流離う翼たち



50

 降下して行くストライク。それを確認したアークエンジェルではミリアリアがキラを呼び続けていた。
「キラ、戻って、キラ!」
「駄目です、本艦とストライクの降下角度に差異があります。このままではストライクは全く別の場所に落ちます!」
 パルの報告にマリュ−は決断した。
「艦を寄せて! アークエンジェルのスラスターならまだ動ける筈よ!」
「そかし、それでは本艦の降下地点が・・・・・・」
 ノイマンが抗議をするが、マリュ−はねじ伏せる様に言いきった。
「ストライクを失っては、意味が無い。早く!」
 ノイマンは仕方なくスラスターを操作しだした。ゆっくりとアークエンジェルがストライクに近づいて行く。そして、新たに算出された降下地点はなんとアフリカ北部。完全にザフトの勢力圏下であった。


 降下して行くアークエンジェルを見送る第8艦隊。ハルバートンは保有戦力の1/3を失いながらもどうにかクルーゼ隊を撃破していた。クルーゼは巡洋艦1隻とジン11機を失い、残る2隻を中破されている。事実上の壊滅だ。クルーゼは生き残ったMSを収容すると地球軌道から撤退していた。
 地球軌道を守りきったハルバートンは、北アフリカに降下して行くアークエンジェルを心配そうに見送っていた。
「彼らは、無事にアラスカに辿りつけるだろうか?」
「どうでしょう。アフリカは完全にザフトの勢力圏です。友軍の勢力圏に逃げ込んでくれれば良いのですが」
 ホフマンはこれだけの犠牲を払って逃がしたアークエンジェルが沈められるのは我慢できなかった。これでは全ての犠牲が無駄になってしまう。
 だが、2人がアークエンジェルの未来に思いをはせていたのはごく僅かな時間だった。ハルバートンは生き残った艦艇を纏め、月基地への帰還を命じたのだ。損傷艦を守るように健在艦が外側を固め、メビウスが直援につく。クルーゼ隊以外の部隊がこの辺りにいるとは思えないが、念のためというやつだ。
 こうして地球軌道を巡る艦隊線は終わった。双方とも痛み分けともいえる結果だったが、アークエンジェルを守りきったという事で連合軍の勝利といえたかもしれない。
 そして、舞台は地球へと移っていく。



51

 砂漠に降下してしまったアークエンジェル。回収されたストライクから連れ出されたキラは酷い高熱を発しており、急いで医務室に運び込まれている。友人達が看病しているようで、とりあえずこちらは任せていた。
 マリュ−とフラガ、ナタル、キースはこれからの事を決めなくてはならないのだ。彼らを含め、この艦のクルーは全員1階級昇進している。
「さてと、現在位置はここ」
 キースが北アフリカの一点を指差す。
「そして、目的地のアラスカがここ」
 指をつつっと動かして北アメリカの端を指す。
「随分遠いですな。とりあえず我々はどうやって味方の勢力圏に逃れるかが問題ですが」
 キースはチラリとマリュ−を見た。マリュ−の顔には後悔と苦悩の色が見て取れる。それを見てキースはマリュ−が可哀想になった。元々技術士官であり、戦艦の艦長になるなど考えた事も無いだろう。そんな彼女がこれほどの責任を負わされ、苦しんでいるのだ。
 キースは仕方なくフラガに目を向けた。
「大尉・・・・・・じゃなかった、少佐はどう思います?」
「そうだなあ」
 フラガはキースと並んでこの艦では経験豊富だ。艦のクルーは艦長や副長よりもこの2人を頼りにしているとさえ言われている。
「最短なら北上してユーラシア連邦に逃げ込むことだな。そこから陸伝いにアラスカを目指すってルートがある」
「ですが、地上は戦場が入り乱れてます。ザフトが何処に潜んでいるか分からない」
「まあ、そうだな。それが嫌なら海上に出るってルートもあるが、こっちだと遠回りな上に味方の援護が受けられない」
 フラガとキースの会話にマリュ−は入って行くことが出来ない。ナタルはまだ意見を出さず、じっと2人の会話を聞きいっている。2つのルートはそれぞれ一長一短だ。ヨーロッパに出れば確かに友軍に合流できるかもしれないが、強力な敵もいるのだ。下手をすれば敵に捕捉されて沈められかねない。だが、味方の援護は期待できる。
 対して海上ルートはほとんど孤立無援だが、敵の地上部隊の相手をしなくてもすむ。どちらが良いとは言いきれなかった。
フラガが悩みこんでしまったのを見て、キースはナタルを見た。
「副長は、どう思う?」
「・・・・・・私なら海上に出て、東アジア共和国に救援を求めます。ヨーロッパに展開する敵軍は強力だと聞きますから」
「ふむ、海上ルートね。副長の判断だとこのまま東進し、インド洋を目指す事になる」
「はい、幸い、アフリカの敵軍はさほど多くありません。突破は可能だと思います」
「まあ、ジブラルタルに向うよりはマシか」
 フラガが指で地図を叩く。西に向えばアメリカ大陸があるが、ここに行くには強力なジブラルタル基地を突破しなくてはならないのだ。とてもではないがこのルートは使えない。
 キースはしばらく考えて、地図の一点を指した
「とりあえず、マドラスを目指そう。そこで補給を受けて、アラスカを目指す」
「マドラスか。確かにあそこなら完全な友軍の勢力圏下だな」
「私もそれが良いと思います」
 キースの意見にフラガとナタルが賛意を示す。そして、3人の視線がマリュ−に集まった。マリュ−は疲れた顔で俯いた。自分に作戦立案能力が無いことを改めて思い知らされているのだろう。
 ナタルはそんなマリュ−を軽蔑した目で見ている。無能な上司は彼女にとって侮蔑の対象でしかないのだろう。そんなマリュ−にキースが声をかける。
「艦長は、一刻も早く友軍の勢力下に入った方が良いと思いますか?」
「大尉!?」



