流離う翼たち
37
突然艦内に警報が鳴り響く。それを聞いたキラとトール、ミリアリアは席を立ち、食堂を飛び出した。だが、そこで1人の女の子にぶつかってしまう。
「あ、ご免、大丈夫・・・・・・」
ぺったりと尻餅をついてしまった幼女を助け起そうとするが、それを遮るようにフレイが前に出る。
「ごめんねえ、お兄ちゃん、急いでるから」
フレイは優しい手つきで女の子を抱き起こした。
「また戦争だけど、大丈夫。このお兄ちゃんが戦って守ってくれるからね」
「ほんとぉ・・・?」
女の子はおずおずとキラを見上げる。フレイは強く頷いた。
「うん、悪い奴はみぃんなやっつけてくれるんだよ」
キラは女の子に何か言おうとしたが、背後からトールに呼ばれて慌てて走り出した。
「・・・そうよ」
フレイは呟いた。
「みぃんなやっつけてもらわなくちゃ・・・・・・」
「いたぁい!」
フレイの手に突然力が篭り、女の子はその手を振り払った。そしてフレイを見上げた女の子は、その表情に恐怖を感じてべそをかきながら駆けて行ってしまった。
1人残された事に気づくでもなく、フレイは調子の外れた声で繰り返す。
「そうよ、みぃんなやっつけてもらわなくちゃ、せんそうはおわらないんだから・・・・・・」
ただ1人だけ、そのフレイを見ていた者がいたが、その人影は声をかけることなく立ち去ってしまった。
迎撃に出たストライクとゼロ、メビウス。対するのはブリッツ、バスター、デュエルだ。
キースはキラとフラガに通信を入れた。
「俺がローラシア級を仕留めます。大尉とキラはXナンバーを頼みます!」
「やれるか、一人で?」
フラガが心配そうに問いかけるが、キースは親指を立てて見せた。
「任せてください。航行不能くらいには追いこんで見せます。艦船撃沈スコア6隻の実績を信じてください」
「・・・・・・分かった、帰ってこいよ」
フラガが許可を出す。それを聞いてキースは一直線にローラシア級巡洋艦ガモフに向った。それを見たニコルが焦った声を上げる。
「緑色のメビウス。まさか、エメラルドの死神ですか!?」
「どうしたニコル?」
「大変です、緑色のメビウスがガモフの方へ!」
エメラルドの死神は艦船攻撃に長けている。下手したらガモフが沈められかねない。母艦を失ったらいくら3機が強力でも戦闘力を失ってしまうのだ。
「チィィ、どうする、イザーク?」
「俺が戻る、2人はこのまま足付きを!」
「「了解!」」
38
デュエルが戻った。バスターとブリッツはそのままアークエンジェルに向って行く。戻るイザークは嬉しそうに呟いていた。
「緑色のMA。あの時はよくもコケにしてくれたなあ。あの屈辱、返させてもらうぞ!」
前の交戦でストライク撃破を邪魔し、デュエルに傷をつけたMAを許すつもりはイザークには無かった。だが、やはり向こうの方が速く、デュエルの加速では追いつけない。ガモフが一撃加えられるのは覚悟しなくてはならないようだ。
バスターの相手はフラガのゼロが引き受け、ブリッツの相手はストライクがしていた。ガモフの主砲がアークエンジェルを襲っているが、いきなりその砲撃が止んだ。アークエンジェルではその意味が良く分かっていた。キースが敵艦を捕捉したのだ。
ガモフでは大騒ぎになっていた。緑色のメビウスが下方から突き上げてきているというのだ。特徴的なメビウスにエメラルドの死神だと判明し、ゼルマン艦長が焦った声で命令を出す。
「撃ち落とせ、奴を懐に飛び込ませるな!」
対空砲火がキースの前面に弾幕を作り上げるが、キースはそれを難無く突破して全ての火器を叩き込んだ。抱えて来た対艦ミサイルが発射され、レールガンとビームガンが唸りを上げる。バルカンが高速弾を叩きこんでいく。それらは次々に巨大な船体に吸いこまれ、激しい爆発を起した。被弾箇所以外からも誘爆の光が見える
「よっしゃあ、これで航行不能だ!」
