少佐、バゥアー大尉は迎撃を。ストライクは直ちに発進、艦の直援をさせて!」
「キラ、ストライク発進です!」
「了解、装備はエールで!」
ミリアリアがキラに発進命令を伝達する。キラは答えると直ちに出撃した。そのままアークエンジェルの進路前方に出る。ディンとザウートの始末はキースとフラガのスカイグラスパーがやっていた。
「良いかキース、敵を仕留めるより、時間稼ぎを優先しろ!」
「分かってますが、ディンだけは落とさないと!」
ランチャーパックを装備した2機のスカイグラスパーが大空を駆ける。それを2機のディンが撃ち落とそうとしていた。ディンは空中を飛行できるMSだ。これだけは仕留めないといけない。
ディンのパイロットは小癪な戦闘機を撃ち落とそうとしたが、この戦闘機はいろんな意味で普通ではなかった。
「邪魔なんだよ!」
フラガのスカイグラスパーがアグニを放ち、狙ったディンを一瞬で蒸発させてしまう。それに怯んで回避運動に入ったもう1機のディンは回りこんでいたキースのアグニによって仕留められていた。
ディンを仕留めた2人は迷わず機体を反転させた。ザウートではアークエンジェルについて来る事は出来ないし、戦闘ヘリ如きを恐れる必要は無い。それよりももっと厄介な敵に対処するべきだろう。
そして、2人の判断は正しかったのである。
「少佐、大尉、すぐに戻ってください。進路上にMS多数確認。すぐに戻ってください!」
「今戻ってる!」
「やっぱりいやがったか」
フラガとキースは怒鳴り返して機体を加速させた。だが、それよりも早く前方の空域で幾つもの閃光が煌いたのである。
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アークエンジェルの艦橋でマリュ−が命令を下した。
「副長、正面を掃射。敵地上部隊を制圧する!」
「分かりました。主砲、バリアント、てぇ−っ!」
強力なゴッドフリートとバリアントが撃ち出され、地上に展開するMS部隊や戦車、装甲車部隊が爆発に飲みこまれていく。更に空中に居る戦闘ヘリや戦闘機、ディンやグゥルに乗ったジンなどに向けてウォンバットが撃ち出される。そして地上を行くストライクが敵MSと戦闘に入った。
「数が多い、どれだけいるんだ、ミリィ!?」
「あなたの前には少なくともジンが5機、ザウートが2機よ!」
「左右の敵は?」
「足の速さで振り切るって言ってるわ。あなたは前だけに集中して!」
キラは正面を見据えた。ジンが向ってくるのが見える。キラはストライクを走らせながらビームライフルを放った。3射目で狙ったジンを捕らえ、四散させる。その間に4機のジンが左右に回りこもうとしていた。
「くそっ、ア−クエンジェルを殺らせはしない!」
だが、ストライク1機で対処し切れる数ではない。キラはジンを更に2機仕留めたが、残る2機が懐まで入って来た。それに向けてイーゲルシュテルンが高速弾を叩き出し、ジンを狙い撃つ。
そして更に敵の増援が現れた。
「更にMS8、全てディンです!」
「まだ居るの!?」
マリュ−が信じたくない一心で叫んだが、それで敵が逃げてくれる訳ではない。ナタルはそのMSにゴッドフリートを向けさせた。
「ゴッドフリート照準、てぇ−!」
ゴッドフリートが放たれ、2機のディンが吹き飛ばされる。その威力に驚いた残りのディンが左右に散るが、それに向けてウォンバットが放たれ、更に2機のディンが砕け散る。残る4機は各々の好きな所から一気に突入してきたが、イーゲルシュテルンとヘルダートの盛大な歓迎を受けてしまった。Gに乗ったクルーゼ隊の赤服パイロットが手を焼いたアークエンジェルの対空砲火だ。ディンが飛びこんで無事に済むわけも無く、1機がイーゲルシュテルンに捕まって蜂の巣に変えられた。そして残る3機が突入してきたが、また1機が今度は横合いからの強力なビームに上半身を消し飛ばされた。
「なんだ!?」
驚いた1機のディンが動きを止めた途端、イーゲルシュテルンに絡め取られて撃墜された。残る1機は慌ててアークエンジェルから離れようとしたが、これも逃げ切る事はできなかった。再度装填されたウォンバットが発射され、このディンを撃ち落としたからだ。
艦橋に少し安堵の空気が流れた所にミリアリアの嬉しそうな報告が響く。
「フラガ少佐機、バゥアー大尉機、戻ってきました!」
キースとバゥアーのスカイグラスパーが戻ってきた。強力なアグニが地を走るジンに叩き込まれ、擱座させてしまう。完全破壊ではないが、こちらを追ってくることは出来ないだろう。