52

 ナタルが驚いた声を出し、フラガが面白そうにキースを見ている。キースは地図をもう一度指差した。
「ヨーロッパでは旧ドイツ辺りで両軍が睨み合っています。ここを避けるようにして、そうですね。ブカレストを目指すという事になります」
 ブカレストは旧ルーマニア領にある都市で、ユーラシア連邦の西部方面軍の司令部が置かれている。ここに行けばとりあえず友軍の勢力下に逃げ込めたことにはなるだろう。
 だが、マリュ−は憔悴した顔でキースを不思議そうに見上げていた。
「・・・・・・大尉は、どちらが良いと思うんですか?」
「俺は艦長の判断に従います。艦長がどちらに行くか決めてくれれば、後は俺と少佐とキラが頑張る。それだけのことです」
 キースは穏やかに、だがはっきりと言いきった。自分はマリュ−の判断を尊重すると。それはマリュ−に不思議な安心感を与えた。歴戦のパイロットが自分を信頼してくれるというのだから。そして、フラガもキースの言うことに頷いていた。ただ1人ナタルだけが不満そうな顔をしている。
 そして、マリュ−は決断した。
「ブカレストを目指しましょう。あそこがここから1番近い友軍の拠点です」
「ですが、それにはイタリアとギリシアの敵が問題となります!」
 ナタルが反対した。敵の最前線に自分から突っ込もうというのだから正気ではない。キースとフラガがマリュ−の側についた。
「俺は艦長に従うよ。敵は確かに強力だが、何処にでもいる訳じゃない。この艦のスピードを生かせばどにかなるだろ」
「それに、一度何処かで本格的な修理を受けないとな。この艦もあちこちガタが来てそうだし」
 ナタルはまだ不満そうだったが、上官が3人とも意見を一致させた事で自分の意見を引っ込めた。これで方針が決まる。フラガは自室に戻ると言って艦橋を後にし、マリュ−は疲れた顔のままやはり艦橋を後にする。後には当直のナタルと、まだ残っているキースがいた。
「・・・・・・大尉、1つお聞きしたいのですが?」
「なんだい、副長?」
 キースはナタルのキツイ視線を正面から受けとめて見せた。
「何故、あそこで海上ルートを変更なさったのです?」
「艦長が友軍との合流を優先したがってる様に思えたのでね」
「あなたは、ラミアス艦長をどう思っているのです?」
 その質問に、キースはジロリとナタルの顔を視線で一薙ぎした。その視線を受けてナタルの顔に僅かな怯みが出る。
「・・・・・・中尉、君が艦長を信頼していないのは知っている。だがな、まだ艦長は経験が浅いんだ。それを補佐するのが俺達の仕事だろう。技術士官なんだから無理も無い」
「ですが、ここは戦場です。経験が無いというのは言い訳にはなりません!」
 ナタルの言うことはキースにも分かる。確かに艦長が未熟だから、というのは逃げ口上にもなりはしない。だが、流石に今回はそれを口にするべきではないとキースは思っていた。マリュ−は技術畑上がりの士官なのだ。ナタルのような高度な戦術や指揮の教育を受けている訳ではない。
 経験が足りなければ、それを補佐するのが部下の務めだとキースは考えていた。マリュ−はいささか判断に情が混じるが、それは好感を持って迎えられる資質だ。ナタルの様な効率だけの指揮では部下は付いてこない。
 この2人がお互いの長所で短所を上手く補完し会えば理想的なのだが、とキースは思っていたが、それは遠い夢の様だった。
「俺からも、1つ聞いて良いかな?」
「なんでしょう?」
「なあ、バジルール中尉。お前さんは、なんで軍に入ったんだ?」
 キースの問い掛けに、ナタルは眉を潜め、そして答えた。
「私の家は代々軍人の家系でした。私もそれに習っただけのことです」
「なるほどね」
 自分とはまるで違う理由に、キースは苦笑を浮かべた。ナタルと自分、どちらが人として正しいのだろうか。少なくとも自分の軍への志願理由は誰にも褒められる類の物ではない。だが、ナタルの志願理由は誰もが頷くのかもしれない。
 キースはナタルの答えを聞くと、自分も席をたった。
「俺はキラの様子を見たら寝ることにするよ。後は頼む」
「お疲れでした」
 ナタルに見送られてキースは艦橋を後にした。残ったナタルは操縦員席に座りながらじっと砂漠の夜を眺めている。そこは目を奪われるほど美しい夜空が広がっているが、ナタルの目には映っていなかった。ナタルは、別のことを考えていたのだ。
『お前さんは、何で軍に入ったんだ?』
 キースの言葉が頭の中に引っかかっていた。これまでどうして軍に入ったかなど考えた事も無い。自分にはこの道しかないのだと考えていたのだ。だが、キースはどうして軍に入ったのだろう。マリュ−は、フラガは。彼らは何を考えて戦っているのだろう・・・・・・



53

 キラの部屋の近くまできたキースは、漏れてくる声に足を止め、耳を済ました。どうやら嗚咽のようだ。キラのものだろう。時折聞える女性の声はフレイだろうか。
『何があったんだ?』
 キースは暫くそこで話を聞く事にした。
「キラ・・・・・・どうしたの?」
「あの子・・・・・・ぼく・・・・・・・」
 キラはきしむような声で叫んだ
「守れなかった・・・・・・!」
「キラ・・・・・・」
「僕が・・・・・・キースさんが教えてくれたのに、ハルバートン提督が教えてくれたのに・・・・・・迷ってたりしたから・・・・・・守りきれなかったんだ!」
 まるで血を吐くかのような、懺悔のような叫びと慟哭。そして嗚咽。キラは戦うことの本当の辛さを初めて味わっているのだろう。
 だが、その後に聞こえてきたフレイの声にキースは眉を顰めた。
「キラ・・・・・・私がいるわ」
「大丈夫、私がいてあげるから」
「私の想いが・・・・・・あなたを守るから・・・・・・」
 フレイの優しい言葉にキラの泣き声がより激しくなる。どうやらフレイに縋りついて泣いているらしい。それは良い。自分を維持する為に何かに縋るのを悪いなどという奴はいない。
 だが、気になるのはフレイの態度だ。彼女はコーディネイター嫌いだった筈。それが何故キラの支えになっている? 悩むキースは、宇宙での戦いの時に見かけた、危険な雰囲気を纏ったフレイを思い出した。
『そうよ、みぃんなやっつけてもらわなくちゃ、せんそうはおわらないんだから・・・・・・』
 キースは自分の悪い予感が当たってたのかもしれないと考え、頭痛のしてきた頭を押さえた。キースはフレイの目を思い出したのだ。あの目に、自分はとても見覚えがあった。昔、鏡を見るたびに何時も見ていたのだから。



 寝静まるアークエンジェルをじっと観察する目があった。
「どうかな、噂の大天使の様子は?」
「はっ、依然、なんの動きもありません!」
 赤外線スコープを覗いていた副官のマーチン・ダコスタが上官に報告する。この面長の顔の男こそ、ザフト地上軍の名将アンドリュー・バルトフェルドだ。片手にはコーヒーの入ったカップを持っている。
「ふむ、暢気にもすやすやとお休みか・・・・・・」
 バルトフェルドは面白そうにコーヒーを口にし、満足そうに頷いている。この男の隠れた趣味はコーヒーのブレンドなのだ。
「どうします、軽く手を出してみますか?」
「敵はあのクルーゼ隊を幾度も退けた戦艦だよ。甘く見ちゃいけないな。ダコスタ君」
 バルトフェルドは軽い口調で返し、踵を返した。背後の砂丘の麓には巨大な機体が幾つも鎮座している。その周囲には急がしそうに動き回る人影が見られる。バルトフェルドが歩み寄っていくと、彼らは集まってきて敬礼をした。バルトフェルドはニヤリと笑い返す。
「さて諸君、我々の目的は敵の戦力評価だ」
「ということは、沈めてはいけないのでありますか?」
 意外そうな部下の声に、バルトフェルドはとぼけた返事を返した。
「まあ、何かの弾みという事はあるな」
 その返事に部下たちがどっと笑った。暗にやってしまえと言ってるも同じだからだ。バルトフェルドも口元を綻ばせ、アークエンジェルを振り返る。
「さあ、戦争だ。やるなら派手な方が良い」


 アークエンジェル内で突然の警報が鳴り響いた。アナウンスが第二級戦闘配備を継げている。乗組員達は慌てふためいて起きだし、自分の持ち場へと走って行った。そんな中でキラも慌てて自分の部屋から飛び出してきた。脱ぎ捨てた服を慌てて着こみながら。
 その部屋の中にフレイがいることを知る者はいない。その中でどういう行為が行なわれていたかを知る者もいない。まして、その少女がどういう考えでキラと一緒にいたかを知る者など、いる筈が無かった。
「守って・・・・・・ね・・・・・・」
 ポツリと呟き、狂った様に小さな声で笑い声を漏らす。自分はもう戻れない一線を踏み越えてしまった。後は何処までも堕ちるだけ。でも、それがどうだというのだろう。
「そうよ・・・あの子は戦って、戦って、戦って、死ぬの。じゃなきゃ許さない・・・・・・」
 その瞳に宿るのは憎悪と復讐の炎。コーディネイターを憎み、同じ憎しみでキラを利用する。そしてコーディネイター同士で殺し合わせる。それが彼女の復讐だった。その為なら何でも犠牲にして見せる。そう、友人であろうと、自分自身であろうとも・・・・・・
 だが、また自分の中の何かがそれを否定している。自分を狂気の淵から引き戻そうとする。こんな事をしても意味がないと言う自分がいる。まだ全てを捨てるのは早いと言う。  
馬鹿馬鹿しい。父を失った自分に何が残っているというのだ。



