流離う翼たち
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暫くして銃撃戦は終わった。キラは恐る恐る上半身を起こし、戦いが終わった事を確認する。キースも拳銃をしまうとこちらに歩み寄ってきた。
「大丈夫か、2人とも?」
「え、ええ、僕は大丈夫です」
キラはフレイを抱起こしながら答えた。フレイはまだ震えが収まらないらしく、両手で体を抱きながらキラに体を預けている。始めて銃撃戦に巻きこまれたのだから無理もあるまい。
フレイをキラに任せ、キースは男を見た。彼はこちらを見てニヤリと笑っている。
「で、あんたは何者だい。さっきの連中はお前さんを狙っていたんだろう?」
「ほう、何故そう思う?」
男の問いに、キースは肩を竦めて答えた。
「あいつ等はブルーコスモスだった。狙われるのはコーディネイターだろ?」
「なるほどね。で、ボクは誰だと思うんだね?」
男の問いにキースが答えるより早く、駆けこんで来た青年が男に離し掛けてきた。
「隊長、ご無事ですか?」
「・・・・・・ダコスタ君、良い所なんだから水ささないでよ」
少し悲しそうな声で男がダコスタと呼んだ青年に答える。キースはダコスタの言葉を聞いて男の正体に気付いた。
「なるほどね、砂漠の虎どのか」
「知って頂いていたとは光栄だ。エメラルドの死神さん」
しばし2人の間に異様な緊張感が走る。だが、すぐに2人とも緊張を解いた。殺しあう気ならもっと早く手を打っているはずだ。それが無いという事は、戦う気は無いという事だろう。
「それで、何か我々に用でも?」
「まあ、色々とね。迷惑もかけたようだし、一度うちに招待したいんだがね」
バルトフェルドの誘いに、キースは辺りの様子を確かめた。今動き回ってるのは間違い無くバルトフェルドの部下だろう。これだけの数のコーディネイターから逃げ切れる自身は全く無かった。
「わかった、受け入れよう。ただし、子供たちには手を出すなよ」
「ボクはお詫びのつもりで招待するだけだよ。そんな事する訳無いだろう」
バルトフェルドの答えに、キースは肩の力を抜いた。変な男だが、嘘をつくような人間では無さそうだからだ。脇に寄せた荷物を取り、キラ達を見る。
「お前等、動けそうか?」
「ちょっと待ってください、フレイがまだ落ちついてないんです」
キラはまだ震えているフレイを抱きながらキースに困惑した視線を送っている。
「フレイ、もう終わったよ。もう銃弾は飛んでないから、ねっ」
「う・・・・・・・うん、ありがとう、キラ」
震えは収まらないながらも、口からごく自然に漏れた感謝の言葉。意識して言った言葉ではないだろう。だが、初めてのフレイの感謝の言葉に、キラは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そんな2人を見てキースはバルトフェルドの顔をちらりと見た。
「悪いけど、荷物頼んで良い?」
「・・・・・・まあ、良いけどね」
自分の正体を知りながら平然とこういう事を頼んでくるとは。バルトフェルドはこの男がどういう神経をしているのか、少し気になった。だが、すぐに置かれている買い物袋の山を手に取り、よいしょと持ちあげる。カガリがキースの後に続き、キラがフレイの体を支えながら付いてきた。店の前に止められた車に乗りこんでいく。部下たちはバルトフェルドと一緒に車に入っていく少年少女達に訝しげな視線を向けていたが、特に何も言わなかった。
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4人が連れていかれたのは豪華なホテルだった。ジンがいたりと何気に物騒ではあったが、4人は促されるままに中へと入って行く。キースでさえ少し怯みを見せながらバルトフェルドに案内されるままに歩いて行くと、向こうから艶やかな黒髪を肩に流した、美しい女性がやってきた。
「あらアンディ、お帰りなさい」
「ただいま、アイシャ」
バルトフェルドが彼女の細い腰に手を回し、引き寄せてキスをする。キラ達はどぎまぎして視線を逸らす。奥さんという感じではないのだが、恋人だろうか。
アイシャと呼ばれた女性はニッコリと微笑むとカガリとフレイを見た。
「この子達ですの、アンディ?」
「ああ、どうにかしてやってくれ。ボクのせいで随分と汚しちゃったからね」
カガリとフレイは揃ってソースやら水やらを引っかぶり、床に引き倒されたことで埃まみれにもなっている。アイシャは「あらあら」と面白そうに2人を改めて見やると、優しい手つきで2人を連れて行こうとした。2人とも流石に不安そうな顔で同行者を見やっている。キラが付いて行こうとしたが、アイシャが顔の前で指を振った。
「駄目よ、レディの着替えについてきちゃ。すぐ済むからアンディと待ってて」
彼女は甘く叱る口調でキラを窘めると、楽しそうに2人を連れ去って行った。
「・・・・・・ま、まあ、大丈夫だよね」
強引に自分を納得させるキラ。そして背後を振り返ると、別室に入ろうとしているバルトフェルドとキースの姿があった。
「おーい、君はこっちだ」
中に入ると、バルトフェルドはサイフォンを取り出して弄り出していた。
「こう見えても、ボクはコーヒーには一家言あってね」
キラはどうしたものかと辺りを見まわした。どれもとても高価そうな家具が置かれた室内は、おおよそキラにとって落ちつける空間ではない。キースはそんなこと気にするふうでもなくソファーに腰掛け、調度品を弄っていた。本当に動じない人である
そんな中に、1つだけ見慣れた物があった。誰もが一度は目にしたことのある奇妙な化石のレプリカだ。
キラが見つめていると、背後から声がかかった。
「Evidene01、実物を見た事は?」
バルトフェルドがカップを2つ持ってやってくる。キラは首を左右に振った。これのオリジナルはプラントにある。プラントに行った事の無いキラが見た事ある訳が無かった。バルトフェルドはキラの横まで来ると、何でこれが鯨なのかを不思議そうに語っている。
キラはそれに適当に受け答えしながら、コーヒーを口にした。苦い。
キラの表情を伺っていたバルトフェルドは気を悪くする様子も無い。
「ふむ、君にはまだ分からんかなあ。大人の味は」
嬉しそうに自作を口にするバルトフェルド。背後のソファーではキースが平然とそのコーヒーを口に含んでいる。大人になればこの味がわかるのだろうか?
そのまま3人で話していると、控えめなノックの音が室内に響き、アイシャが入ってきた。カガリとフレイは彼女の背後にいてよく見えない。
「なあに、そんなに恥ずかしがる事無いじゃない。ほ〜ら」
アイシャがカガリを前に押し出す。と、キラはポカンと口をあけた。
「お、女の子・・・・・・」
「てっめえ!」
キラの呟きにカガリが反応した。キラは慌てて弁明する。
「い、いや、だったんだよねって言おうとしただけで・・・・・・」
「・・・・・・それじゃ一緒だろうに」
横からキースにさらりと突っ込まれて、キラはしゅんとなってしまった。女の子を褒める言葉の1つも浮かばない自分が情けない。カガリに少し遅れてフレイもキラの前に立った。
「ど、どうかな、キラ?」
「え・・・・・・あ、その・・・・・・」
カガリは薄い草色のドレスに見を包んでいるが、フレイは赤を基調としたドレスを着ている。こちらもキラの乏しい語彙では誉めることのできない美しさだった。どう言えば良いのか戸惑っているキラの様子にフレイが不満そうに口を尖らせ、そんな2人を見てバルトフェルドとアイシャがおかしそうに笑い声を上げ、カガリがキースの隣にどさりと腰を下ろす。キラとフレイもその隣に腰を降ろした。
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カガリとフレイを見て、バルトフェルドが感想を口にした。
「さっきまでの服も良いけど、ドレスも実によく似合う・・・・・・というか、そういう服も実に板についてる感じだね、2人とも?」
バルトフェルドに褒められてカガリは更に不機嫌に、フレイはどう答えたものかと困った顔になる。フレイは連邦事務次官の娘で、その手のパーティーに父に連れられて出席したこともあるのでドレスは着慣れている。だが、カガリは?