キースはスカイグラスパーを旋回させながら地上で戦うキラに通信を繋いだ。
「キラ、大丈夫か!?」
「な、なんとか大丈夫です。でも、数が多すぎますよ!」
「こっちも上空援護を続ける。なんとか頑張れ!」
だが、その僅かな時間がキースの油断だった。地上からジンが90mm対空散弾銃で狙っている事に気付くのが遅れたのだ。機体の周囲で炸裂する砲弾にキースは慌てて上昇をかけたが、間に合わずに損傷してしまった。機体内に響くアラームに顔を顰める。
「クソッ、こちらキース。被弾した。緊急着艦する!」
「了解しました。無事に帰ってきてください!」
「あたりまえだっ」
ミリアリアの返事に答え、キースは被弾して動き難くなったスカイグラスパーをなんとかアークエンジェルに持ってきた。
キース機被弾と聞いてナタルの顔色が僅かに変わった。椅子から腰を浮かし、ミリアリアに声をかける。
「バゥアー大尉が被弾だと。戻れるのか!?」
「大丈夫です、今着艦コースに乗りました!」
ミリアリアの報告を聞いて、ナタルは目に見えて安堵した。それを横目で見ていたマリュ−がクスクス笑いをする。ナタルはマリュ−の意地の悪い笑い方にむっとした顔で問い掛けた。
「何がおかしいんですか、艦長?」
「いえ、あなたがやけに慌ててるから、ついね」
「大尉のスカイグラスパーは重要な戦力です。失ったらこの場の突破さえおぼつきませんから」
「本当にそれだけかしらね?」
マリュ−の意地の悪い問い掛けにナタルは返答に詰まり、僅かに頬を染めた。それを見たマリュ−がなんとも楽しそうに笑顔を浮かべる。なんとわかりやすい反応であろうか。
95
艦橋でそんな話題が繰り広げられてるとも知らず、キースのスカイグラスパーはよろける様に格納庫に飛び込み、ネットに機体を受け止められる。そしてすぐに整備兵が駆け寄ってきた。
「急げ、すぐに直すんだ。10分で飛べる様にしろ!」
マードックが機体を急いでネットから退かせ、修理に取りかからせる。キースは機体から降りるとマードックに駆け寄った。
「済まないが、装備はエールで頼む。キラのストライカーパックを交換してやりたい」
「分かりました」
マードックが頷き、走り去って行く。キースは疲れた体を休めようと近くの箱の上にどさりと腰を下ろした。流石にこの大軍相手ではかなりキツイ。そのままグッタリしていると、格納庫の中にこういう時に聞きたくない声が響き渡った。
「離せキサカ、私はこんな所で戦わずに死ぬのはごめんなんだ!」
「だからと言って、また勝手にMSに乗るつもりなのか!?」
「艦長の許可を取ればいいだけだろ!」
またカガリが出撃しようとしていた。キースはやれやれと立ちあがると、2人に声をかける。
「残念だが、デュエルのコクピットハッチは開かない様にしてある。どうやっても乗れないぞ」
「なんだと!?」
カガリがキースを見て怒鳴る。キースはカガリに近づくとその頭に手を乗せた。
「もう少し俺たちを信じてみろ。大丈夫だ、この艦を堕とさせはしない」
「だけど、私1人が後ろで見てるだけなんてのは嫌なんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
この娘は真っ直ぐ過ぎる。そして素直過ぎる。キースは苦笑すると、キサカを見た。
「あんたも、もっとしっかりこのじゃじゃ馬を捕まえておいてくれないと困るよ」
「努力はしてるのだが・・・・・・」
「まあ、頑張ってくれよ。傷物にしたら色々と不味いんだろう?」
キースの問い掛けにキサカは驚愕し、カガリは凍りついた。その反応を面白がる様にカガリの頭に置いた手で髪をくしゃくしゃにしてやる。
「まっ、身分を隠したいなら偽名でも使うんだな。変装も無し、実名をそのまま使ってるじゃバレバレだぞ」
まあ、それでもバレてないんだから、問題無しかねえなどと呟いてると、いきなりカガリにパイロットスーツを掴まれた。
「お、おい、頼むからその事は他の奴には言わないでくれよ!」
「ああ、その事か。心配すんな。誰にも言う気は無い」
キースの答えにカガリは目に見えて安堵した。キサカも頭を下げている。キースは感謝される事に慣れてないので、こういう態度を取られるとむず痒くなってしまうのだ。少し困っていると背後からマードックが呼ぶ声が聞こえてきた。
「大尉、修理完了、何時でも出れます!」
「分かった、今行く!」
キースは2人の前から走り去ると、再びスカイグラスパーのコクピットに収まった。そして発進準備を進める。