54

 攻撃を開始したバルトフェルド隊。スカイグラスパーは出撃できず、マードックとフラガがやりあっている。キースは早々に出撃を諦めてスカイグラスパー2号機から下りた。
「やれやれ、このまま棺桶の中で御陀仏かもな」
 どうしたものかと格納庫を歩いていると、何やら凄い形相で歩いてくるキラを見つけた。最初は出撃で気が高ぶってるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。
「おいキラ、何を焦ってるんだ?」
「焦ってなんかいませんよ。今から出ていって敵を倒すだけですから」
「何を言ってるんだ。まだスカイグラスパーは出られないんだぞ。おまえ1人で戦うつもりか?」
「そうですよ。援護なんか必要ありません!」
 キラの言葉にキースは顔を顰めた。これは増長ではない。だが、似た危うさを持っている。瞳がまるで麻薬でも嗅がされたかのように危険な光を発しているのだ。
「・・・・・・キラ、何があった?」
「別に、何もありませんよ!」
 キースの問いに過剰に反応するキラ。だが、その態度事体が何かあったことを物語っている。キースはさらに問い詰めようとしたが、直撃の振動がその詰問を断念させた。今は迎撃が先だ。
「ちっ、仕方ない、話は後だ。生きて帰ってこいよ」
「当たり前です!」
 キラはそれ以上キースと語ろうとはせず、ストライクの方に行ってしまった。キースはその背中を見送ると、大きい溜息を吐いて歩き出した。ここにいても仕方ないし、艦橋にでも行こうと思ったのだ。あそこが1番情報が集まりやすい。


 外に出たキラはランチャーストライカーを装備して出ていたが、初めての地上戦という悪条件がキラに襲いかかってきた。砂に足を取られ、思うように動く事さえできないのだ。
 戸惑うキラに容赦なくバクゥが襲いかかってくる。動きの鈍いストライクの機体に容赦なくミサイルが叩き込まれる。キラは衝撃に顔を顰めながら端末を引き出した。
「接地圧が弱いなら、調整すれば良いんだろ!」
 右手が物凄い早さで動いている。それと共にストライクの動きは少しづつ良くなってきた。構えたアグニの照準が正確さを増していく。踏みつけたバクゥに容赦なくアグニを叩き込み、止めを刺す。そして残るバクゥに目を向けた時、遠くから艦砲射撃が飛んできだした。着弾の衝撃がストライクとアークエンジェルを激しく揺さぶる。
「くそぉ、どっからの砲撃だ!?」
 キラは周囲を見まわしたが、視界内に戦艦の姿はない。自由の利かないアークエンジェルは離床し、高度を取り始めた。その格納庫からスカイグラスパーが1機飛び出してくるのが見える。フラガが出てきたのだろう。
 キースは艦橋に来ると艦長に許可を求めた。
「艦長、砲撃管制をさせて頂けますか?」
「砲撃管制を?」
「はい、直接照準で敵を狙い撃ちます」
 ヘリオポリスでフラガがやった様に、レーダーに頼らずに攻撃しようと言うのだ。ニュートロンジャマーのせいでレーダー照準は甚だ心許ない。ならば直接照準で狙い撃とうとキースは言うのだ。だが、それをやるには相当の技量が要求される。
「できるのですか?」
「まあ、昔にいろいろ経験しまして」
 小さく笑うキースに、マリュ−とナタルは訝しげな視線を向けた。一体この男はどういう人生を過ごしてきたのだろうか?
 マリュ−の許可を受けたキースは直ちに砲撃管制を回してもらい、フラガの連絡を待つ。だが、その前にやる事があった。周囲をじっと観察し、小刻みに照準装置を動かしていく。
「バリアント、1番2番装填・・・・・・」
「りょ、了解!」
 キースの指示でバリアントに砲弾が装填される。マリュ−とナタルはキースが何を狙っているのか分からなかった。レーダーではバクゥは捕らえ切れない。そもそもキースはレーダー照準に頼っていないのだ。熱源と光学照準スコープだけを頼りに狙ってるらしい。
 誰にも見えない何かを探す様に慎重にバリアントの照準を操作していたキースは、いきなり目を見開くとトリガーを引き絞った。二門のバリアントから加速された砲弾が撃ち出され、砂漠に着弾して周囲の物を吹き飛ばす。驚いた事に、着弾した砲弾は2機にかなりの重症を負わせていた。
 神業としか思えない砲撃を行ったキースに、環境にいる全員が驚いた顔を向けている。



55

「ど、どうして敵の動きが分かったんですか!?」
 ナタルの問い掛けに、キースはしかめっ面で答えた。
「熱源感知で敵の動きを見て、次の動きを推測したのさ。この辺りは実戦経験の積み重ねで得られるものだから、口じゃ説明しづらいな」
「大尉や少佐は、そうやって戦っているのですか?」
「まあ、歴戦のアーマー乗りなら大抵は身に付く能力だよ。というより、身に付けなければ生き残れない」
 MA乗りに限らず、機動兵器を扱うパイロットには脅威的な能力を持つ者が現れる事がある。まるで背後に目があるんじゃないかと錯覚させるような機動を行う者。出鱈目な機動を行いながら正確な照準で弾を撃ちこんでくる者。周囲の全てを肌で感じてるかのように把握している者。
 こういう能力を持つパイロットがエースと呼ばれるようになり、戦場を生き抜くことができるのだ。フラガやキースの様にこれらの全てを兼ね備える化け物も稀にだが存在する。イザークやディアッカがこの2人を相手に苦戦したのも仕方がないだろう。
 だが、キース達の見ている先で奇妙なことが起こった。アグニで砲弾を撃ち落とすという離れ業を演じていたキラだったが、時折自分たちのものではない攻撃が行なわれているのだ。勿論敵のものでもない。何が起きているのか。


 混乱していたのはキラも同じだ。自分を包囲していたヘリが次々に堕とされているのだから。
「何が?」
 問いに答える者はいない。ただ、通信機が発信者不明の通信をキャッチした。
「そこのモビルスーツのパイロット、死にたくなければこちらの指示に従え!」
 女の声だ。暫くして地図が転送されてくる。その一部が点滅している。
「そのポイントにトラップがある。バクゥをそこまでおびき寄せるんだ!」
 この少女は何者なのだろう。敵か味方か。ただ、ザフトと敵対する者であることだけは間違い無いようだ。キラは迷わなかった。迷っている時間などありはしない。逃げ出したストライクにまだ動ける2機のバクゥが追撃をかけて来る。キラは胃の痛くなるような焦燥感に囚われながら指定地点までやってきた。すでにフェイズシフトは落ちている。
 そして、まさにバクゥの爪が機体を抉ろうとした時、キラはストライクを大きくジャンプさせた。すると、それまでストライクがいた地点が爆発と共に陥没した。そこにいた2機のバクゥが爆発に飲まれながら穴に落ち、更に二度目の爆発で粉々になってしまう。
 飛び散る破片を、キラは無感情に眺めやっていた。そこに同朋を殺すことへの忌避感は微塵も感じられない。
 戦いを遠くから眺めていたバルトフェルドは難しい顔をして双眼鏡を降ろした。
「・・・・・・バクゥ5機がこうも簡単にな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ダコスタに至っては声も無い。確かに最後のは予定外の要素が入ったせいだが、それにしてもMS1機でこれだけの事ができるとは。バルトフェルドは敵を甘く見ていたことを悟ったが、同時に1つの疑問を感じていた。機体のバランスを戦闘中に変えたこと、レセップスの砲撃を撃ち落としたこと、あれをナチュラルがやったというのか?
「・・・・・・そんな馬鹿げた話があるか」
「どうしましたか、隊長?」
「なんでもない、撤収する」
 バルトフェルドの命令で撤退を開始したザフト軍。その最後尾についていたバルトフェルドはもう一度アークエンジェルを見やり、口元を綻ばせた。久しぶりに会えた勇敵に、救い様の無い高揚感を覚えてしまっているのだ。これが戦場に立つ者の愚かさというものだろうか。