カガリとフレイが出されたコーヒーを口にする。キラは何となく真剣に2人の様子を伺った。2人は一口啜ると、別段文句を付けることも無くカップを置く。それを見てキラは大人の味が分からないのはどうやら自分だけらしいと悟り、少しがっかりした。
少ししてアイシャが出て行く。それを待ってカガリが口を開いた。
「何で人にこんな扮装をさせる? お前、本当に砂漠の虎なのか。それとも、これも毎度のお遊びなのか?」
「ドレスを選んだのはアイシャだよ。それに、毎度のお遊びとは?」
「変装して街に出掛けたり、住民を逃がして街を焼き払ったりってことだよ!」
カガリの言葉にキラとフレイは顔色を変え、キースは視線に混じる厳しさを増した。カガリの行動はあきらかに危険なものだ。
バルトフェルドはしばしカガリを見つめた。
「いい目だねえ、まっすぐで」
「ふざけるなぁ!」
両手をテーブルに叩きつけてカガリが立ちあがった。置かれていたコーヒーが零れ、テーブルに広がっていく。
キラは慌ててカガリの肩を押さえたが、その肩が震えている事にキラは気づいた。そうだ、彼女はこの男に仲間を殺されているのだ。落ち着けと言っても無理だろう。
バルトフェルドはさっきまでの人の良さが嘘のような冷たい目で2人を見上げる。
「君も、死んだほうがマシなクチなのかね?」
その視線に縫い止められたかのように二人の動きが止まる。フレイも怯えた様に小さく震えている。キースだけはその視線を受けても平然としているが、まだ何も言おうとはしない。
「そっちの彼、君はどう思っている?」
「え・・・・・・・?」
「どうしたらこの戦争は終わると思う? MSのパイロットとしては」
「・・・・・・お前、どうしてその事を?」
カガリが叫んだ。それに大してバルトフェルドが何か言おうとしたが、キースがそれを遮る。
「そいつは俺のことも知っていた。こっちの動きは筒抜けだったってことじゃないかな?」
キースの回答にバルトフェルドは笑いながら立ちあがった。
「戦争には時間制限も得点もない。スポーツやゲームじゃないんだ。そうだろう?」
キラはカガリを庇う様に身構えた。
「なら、どうやって勝ち負けを決める。何処で終わりにすればいい?」
何処で・・・・・・
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キラはバルトフェルドの問いに答えられなかった。これまでそんな事を考えた事も無かったが、この戦争は何時終わるのだろう。答えられないキラに変わり、キースが口を開く。
「戦争とは、その開戦目的を達成した時に終わるものだ。今回の戦争なら、連合がプラントの独立を承認するか、プラントが連合に下るかだな」
キースの答えにバルトフェルドはジロリとキースを見た。
「本当に、それで終わると思うかい?」
「・・・・・・戦争にだってルールはある。それが近代戦ってもんだ。お互いを滅ぼそうなんて考えるのは正気の沙汰じゃない」
キースの答えにキラとカガリははっとしてキースを見やり、フレイは気まずそうに俯いた。キラとカガリはその可能性を考えた事は無かった。ナチュラルとコーディネイターの戦いが互いの殲滅戦にまで悪化する事を。そして、フレイはコーディネイターなんか滅びれば良いと思っているから。
だが、現実はどうだろう。サイーブの語っていた事実。ザフトはナチュラルの虐殺を行っていると言っていた、捕虜を皆殺しにしているとも。すでにお互いの憎悪は引き返せない所まで来ているのではないのか。
キースの答えにバルトフェルドは視線の厳しさを和らげた。
「君は、まだ正気の様だねえ?」
「いやあ、もう壊れてるだけかもしれんよ」
キースはおどけて見せ、立ちあがった。そして外を見る。
「だいぶ日も傾いてきた。そろそろ帰らせて貰っていいかな?」
キースの問いにキラとカガリ、フレイは驚愕した。自分たちを敵だと知っている男にかえっていいかなどと聞いているのだから。何処の世界にそんなふざけた要求を呑む奴がいると言うのだ。
だが、バルトフェルドは堪えきれないという感じで噴出した。
「はっはっはっはっは、本当に面白い男だね、君は?」
「よく言われる」
「良いだろう、表に車を用意させる。次は戦場で会おう」
バルトフェルドに促され、キースは3人を見た。
「それじゃあ、帰るとするか」
キース達はバルトフェルドの部屋を後にした。すると廊下で今度はアイシャに会う。アイシャはカガリとフレイの服を持っていた。
「あなた達の服よ」
自分の服を渡されて2人は慌てた。
「あ、じゃ、じゃあ、ドレスを返さないと」
「良いわ、あげる。その服、あなた達によく似合っていてよ」
アイシャはクスリと笑うと、4人の脇を通ってバルトフェルドの部屋に入っていった。4人はそれを見送るとホテルを出るべくエレベーターに乗りこみ、入口にまで来た。そこにはダコスタという名の青年が待っていた。
「隊長より車を渡す様に言われています」
「すいませんね」
キースは素直に頭を下げると、入口に止めてあるジープに乗りこんだ。荷台には自分たちの荷物が置かれている。キースは3人が乗りこんだのを確かめるとジープを走らせた。そのまま暫く走らせていると、隣に座るカガリが口を開いた。
「なんか、変な奴だったな」
「ああ、面白くて、手強そうな男だった。多分、そう遠くないうちに仕掛けて来るだろう」
キースの言葉にキラの顔色が変わった。あの人と戦わなくてはならない。その現実を目の前に突きつけられたから。四人はそれ以上何も語ることは無く、アークエンジェルに戻ったのである。
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アークエンジェルが砂漠に着陸して一週間が経過しようとしている。その間に整備やら補給物資の搬入やらといろいろやる事がある訳だ。そんな日々の間にも子供たちはやはりその珍しがりの血をたぎらせる事を忘れない。サイだけはキラ達がいない間にストライクを動かそうとしたという事件を起した為に営倉入りさせられている。
アークエンジェルはMSの運用艦だけあって、戦闘機のシミュレーターだけでは無く、MSのシミュレーターも備えられている。これに使われているプログラムはキラが鹵獲したシグー用に作り上げたナチュラル用OSが使われている。
ノイマンとキースが監督をしながら、まずカガリがスカイグラスパーのシミュレーターを使っていた。なかなか良い動きをするカガリにキースが口笛を吹く。
「へえ、やるねえ」
「当たり前だろ。これくらい軽い軽い」
調子に乗って軽口を叩くカガリに、キースは少し真面目な顔で釘を刺した。
「だが、素人にしては、というレベルだ。実戦に使える訳じゃないぞ」
「なんだよ、少しくらい喜ばせろよ!」
気分を害したらしいカガリがキースを見るが、キースはもうそれには取り合おうとせず、次のシミュレーターの方に行っている。残されたノイマンが気の毒そうにカガリを見ていた。
「まあ、気にしなさんな。あれで大尉は気を使ってるんだから」
「あれでかよ?」
「でなけりゃ、新兵の適正試験なんか引き受けたりしないだろ」
ノイマンの言葉にカガリは口篭もった。確かに、あいつは一言多いが断ったりすることはない。何か頼めば大抵引き受けてくれる。そう考えれば悪い奴ではないのだ。
今キースが見ているのはMS用シミュレーターだった。乗っているのはフレイで、四苦八苦しながら機体を動かしている。キースをその様子を見て、徐に教官用の端末からデータを引き出した。
「・・・・・・ふむ、まさか・・・・・・な」
キースはフレイのテストデータを見て僅かに眉を潜め、もう一度フレイを見た。必至に機体を操るフレイ。その顔は真剣そのものだ。キースは端末を操作すると、シミュレーターの難易度を少し上げてみた。すると、驚いた事にフレイはその難易度の変化に付いてきたのである。