「キラにこいつを渡したらまた戻ってくる。ランチャーパックの準備を」
「分かりました」
整備兵に準備を命じて、キースはスカイグラスパーを発進させた。キースが出る頃には新たな敵部隊が現れ、再び戦いが激化しようとしている。まだまだ敵の前線を突破するのは先の様だ。
上空にザフト戦闘機隊の姿があるが、キースはそれを無視してストライクへと向った。すでにキラのストライクのバッテリーは限界だろう。
「キラ、エールパックを落とす。付け替えろ!」
「キースさん、助かります!」
言ってる傍からストライクの機体が色褪せていく。PS装甲が落ちたのだ。キースはストライクの傍に行くとエールパックを低高度で落とした。投下されたエールパックは衝撃吸収用のエア−パックとパラシュートを展開する。ストライクは今のエールパックをパージし、投下されたエールパックを拾って装着して急いでPS装甲を展開させた。
間一発で展開が間に合い、ストライクは撃破されるのを免れた。再び鮮やかな色を取り戻したストライクは敵に向けてビームライフルを放っている。それを見たキースはアークエンジェルに戻ろうかと思ったが、その前に一仕事しなくてはいけないらしいと悟った。敵戦闘機の編隊がこちらに向ってきているからだ。アークエンジェル周辺にも多くの敵機が取り付いている。
「やれやれ、やるしかないのかねえ!」
スカイグラスパーの火力と機動性は最高だ。だが、敵機は見た限りでも10機は下らない。1機で相手をするのは大変だが、あいにくとここ最近の戦いは何時もこうだ。やるしかない。
キースは気合を入れなおすと敵編隊に向かっていった。
キラの部屋にいるフレイは頭から毛布を被って震えていた。艦が直撃の振動に揺られるたび、小さな悲鳴が漏れる。その瞳は強く閉じられ、今起きている戦闘から逃避しようとしている。
フレイは怖かった。戦争が、死ぬのが。
『いや、私まだ死にたくない、死にたくない、こんな所で死にたくないの!』
だが、どんなに祈ってもこの現実は変わらない。周囲は敵に囲まれており、いつ直撃弾がこの部屋ごと自分を吹き飛ばしてしまうか分からないのだ。次の直撃弾の衝撃が艦を揺らした時、フレイの口から悲鳴と共に1人の男の名前が漏れた。
「キラっ!」
呼んでからフレイは驚愕した。何故、どうして自分はキラの名を呼んだのだ。利用するだけの道具でしかないのに。憎いコーディネイターなのに。
だが、キラの名を出した時、確かに気持ちが落ちついたのだ。その現実がフレイを更に追い詰めてしまう。自分の復讐心が、父を奪われた怒りが徐々に失われている気がしたから。それは、何故なのだろうか・・・・・・・
アークエンジェルの艦橋では敵編隊の攻撃にナタルが必死に対応していた。
「イーゲルシュテルン自動追尾解除、弾幕で敵に対応しろ。ウォンバット、ヘルダート発射!」
ミサイルが一斉に発射され、イーゲルシュテルンの射程に入る前に敵機を次々に叩き落としていく。それを突破した戦闘機にはイーゲルシュテルンの弾幕が対応した。
弾幕から離れた機体にはフラガのスカイグラスパーが襲いかかり、火力差に物を言わせて叩き落している。一対一の空戦でならフラガが負ける要素は何処にも感じられないほど、その技量は際立っていた。まさに異名の通り、戦場で敵を狩る鷹である。
「ちっ、こう数が多いとやりにくくてしょうが無いぜ!」
機体を旋回させながら次の目標の上面に出て、機首のバルカンを叩きこむ。4本の火線が敵機に吸い込まれたかと思うと、敵機はバラバラに撃ち砕かれて地上へと落ちていった。フラガは戦果の確認などはせず、また別の敵機に向っていく。落した数など覚えてはいない。艦に戻れば教えてもらえるだろうし、そんな余裕は無いからだ。
「バリアント用意、ストライクを援護する。ゴッドフリートは前方で戦闘中のバゥアー大尉機の援護、味方を巻き込むなよ!」
「了解、照準します!」
サイとトノムラ、チャンドラが照準計算を始める。急がないと手遅れにあるが、戦闘中の味方を援護するのだから完璧な計算が要求される。程なくしてはじき出された照準所元にしたがってバリアント、ゴッドフリートが微妙に動いた。そして、ナタルの指示の元に発射される。
発射されたバリアント2発が砲撃をしていたザウート2機を襲い、着弾の衝撃波でこれを爆砕してしまう。ゴッドフリートはキース機から少し離れた所を旋回していた4機の戦闘機を一瞬で蒸発させてしまう。決定的とは言わないが、確実に2人の負担は軽くなった。