56

 アークエンジェルは戦場から少し離れた所に着陸した。その傍にバギーの集団が止まる。マリュ−は外に出るハッチまで来たところで部下たちを見た。拳銃のカートリッジを確認するフラガやアサルトライフルを持ち出してくる兵士達。それに混じってやはりアサルトライフルを手馴れた操作で扱うキースの姿があった。
「あら、バゥアー大尉は、銃が扱えるのですか?」
「こう見えても、地上戦の経験もあるんでね。機体を失った時に歩兵に真似事をやらされて、その時に覚えました」
 この男は本当にいろんな技術を持っている。艦砲を扱うことといい、MAの操縦といい、本当に何処でこんな技術を身につけているのだろうか。世間一般の広範な知識といい、ナタルと討論ができるほどの戦術や戦略知識まで持っている。フラガもキースが何処でこういう事を覚えたのかは知らないらしく、その多芸ぶりに驚く日々らしい。
 外に出たマリュ−達はアラブ系の男たちと対面した。先頭に立つ男がリーダーなのだろう。
「・・・・・・礼を言うべきなのかしらね。地球連合軍第八艦隊所属、マリュ−・ラミアス少佐です」
 マリュ−の挨拶に男はニコリともせずに答えた。
「俺達は「明けの砂漠」だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらねえ。分かってんだろ。別にあんた達を助けたわけじゃない」
 何処か探り合うような言葉の応酬が続く。そんな中でマリュ−の斜め後ろに立つキースに注がれる視線は一際キツイものだった。キースは彼等の前で露骨にアサルトライフルを担いでおり、しかも何時でも撃てる状態にしてあるのである。
 だが、結局はキースも銃を下ろす事になった。マリュ−に命令されては仕方ない。キラもストライクから降りてきた。キラを見てゲリラの男たちが驚いた声を上げるが、その中から一人の少女が踊り出てきた。
「お前・・・・・・!」
 飛び出した少女は、この探り合うような空気の中では明らかに異彩を放っていた。キラの前に立った少女はギッとキラを睨みつけると、いきなり殴りかかったのだ。
「お前が何故、あんな物に乗っている!?」
 キラは少女の言葉に怪訝そうな顔になった。見覚えの無いこの少女は自分を知っていると言うのだろうか。しばし記憶の糸を手繰り寄せていたキラは、ようやくその少女に思い当たった。
「君は、モルゲンレーテの工場にいた・・・・・・・」
 あの時、自分が緊急用シェルターに押しこんだ少女だ。何故彼女がこんな所にいる。
 キラが呆然としている間にも、少女はキラの手を振り解こうともがいていた。
「くそっ、離せよ、この馬鹿!」
 彼女のもう一方の拳がキラの頬を捉える。キラはその衝撃に思わず彼女の手を離してしまった。彼女は更に追い討ちをかけようとした。
「カガリ!」
 リーダーらしき男に咎められ、カガリと呼ばれた少女は渋々引き下がった。最後にあの印象的な眼差しでキラの顔を一薙ぎし、仲間達の所へ戻って行く。キラはぼんやりとした顔でそれを見送っていた。
 カガリが離れたところでキースがキラの所に歩み寄った。
「大丈夫か?」
「・・・・・・はい、何ともありませんよ」
「そうか、ならいいが、知り合いか?」
 キースがカガリを見やる。カガリはまだ怒ったような目でこちらを見ていたが、キースと視線があうと慌てて目を逸らした。
「・・・・・・ふむ、お友達って感じじゃ無さそうだな。昔に酷いことして恨まれてるとか?」
「そんなんじゃありませんよ!」
 とんでもない事を言い出すキースのキラが大声を上げて否定した。また馬鹿な事を言い出したキースにマリュ−が疲れた顔で肩を落とし、フラガが苦笑を顔に貼り付けている。まったく、こいつだけは常にマイペースを崩さない奴だ。
 だが、このキースの軽口は今回は良い方向に働いた。サイーブと名乗ったリーダーは面白そうにキースを見やり、マリュ−の隠れ場所を提供すると申し出たのだ。



57

 アークエンジェルは最初の降下地点よりもかなり離れた所に案内された。岩山に囲まれた開けた場所だが、なんとかアークエンジェルを隠す事が出来る。
 そこでマリュ−とナタル、フラガ、キース、キラ、トノムラはサイーブの案内で岩山の中にあるアジトにやってきた。
 そこでキースは先のカガリと呼ばれた少女が早足にサイーブに駆け寄ってきて何事かを耳打ちして行った。フラガは去って行く彼女を見送り、サイーブに問い掛けた。
「彼女は?」
「俺達の勝利の女神だ」
「へぇ・・・・・・名前は?」
 返事は帰ってこない。フラガは僅かに肩を竦めて見せた。
「女神さまじゃ、名前を知らなきゃ悪いだろう」
 フラガの問いにサイーブはコーヒーを啜った後、むっつりした顔で答えた。
「・・・・・・カガリ・ユラだ」
 その名を聞いたとき、キースの目が一瞬驚きの形に見開かれた事に気付いた者はいなかった。
 サイーブは近況を教えてくれた。三日前にビクトリア宇宙港が陥落した事。徐々に連合側が追い込まれている事。アフリカの敵はさほど多くない事を教えてくれた。
「山脈を超えられないなら、紅海に出て海沿いに行くしかないんだが・・・・・・」
「いや、東地中海を突破して、東欧に出る」
 サイーブの話をフラガが遮った。サイーブの顔に意外さが出る。
「ほう、東欧にな。だが、あそこは最前戦だぞ?」
「分かってる。しかし、味方との合流を優先したいんだ」
 フラガの言葉にサイーブは渋面を作った。そしてヨーロッパの地図を指差し、なぞる。
「目的地はブレカスト、か?」
 サイーブの目にフラガだけでなく、ナタルも驚いた。これだけの話だけでこちらの目的地を読んだのだから。
「・・・・・・あんた、元は軍属か?」
「違うな。だが、その手の経験は豊富だぜ」
 サイーブは厳つい顔に笑いを浮かべ、フラガを見やった。どうやら気に入られたらしい。
 ヨーロッパルートをフラガとナタルが真剣に考え出した。サイーブの情報がそれを捕捉していく。それらを聞いていたナタルが疲れた顔で溜息を吐いた。
「戦況が酷いのは承知していたが、まさかここまで追い込まれているとは・・・・・・」
 ブカレストはまだ安全だと思っていたのだが、実際にはもう敵が200km辺りにまで迫っているらしい。激戦区に突っ込むのだと知り、キラとマリュ−の顔色が変わる。だが、サイーブの次の言葉が2人の顔色を更に悪くした。
「ザフトは徹底した攻撃をしてやがるからな。民間人を巻き込んだ無差別攻撃をしてやがるらしい」
「そんな事を・・・・・・」
「ああ、かなりの数の難民が出てるって話だが、連合軍はそいつ等を守り切れねえみたいだな。皆殺しにされた街もあるらしい。ザフトはナチュラルの捕虜を虐殺してるという噂もあるしな。実際、ヴィクトリアじゃ捕虜全員が銃殺されたそうだ」
 サイーブの言葉に一番衝撃を受けたのはキラだった。足元が覚束なくなり、よろけて壁に背を付ける。
「そんな・・・・・・嘘だ・・・・・・そんな事って・・・・・・」
「キラ君」
 同朋がそんな虐殺を行っていると聞かされ、キラは明らかに平静を失っている。そんなキラをマリュ−は痛ましげに見ていた。ナタルは顔を怒りに赤くしている。だが、フラガとキースは怒りを見せてはいるが、冷静さを失ってはいなかった。これが戦争なのだ。憎悪が増幅しあい、感情が理性を上回る。そんな事が当然という状況なのだ。攻守が逆だったら、連合だってコーディネイターを虐殺しただろうから。
 キラをマリュ−が宥めている間にキースとフラガとナタルはとりあえずの目的地を考えていた。
「とりあえず、ここ、トリポリを目指しましょう」
「そうだな、問題は敵がいるかどうかだが・・・・・・」
 悩むフラガに、いささか呆れ顔でサイーブが突っ込んだ。
「おいおい、1つ忘れてねえか?」
「「・・・・・・?」」
 本当に分からないらしい2人にサイーブは呆れて頭を左右に振り、キースはそっと地図の一点を指差した。
「バナディーヤにはレセップスがいます。砂漠の虎をどうにかしないと、ここから逃げる事もできませんよ。少佐、副長」
 キースの言葉にサイーブが頷き、フラガとナタルはガックリと落ちこんでいた。この上皿に問題を積み重ねられて、気が重くなってしまったのだ。