『やるね。コツを掴むのが上手いというか、とにかく素養はある』
キースはトールに続いてフレイの項目にも○を付けた。
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何故このような事をしているかというと、鹵獲したシグーを戦力化できないかとナタルが持ちかけてきたためだ。確かにシグーのOSはキラの手で改良され、とりあえずナチュラルでも使えるぐらいにまでは仕上がっている。だが、現実問題としてフラガもキースもすぐにMSへの機種転換が行えるわけもない。2人ともスカイグラスパーのパイロットとして重要な存在であり、そんな事をしている時間的余裕に乏しいのだ。
そんな訳で新兵であるヘリオポリス出身の少年少女から適正のある者を選び出そうとした訳だが、早々にカズィとミリアリアが試験に落ちた。カガリは良い成績だがキースは彼女を乗せるつもりは全くない。結局キースが残したのはフレイとトールの2人だった。
「さてと、トールはともかく、まさかフレイが残るとは思わなかった」
キースがいささか呆れ顔でフレイを見る。他の4人も驚いた顔をしている。何より当のフレイが1番驚いているのだ。
「わ、私がですか?」
「そう、なんでか残っちゃてるのよね。よっぽど勘が良いのか、秘められた才能か」
キースはボールペンで頭を掻きつつどうしたものかとノイマンを見るが、ノイマンも少し途方にくれた顔をしていた。
「まあ、適正がある以上、仕方ないんじゃないですか?」
「だよねえ。艦長も使えるようにしろと言ってるし」
キースは溜息をつくと、トールとフレイを見た。
「とりあえず、2人には訓練をしてもらう。どっちが正規パイロットでどっちが予備パイロットになるかは分からんが、まあ頑張ってくれ」
キースの言葉に、トールとフレイは情けない顔を見合わせた。まさか、自分達がMSの訓練を受けるはめになるとは、これまで想像もしていなかったからだ。
そして、彼らは早くも地獄を見ることになる。
帰艦してきたスカイグラスパーから、キースが下りてきた。その顔色は何時もと変わらないが、いささか疲れている。駆け寄ってきたマードックが問い掛けた。
「どうですかい?」
「まあ、始めてだしねえ。俺も少し調子に乗っちゃったし」
キースの言葉にマードックは気の毒そうに後部座席を見た。同乗していたトールは完全に白目を向き、気絶しているのだ。整備兵が2人がかりで彼をコクピットから引きずり出している。そして、今度はフレイが震えながら後部座席に座った。操縦席にはキースが座る。ミラーで後部座席を確認すると、フレイは真っ青な顔をしていた。
「良いかフレイ、対G訓練だ。おまえはただ堪えていれば良い」
「は、はい!」
「ようし、それじゃ行きますか!」
そして、再び大空に悲鳴が響き渡ったのである。
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数日後、キースはフラガと共に訓練の評価を手に考えこんでいた。いささかおかしな感じがするからだ。
「どう思う、キース?」
「どうと言われても、これが現実って事でしょうね」
2人の見ているデータでは、フレイの成長がやけに早いのだ。自分達は出来る限りの予定を組んで2人を鍛えているつもりだったが、それを考えてもフレイの成長は早かった。女性ということもあり、対G訓練の成果はトールに負けているが、MSシミュレーターの成績が急激に良くなっている。自分で訓練後も特訓でもしているのだろうか。決してありえない成長速度ではないのだが、それでも早い。
「才能がある、という言葉で片付けるのも、なんですね」
「まあ、早く一人前になってくれるならそれにこした事はないんだがな」
何か期待するようなフラガの言葉に、キースは小さく笑った。
「そんな簡単に戦力化できるなら、苦労はしません」
「分かってるよ、そんな事はな」
フラガがぶっきらぼうに言い返してきた。まったく、新兵が簡単に1人前になるなら苦労はしない。2人は確かに良い素質があるが、これが実戦で使えるようになるまでにはまだまだ時間がかかる。
フラガが去った後のブリーフィングルームに一人残ったキースは、これからどうしたものかと顔を天井を見上げた。ふと、ヘリオポリスからここまで来た子供達がの顔が思い出された。そして、あの特徴的な赤い髪が思い出される。
「・・・・・・守りきるんだ、今度こそな。アネット」
ボソリと呟く。誰もいない天井に向って。
その時、いきなりブリーフィングルームの扉が開いた。そして驚いたような声が聞こえてくる。
「バゥアー大尉?」
「・・・・・・副長、かな?」
キースは顔を戻し、声のした方を見る。そこにはタナル・バジルール中尉の真面目一徹な顔があった。
「こんな時間に、何か用かな?」
「いえ、パイロットの養成状況を伺おうと思ったのですが・・・・・・」
キースは相変わらず真面目なこの同僚に少し呆れた視線を向けた。そして、よいしょっとかけ声を出して立ちあがる。
「少し疲れたよ。外の空気でも吸いに出ないか?」
「はあ・・・・・・構いませんが」
ナタルはいささか面食らった顔になったが、別に異論を唱えたりはしなかった。キースに半歩遅れる位置に付いて歩いてくる。その間にも聞きたい事を問いかけてくるのは忘れない。
「それで大尉、トール・ケーニッヒとフレイ・アルスターの仕上がり具合はどうなのです?」
「まあ、そこそこかな。俺と少佐が教えこんでるんだから並の訓練所よりは余程早く仕上がるとは思うが、数ヶ月はみてくれないと」
「それでは実戦に間に合いません!」
「そんな事は分かってるけどねえ」
キースはナタルを見た。あいかわらずキツイ表情だ。美人なのにその張り詰めた空気のせいでかなり損をしている。あとこの性格も何とかして欲しいところだ。
「なあ、中尉は子供達を前線に立たせる事に忌避感とかは感じない訳?」
「あの年で前線に立つ者など、珍しくはありません」
「・・・・・・・・やな時代だねえ。ほんと」
そうなのだ、15歳ぐらいの子供が前線で銃を取ることが珍しくない。そんな時代なのだ。キースは暗澹たる思いに囚われてしまった。
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外に出た2人は少しアークエンジェルから離れた所まで出た。周囲が開け、遠くがとてもよく見れる。夜空に散りばめられた星々が美しい輝きを放っている。キースは夜空を見上げてその場に腰を降ろした。
「久々に、のんびりした夜だな」
「大尉、我々は遊んでいる訳には・・・・・・」
「まあまあ、中尉も座りなよ。あんまり気を張ってるとどっかで壊れるぞ」
キースに促され、ナタルは渋々キースの隣に腰を下ろした。そして同じように夜空を見上げる。思ったより素直に従ったことにキースは少し驚いていた。てっきりもう少し文句を言って来るかと思っていたのだが。
「・・・・・・大尉、1つお聞きしても宜しいですか?」
「別に構わんよ。あと、部下の前じゃないんだ。キースで良いよ」
「は、はあ・・・・・・キース、ですか」
「そう、それで良い。で、何が聞きたいの?」
キースに促され、ナタルは顔を俯かせて聞いてきた。
「キ、キース・・・大尉は、どうして軍に入ったのです?」
「・・・・・・どうしてそんな事を聞く?」
「前に私に言いました。何故軍に入ったのかと。私はそれをずっと考えていて、どうしてあなたが軍に入ったのか知りたくなったのです。大尉は復讐とか言ってましたが」
ナタルの問い掛けに、キースは少し考えて答えた。
「俺は、家族の敵討ちだよ」
「・・・・・・すいません、余計な事を聞いてしまって」
「いや、気にしないでくれ。人に同情されたいとは思わないからね」
キースの表情に変化はなかったが、何となく声に辛さが滲んでいるようにナタルには感じられた。そして、ナタルも空を見上げた。キースと同じ物を見れば、彼の考えが理解できる気がしたのだ。