機関部を使用不能に追いこんだと確信し、キースは喝采をあげた。だが、上に出て反転して再攻撃しようとした所で、デュエルが追いついてきた。
「貴様ああああ!!」
「チッ、デュエルか!」
チラリとガモフを一瞥し、もうアークエンジェルに攻撃できる状態ではないと判断すると、重い推進剤タンクを切り捨てた。どうせ大して残ってはいないし、対MS戦なら機体を軽くしたほうが良い
キースはデュエルの挑戦を受ける事にした。アークエンジェルの方に戻ることに変わりは無いが、このまま一機引きつけておけば向こうが楽になるからだ。
バスターはちょろちょろと動き回るフラガのメビウス・ゼロに苛立っていた。
「ちょろちょろとうっとおしいんだよ、MA風情が!」
「ええい、後何分稼げばいいんだ!」
フラガの脅威的な技量がバスターとメビウス・ゼロの性能差を埋めている。その近くではブリッツとストライクが近接戦闘を行っていた。こちらはストライクの方が有利に戦っている。もともと奇襲、偵察機であるブリッツと汎用機であるストライクでは機体の相性が悪すぎた。
「くっそおお・・・・・・これがストライクですか」
ニコルは初めて戦う強敵に苦しんでいた。ブリッツは近接戦にも対応してるのだが、ストライクの方が遥かに優れているのだ。これと格闘戦をするにはデュエルかイ−ジスでないと駄目だろう。
仕方なくニコルはミラージュコロイドを展開した。いきなり目の前からブリッツが消えた事でキラが驚く。
「消えた、そんな?」
慌てて辺りを見まわすが、近くにブリッツの姿は無い。すると、いきなりビームが飛んできた。咄嗟に回避するがそちらにブリッツの姿は無い。
アークエンジェルはブリッツをロストした事を聞いて、マリュ−がその正体を察した。すぐにビームの射角からブリッツの予想位置を出させ、溜散弾頭ミサイルを装填させる。
「次にブリッツがビームを撃ったら予想位置へミサイルを撃って!」
マリュ−の指示に従い、ビームが撃たれた位置へ向けてミサイルが発射された。広域に影響を及ぼす榴散弾がブリッツに襲いかかる。ミラージュコロイドを展開中はフェイズ・シフトが使えないので、慌ててミラージュコロイドを切り、フェイズ・シフトを使う。シールドで機体への直撃を阻んだが、もう一度ミラージュコロイドを展開する前にストライクが斬りかかってきた。
39
アークエンジェルではMS1機とMA2機でザフトとここまで戦えるという事に驚いていた。キラはともかく、フラガとキースが桁外れた実力を持つからなのだが、マリュ−とナタルは改めて2人の実力を思い知らされていた。
「さすがは、エンディミオンの鷹に、エメラルドの死神ね。あの2人がいなかったらとてもここまで来れなかったわ」
「まだ終わったわけではありません。気を抜かないようお願いします」
「・・・・・・分かってるわ、ナタル」
気分が良くなっている所に水をさされ、マリュ−は渋面を作った。ナタルは何時もこうだ。常に肩肘を張って、自分の考えに噛み付いてくる。
暫くするとキースのメビウスがデュエルを連れて戦場に戻ってきた。キースはドッグファイトをしない主義なのでイザークはかなり苛立っている。
「この卑怯者があ。逃げるな、俺と勝負しろ!」
ビームライフルを撃ちまくるが遠くを高速で動いているキースのメビウスに当てる事は難しい。時折突っ込んできて物凄い火力を叩きつけてくるのでデュエルの機体は無傷ではない。実弾は効かないのだが、ビームガンが掠めた焼け跡があるのだ。
キースは通信でキラと会話した。
「キラ、こいつも任せて良いか?」
「ちょ、ちょっと、何言ってるんですか!?」
「やっぱ駄目か。こいつしつこいんだけどなあ・・・・・・」
口調だけ見ると余裕ありそうだったが、実はかなり追い詰められているキース。メビウスのバッテリーではビームガンはそう何度も撃てないのだ。レールガンやバルカンでは効果が薄い。せめてフェイズシフト・ダウンを狙うのが関の山だ。