だが、ザフトはまだ諦めていなかった。そのプライドにかけてアークエンジェルを突破させまいとあるだけの部隊を形振り構わずに投入し始めたのだ。そして、ストライクの前に今度は戦車や自走重砲部隊、MLRS部隊までが展開しだしたのである。
ギリシア方面でザフト軍が戦闘を行っているという報告は、連合軍部隊の知るところとなった。突然の事にブカレストの司令部でクライスラー少将が状況報告を求める。
「何が起きている、敵が動いたのか!?」
「いえ、どうもギリシアを強行突破しようとする友軍部隊がいるようです。かなりの数のMSがそちらに向ったと報告が」
「ギリシアを突破だと、誰がそんな事を・・・・・・」
クライスラーはしばし考え、ようやくそれらしい連中に思い当たった。アフリカに降下してこちらに向うと言ってきた第8艦隊の新型戦艦のことだ。
「なるほど、アークエンジェルか。本当にここまで来たのだな」
しばし考え、口元に面白そうな笑みを浮かべた。たった1隻でギリシアの敵を突破し、ここまでやって来ようとするとは見上げた度胸だ。クライスラーは電話を取り上げると、幾つかの指示を出した。
連合軍前線部隊にも動きがあった。航空基地から次々に戦闘機が飛び立ち、戦車隊が敵に警戒心を起させるような大規模な移動を開始する。この動きはザフトをいたく刺激し、連合の反撃に備えて部隊の展開を始めたのである。これがクライスラーのアークエンジェルに対する援護であった。これで敵はアークエンジェルに対して兵力を割く事が出来なくなる。これがアークエンジェルを救う事になった。
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戦闘を開始して3時間。絶え間無く襲いかかってくるザフト軍の猛攻にさしものアークエンジェルも疲れが見え出した。キラのストライクの動きも鈍り、2機のスカイグラスパーも明らかに動きが悪くなっている。連戦の疲労が屈強なパイロットたちを蝕んでいるのだ。
アークエンジェルがここに来るまでに破壊したMSの数は30を超えていた。撃破した数はその倍近くにもなる。戦闘機や戦車、攻撃ヘリは数えるのも馬鹿馬鹿しいほどだ。ギリシア方面のザフト軍が著しく弱体化したのは確実だろう。
だが、アークエンジェルも満身創痍になっている。艦体には数え切れない傷がつけられ、黒煙を幾つもなびかせている。イーゲルシュテルンもミサイル発射菅も半数残ってはいない。
「艦長、本艦の戦闘力は半分近くまで落ちました。あと一度本格的な攻勢を受けたら!」
「分かっているわ、ナタル。でも、後少しなのよ。頑張るしかないわ!」
「・・・・・・・分かりました」
ナタルも腹をくくるしか無いようだ。周囲にはまだ3機のジンが動き回っている。これを始末すれば多少は息がつける。だが、その僅かな希望もパルの悲鳴が掻き消した。
「新たな反応多数。航空機です。数は不明ですが、50は下りません!」
「・・・・・・くっ」
マリュ−は正面の空域を睨みつけた。確かに雲の間から雲霞の如く戦闘機が現れている。あれだけの編隊を防ぎきる力はアークエンジェルには無い。それでもフラガとキースが果敢に挑もうとしたが、その正体に気付いたフラガが歓声を上げた。
「違う、あれは味方だ。連合のサンダーセプターだ!」
連合の主力戦闘機、サンダーセプターが急降下して来て3機のジンにミサイルを叩きこんでいく。飽和攻撃に3機のジンは成す術も無く撃破された。
アークエンジェルを囲む様に展開するサンダーセプターの大編隊に、マリュ−は立ちあがって口元を手で覆った。涙が零れるがそれを拭う事さえしない。ナタルでさえ安堵の余りCIC指揮官席でみっともなく半ばずり落ちている。そして、大歓声が艦を包んだ。
「味方だ、味方が来てくれたんだ!」
「ええ、助かったのよね、私達!」
サイとミリアリアが涙を見せながらも喜び合っている。そしてマリュ−が全身で喜びを表しているミリアリアに指示を出した。
「ハウ二等兵、ストライク、スカイグラスパーに帰艦命令を。それと、ご苦労様でしたと伝えて」
「はいっ!」
ミリアリアは嬉しそうに通信機を操作し、キラとフラガ、キースに帰艦を指示する。それに返ってきた返事は疲労の色が濃く、弱々しいものであった。あのフラガや陽気なキースでさえまるで死にそうな声を返してきたのだから、その疲労の度合いがわかるだろう。
帰艦してきた3人はコクピットから降りるなり倒れこんでしまった。駆け付けてきた整備兵や手空きの兵に助け起されている。キラも格納庫に来ていたフレイに抱き起こされ、近くの資材の箱に背を預ける姿勢で座らせてもらっていた。