キースは横目でナタルの横顔を見た。珍しく口元に笑みが浮かんでいる。
「どうだい、なかなか気分が落ちついて来るだろ」
「・・・・・・そうですね。確かにリラックスできます」
星空を見上げる2人。キースはナタルの肩の力が抜けてきたのを見ると、いつか話さないといけないと考えていた事を口にした。
「なあ、バジルール中尉。君はもう少し肩の力を抜いた方が良いと思うよ。俺やフラガ少佐みたいになれとは言わないけどな」
「キース大尉はいささかハメを外し過ぎですがね」
「そいつはキツイねえ」
キースは声に出して笑い出した。それに釣られてナタルも小さく笑い出す。ナタルが笑う所を始めて見たキースは新鮮な驚きを感じたが、それ以上に笑いの衝動が込上げてきて、また笑い出してしまった。そのまま暫く2人で笑い続けている。
笑いが収まって来ると、キースはゆっくりと腰を上げた。ナタルも立ちあがる。
「さてと、そろそろ戻りますか。あんまり遅くなると変な誤解を受けるかもしれんし」
「ど、どういう誤解ですか!」
顔を赤くして怒鳴るナタルに、キースは笑いながら懐から1つの細長い箱を取り出した。それをナタルに差し出す。ナタルはそれを見て目を丸くしていた。
「ほい、プレゼント」
「わ、私に、ですか?」
「そうだよ。中尉は洒落っ気がないからねえ。せっかく美人なんだし、少しはそういう事に気を使っても良いんじゃないかと思う。艦長だって化粧とかには気を使ってるぜ」
ナタルは渡された箱を開け、中からエメラルドが飾られたネックレスを取り出した。
「こんな物を・・・・・・高かったのでは?」
「なあに、どうせ滅多に使うことのない給料さ。もう溜まりまくりでね。少しくらい無駄遣いしてもどうって事はない」
キースはそれだけ言うと、ナタルに背を向けて歩き出した。ナタルはしばしその背中を見送った後、戸惑った表情で渡されたネックレスを見る。しばしの逡巡の後、ナタルはそのネックレスを首にかけてみた。
「・・・・・・こういう物も、良いかもな」
少しだけ嬉そうな顔で、ナタルは首にかかるエメラルドを見た。こういう贈り物にエメラルドを選ぶ辺りにキースらしさが出ていると思える。そして、何となくこれまでキースが自分に言ってきたことの意味をもう一度考え直して見ようと思った。
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翌日もトールとフレイの訓練は行なわれていた。キースのスカイグラスパーに乗って激しい機動を繰り返すという特訓を受けてもなんとか気絶しないようにはなった。だが、変わりに吐き気と凄い疲労に襲われるようになり、戻ってくるなりグッタリと格納庫の資材の上に横たわっていたのである。
「ト、トール、生きてる?」
「フレイこそ・・・・・・大丈夫か?」
もはや毎日のように死にかけている2人にマードックが笑いながら声をかけて来る。
「なあに、気絶しなくなっただけでもたいしたもんさ。バゥアー大尉の機動は殺人的とまで言われてるからな。あの人の機体で気絶しないなら、フラガ少佐のグラスパーに乗っても平気だよ」
「そ、そんなあ〜」
マードックの励ましにトールが情けない声を上げる。この後は午後からシミュレーター訓練が待っているのだ。このシミュレーター訓練も最近はなんとか動かせるようになってきてるが、まだまだ先は長い。
フレイはよろよろと立ちあがると、何時ものようにストライクの方に歩いて行く。最近のキラはストライクで寝泊りしているという奇妙な行動をしており、フレイはそんなキラに会いにいっているのだと噂されていた。まあ、それが間違っている訳ではないのだが。
フレイを見送ったトールは、少し複雑そうな顔でマードックに話し掛けた。
「マードックさん、最近、キラの様子はどうですか?」
「あん? ヤマトか。あいつもけっこう疲れが溜まってるみたいだぜ。ちゃんと部屋で寝れば良いのよ」
「・・・・・・あいつ、最近変なんですよ。サイもなんか様子がおかしいし、フレイのせいで何もかも滅茶苦茶になってる気がするんです」
「まあ、男と女の関係だけは方程式なんかねえからなあ。こればかりは本人達の問題さ」
「でも、あれじゃサイが可哀想ですよ」
「アーガイルに彼女を繋ぎ止めておくだけの魅力がなかったって事じゃないのかい?」
マードックの言葉に、トールは違うと思った。サイは言っていたのだ。自分に落ち度がないのに突然フレイが離れて行ったと。何かあるのだ。フレイがキラに近づいた理由が。
格納庫で愚痴っていると、フラガがやってきてトールを見た。
「お、今日もへばってるな」
「少佐〜、大尉に少しは手加減するように言ってくださいよ〜」
トールの情けない言葉にフラガは軽く額を叩いた。
「何を言ってるんだか。訓練なら死ぬ事はないんだからそれくらい我慢しろよ」
「これは拷問ですよ〜」
「あいつなりにあれでも手加減してるぜ。あいつが本気出したらあんなもんじゃない。本職のアーマー乗りでも気絶してるんだからな」
フラガの脅しにトールは真っ青になった。あれで本気じゃないなんて。
3人が話していると、ナタルがやってきた。
「少佐、それにケーニッヒ二等兵、こちらでしたか」
「おや、これは珍しい。副長さんがどうしてこんな所に?」
からかうようなフラガの問い掛けに、ナタルは小さく笑って答えた。
「私も一度現場の状況というものを見ようと思いまして」
「へ、へえ、そうなの・・・」
何時もと違い、随分と柔らかい声で返答してくるナタルにフラガは少し引いた。いや、悪い訳ではないのだが、こう、違和感が付き纏うのだ。何かあったのだろうかと。
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そこまで考えてフラガはナタルがネックレスを身につけている事に気づいた。彼女にしては珍しい。
「おや、どうしたの、ネックレスなんかつけて?」
「これですか。たまには良いかと思いまして」
「ふぅん、似合ってるぜ、それ」
どういう心境の変化かと思ったが、あえてそれ以上追求したりはしない。副長が丸くなってくれるならそれに越した事はないからだ。
フラガとナタルが話している所にようやくといった感じでキースもやってきた。ヘルメットを小脇に抱え、やれやれといった風情でこちらにやってくる。
「ああ、腹減った・・・・・・て、副長じゃないの、どうしたの?」
「いえ、2人の様子を見に」
「そうか。まあ、それは良いことだ」
現場を知らないナタルでは、指揮にどうしても無理が生じることがある。それを危惧していたキースだったが、ナタルが自分から現場というものを把握しようとするのはいい傾向だと言えた。
「それで、どうだい?」
「確かに、これではまだまだ時間がかかりそうですね。ケーニッヒ二等兵はボロボロです」
「す、すいません〜」
ナタルにまで言われてすっかりへこんでしまうトール。キースはそんなトールを見やり、元気付けるように言った。
「心配するな。だいぶ耐えられる様になってきてる。この調子ならMSの実機訓練もそう遠い話じゃないぞ。その時はキラにでもしごいてもらえ」
「それはそれで疲れそうです〜」
何処まで行っても楽にはなれそうもないという現実に、トールは悲しそうに言い返した。そんなトールを立ちあがらせると、キースは全員に問い掛けた。
「そろそろ食事にしようと思うんだが、よかったら一緒にどう?」
「俺は構わないぜ。腹も減ったしな」
「すいませんが、俺はまだ仕事がありますんで」
「俺に拒否権は無さそうですね」
フラガとトールが応じ、マードックが済まなそうに断る。そして、そこに意外な人物が加わってきた。
「私も同席してよろしいでしょうか?」
「・・・・・・え、いいの?」