ストライクと戦うブリッツだっったが、そのブリッツめがけてアークエンジェルからヴァリアントを使うと言ってきた。
「キラ、ブリッツから離れて。ヴァリアントを使うわ!」
「分かった!」
キラのストライクが僅かに後退する。それを追おうとしたニコルは、嫌な予感がして周囲を確かめ、思わず絶叫を放った。
「ね、狙われてる!?」
アークエンジェルから強力なレールキャノンが2発放たれ、ブリッツを襲う。一発目は外れたか、二発目がブリッツのトリケロスを捕らえた。シールドとしても使えるのだが、このヴァリアントの大口径砲弾の直撃は凄まじいと言う言葉では表現しきれないダメージを与えた。フェイズ・シフト装甲は実体弾を弾き返すのだが、この場合はもうそういうレベルでは無く、左肩のジョイント部から引き千切れ、吹き飛ばされてしまったのだ。
「うわあああああ!!」
衝撃に悲鳴を上げるニコル。左腕以外にもダメージが及び、機体内にアラームが響き渡る。もはやブリッツに戦闘力は残されていなかった。
ブリッツが後してもなお攻撃を続けようとするイザークとディアッカ。だが、2人は時間が無くなっている事に気づかなかった。それに気付いたのはニコルだった。タイムリミッタが来たことに顔色を変える。
「イザーク、ディアッカ、時間切れです。敵艦隊が来る!」
「ちい、ここまでかよ!」
ディアッカは収束砲をぶっ放してフラガを牽制した後、後退しようとしたが、イザークがまだ退こうとはしない。
「何やってるんだイザーク、撤退だぞ!」
「ふざけるな、ここまで来て逃げられるか!」
「イザーク、敵艦隊が来るんです。あの大軍をバッテリーが無い僕らで相手取るつもりですか!?」
近づいている連合第8艦隊は30隻を擁する大部隊だ。この部隊をたった3機のMSで戦おうなど、自殺行為でしかない。
「く、く・・・くっそおおおおおおっ!!」
2人がかりで説得されて、遂にイザークも後退を受け入れた。
後退していく3機を見送り、キラはほっと安堵のため息を吐いた。地球の方から大艦隊が近づいて来る。その威容は、これまでの戦いで疲れ切ったアークエンジェルクルーの心に深い安心感を与えるだけの効果があった。フラガやキースでさえ嬉しそうに表情を緩め、近づいて来る第8艦隊旗艦メネラオスの巨体を見やっている。
ようやくアークエンジェルは友軍と合流できたのだ。
40
「180度回頭、減速、相対速度あわせ」
「しっかし、良いんですかね。メネラオスの横っ面なんかにつけて?」
「ハルバートン提督がこの艦を良くご覧になりたいでしょう。自らこちらにおいでになるというし」
マリュ−は微笑みながら言った。知将ハルバートン、Xナンバー計画機とアークエンジェルの建造計画を強行に推進した連合の名将。マリュ−の直属の上司とも言える人物だ。
艦が慣性航行に移ると、マリュ−は後を部下に任せて自分はエレベータ−に向った。その後をナタルが付いてくる。2人はエレベーターの中で向かい合った。
「ストライクのこと、どうなさるおつもりですか?」
「どうとは?」
「あの性能だからこそ、彼が乗ったからこそ、我々がここまで来られたのだという事は、すでに誰もが分かっていることです!」
ナタルの意図を悟り、マリュ−は顔を顰めた。ナタルはそんなマリュ−の内心など気にせず話を進める。
「彼も艦を降ろすのですか?」
「ナタル、キラ君は軍人じゃないのよ」
「ですが、彼の力は貴重です。それをみすみす・・・・・・?」
「力があると言って、彼を強制的に徴兵することは出来ない。そうでしょう?」
マリュ−の言うことは正論だが、ナタルは不満そうであった。
艦隊と合流したキラは、頑張って最後の仕事を終えようとしていた。キースに頼まれたシグーのOS改造。それを完成させたかったのだ。下の方では傷付いているフラガのメビウス・ゼロに整備兵やフラガ、キースが群がって直している。