「キラ、大丈夫なの、キラ!?」
「だ・・・大丈夫・・・・・・とは、言えない・・・・よ」
キラは弱々しい声で返事を返した。無理も無い。これだけの長時間戦闘など、初めての経験なのだから。フラガやキースは今はなんとか自分の足で立っている。だが、キースはキラの隣に来た所でどさりと座りこんでしまった。
「よお、生きてるかキラ?」
「な、なんとか・・・・・・」
「そうか、偉いぞ」
キースはどうにか返事をするキラを珍しく賞賛した。それほどの激戦だったのだ、今日の戦いは。フレイは憔悴し切ってるキラを心配そうに見ていたが、すぐに何処かに駆けて行った。そして戻って来た時には2つの高カロリードリンクを持っていたのである。
「はい、キラ、大尉」
「あ、ありがとう、フレイ」
「すまん、助かるよ」
キラとキースはありがたくそれを受け取った。そのまま暫く無言でドリンクを啜る。そして、キースが口を開いた。
「キラ、どうだった、初めての本格的な戦争は?」
「・・・・・・・辛いとか、戦いたくないとか、思う暇も無かったですよ」
「そういうもんだ。今日は無事に帰って来れたが、明日はどうなるか分からない。俺やお前だって、明日は帰って来れないかもしれないぞ」
キースの脅しに、キラとフレイは衝撃を受けていた。自分が死ぬかもしれない。キラが2度と帰ってこないかも知れない。その事実を明確につきつけられたからだ。そして、今日の戦闘を考えれば、それは決して誇張ではないだろう。優れた性能を持つストライクでも決して完全無敵ではない。事実、今日は2度もフェイズシフト・ダウンを起している。フラガとキースのストライカーパックの支援が無ければ間違い無く死んでいただろう。
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死の恐怖がようやくキラを襲った。ガタガタと震えだし、歯が噛み合わなくなる。フレイはその姿に初めてキラに憐憫を覚えた。本当は弱いくせに可哀想なキラ、と。
キースはドリンクを口に含みながら片目でフレイを見た。フレイはそれを見てしばし逡巡した後、キラの頭を胸に抱いた。その目には不安と、迷いが浮かんでいる。キラはフレイのぬくもりに縋る様に小さな声で泣いていた。
近くを通りかかった整備兵達が何事かとそちらを見て、やれやれと肩を竦め、あるいは冷かして去っていく。だが、2人にはそんな声は聞えていない。キラは死の恐怖から逃れる為にフレイに縋りつき、フレイは迷いに支配されていたのだから。
艦橋から降りてきたサイ、トール、ミリアリア、カズィは震えて泣いているキラを抱きしめているフレイを見て足を止めた。サイは辛そうに顔を背け、カズィも気まずそうにサイを見ている。
ミリアリアは少し戸惑いながらトールを見た。
「ねえ、どうするの?」
「う、うん・・・・・・」
トールはキラを、フレイを見ていた。理由は分からないが、キラは恐怖に震えているようだ。あんなキラは見たことが無い。フレイに泣きつく様はまるで怯える子供そのものだ。そして、フレイもおかしかった。今のフレイはキラを抱きながらも、その目はキラを見てはいない。彼女の目は何も映してはいない。空虚なのではない。何か別の事で頭が一杯で、キラの様子を認識していないのだ。まるで、何かを悩んでいるかのように。
「・・・・・・本当にヤマアラシのジレンマなのか。それとも、そう見えるだけなのか」
「トール?」
いきなり変な事を呟いた恋人に、ミリアリアはどういう意味かを問い掛けたかったが、トールはそれよりも早くミリアリアを見た。
「なに、どうかした?」
「う、ううん、なんでも無い」
トールに聞かれたミリアリアは慌てて誤魔化した。なんと言うか、聞いてはいけない気がしたのだ。
トールの見方は正しかった。フレイは悩んでいたのだ。キラはコーディネイターと殺しあって自分も死ねば良いという復讐心は今も確固として存在する。だが、キースに言われて初めて感じた恐怖、そう、恐怖だ、キラを失うという恐怖を感じたのだ。死ねば良いと思っている男が、いざ死んだらと思うとその喪失感が怖い。矛盾している。何故、どうしてこんな相反する気持ちが内心でせめぎあうのだろうか。
父を守れなかったキラは許せない。降下後にシャトルを守れなかった事で泣くキラを見てもどうとも思わなかった。むしろ都合が良いとさえ思った。だが、砂漠も街で自分を庇ってくれた時はどうだったろうか。あの時は初めて銃撃戦に巻き込まれて、間近を通過すうる銃弾に震えあがり、抱いてくれるキラの腕に必死に縋る事でどうにか落ちつけた。あの時、必死に守ってくれたキラに、自分は感謝したのではなかったか。