フラガが意表を付かれて聞き返す。ナタルはそれに頷き、フラガとトールは心底驚いた顔になった。キースだけはニヤリ笑いを浮かべている。
「良いんじゃない。少佐もトールも問題あるかな?」
「い、いや、問題はないけど」
「俺も構いませんけど」
フラガとトールが応じたので、4人は一緒に食堂へと向ったのである。その後姿を見送ったマードックは心底面白そうにその後姿を見送っていた。
「こいつは、何があったのかねえ」
あのお堅い副長がどういう心境の変化かと思った。だが、キースの言うとおり、良いことなのかもしれない。あの副長には何処か近寄り難い雰囲気があり、整備班でも愚痴っていたくらいなのだから。
マードックは仕事に戻ろうと身を翻し、奇妙なものを見つけた。カガリがじーっとシグーを見上げているのだ。
「おいおい、どうしたんだお嬢ちゃん?」
「え、あ、いや・・・・・・こいつ、動くのか?」
「シグーか? 一応動かせるぜ。もっとも、まだパイロットがいないけどな」
「ふーん、そうか」
マードックはカガリの目の輝きに何やら不穏なものを感じたが、それ以上追及したりはしなかった。
76
プラントに戻ったクルーゼ隊。アスランはそこで得られた休暇を生かして母の墓参りをしていた。ここ最近は軍務で忙しくて中々来れなかったのを気にしていたからだ。花束を手にユニウス7の犠牲者達の遺体の無い墓が並んでいる墓地を歩いていく。
そして、母の墓の見える通りまで来た時、墓の前に立つ人物に気が付いた。
「父上?」
そこにいたのは、パトリック・ザラだった。常に評議会で辣腕をふるい、この戦争を指導している強硬派の実質的なリーダー。
パトリックもアスランに気付いたのか、アスランの方を見た。
「お前か。レノアの墓参りか?」
「はい、父・・・・・・いえ、国防委員長閣下」
敬礼をするアスランにパトリックは苦笑し、敬礼など不要だと身振りで示した。それを見てアスランが困惑した表情を作る。父は戦争が始まって以来、常に公人としての立場を示し続け、自分にもそれを要求し続けて来たのだから。だが、今目の前にいるのはザラ国防委員長ではなく、自分の父、パトリック・ザラに見えた。
「ふふふ、レノアの墓の前でまで堅苦しくせんでも良い。そんなことはレノアも嫌だろう」
「父上」
パトリックは母の墓の前から一歩引くと、アスランに場所を空けてくれた。アスランは母の墓の目に立つと、持ってきた花束を添え、目を閉じて冥福を祈る。そして、振りかえって父を見た。
「父上、執務の方は宜しいのですか?」
「私とて、仕事より優先することはあるさ。レノアの墓参りに勝る仕事などありはせんよ」
はっきりと言いきる父に、アスランは改めて父がどれだけ母を愛していたのかを思い知らされた。もしかしたら、自分が疎かにしていた間も父は激務の間にここを訪れていたのではないだろうか。
パトリックは久しく見なかった笑顔を見せると、アスランを食事へと誘った。
「まあ、偶然とはいえお互いに時間が取れたのだ。どうだ、これから食事でもせんか。話したいことも色々あるしな」
「ええ、そうですね」
アスランは穏やかな顔で頷いた。父の顔をこんなに穏やかな気持ちで見られるのは随分久しぶりだったのだ。
2人は墓地の近くにある小さなレストランで食事をとる事にした。もともとパトリックもアスランも華美を好むタイプではない。母が生きていた頃は家で食事をしたものだが、今はお互いに会うことさえ難しい身だ。
パトリックは赤ワインを手にアスランに今のプラントの実情や今後の方針を語って聞かせた。それを聞かされたアスランが驚く。
「オペレーション・スピットブレイク。アラスカ強襲作戦ですって?」
「ああ、すでに評議会には提出された。そう遠くないうちに可決されるだろう」
「ですが、アラスカの防備はこの上なく堅固だと聞いています。堕とせるでしょうか?」
「私はやれると思っている。この作戦が成功すれば連合も弱気になり、停戦に応じるかもしれないからな」
パトリックは赤ワインを口にし、グラスを置いた。その目にはやや疲れが見て取れる。プラントの国防をその身に背負っているのだ。その心労たるや、想像を絶するのだろう。
「クラインの言うことも分かる。確かに我々は何時までも戦っている訳にはいかない。資源も生産力も兵役人口も劣るからな。だが、一度始めてしまった戦争だ。負けて終わる訳にもいかんだろう」
「ですが父上、何処で戦いを終わらせるつもりなのですか?」
アスランの問いに、パトリックは難しい顔になった。
「私としては今の段階で戦争を止めても構わないと考えている。我々は十分過ぎる勝利を収めたし、連合が我々に妥協を示せばそこで終わらせられるのだ」
「では、地球側は未だに強硬な姿勢を崩してはいないと?」
「ああ、奴らはまだ負けたとは考えていないらしい。だからこそのスピットブレイクなのだ。これで総司令部を失えば、流石に奴らも強気の姿勢を崩さざるを得ないだろう」
パトリックが何故こんな作戦を打ち出したのか、アスランにも理解できた。確かにこれなら連合の弱気を引き出せるかもしれない。これが最後の犠牲となるなら、無茶にもそれなりの意味があることになるだろう。
77
パトリックの話はまだ続く。
「評議会も、軍も、民衆もこの戦争に勝てると思っている。私の演説が招いた結果なのだが、皮肉なものだ。舌禍とでもいうのか、自分で煽った世論に自由を奪われるとはな」
苦笑しながら赤ワインをグラスの中で揺らす。多分、アスランに語っているのがパトリックの本音なのだろう。
「だから、奴らの側に弱気を見せてもらわねばならん。そうでなければ終戦へ持っていくのは難しい。クラインの言うことは間違ってはいないが、理想に走りすぎているのだ。奴のやり方では軍も民衆も納得しまいし、評議会の支持も得られないだろう」
「シーゲル様は、その事を?」
「無論、奴とて理解しているだろう。理解した上で言っているのだ。シーゲルの言い分も必要なものではある。私が主戦論を唱え、奴は非戦を唱える。それでこれまで評議会はバランスをとってきたのだ」
「ですが、今は主戦論が台頭している」
「そう、だからこそ頭が痛い。シーゲルも次の選挙で落選すれば評議会を追われるだろう。そうなれば戦争という流れを止めるのは不可能になる」
パトリックの顔に苦悩の色が浮かぶ。アスランは自分の置かれている状況など、父に較べればどうと言うことのないほど軽い問題だと気付かされた。
アスランとパトリックはレストランを後にすると、暗くなった道を並んで歩いていった。2人でこうして歩くのも随分久しぶりだ。
「そういえばアスラン、ラクス嬢とは、最近会っているのか?」
「いえ、忙しくて中々時間が取れないもので」
「それはいかんな、明日にでも会ってやれ。次は地球なのだろうが」
「は、はい」
顔を赤くして答えるアスランをみて、パトリックは小さな声で笑いだした。息子の不甲斐なさを指摘し、自分はそんなに臆病でも甲斐性無しでも無かったぞと説教を垂れる。だが、もしこの事を妻、レノアが聞いたらどう指摘してくれただろうか。
ひとしきり近況を語り合った後、パトリックは言い難そうに重要な話しを切り出した。
「・・・・・・お前には話しておこう。プラントは連合との戦いに勝利する為、2つの切り札の開発に着手した」
「切り札ですか?」
「そうだ。1つはジェネシスという強力なエネルギー兵器だ。地球を直接攻撃出来る射程と威力を持っている。もう1つはNJCを搭載した核動力MSの開発だ」
「核動力、ですって・・・・・・」
アスランは絶句した。プラントはあらゆる核エネルギーを無条件で放棄した筈だからだ。今では使われているのは戦艦用のレーザー核融合炉ぐらいのものだろう。特にアスランは核で、血のバレンタインで母を失っており、核への憎しみが強い。
「何故です、プラントは全ての核を放棄すると言ったではないですか!?」
「私とて分かっているのだ。誰があんなものに好き好んで同意するものか」