何故こんなに急いでゼロを直すのかがキラには分からなかった。これだけの規模の艦隊に仕掛けて来る敵がいるとも思えないのだが。
そんなことを考えてると、コクピットの入口に誰かがやってきた。
「あら、何をしてるの、キラ君?」
「え・・・・・・艦長?」
来たのはマリュ−だった。マリュ−は興味津々そうにキラの手元を見ている。
「OSの改造・・・・・・何でそんなことを?」
「キースさんに頼まれたんですよ。これが最後の仕事だと思うと、投げ出せなくて」
「そう」
マリュ−はこの生真面目な少年を微笑ましく見ていた。そして、優しい声でキラに話し掛けた。
「今までこうして君と話す余裕も無かったわね」
「はあ・・・・・・」
キラの顔に僅かな警戒心が浮かぶ。マリュ−はそんな彼を安心さえようと微笑んだ。
「その、一度、ちゃんとお礼を言っておきたかったのよ」
「え・・・・・・?」
「あなたには、本当に大変な思いをさせたわ。いままでありがとう」
マリュ−は深々と頭を下げた。思いもかけぬマリューの行動にキラは動転してしまう。
「いや、そんな、艦長・・・・」
赤くなってしどろもどろとしていると、マリュ−がニッコリと笑いかけてきた。
「口には出さなくても、みんなあなたには感謝しているのよ。バゥアー中尉なんかは手放しの褒めようだったわ。こんな状況で地球に降りても大変でしょうけど、頑張って」
マリュ−は片手を差し出した。キラは戸惑いながらもその手を握る。その手は暖かかった。
そんなマリュ−を少し離れた所からじっと見ていたナタルの視線は冷たい。だが、そんな肩をキースが叩いた。驚いてナタルが振りかえる。
「バ、バゥアー中尉」
「どうしたの、覗き見なんかして?」
キースの問われたナタルはキッとキースを睨みつけた。
「中尉も、キラ・ヤマトを降ろすのに賛成なのですか?」
「まあ、あいつは民間人だからねえ。当然でしょ?」
「ですが、彼の力は!」
詰め寄るナタルに、キースは諭すように話した。
「なあ、バジルール少尉、俺たちは何の為に戦ってるんだ?」
「決まっています、この戦争に勝利するためです」
「・・・・・・俺は違う。俺は、最初は復讐の為に軍に入った。だが、今は・・・・・・」
「中尉、それは」
ナタルも聞いた事があった。エメラルドの死神、キーエンス・バゥアーは、昔は気が狂っているのではないかと囁かれるほどに恐ろしい男だったと。それが今はこんな飄々とした性格をしている。噂に出てくる男と、目の前の男は余りにも違いすぎる。何がこの男にあったというのだろうか。
同時に、ナタルは考えさせられてしまった。自分は、何のために戦うのだろう、と。
41
アークエンジェルに1人の長身の将官が降りてきた。この人物こそ月に駐留する第8艦隊司令官、ハルバートン提督である。マリュ−たちがいっせいに敬礼した。
「閣下、お久しぶりです!」
「ナタル・バジルールであります」
「第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガであります」
「同じく、キーエンス・バゥアーであります」
「おお、君らがいてくれて助かった」
ハルバートンがフラガとキースに労いの言葉をかける。
「いえ、さして役にも立ちませんで」
提督は士官たちとの挨拶がすむと、今度は後ろの方で整列しているキラたちに目を向けた。
「ああ、彼らがそうかね」
キラたちは提督がこっちにやってくるのを見て慌てて背筋を伸ばした。
「はい、繰艦を手伝ってくれたヘリオポリスの学生たちです」
マリュ−が誇らしげに紹介してくれるのを、彼らはくすぐったい気持ちで聞いていた。彼らを1人1人見つめるハルバートンの目は優しかった。
「君達のご家族の消息も確認してきたぞ。皆さん、ご無事だ」
みんなの顔がぱっと明るくなった。何より嬉しい朗報であった。
「とんでもない状況の中、良く頑張ってくれたな。私からも礼を言う。あとで、ゆっくりと話をしたいものだな」