58

 外でアークエンジェルに艤装を施していたカガリは、一緒に働いているアークエンジェルクルーの中に自分と同じくらいの年頃の少年少女が混じっているのを見て少し驚いた。その中の一人に声をかける。
「なんだ、この戦艦にはお前等みたいな子供も乗ってるのかよ?」
「子供って、あんただって子供だろう?」
 話し掛けられたサイは明らかに気分を害していた。いきなり見知らぬ相手に、それもかなり無礼な口調で話し掛けられたのだ。だが、相手は気にした風も無い。その挑発的な口調は変わらなかった。
「お前等よりはずっと大人だね」
「なんだとっ」
 サイの声を聞いてトールとフレイがそちらを見た。あの温厚なサイが珍しく感情を高ぶらせているように見えるからだ。最も、今のサイはかなり不安定でもある。ここ最近のフレイの態度のあからさまな変化に戸惑っているからだ。トールやミリアリアもそれには気付いていたが、今の所口を出してはいない。
 トールはサイに近づくとその肩を叩いた。
「サイ、なにを大声だしてるんだよ?」
「トールか、こいつが変な事言ってきたから、つい・・・・・・」
「変な事?」
 トールがカガリを見た。カガリはサイからトールに視線を移す。
「別に、本当の事を言っただけだぜ。お前等よりは現実を知ってるよってな」
「・・・・・・ふうん」
 トールは気にした様子も無く、背後のフレイを見た。
「フレイ、作業はこれで終わりだよね?」
「え、ええ。用意したネットは全部張り終えたから、終わりだと思うけど」
「そうか。じゃあもう用も無いし、仕事に戻ろうぜ」
 トールはカガリに背を向け、サイを引っ張った。サイはトールに文句を言っていたがトールは笑顔のまま取り合わない。フレイも2人の後に続こうとしたが、カガリに肩を捕まれた。
「おい、なんでお前等みたいなのが軍艦に乗ってるんだよ?」
「なんだって良いでしょう、手を離してよ」
 フレイは少し冷たい声でカガリに答えた。だが、カガリはそんな答えじゃ納得しない。
「お前等は良くても、私は納得できないんだよ」
「何でよ。私たちがどうしようと、あなたには関係無いでしょう?」
「そ、それは・・・・・・・」
 フレイの問い掛けにカガリは口篭もった。なにかを知っているが口にできない、そんな何かを感じさせる。フレイはカガリの態度を訝しげに見ていたが、いきなりカガリが顔を上げたので少し身を退いた。
「分かった。それは聞かない。だけど、1つだけ答えろ」
「な、何よ?」
「あいつの事だ。あのMSに乗ってた奴。なんであいつがあんな物に乗ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 フレイは答えられなかった。まさか、自分が乗るように仕向けたなどと言えるわけもない。だから、あえて辺り触りのない内容を口にした。
「キラは、私達を守るためにMSに乗ってるのよ。ヘリオポリスを脱出した時から、ずっとね」
「ヘリオポリスからずっとって、なんであいつにあんな物が動かせるんだよ?」
「・・・・・・あの子は、コーディネイターだから」
 フレイの説明にカガリは納得したのか、詰め寄るのを止めた。
「あいつ、コーディネイターだったのかよ。じゃあ動かせるのも当然か」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 疑問が氷解したのが嬉しいのか、カガリはあっさりした口調で言う。そんなカガリにフレイは少し驚いた。
「あなた、キラがコーディネイターと聞いても平気なの?」
「ん、何が?」
「だって、あなた達が戦ってるのもコーディネイターなんでしょ?」
「ああ、そういう事か」
 フレイの疑問を理解してカガリは砂漠の方を見た。
「別に、コーディネイターが嫌いって訳じゃないんだ。ただ、攻めこまれたから戦う。それだけの事さ。この大地はここで生まれ育った奴らのもんだ。砂漠の虎とかいう余所者が大きな顔をして良い訳無いだろ?」
 カガリにはナチュラルのコーディネイターもないらしい。敵だから戦う。この故郷を守るために戦う。それはナチュラルだから、コーディネイターだからなどという理由よりもはるかに純粋で、周囲の理解を得られる理由だった。当然だろう。この土地はここで生まれ育った人達のものだ。



59

 ようやく方針が決まったのか、マリュ−達がアークエンジェルに戻ってきた。マリュ−とナタル、トノムラはグッタリとしている。キラはまだ何か悩んで居るようだ。キースとフラガはスカイグラスパーの運用法で話をしている。この2人は実戦経験が豊富なだけにいちいち不安になったりはしない。
 だが、帰ってきた彼らの耳に子供の争う声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってくれ、フレイ。そんなんじゃ分からないよ!」
「うるさいわね。話しならもうしたでしょ!」
「サイ、フレイも、もう少し落ちつけってば!」
 どうやらサイとフレイが原因らしい。トールとミリアリアの必死に止める声が聞こえてくる。気になったキースはキラを伴ってそちらに歩いて行った。どうやら岩塊の影で言い争っている様だ。キラとキースがやってきても気づかずに言いあっている。どちらかと言うとサイがフレイを捕まえようとして、それからフレイが逃げ回っている様だが。
「・・・・・・さて、これはどういう事だと思う、キラ?」
「どうって言われても・・・・・・・・・・」
 キラは困惑した声を返す。それはそうだろう。なんでフレイとサイが言い争っているのか、キラにも理解できないのだ。ただ、1つだけ心当たりがあるキラは小さく俯いた。
 2人の声でフレイがキラに気づいた。
「キラ!」
 フレイはキラの腕に両手でしがみつき、その背後に隠れた。サイは気まずげに立ち止まり、ミリアリアとトールは困った顔でこちらを見ている。キースは様子見とばかりに一歩下がった。
「フレイ!」
「・・・・・・何?」
 苛立ったように叫ぶサイにキラが答える。その眼差しはキラとは思えないほどに冷たい。
「フレイに話があるんだ。キラには関係無い!」
「関係無くないわ!」
 キラの背中からフレイが叫ぶ。
「だって私、昨夜はキラの部屋にいたんだから!」
 フレイの言葉にトールとミリアミアは顔を赤くし、キースは空を仰ぎ見た。サイは事情が飲み込めないらしく、ポカンと突っ立っている。
「ど・・・・どういう事だよ・・・・・・フレイ・・・・・・きみ・・・」
「どうだって良いでしょ、サイには関係無いわ!」
 キラの腕を握る手に力がこもる。その感触はキラの中にある罪悪感を押し殺すのに十分な力があった。もう、官女は自分のものなのだ。
「関係無い、関係ないってどういう事だよ、フレイ・・・・・・」
 声を荒げるサイ。そろそろ止めるかとキースが動き出そうとしたが、それよりも早くキラが冷たい声を出した。
「もうよせよ、サイ」
「・・・・・・キラ?」
「どう見ても、君が嫌がるフレイを追いかけてる様にしか見えないよ」
「・・・・・・なんだと?」
 サイが今にも爆発しそうな危険な感情を宿す目でキラを見る。だが、キラはそんなサイから顔を逸らした。
「もう、みっともない真似は止めてよ。こっちは昨日の戦闘で疲れてるんだ・・・・・・」
 キラはサイに背を向けて歩き出した。そのキラにフレイが付いて行く。それを見守っていたトールとミリアミアは驚きの表情で固まってしまっている。今のキラは、自分たちの知るキラとは余りにもかけ離れていた。
 だが、そこで更に驚く事が起きた。
「キラァアアアアア!!」
 なんと、サイがキラに掴みかかったのだ。だが、その手はキラによって一瞬で逆手に捻り上げられてしまう。2人の突然の戦いにフレイは怯えて身を離す。
「止めてよね・・・本気でケンカしたら、サイが僕に敵う訳無いだろ!」
 そのまま突き放すと、キラはアークエンジェルに歩いて行ってしまった。これ以上サイを見ている事に耐えられなくなったのだ。フレイはしばしキラとサイの2人を見ていたが、僅かなためらいを見せた後にキラの後を追って行く。
 サイは自分に背を向けて去って行く2人を呆然と見送っていた。何もかもが信じられない。フレイが去っていったこと。キラが自分にこんな仕打ちをしたこと。全てが悪い夢の様にさえ思えてくる。だが、これは現実なのだ。
「・・・・・・なんで、だよ?」
 サイは悔しそうに拳を握り締め、小さく振るえている。トールとミリアリアはかける言葉も無く、ただじっとサイの背中を見ていることしか出来ない。キースはサイを避けて2人の所にやってきた。
「何となく事情は分かったが、確かフレイは彼の・・・・・・」
「はい、親同士が決めた婚約者、だったらしいです」
 トールの答えにキースは偏頭痛のしてきた頭を押さえた。こいつは、子供たちの痴話喧嘩で済むような問題では無いようだ。前に見たフレイの狂気に囚われた瞳。そして目の前で慟哭しているサイ。辛そうにしているトールとミリアリア。早めに手を打たないと厄介な問題を引き起こしかねないだろう。