パトリックの声は苦々しさに満ち、彼自身が不本意であった事を教えている。無理も無い。自分の妻の命を奪ったのはその核なのだから。
「だが、やむを得なかった。連合のMS開発がはっきりした事で、評議会の中からより強大な戦力を求める声が高まったのだ。彼らを落ち付かせるには、それなりの材料を示す必要があったのだ」
「その為のNJC搭載MSと、ジェネシスですか」
「ああ、だが、NJC搭載MSはともかく、ジェネシスだけは不味いのだ。あんな物が完成する前にこの戦争を終わらせなくてはならん」
真剣に語る父の横顔に、アスランも早くこの戦争を終わらせねばという思いを強くしてしまう。パトリックはアスランを見やり、念を押すよう言った。
「アスラン、その為にもお前には頑張って貰わねばならない。頼むぞ」
「・・・・・・はい、父上」
頼み込むパトリックに、アスランは力強く頷いて見せた。
78
砂漠の虎、アンディ・バルトフェルドは出撃準備を整えていた。アークエンジェル発進の報を受け、レセップスの出撃を命じたのだ。戦力は少ないが、ジブラルタルからの補充を受けて多少は回復している。バクゥはほとんど壊滅状態であり、稼動機は僅かに3機でしかない。これにバルトフェルドのラゴゥと、補充で送られてきたザウートが2機と、宇宙から落ちてきたイザークのデュエルが加わる。
だが、バルトフェルドは苛立っていた。
「なんでザウートなんか寄越すかね。バクゥは品切れか!?」
「ジブラルタルの方も大変らしいです。ヨーロッパで攻勢に出るそうで、そちらに兵力が回されてるそうですから」
「ふん、狙いはバイコヌール宇宙基地か。旧式のマスドライバーだね」
「はい。小型の物なら宇宙にまで上げられます。それを奪取するか、破壊したいと」
軍の方針は理解出来る。だが、これから決戦という時に厄介な事になったものだ。更にバルトフェルドにはもう1つの頭痛の種がある。クルーゼ隊のイザーク・ジュールだ。赤を着ているだけあってそれなりの腕なのだろうが、地上での実戦経験がないパイロットなどどれほどの役に立つか。
だが、戦わなくてはならない。アークエンジェルは動き出したのだ。方角は北東。どうやら東地中海を目指しているらしい。相手がどういう成算を持ってヨーロッパを目指すのかは分からないが、その進路にバルトフェルドは意外さを隠せなかった。
「目的地はトリポリか、チェニスかな」
まさかそう動くとは思っていなかった。ヨーロッパには強力な部隊が展開している。まさか自分から虎口に飛びこむと言うのだろうか。
「どうしますか。イタリアの友軍に任せるという手もありますが?」
ダコスタが控えめに提案してくる。その裏にはこの戦力ではあの艦を沈めるのは難しいという現実がある。出来ればこのまま見送りたかったのだ。
だが、バルトフェルドがこの意見をいれないこともまた分かっていた。この上官は戦いたがっているのだから。
ダコスタはもう一つ、厄介な問題を報告した。
「実は、イザーク・ジュールはもう到着しているのですが」
「ほう、そうなの。じゃあ一度顔合わせしなくちゃね」
バルトフェルドは何でもない様に答えると、立ちあがってレセップスの甲板を目指した。甲板ではすでにデュエルとザウートが降ろされ、艦内に搬入する作業が行なわれている。その中に目立つ赤いパイロットスーツを来た銀髪の青年がいた。彼はこちらに気付くと駆け寄ってきて敬礼をした。
「イザーク・ジュールであります」
「ご苦労さん、アンドリュー・バルトフェルドだ。空からのダイブから海水浴か、ご苦労だったね」
「・・・・・・バルトフェルド隊長、足付きは今何処に?」
バルトフェルドの言葉に反感を覚えつつ、イザークは1番気になっている事を問い掛けた。ダコスタはこのイザークという少年に反感をもったが、上官が何も言わない以上、自分が口にするべきではない。もっとも、この上官はこの程度で怒るような人間ではないとダコスタにも分かっているのだが。
アークエンジェルでも決戦を決意していた。砂漠の虎はかならず仕掛けて来る。それがマリュ−を含めた全員の統一見解であった。だから出撃準備は入念に整えている。ゲリラが攻撃参加したがっていたが、これは断っている。はっきり言ってはなんだが、ゲリラの戦力では開けた場所での正規軍どうしの戦いに役に立つ訳がない。変わりにサーブからの頼みでカガリとキサカを乗せることになった。何故この2人をとマリュ−は疑問に思ったが、キースがそれを受け入れるように進言したのだ。
艦橋に戻ってマリュ−とナタルはそのことをキースに問い掛けている。その答えは至極簡単なものだった。
「あそこで受け入れないと、ゲリラたちが無理してでもついて来そうだったんで。多少妥協してでもそれだけは避けたかったんです」
2人の部外者を受け入れてでも身軽に戦いたい。それがキースの理由であった。だが、この事がとんでもない事件を引き起こしてしまう。
79
航行するアークエンジェルのレーダーは少し前から自分たちを追尾してくる機影に気づいていた。艦船らしき反応が2つ。考えるまでもなく、レセップスと随伴艦だろう。マリュ−は艦内電話を取ると格納庫に繋いだ。
「フラガ少佐、バゥアー大尉のスカイグラスパーは直ちに発進、付近の偵察を頼みます。ストライクの発進は暫く待って!」
「了解、ムウ・ラ・フラガ、ソードパックで出る!」
「同じく、キーエンス・バゥアー、ランチャーパックで出ます!」
フラガとキースのスカイグラスパーが出撃して行く。恐らくは最強の航空部隊だろう。2機のスカイグラスパーが出てすぐにフラガからの通信が入って来る。
「こちらフラガ、敵はレセップスに駆逐艦が1隻、ヘリが何機か出てきてる。バクゥが3機に似たようなのが1機だ。あと、レセップスにザウートが2機と、なんでか知らんがデュエルがいる!」
「デュエルですって!?」
マリュ−は驚いた。まさか、デュエルがこんな所にいるとは。ナタルがCICから指示を出す。
「ゴッドフリート、バリアント発射準備、艦尾ミサイルランチャーにウォンバットを装填。イーゲルシュテルン全基起動!!」
「了解!」
素早くCICクルーが動いていく。各種兵装に弾が込められ、ゴッドフリートがこちらに迫るレセップスを狙う。そしてストライクも出撃して行った。
キラはフラガからの情報を元に敵の動きを大まかにに把握している。まことに制空権というものは大きい。レセップスを飛び立ったヘリ部隊は何も出来ずにフラガとキースに全滅させられたようだ。
「少佐、キラの援護を他のみます。俺はレセップスを!」
「分かった、堕とされるなよ!」
キースの言葉に頷き、フラガは機体をバクゥに向ける。キースはスカイグラスパーの大火力を使ってレセップスと駆逐艦を仕留めるつもりでいた。ザウートとデュエルが煩いが、地上ではそれほどの脅威とはうつらない。
それとほぼ時を同じくしてキラのストライクとバクゥが戦闘を開始した。3機のバクゥが激しく動きながら攻撃してくる。それをキラは上手く避けながらビームライフルの一撃で的確に仕留めようとする。上空からフラガのスカイグラスパーが援護してくれるのでこれまでよりも遥かに戦いやすい。アークエンジェルの方は敵艦隊と互角に戦っている様だ。
その時、フラガの警告が飛び込んできた。
「キラ、気をつけろ、でかいのがそっちに行くぞ!」
「でかいの?」
バクゥではないのだろうか。キラが緊張して辺りを見まわすと、すぐにそれは姿を現した。オレンジ色の、バクゥより一回り大きなサイズを持つ4足MS。明らかに今までのバクゥとは違う動きを見せる
「これは隊長機・・・・・・あの人か!」
キラはシールドとライフルを構えなおすとバルトフェルドのMS、ラゴゥへと挑んで行った。
アークエンジェルではストライクが敵の新型と応戦している為にバクゥが1機迫っていた。イーゲルシュテルンがそれを狙うが機敏に動くバクゥにはなかなか当たらない。逆にバクゥの砲撃で傷つけられる有様だ。