提督と聞くと、お堅いイメージがあるが、このハルバートンはとても気さくで意外な印象をキラたちに与えていた。だが、この人がマリュ−の上司というなら何故か納得できてしまう。
ハルバートンはマリュ−たちと一緒に去ってしまった。その後姿を見送りながら、キラはあの人と話がしてみたいと思っていた。
「ツィーグラー、エデス、合流しました」
「ふむ、ガモフは無理だったのか」
「残念ですが、大破しております。MSはエデスに移されていますが、ストライクと交戦したブリッツも損傷が大きく、今回は作戦参加は不可能という報告がきております」
「こちらの戦力は?」
「ツィーグラーにジンが6機、こちらにイージスを含め、5機、エデスにバスターとデュエルを含め5機」
アデスの読み上げる数字を聞いて、クルーゼはしばし勝算と損害を天秤にかけた。そしてふっと底冷えのする笑顔を作る。
「知将ハルバートン、か。そろそろ退場してもらおうか」
42
アークエンジェルではトールたちがナタルから除隊許可証を渡されていた。狐にでも包まれたかのような顔でそれを受け取った4人にハルバートンの副官のホフマン大佐が説明する。
「例え非常事体でも、民間人が戦闘行為を行えば犯罪となる。それを回避するため、君らは日時を遡って志願兵として入隊していたことにしたのだ。無くすなよ」
ややこしい処置だと思ったが、必要なことと言われれば仕方ない。それに、降りられることには変わり無いのだから。
まだ説明を続けるホフマンに向って、遠慮がちに声をかけた者がいた。フレイだった。ナタルが不審げに彼女を見る。
「君は戦ってないだろう。彼らと同じ措置は必要無いぞ」
「いえ、そうでは無くて・・・・・・」
フレイは俯き気味に前に出て、目に決意を秘めて顔を上げた。
「私、軍に志願したいんです」
一瞬誰もが呆気に取られ、ついで驚愕した。サイまでが驚いた顔をしているという事は、彼も聞かされていなかったのだろう。ナタルは眉を顰めた。
「何を馬鹿なことを」
「いいかげんな気持ちで言ってるんじゃありません!」
フレイは必死に食いさがった。
「先遣隊と共に父が殺されて、私・・・色々考えたんです・・・・・・・・・・」
「では、君がアルスター事務次官の・・・・・・」
ホフマンが思い当たったように頷いた。フレイは小さく頷く。
「父が討たれた時はショックで・・・もう、こんなのは嫌だ。こんな所にはいたくない。と、そんな思いばかりでした・・・・・・でも、艦隊と合流できて、やっと地球に降りられると思った時、何かおかしいと思ったんです」
「・・・・・・おかしい?」
ナタルが聞き返すと、フレイは頷いた。
「だって、これでもう安心でしょうか。これでもう平和なんでしょうか。そんな事、全然無い!」
フレイは激しく首を振り、潤んだ瞳でナタルを見た。
「世界は、依然として戦争のままなんです」
誰もが言葉も無く、彼女の言葉を聞いていた。
「私、中立の国にいて全然気づかなかった・・・・・・父は戦争を終わらせようと必死に働いていたのに」
フレイの言葉は、トールたちにも言えることだった。自分たちの周りの平和が、どれほど幸福なことかさえ知らなかったのだ。
「本当の平和が、本当の安寧が、戦わないと得られないのなら、私も・・・父も遺志を継いで戦いたいんです!」
フレイの言葉はトールたちに大きな衝撃を与えていた。これで地球に降りられると喜んでいるだけだった自分たち。だが、戦争は依然として終わらない。共に戦ったこの艦の人たちはこれからも戦い続けるのだ。
ふいに、サイが自分の除隊許可証を引き裂いた。
「サイ!」
「フレイの言ったことは、俺も感じていたことだ。それに、彼女だけ置いていけないしさ」
その言葉を聞いて、トールの決意も固まった。彼が許可証を破り捨てると、ミリアミアが驚いた目で彼を見る。
アークエンジェルは人手不足だからな。俺が降りた後に艦が沈められたら、なんか嫌だし」