どうして、なんで、私がコーディネイターなんかに・・・・・・・・・・
それぞれの想いを乗せて、アークエンジェルはギリシアを突破し、遂に友軍勢力圏下に到達した。ヨーロパ方面軍の拠点、ブカレストに達したのだ。だが、ここはすでに後方拠点ではない。もうすぐそこ、30kmにまで敵が迫る、最前線なのである。
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ブカレストにやってきたアークエンジェルは、そこでようやく味方基地に降りる事が出来た。だが、アークエンジェルほどの巨艦を収容できる陸上艦のドックはここには無く、整備と修理はドックの外で行なわれている。ブカレストの街はここから2kmほど離れており、車を使えば簡単に行くことが出来る。幸い、まだここは敵の攻撃圏内ではないので、安全が確保されている。この基地には強力な守備隊も駐屯しているので安心感が強い。だが、ここも間違いなく最前線なのだ。
基地に下りたアークエンジェルクルーには休暇が出されていた。これまでの激戦を考えれば当然とも言える。望む者は街に出る事も許されていた。だが、流石に最前線の街に行こうとする者はおらず、僅かに買い出しを頼まれたフレイと、その護衛でキラが街に向ったに留まった。基地の兵士がジープの運転手として街への送り迎えをしてくれる事になった。
ジープで街に向う2人を見送るサイに、トールが話し掛けた。
「いいのか、サイ?」
「・・・・・・任せるしかないだろ、あいつにさ」
サイの声には未だに吹っ切れない辛さと、無力感が滲み出ている。トールはサイを責める気持ちにはなれなかった。誰だってあんな一方的な別れを告げられれば怒るだろうし、納得できないのも当然だ。フレイにした仕打ちを許す気にはトールもなれない。だが、サイが怒らないのなら、自分が怒ることも出来ないのだ。
基地施設に向って歩いて行くサイの後姿を見送りながら、トールは持って行き様の無い苛立ちを足もとのコンクリートを蹴り付ける事でぶつけた。
「くそっ、なんでこんな事になっちまったんだよ。フレイ、お前は何を考えてるんだ?」
ブカレスト基地司令のクライスラー少将の元に顔を出したマリュ−とフラガは、いかにも野戦将校上がりという印象を受ける司令官を前に緊張していた。その両眼は鋭い。
「君が、アークエンジェルの艦長かね?」
「はっ、マリュ−・ラミアス少佐であります」
敬礼するマリュ−を、クライスラーは詰まらなそうに見た後、今度はフラガを見た。
「有名なエンディミオンの鷹、か。君に会えたのは嬉しいよ」
「光栄であります、少将」
フラガはクライスラーが何か面倒ごとを持ち込もうとしていると察した。恐らく、キースの読みが当たっているのだろう。
フラガの予測通り、クライスラーは目前に迫った反攻作戦、カスタフ作戦への参加を要請してきた。これはヨーロパ方面軍の一大反攻作戦であり、敵をオーストリア辺りまで押し返すという内容である。幸いにして敵のギリシア方面軍はアークエンジェルのおかげで弱体化が著しく、こちらから相当数の兵力を転用することが可能になった。
「かなりの激戦となるだろう。犠牲も大きいだろうが、ここで敵を押し返せなければ、我々はヨーロッパから追い出される事にもなりかねない。それは避けたいのだ」
「ですが、我々は一刻も早くアラスカに向わなくてはならないのです」
「それは分かっている。だが、そこを曲げて頼んでいるのだ。君たちが参加してくれれば勝率はかなり上がる。味方の犠牲もそれだけ減らす事が出来るのだ」
クライスラーの頼みにマリュ−は困った顔になった。マリュ−にしてみれば友軍を助けるのは吝かではない。だが、その為にアークエンジェルを危険に晒すのもどうかと思うのだ。
「返事は、今すぐでないと駄目でしょうか?」
「いや、作戦開始までまだ1週間ある。それまでに決めてくれれば良い。勿論修理と補給は滞りなく行う」
「・・・・・・分かりました」
マリュ−とフラガは敬礼して司令官室を出て、少し歩いた所でマリュ−がフラガに話し掛けた。
「どう思いますか、先ほどの話?」
「交換条件って事だろうな。補給と修理をしてやるから作戦に参加しろって」
「やはり、参加しないと不味いのでしょうか?」
マリュ−の問い掛けにフラガは考えこんだ。一応は要請という形だが、いざとなれば強制する事も出来るだろう。あの司令官がどういう人かによるが、果たして断りきれるだろうか。