そんなアークエンジェルの中で、カガリが勝手な行動を起していた。格納庫に来たカガリは無断でハンガーに固定されているシグーのコクピットに乗りこんだのだ。気づいたマードックが慌てて声をかける。
「おい、何してるんだお嬢ちゃん!」
「機体を遊ばせておく余裕なんかないだろ!」
咎めるマードックに怒鳴り返し、カガリは機体を起動させた。
「私がこいつで出る!」
「馬鹿を言うんじゃねえ。お前は訓練も受けてねえじゃねえか!」
マードックがなおも食い下がるが、カガリは機体を起動させると歩かせ始めた。何で動かせるのかとマードックは思ったが、それよりももっと大きな問題がある。
「止めろお嬢ちゃん、死ぬつもりか!」
「いいから早くハッチを開けろ。でないと内側から破るぞ!」
「おい、正気かお前!?」
だが、言って止まる様子は無さそうだ。76mm重突撃機銃を手に歩き出す。仕方なくマードックはハッチを開けさせた。
80
カガリが出撃した事は直ちに艦橋に伝えられ、マリュ−とナタルが驚愕する。幾らなんでも無茶苦茶だ。
「ちょっとカガリさん。何を考えてるの、すぐに戻りなさい!」
マリュ−が命令するが、カガリは聞く様子もなかった。
「戦わなけりゃ殺されるんだよ!」
「それは素人に動かせる機体じゃないわ!」
「やってみなくちゃ分からないだろ!」
カガリは砂漠に降り立ち、そこで早くも自分の目論見の甘さを露呈した。所詮は実戦の洗礼を浴びていないOSである。固い地盤の上でならそれなりに動けただろうが、砂地の上で動く事など考慮されてはいなかった。たちまち砂に足を取られて上手く動けなくなるカガリのシグー。
「おい、なんだよこりゃ!?」
カガリは驚いて闇くもに機体を操作したが、それは余計に状況を悪化させるだけだった。艦橋からそれを確認したマリュ−がそれ見たことかと言わんばかりに右手で顔を覆い、ナタルが舌打ちして援護を命じる。シグーに迫るバクゥにウォンバットが撃ち込まれ、バクゥを牽制した。その間にミリアリアが通信でフラガを呼び出す。
「フラガ少佐、キース大尉、すぐに戻ってください。カガリがシグーで勝手に出撃して、追い詰められてるんです!」
「なにぃ、あの馬鹿、そんな事やったのか!?」
「キース、お前が戻れ!」
驚いて機体を反転させるキース。対空砲火を放っていたデュエルは逃げ出したとしか思えないのスカイグラスパーに文句を言っていた。
「逃げるな、俺と戦え!」
キースが戻ってきて見ると、砂に足を取られたシグーにバクゥが襲いかかっていた。ミサイルを受けたのか、機体から黒煙が上がっている。右手に持つ重突撃機銃を懸命に撃っているが、姿勢が悪い上に慌てているのだろう。まともな照準さえしていないようだった。キースはシグーに通信を繋いで声をかけた。
「おい、カガリ、まだ生きてるか!?」
「あ、ああ、なんとかね」
いささか落ちこんだ声が返ってきた。だが、その声も今のキースには怒りを掻き立てるものでしかない。
「この大馬鹿やろうが。帰ったら覚悟してろ!」
それだけ言って通信を切ると、キースはシグーを狙うバクゥに狙いを定めた。スカイグラスパーの固定武装である中口径キャノンと砲塔型の大口径キャノンを発射する。牽制が狙いだったので攻撃はバクゥの前面に砂埃を巻き上げただけに終わったが、こちらに気づいたバクゥはカガリのシグーから離れた。
大口径砲の残弾を確認したキースは動き回るバクゥを見やると、アークエンジェルに通信をいれた。
「副長、バリアントでバクゥを狙ってくれ。こっちで動きを押さえ込む!」
「了解しました!」
ナタルの返事を聞いて再びスカイグラスパーを反転させる。高速で動くバクゥにアグニは当て難いが、中口径キャノンと機銃で進路上を狙い撃つ事でその足を止めようとする。幾ら早くても2次元的な動きしか出来ないバクゥがスカイグラスパーの攻撃から逃れるのは困難だ。容易く動きを封じこまれてしまう。
バクゥの動きが止まったのを見たナタルは鋭い声で命じた。
「バリアント1番2番、てぇ!」
大口径レールガンが撃ち出され、瞬時にしてバクゥを粉々にしてしまう。直撃という訳ではないだろうが、戦艦の装甲さえ容易く貫通するバリアントの至近弾を受けたのだ。MSの装甲など紙のようなものでしかない。
バクゥを片付けたアークエンジェルは高度を取り、今度はレセップスとの砲撃戦を開始した。ゴッドフリートがそちらに向けられ、艦尾発射官に対艦ミサイルのスレッジハマーが装填される。そしてキースは再びレセップス攻撃に戻っていった。
81
ラゴゥとの死闘を繰り広げるストライク。ラゴゥの装備する強力なビーム砲がストライクを襲うが、キラはそれを巧みに躱しながらビームライフルを放っていた。だが、ラゴゥはたえず位置を変えて狙いを絞らせない。
動いた先に上空から砲弾が降り注いだ。フラガのスカイグラスパーが上空から援護してくれているのだ。
「キラ、残ってるのはそいつだけだ!」
「フラガ少佐、それじゃあアークエンジェルは!?」
「無事だ。駆逐艦も沈めて、レセップスも動かなくなった!」
フラガの声には安堵の響きがある。アークエンジェルはこの戦いに勝ったのだ。まだデュエルとザウートが1機づつ残っているが、これは砂漠では悲しいほど足が遅いので楽に振り切る事が出来る。後はこのラゴゥを片付けるだけなのだ。
キース機も駆けつけて来た事で戦況は圧倒的になった。バルトフェルドは2機のスカイグラスパーの攻撃を躱しながらキラのストライクの相手もしなくてはいけなくなり、対処し切れなくなっている。すでにレセップスのダコスタには退艦命令を出した。もうこの戦いは自分の私戦でしかないのだ。
その時、遂にキースの放ったアグニがラゴゥのビーム砲を吹き飛ばした。爆発の衝撃が機体を激しく揺さぶり、アグニの余波が上面を醜く焼けただらせる。
「やられたか!」
「どうするのアンディ?」
愛する男に問い掛けたアイシャ。
「君は脱出しろ。アイシャ」
アイシャはチラリと彼を見て、笑って言った。
「そんな事するくらいなら、死んだほうがマシね」
思わずバルトフェルドは微笑んだ。
「君も馬鹿だな」
バルトフェルドは苦笑した。まったくい、どうして自分の周りには器用に生きられる人間が少ないのだろう。自分が勝って気侭に生きてきた分、回りの人間が自分を反面教師にでもしたのだろうか。
だが、まあいいさ。最後を彼女と共に戦い、逝くというのも悪くはない。
アイシャを振り返り、その顔を目に焼き付けた。
「・・・・・・なら、最後まで付き合ってくれ」
バルトフェルドはラゴゥを突っ込ませた。このMSと2機の戦闘機に勝てるとは思っていない。だが、せめて一矢報いたかった。残された最後の武器、ビームサーベルを展開させる。
突っ込んでくるラゴゥに、キラはビームサーベルを構えた。これが最後の勝負だろう。上空からは2機のスカイグラスパーが猛禽の如く襲いかかってきている。ラゴゥがストライクを切り裂こうと突っ込み、ストライクは身を沈めてそれを避ける。振られたビームサーベルが前肢を2本とも切り裂き、ラゴゥを砂丘にめり込ませる。それで戦いは決した。動けなくなったラゴゥのコクピット部分にフラガが大口径砲を撃ちこみ、ラゴゥは爆発四散してしまった。
「・・・・・・バルトフェルドさん、あなたは、どうして?」
破壊されたラゴゥの残骸を見下ろし、キラは小さな声で彼の名を呼び、聞きたかった事を問い掛けた。どうしてあなたはここまで戦ったんですかと。
82
こうして砂漠の虎との戦いは終わった。残存部隊は後退していき、カガリのシグーはストライクによって回収された。帰ってきたカガリを待っていたのは怒り心頭という状態のキースであった。足音も高く歩み寄ってくると、いきなりカガリの右頬を拳で殴りつける。小柄な体が災いしてか、思いっきり吹っ飛ばされるカガリ。