60

 その夜、大変な事が起きた。サイーブ達の住むタッシルの街が攻撃を受けたのだ。慌ててゲリラがジープで飛び出して行き、フラガのスカイグラスパーも飛んでいく。それを見送ったマリュ−は艦長席に腰を下ろしてグッタリとしている。キースはキラを呼びつけてすでに艦橋にいた。
「やれやれ、砂漠の虎、か。やってくれますねえ」
「ええ、ゲリラの狩り出しに街を焼き払うなんて」
「別に珍しい手法じゃありませんよ。ゲリラ対策としてはむしろ常道です」
 キースのあっけらかんと言う。その裏にはこれが現実というものですという意味が込められている。キースはマリュ−に早く良い艦長になって欲しいという思いがあった。それが自分の生存率を上げることにも繋がるからだ。
 だが、暫くして送られてきたフラガからの報告には流石のキースも驚いた。
「住民は全員無事って、あいつ等は街だけ焼き払ったという事ですか?」
「ああ、俺にも良く分からんがね」
 フラガも困惑気味だ。だが、次の報告には流石に眉を顰めてしまう。マリュ−に至っては怒りに顔を赤くしている。
「こっちの方が問題だぞ。あいつ等、街の敵だとか言って追って行っちまった」
「追って行ったて、なんて馬鹿な事を・・・・・・どうして止めなかったんですか!?」
「いや、止めたらこっちと戦争になりそうだったの」
 どうやら向こうは相当殺気だっているらしい。だが、見捨てる訳にもいかない。マリュ−はキースとキラを見た。
「悪いけど、今から出て頂戴。急がないとゲリラは全滅するわ!」
「了解です」
「分かりました」
 2人は艦橋を飛び出し、格納庫に向った。すでにスカイグラスパー2号機の調整も完了している。取り付けられているのはランチャーパックの様だ。マッドックが駆け寄ってくる。
「とりあえず調整は終わりました。何時でも出られますぜ」
「そいつは助かるな。ちと無謀な事してる馬鹿どもの尻拭いに行ってくる」
「お気をつけて」
 マードックの言葉に感謝しつつ、キースはスカイグラスパーに乗りこんだ。そして機体をチェックしながらも、ストライクに通信を繋ぐ。
「キラ、先に出る。お前もなるべく早く追いついてくれ」
「分かりました・・・・・・キースさん、頼みます」
 キラがゲリラ達の事を気にしている事を察し、キースは力強く頷いた。そしてキースのスカイグラスパーがカタパルトから打ち出された。そのまま暫く飛行を続けると、すぐに目指すバギーとバクゥが見えてきた。ゲリラ達はどうやら手持ちのミサイルランチャーでバクゥを狙っているらしい。
「なんて馬鹿な事を。あんな武器でMSが倒せる訳無いだろうに!」
 キースは怒りも露に怒鳴ると、バギーに襲いかかろうとしているバクゥを狙ってアグニを撃ち込んだ。その一撃は外れたが、強力なビームの一撃にバクゥが慌てて下がる。キースは少し安堵したが、次の瞬間激怒に変わった。なんと、バギー達は後退するどころか更に前に出て攻撃を開始したからだ。
「ふざけるな。こいつら、自殺したいのか!?」
 目の前でまた一台のバギーが砲撃を受けて粉々にされてしまう。どうやら1機のバクゥでジープを掃討し、まだ動けるもう1機がこちらを狙っているらしい。地上からのMS1機の対空砲火など怖くも無いが、眼下でジープが破壊されていくのは見ていて気分が悪い。
「ええい、邪魔するんじゃないよ!」
 キースは急降下をかけると再びアグニを撃った。今度は狙い過たずバクゥを直撃し、それをスクラップへと変えてしまう。
「よし、あと2機だ!」
 その時、ようやくストライクがやってきた。ビームライフルでバクゥを牽制している。キースはそのバクゥをキラに任せると、まだ動けない様子のもう1機に目をつけた。こういう時に情は不要。相手が降伏しない以上、止めを刺せる時に刺しておくのが生き残る要点だ。動けないバクゥにキースのアグニを回避する術は無く、そのバクゥも爆散してしまった。それに少し遅れてキラも目の前のバクゥを仕留めていた。
 少し離れた所で戦況を見ていたバルトフェルドはストライクとスカイグラスパーの戦闘力に目を見張っていた。
「やるね。あのMSも、戦闘機も」
「・・・・・・3機のバクゥが、こうも簡単に殺られるなんて」
 バルトフェルドの隣でダコスタが呆然としている。これでバルトフェルドは手持ちのMSのほとんどを使い切ったことになるからだ。砂漠の虎、アンディ・バルトフェルドの部隊がだ。
 バルトフェルドは生き残った部下に撤退を命じた。このままではこちらが全滅させられてしまう。