「・・・・・・やるしかないかもしれんな」
「やはり、そうでしょうか」
ヨーロッパ方面軍の大作戦ともなると、また延々と続く戦いをする事になる。味方がいるだけまだマシだが、またクルーに大きな負担を強いるのかと思うと、マリュ−の気持ちは重くなってしまう。
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街に向うキラとフレイの乗るジープの運転手はバクシィと言う青年だった。まだ20だと言う。誠実そうな男だった。
「この辺りも最近は戦闘が激しくてね。ザフトのMSや爆撃機が来る事も多いんだ」
「じゃあ、あの街も攻撃を?」
「ああ、たまに空襲を受けてるね」
キラは不思議に思った。空襲されると分かっている街に、どうして住んでいるのだろう。危険なのだから逃げれば良いのに、なんで今も住んでいるのだろう。その事をバクシィに聞くと、バクシィは当然だろと言いたげに答えた。
「あの街で生まれ育った人達なんだ。故郷をそう簡単に捨てられるもんじゃないさ」
「・・・・・・よく分かりません、そういうの」
キラにはどうしても理解できない。砂漠で会ったサイーブ達も同じようなことを言っていたが、何故そうも土地に固執するのだろうか。この拘りがナチュラルとコーディネイターの差なのだろうか。
キラの隣に座るフレイは終始無言だった。昨日の戦闘以後、フレイはキラの前で辛そうな顔をするようになっている。理由は分からないが、今のフレイにはキラの傍にいるのが苦痛なのかもしれない。
キラはフレイの憂い顔を横目に見て気分が重くなるのを誤魔化す様にバクシィに問い掛けた。
「バクシィさんは、どうして軍に?」
「俺か。俺はな、家の食い扶持を減らす為さ」
「食い扶持って?」
「俺は5人兄弟の三男だったのさ。まあ、貧乏だったし、早く家を出て仕事に付かなくちゃいけなかった訳だ。軍なら食うに困る事は無いし、家に仕送りも出来るからな」
「そうなんですか」
戦う理由も人それぞれなのだ。自分のように友達を守る為と言う者もいれば、バクシィのように家族の為に、生きていく為に軍に入る者もいる。キラは艦の他のクルー達の動機も聞いてみたい気がした。
街に到着すると、キラとフレイは車から降りてデパートへと足を向けた。バクシィは車を近くの駐車場に止めておくと言って車を走らせて行ってしまう。2人は何処か余所余所しい空気を漂わせながらデパートの中へと入っていった。その中でクルーに頼まれた物を購入しながら歩いて行く。軍服を着ているが、年頃の少年少女が並んで歩いているのだ。端から見れば恋人同士とでも思うのだろうが、2人の間に漂う空気がそれを否定しているように見える。
買い物袋を手に歩いているフレイに、彼女の3倍の荷物を持っているキラは遂に問い掛けた。
「フレイ、何か悩み事でもあるの?」
「・・・・・・・・・そうね、そうかも知れない」
「しれないって?」
キラは訳が分からないという表情でフレイを見る。こんなフレイは初めてだ。ヘリオポリスの頃の生気に溢れた、大輪の薔薇のような彼女からは想像も出来ないフレイが目の前にいる。今の彼女は生気が無く、悩み、苦しんでいるように見える。かつての華やかな雰囲気は何処にも見られない。
戦争が彼女を変えてしまったのだろうか。それとも自分が悪いのだろうか。サイとフレイが別れる原因となったのも自分の弱さのせいだ。サイを傷付けてしまった。フレイも自分に同情なんかしたせいで傷付いている。自分では守っているつもりでも、結局誰も守れていないのではないだろうか。
2人でデパートのレストランで食事をしている時も、何処か重苦しい空気が2人の間を漂う。1人は葛藤を抱えたまま、それを解決できずにいる為に。1人は過剰な自己否定と自虐の為に。互いに相手を求める心がありながら、それを否定し、より自分を追い詰めてしまう。とてもではないが15、6歳の子供が抱えるような悩みではない。子供が道に迷った時には出口へと導いてやる大人なり先輩なりがいれば良いのだが、大人達はまだ2人の心のスレ違いを察してはなく、先輩ともいうべき人物は今だ答えに辿りついてはいない。
100
だが、そんな2人をいきなりとんでもない事態が襲う事になる。いきなりデパートが大きく揺れたのだ。
「な、なによっ?」
フレイが驚いた声を出す。キラはすぐにそれが爆発の振動だと察した。
「これは、まさかザフトの攻撃!?」
「攻撃って、もしかして空襲なの!?」