キラたちは驚きのあまり呆然としていたが、我に返ると慌ててキースの体を押さえた。まだ憤懣収まらない様子のキースは、放っておいたら倒れているカガリに蹴りくらいいれそうだったからだ。
「止めてください、キースさん!」
「離せキラっ!」
キラが全力を出して押さえこもうとしたが、キースはナチュラルとは思えない力でキラの縛めを振り解こうとしている。キラは訓練された軍人の体をナチュラルと甘く見ていたのだ。きちんと訓練すればナチュラルとて素人のコーディネイターに負けたりはしない。ましてキースはその戦法上、桁外れなGに耐えられる体を持っているのだ。だが、それでもこの力は異常だとキラは思った。
キラは堪らず回りに助けを求めた。フラガやマードックら整備兵が駆けつけてきてキースを押さえつけ、やっと動きが止まる。
「キースさん、女の子相手に何考えてるんですか!?」
「男も女も関係あるか。こいつはやって良い事と悪い事の区別もつかないらしいからな。言って無駄なら体で覚えさせるしかないだろう」
「だからって、殴る事はないでしょう?」
「死んでから後悔しても遅いんだよ!」
キースの怒声にキラは吃驚した。死んでから後悔しても遅い。キースは何時もこう言う。後から後悔しても遅い、死んでからでは意味がない。過去の体験から来る教訓なのだろうが、普段が普段だけにこういう時のギャップには驚かされる。フレイやトールを鍛える時の容赦の無さも、この辺りに理由があるのだろう。
ようやく起き上がってきたカガリがフラガに何か言い返そうとするが、キースの視線に射竦められて何も言えなくなる。キースは起きあがったカガリに酷く冷たい声で聞いた。
「何故勝手に出撃した。お前は訓練を受けていなかったはずだ?」
「・・・・・・あそこで黙っているなんて、出来なかったんだよ」
顔を背けながらカガリは答えた。誰かに守ってもらうだけという状況に我慢できないタイプなのだろう。だが、キースはそれで許すつもりはなかった。訓練もしていない、しかも民間人が勝手に軍の装備を動かしたのだ。キラの時の様にこちらから要請したというのではない。
「お前のおかげでシグーは見ての通りボロボロだ。もう練習機にさえ使えない。トールやフレイに施してきた訓練も無駄になったわけだ」
「・・・・・・で、でも・・・・・・」
「しかも、俺はお前を助ける為にレセップスへの攻撃を中止する羽目になった。もしその間にレセップスの砲撃がアークエンジェルに当たってたら、死傷者はどれくらいになったかな」
キースの問い掛けに、カガリは答える事ができなかった。キースやフラガの実力は先ほどの戦闘で見せつけられている。自分が出ていかなくても戦局には何の影響もなかっただろう。いや、むしろキースの言う通り足を引っ張っただけだった。
83
キースは体の力を抜くと、近くにいた兵にカガリを独房に放り込んでおく様に命じた。キラが文句を言うが、これが正規の軍人だったら銃殺ものだと言って黙らせる。そして、キースはキラ達を振り払うと格納庫から歩き去ってしまった。それに少し遅れて落ち込んでいるカガリを兵士が連れていく。
キースとカガリが去った事で整備兵たちは自分の仕事に戻っていった。キラはフラガにキースの言ったことを問い掛けてみた。
「フラガ少佐、キースさんの言ったことは、正しいんでしょうか?」
「まあ、正しいと言うか、正論だな。言い方はきつかったけどな。だが、お嬢ちゃんを心配して言ってることは確かだぜ」
「それは、分かります」
キラは頷いた。キースがカガリの身を心配しているのはよく分かる。だけど、あそこまできつい言い方をしなくてもしなくてもいいのではないだろうか。それを口にすると、フラガは小さく笑った。
「キラ、お前はまだ戦争の本当の酷さを知らないんだな」
「そんなことは・・・・・・いえ、そうかもしれません」
キラは俯いた。自分はあの幼女達を守れなかった。あれはキラには心が壊れそうなほどに辛かったが、キースやフラガはそれ以上の酷い現実を見続けて来たのだろう。でなければキースのあの目は出来ないだろう。
「キース俺も、守ろうとしてるのさ。自分の手の届く範囲でな。トールやフレイを鍛えてたのも、少しでも生き残れる様にと考えてのことだ。お嬢ちゃんを殴ったのだってそうさ。本気で怒ったからな」
「フラガ少佐は、なんで戦うんです?」
「俺か・・・まあ、昔はいろいろあったが、今は仲間を守るためかな。そして早く戦争を終わらせたいからかな」
それは、キラの戦う理由とも同じであった。もしかしたらキースと自分は似ているのかもしれない。だが、キラはどうしても違和感を感じてしまう。キースと自分にはなにか、決定的な違いを感じてしまうのだ。キースはなぜ戦いに身を投じたのだろう。何時か、その理由を聞いてみたかった。
ようやくアークエンジェルはヨーロッパに向けて進路を取った。トリポリに出て、地中海を突破し、イタリア南端を掠めてブカレストを目指す。運がよければどこかで補給部隊を送ってもらえるかもしれない。
果たして、キラ達を待つのは何なのだろうか。
84
アスランは久しぶりにクライン邸にラクスを尋ねていた。これから任務で地球に降りる為、また暫く会えなくなるからというのが訪問の理由だ。会いに来たアスランをラクスは数えるのも嫌になるくらいのハロと共に出迎えてくれた。アスランはハロに囲まれながら、なんでこんなに贈ってしまったんだろうと自分の行為を激しく後悔していた。
2人の会話は自然と最近の状況、つまりは戦争の事に移っていってしまう。ラクスが憂いを秘めた顔でアスランに近況を話した。
最近、私のお友達が幾人も軍に志願してしまいました。ザフトは何処まで戦争を広げるつもりなんでしょう?」
「分かりません。ですが、父が連合致命傷を与える一大作戦の準備に入ると言っていました。それが成功すれば、戦争はそこで終わるかもしれません」
アスランは戦火が広がる事については憂慮していたが、連合という敵がいる以上仕方ないと考えていた。ただ、父の言うオペレーション・スピットブレイクが成功すれば戦争は終わると考えてもいる。これは、連合の総司令部であるアラスカを総力をあげて奇襲攻撃し、軍機能を麻痺させるというものだ。これが成功すれば連合は降伏しないまでも、こちらの要求を呑むかもしれない。
そうすれば戦争は終わる。これ以上戦死者が出る事も無く、自分もラクスとゆっくり会えるようになる。
その後も身の回りの事などを語り合う2人の所に、議会から帰ってきたシーゲルがやってきた。珍しくアスランがいる事に表情を綻ばせている。
「来ていたのか、アスラン」
「はい、今度地球に降りることになりまして。その前にラクスに会いたかったものですから」
「そうか」
シーゲルは嬉しそうに頷くと、ラクスを見た。
「ラクス、今日の食事はもう食べたのか?」
「いえ、アスランやお父様と一緒に食べようと思いまして」
「そうか、それではそうするか」
シーゲルはにこやかに食堂に行こうとしたが、次の娘の言葉に笑顔を凍り付かせた。
「では、早速作りますわ。2人は食堂でお待ち下さい」
「・・・・・・・お前が作るのかね?」
「はいっ」
嬉しそうに頷く娘の姿に、シーゲルは何も言えなくなってしまった。好きな男に手料理を振舞いたいというだけの気持ちから言っているのだろう。シーゲルは嬉しそうに厨房に消えて行く娘を見送り、とぼとぼと食堂に向かっていった。その後を不思議そうな顔でアスランが追っていく。
テーブルで向かい合ったアスランは、思いきってシーゲルに問い掛けた。
「あ、あの、どうかなさいましたか?」
「・・・・・・アスラン、君はあれの料理を食べた事はあるかね?」
「いえ、初めてですが」
何となく嫌な予感がアスランを襲う。シーゲルは何を隠しているのだろうか。いや、何を恐れているのだろうか。
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