61

 キラとキースは機体を地上で止めると、レジスタンスの方に歩いてきた。キラもそうだが、キースも何時になく怒りを露にしている。2人を前にしたレジスタンスのメンバー達は気まずそうに顔を逸らしていた。
「死にたいんですか?」
 キラは頭にきていた。バギーとミサイルランチャー程度でMSに対抗できるとでも本気で考えていたのだろうか。
「こんな所で、こんな戦いを挑んで・・・・・なんの意味も無いじゃないですか?」
「なんだとっ!!」
 カガリが噛み付いてきた。彼女はキラに掴みかかると、片手を振って背後を指した。
「見ろ、こいつらを見てもそう言えるのか!?」
 そこには何人もの死体が横たえられている。カガリは涙を溜めてなおもキラに文句を言おうとしたが、それをキースがさえぎった。
「どうして、俺がバクゥの動きを止めた時に後退しなかった?」
 何時ものキースらしくない底冷えする、そして一切の反論を許さない威圧感を感じさせる声に、カガリはキラの胸から手を離した。
「・・・・・・だって、街の敵を討たないと・・・・・・」
「敵を取ろうとしてこの有様か。ゲリラならゲリラなりの戦い方があるだろうに、正面からMSに挑むとはな」
 キースは吐き捨てた。それがカガリの、ゲリラ達の怒りを誘う。
「ふざけるな、お前に、仲間を殺された私達の辛さが分かるものかよ!」
 掴みかかってくるカガリ。キースは背が足りないのに無理して自分の胸倉を掴み上げてくるカガリをじっと見ていたが、やはり感情の篭らない声でカガリに答えた。
「・・・・・・俺は、お前ら以上に多くの仲間を失ってるよ。一緒に出撃した部隊の仲間が、帰ってきてみたら俺しか残ってなかったなんてことも1度や2度じゃ無い。数千人の避難民が乗った輸送船を守り切れずに、目の前で沈められた事もある」
 キースの答えに、カガリは硬直してしまった。掴み上げた手もそのままに目を見開いている。それを聞いていたゲリラ達やキラも同様だった。
 カガリはキースの目を見てしまった。感情が篭ってない訳じゃない。だが、悲しみも見られない。もっと遠い、なにか達観しているような目をしている。
「帰ってきたら母艦が沈められてた。世話になったクルーやメカニックが纏めて死んじまったなんてこともあった。先輩も、同僚も、部下も次々に死んじまう。俺に出来る事は生き残れるように訓練をしてやって、手の届く範囲で守ってやって・・・・・・それくらいなんだよ」
 キースは自嘲気味に笑った。エメラルドの死神と呼ばれる男でも、他人を守りきるなんて出来はしないのだ。カガリは気まずそうに手を離し、一歩下がる。キースは諭すような声でカガリに語った。
「敵を討ちたいという気持ちは分かる。だがな、自分が生き残れないのに、どうして他人を守る事が、敵を討つことが出来る? お前等はまず自分が生き残る術を身につけるんだな」
 カガリには何も言い返せなかった。この男と自分ではあまりにも役者が違いすぎる。それが頭では無く、肌で実感できたからだ。カガリが黙ってしまった事でキースは口を閉ざした。少し顔を顰めているのは、喋りすぎたとでも思っているのだろうか。



62

 飛び出して行ったゲリラ達が帰ってきたが、帰って来た部下たちを見てサイーブは怪訝そうな顔になった。部下たちが余りにも元気がないのだ。誰もが叱られた子供のようにしょぼくれた顔をしている。あのカガリでさえガックリと頭を垂れているのだ。一体何があったのだろうか、とサイーブは首を捻っていた。
 そして、アークエンジェルに帰ってきたキラもやはり複雑な顔をしていた。自室に戻る途中でフレイに会ったが、そのフレイもキラの顔を見て怪訝そうな顔をする。
「キラ、何かあったの?」
「・・・・・・ちょっとね。キースさんは、どれだけのものを背負っているんだろうなあ。と思って」
 キラの言葉にフレイは首を捻り、どういう事かを問い質した。キラはキースが語った言葉をフレイに語り、それを聞いたフレイもキラと同じように複雑な表情になる。
「そうなんだ・・・・・・当然よね、キースさんは、私達よりずっと昔から戦ってるんだから」
「・・・・・・守れなかったんだ、あの人も。だからあんなに僕に色々言ってくれたんだ」
 キラはキースの飄々とした態度を思い出す。あの人を食った笑顔の裏には、どれだけの悲惨な現実を目の当たりした顔があるのだろうか。今日の感情を感じさせない、どこか透き通った目をしたキースがそうなのだろうか。
 フラガも同じような苦しみを耐えてきたのだろうか。
 自分の悩みなど、あの人にして見れば大した悩みではないのかもしれない。あの幼女の乗ったシャトルを堕とされたことで激しく落ちこんだ自分など、あの人からして見れば甘ったれた餓鬼でしかないのではないのか。そう思えてしまうのだ。
 辛そうなキラの顔を見て、フレイはかける言葉を浮べられなかった。ただ自分も俯いてしまい、肩を並べてキラの部屋に入って行く。昨晩は情事に浸った2人だが、今日はそんな気分になれるはずもなかった。



63

「じゃあ、4時間後だな」
 威勢良く車から降りたカガリが言い、続いてキラにフレイ、キースも降りる。何時もカガリと一緒にいる大男のキサカがカガリに注意をしているがカガリは聞いているのかどうか。
 どこか不満そうなキサカにキースが笑いながら語り掛けた。
「心配するなって。俺が首根っこ捕まえて大人しくさせとくから」
「・・・・・・頼む」
 キサカに頼まれたキースは軽く安請け合いをし、キサカ達を送り出した。隣に乗っているナタルとトノムラが何かや困った様な顔をしているのがとても印象的だったが。
 ジープが走り去っていくのを見てキースはやれやれと辺りを見回した。
「さてと、とりあえず案内頼む、カガリ」
「まったく、何でお前等まで付いてくるんだよ?」
 カガリの問いに、キースは何時もの人を食ったようなニヤリ笑いを浮かべた。
「何を言う。人では多い方が良いだろう。フレイは主計兵だから、これは本職の分野といえるだろう」
「本音を言え」
「・・・・・・たまには外出して羽を伸ばしたいの」
 あっさりと本音を暴露するキースに、3人は呆れた視線を向けた。本当にあの時カガリに冷たい視線を叩きつけた男と同一人物なのだろうかと思ってしまう。特にカガリの視線を冷たかった。
 キースは3人からの視線に耐えかねて辺りに視線を走らせた。活気があり、店の軒先には商品が溢れている。とても敵軍の占領下にある街とは思えない光景だった。
「しっかし、軍政下にあるにしては、平和そうな街だねえ」
「・・・・・・そんなの、見せ掛けだけさ!」
 カガリが吐き捨てる様に言う。キラとフレイはカガリの言葉に眉を潜め、辺りを見回した。
「そうかな、とても活気があるけど?」
「あれを見てみろよ」
 カガリが指差す先には崩れた建物があり、そこから突き出す様に軍艦があった。
「あれがこの街の支配者の姿だ。逆らう者は容赦なく消される。ここはザフトの、砂漠の虎の本拠地なんだ」
 キラはカガリの言葉に、理解に苦しむと言いたげに悩む表情になった。消されると言うなら逆らわなければ良い。何故そこまでして反抗しないといけないのだ。逆らわなければこんなに平和な生活がおくれるというのに。
 命を賭けても守りたい故郷。それがキラには理解できない。愛する人や、自分の命より大切なものがあると言うのだろうか。彼らはどうして戦い続けるのだろう。


 さっそく買い物を始めようとする4人。男だからという事でキラとキースは荷物持ちになる事が決定している。キースは少し諦め顔でキラに1つの忠告をした。
「いいか、キラ。これから俺達は過酷な戦いに挑む事になる。今のうちに覚悟を決めろよ」
「ど、どういう意味です?」
「・・・・・・女の買い物ってのはな、付き合うと疲れるんだよ」
 何処か諦めを漂わせるキースを見て、徐に女性たちの背中に視線を向ける。彼女等はとても楽しそうであった。だが、その笑顔に、キラは無意識に戦慄してしまったのである。そして、その悪い予感は見事に当たる事になった。