「だと思う。とにかく、早く非難しよう。何処かに防空壕ぐらいあるはずさ!」
キラは荷物を放り出してフレイの手を取り、駆け出した。だが、窓から見える光景に思わず足を止めてしまう。フレイは突然足を止めたキラに不安そうな声をかける。
「ど、どうしたのよ、キラ?」
「・・・・・・拙いよフレイ、どうやら空襲だけじゃないみたいだ」
キラの覗いていた窓から見えたのは、街を蹂躙しているジンやザウートであった。守備隊の戦闘ヘリが飛びまわってるが次々に撃ち落とされている。
「くそっ、MS相手じゃ防空壕なんて何の意味も無い。この街から逃げるしかないよ」
「そんなっ!」
フレイの顔が真っ青になる。この戦闘の中を逃げようと言うのだ。ほとんど自殺行為としか思えない。だが、ここで蹲っていたら助かるとも思えない。フレイにはキラを信じるしか選択の余地が無いのだ。
デパートから出た2人の前に一台のジープが滑りこんでくる。バクシィが運転席から叫んだ。
「2人とも、早く乗れ!」
「は、はい!」
キラがフレイの手を引き、ジープに駆け込んだ。バクシィは2人が乗り込んだ事を確認すると、アクセルを思いっきり踏みこんだ。ジープが弾丸のように駆けだし、街から一刻も早く出ようと駆け出して行く。だが、崩れたビルの残骸や砲弾の穴があったりで思うように進めはしなかった。
「畜生、何処も瓦礫だらけだ!」
「守備隊はどうしたんですか!?」
「ヘリ部隊は全滅らしい。あとは戦車隊に期待するだけだな」
悔しそうにバクシィが答えた。戦闘ヘリや戦車ではMSには絶対的に不利なのだ。膨大な犠牲をだしながらもMSに勝つ事は出来ない。アークエンジェルのような化け物じみた戦力は連合には存在しないのだから。
キラとフレイはバクシィにかける言葉は無かった。自分たちはアークエンジェルに乗り、ストライクという強力なMSを持ち、フラガとキース、キラという3人の凄腕のパイロットを擁して敵のMSを蹴散らしてきた自分たちでは、彼の味わってきた屈辱を察する事は出来ないからだ。
その時、走るジープのエンジン音に混じってかすかに飛来音がキラの耳に飛び込んできた。慌ててキラはバクシィに飛び降りる様に叫び、自らはフレイを抱き抱えてジープから飛び降りた。瓦礫の散らばる道路に叩きつけられるが、そのまま勢いを生かして転がって行く。やや遅れて爆発音と衝撃波、熱風が吹き寄せてきた。
少し待ってからキラとフレイは顔を上げた。ジープの姿は無く、ただ残骸だけが散乱している。バクシィの姿は何処にも見えないが、油と肉の焦げる嫌な臭いが辺りに漂っており、バクシィの運命を2人に教えていた。
「嘘・・・・・・バクシィさん?」
「くそぅ!」
フレイが呆然とバクシィの名を呟き、キラがアスファルトを殴りつける。ついさっきまで話していた人が目の前で爆発に殺され、焼かれている。フレイがこうならずに済んだのはキラが隣に座っていたからに過ぎない。ほんの僅かな幸運がフレイを死の淵から救ったのだ。
だが、目の前で人が死んだという事実に、フレイは衝撃を隠せなかった。
「やだ・・・やだよ・・・・・・こんなの・・・なんでよお?」
「フレイ、しっかりして、フレイ!」
ガクガクと震え、燃えているジープを見たまま動けなくなっているフレイ。キラは仕方なくフレイの頬を2度張った。鋭い音が通りに響き、フレイがようやく焦点の合って来た目でキラを見る。
「キ・・・ラ・・・?」
「しっかりするんだフレイ。こんな所で立ち止まってたら、僕達も死んじゃうよ!」
キラはフレイの意識がはっきりしてきたのを確認すると、その手を掴んで走り出した。最初はもつれ気味だったフレイの足も、情況を理解しだすに従ってはっきりとした足取りになる。
2人で戦場となった街を駆けていく。視界に入って来る光景はまさに地獄だった。破壊される街並み。逃げ惑う人々。そして、犠牲となった人達。五体満足な死体は少なく、ほとんどがからだの一部を欠損させている。それを目の当たりにしたフレイがその場で激しく嘔吐したりもした。
さて、流離うもとうとう記念するべき100に達しました。我ながらよくこのペースで書けるなあと少し不思議ですね。
ここから暫くの間、子供達に痛い展開が始まります。本編じゃ何したかったのか分からなかった彼女も動き出します。
キャラクター達の幾人かは何かを掴み、何かを失いますね。そして連合とプラントは決戦に向けて準備を整え出します。ご期待下さい。
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