64

 あちこちの店を回り、注文の品を探すカガリとフレイ。キースとキラは両手一杯の荷物を手にすっかりトホホ顔になっている。
「キースさん、何時になったら終わるんでしょうか?」
「知らんよ。買い物のリストに聞いてくれ」
 心底疲れた声で問いかけてくるキラに、キースは苦笑して答えた。キラはこういう体験は初めてなのだろう。辛いのも無理は無い。キースは経験があるのか、そこそこ余裕を持っていた。
「おーい、お2人さん、キラがもうへばってるから、少し休憩いれようや」
 キースに呼び掛けられて2人はこちらを向き、キラに情けなさそうな視線を向けている。
「なんだよ、男のくせにもうへばったのかよ?」
「だっらしないわねえ」
 血も涙も感じさせないお言葉に、キラは心の中で涙を流していた。キースはそんなキラの背中を叩いて近くの木陰を指差す。
「とりあえず、あそこで休憩にしよう。悪いがフレイは飲み物でも買ってきてくれ。俺はちょっと買い物に行ってくるから」
「え、何処にです?」
 不思議そうに問うフレイに、キースは何時もの軽い口調で答えた。
「いや何、フラガ少佐やらノイマンやら、まあ男衆からの頼まれ物があってね。こいつは女性に買いに行かせる訳にもいかんだろう」
 キースの返答にフレイとカガリは顔を赤くして気まずそうに逸らした。変わりにキラが余計な事を聞いてくる。
「あの、それってまさか、エロ本ですか?」
 キラの質問に、キースは何とも言えない複雑な表情を浮かべてキラを見た。
「・・・・・・キラ、そういう事は気づいても聞くもんじゃないなあ。なんならお前の分も買ってこようか?」
「え、ええと・・・・・・」
 悩むキラ。だが、それは致命的な失敗であった。振り返ったフレイとカガリがなんとも言えない冷たい視線で自分を見ているからだ。軽蔑の眼差しに晒されて顔から血の気が引いていくキラを楽しげに見やり、キースはわざと状況を悪化させるような一言を残していった。
「そうか、じゃあキラの分も追加だな。それじゃ行ってくるね〜」
 手をヒラヒラさせて早足にさって行くキースの背中にキラは慌てふためいて手を伸ばしたが、そんなものが届く筈もなく、ジロリと2人に睨まれて縮こまってしまうのであった。
 3人と分かれたキースは頼まれ物を買い揃え、背負ってきたバッグに詰め込んでいく。男である以上、こういう物も必要なのだ。艦長や副長に見つかったら没収されそうだけど。
 重くなったバッグを背負い、キースはもと来た道を戻って行こうとしたが、ふと露天で売られている宝石やら装身具に目をやり、そちらに歩いて行く。
「いらっしゃい。どうですおひとつ?」
「なかなか安いな。この辺りは原産地か何かかい?」
「ええ、原石が取れまして。加工業も発達してますよ」
 素人であるキースから見ても並べられている商品の出来は大した物だった。値段も安く、これまでの戦いで溜まりまくっている給料からすれば安い買い物だと思える。しばし商品を眺めていたキースは、ふと一人の洒落っ気の無い女性を思い浮かべ、次いで気になる2人を思い浮かべた。そして、少し考えてからネックレスを1つと、対で作られているペンダントを買い求めた。いずれも派手さはないものの、品の良い作りをしている。落ちついた美しさとでもいうのだろうか。ネックレスにはキースのパーソナルカラーでもあるエメラルドの大きな輝石が真中で輝いているのが目だった特徴だ。
 それらを買い求めたキースは、再びリュックを担ぎなおすとキラ達の待つ木陰へと帰ってきた。だが、そこで彼を待っていたのは何やら激しく落ちこんでいるキラと、白けた目でキラを見る2人の女性であった。
「おいおい、何をしたんだ、お前等。キラがボロボロじゃないか?」
「いえ、別に何でもありません」
「気にしないでくれ」
 どうしたら気にせずに済むのかと思ったが、とりあえず反論が怖いので口にはしない。ただ、キラの肩を掴んで立ちあがらせた。
「ほらキラ、続きを買いに行くぞ」
「はあ・・・・・・僕ってなんなんでしょうね?」
 こりゃ重傷だと思いつつ、キースは自分の担当の買い物袋を持ち上げた。
 結局、2人はこの後も散々買い物に付き合わされ、ヘトヘトになって



65

 ようやく買い物を終えてカフェの椅子にドサリと腰を下ろしたキラとキースはグッタリと背もたれに持たれかかった。キラはキースの忠告を身を持って実感したのだ。まったく、女の買い物に付き合うもんじゃない。
 そんな彼らの前に給士がお茶と料理を並べていった。その料理を見てキラが珍しそうに問い掛ける。
「何、これ?」
「ドネル・ケバブさ。あー腹減った。お前も食えよ。このチリソースをかけてだな!」
「何言ってるのよ、ケバブにはヨーグルトソースでしょう?」
 ドネル・ケバブを知っているらしいフレイがヨーグルトソースをかけている。それを見たカガリが露骨に顔を顰めている。何か拘りでもあるのだろうか。
 カガリがチリソースの容器を手にして何か言おうとした時、いきなり脇から声が飛びこんできた。
「あいや待った!」
 突然の声に4人は驚いてそちらを見やった。そして、そこに立っている男の姿に目を丸くする。
「ケバブにチリソースとは何を言ってるんだ、君は。ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」
 拳を握り締めて力説するその男は、派手なアロハシャツにカンカン帽というおおよそこの場に似つかわしくない恰好をしていた。それを見た途端、キースが自分のケバブにチリソースをかける。
「ほらキラ、早く食え」
「え、で、でも・・・・・・」
 戸惑うキラ。ぶつかり合うカガリと謎の男。キースとフレイは我関せずとばかりに食事を始めていた。そんな訳で2人の視線は自然とキラへと向く。キラはビクリとからだを震わせた。
「ほらっ、お前も!」
「ああ、待ちたまえ! 彼まで邪道に堕とす気か!?」
「何を言う、ケバブにはチリソースが当たり前だ!」
「いいや、ヨーグルトソースだ!」
 2人はそれぞれの容器を手に睨み合い、ついでキラの皿の上で激しい戦いを繰り広げだした。そんな事をすればどうなるかは分かりきっているのだが・・・・・・
「ああッ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・」
 カガリと男は申し訳なさそうにキラを見た。キラのケバブは白と赤のソースにまみれ、大変な事になっている。まあ、多分食べられるだろうが。
 キラは仕方なくそれを頬張った。
「いや、悪かったね」
「・・・・・・いえ・・・・・・まあ、ミックスもなかなか・・・」
 と答えながらも、顔には苦痛の色が見て取れる。それを見ていたフレイは呆れながら水の入ったグラスをキラの所に滑らせた。キラは感謝の目でフレイを見てグラスを手に取る。はっきり言ってソースの味しかしない。
 カガリが何時の間に同じテーブルに腰を落ち着けている男に文句を立て並べている。それに男が色々言い返しているが、突然男は言葉を切って外に目をやる。同時にキラも身構え、キースはそっと荷物を脇に押しやった。
 カガリとフレイは何も気付いていない。キラは咄嗟にフレイの腕を掴み、キースはカガリの上着の襟を掴んで近くのテーブルの影に引っ張りこむ。それと同時に男がテーブルを蹴り上げ、即席の遮蔽物とした。もっとも、こんなもの銃撃戦では盾にはならないのだが。
「大丈夫か!?」
「な、なんとか」
 キラは体の下にフレイを庇いながら頷いた。フレイはまだ状況が理解できずに困惑している。向こうのテーブルではキースが何処から取り出したのか拳銃を手にこちらを見ている。
「キラ、お前はフレイを守る事に集中しろ。こっちは何とかする!」
「わ、分かりました!」
 キラが答えると同時に、数人の男がマシンガンを乱射しながら店に入って来た。
「青き清浄なる世界の為に!」
 どうやらブルーコスモスのテロらしい。キースは顔を顰めてカガリを見た。
「悪いが、もう少し小さくなっててくれ」
「私だって戦える!」
「拳銃はこれ一丁なんだよねえ」
 キースはそう言うとテーブルの影から敵を伺った。すると、あっちこっちから武器を手に襲撃者に反撃を開始した。どうやら客に紛れて色々潜んでいたらしい。
「構わん、全て排除しろ!」
 彼らに向けて、男は命じた。あきらかに命令する事に慣れた者の口調だ。この男は何者だとキラは思った。暫くの銃撃戦が続く。キラの体の下では突然の銃撃戦にフレイが震えている。
「やだ、何よこれ・・・・・・・・・」
「フレイ、落ち付いて、大丈夫だから」



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