すると
「トールが残るなら、私も」
「みんなが残るって言ってるのに、僕だけじゃな」
ミリアミアとカズィが続いた。結局、みんな残ることにしたのだ。
トールはまだ残されているキラの除隊許可証を見、キラの立場が自分とは全く違うことを思い出す。
「あいつは、降りるよな」
寂しげに、トールは呟いた。
キラはストライクを見上げていた。乗っていた間に良い思い出などありはしなかった。だが、いざ降りるとなると一抹の寂しさも感じるのだ。
その背後から声をかけられた。
「降りるとなると、名残惜しいのかね?」
振り返ると、どこにはハルバートン提督がいた。
「キラ・ヤマト君だな?」
まさか名前を知っているとは思わなかったキラは驚きながらも頷く。
「報告書にあったんでね。しかし、改めて驚かされるよ。君達コーディネイターの力というものにな」
ハルバートンの言葉にキラは身を固くしたが、ハルバートンの目は二心があるようには見えなかった。
「ザフトのMSに攻めて対抗せん、と造った物だというのに、君らが扱うととんでもない怪物になってしまうようだ」
「え、ええと・・・・・」
キラは返答に詰まってしまった。色々話したい事はあるのだが、いざとなると上手く言葉にならない。ハルバートンはそんなキラを温かい目で見ていた。
「君の両親は、ナチュラルだそうだが?」
「え、あ・・・・・・はい」
「どんな夢を託して、君をコーディネイターとしたのか」
キラは動揺した。今までそんな事を考えた事も無かったからだ。
「なんにせよ、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」
その時、キャットウォークの向こうから一人の士官がやってきてハルバートンに何事かを報告した。ハルバートンは肩を竦めるとキラを見上げる。
「やれやれ、君らとゆっくり話す暇も無いわ」
ハルバートンは改めてキラを見ると、しっかりした口調で言う。
「ここまでアークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ!」
そのまま身を翻して帰ろうとするハルバートンにむかって、キラは遠慮がちに尋ねた。
「あの・・・・・・アークエンジェルは、ラミアス大尉は、これから?」
「アークエンジェルはこのまま地球に降りる。彼女らはまた、戦場だ」
当たり前の様にハルバートンは答えた。そうなのだ。マリュ−達は軍人であり、アークエンジェルは戦艦なのだから。だが、自分がいなくて誰がストライクを動かす。どうやってこの艦を守るのだ。
悩むキラを見て、ハルバートンは足を止めた。
「君が何を迷っているのかは分かる。確かに魅力的だ、君の力は。軍にとってはな」
キラはハルバートンの顔を見た。だが、その顔には自分を利用しようとする様子は見受けられない。まるで孫を見るかのような優しい目をしている。
「だが、君がいれば勝てるというものでもない。戦争はそんな甘いものではない。自惚れるなよ」
「で、でも、『出来るだけの力があるなら、出来る事をしろ』と!」
「その意思が、あるならだ!」
キラは言葉を飲んだ。
「意思の無いものに、なにもやり抜く事は出来んよ!」
そう言ったハルバートンの目には、確かに強い意思の光が宿っていた。
43
キラはストライクを見上げていた。乗っていた間に良い思い出などありはしなかった。だが、いざ降りるとなると一抹の寂しさも感じるのだ。
その背後から声をかけられた。
「降りるとなると、名残惜しいのかね?」
振り返ると、どこにはハルバートン提督がいた。
「キラ・ヤマト君だな?」
まさか名前を知っているとは思わなかったキラは驚きながらも頷く。
「報告書にあったんでね。しかし、改めて驚かされるよ。君達コーディネイターの力というものにな」
ハルバートンの言葉にキラは身を固くしたが、ハルバートンの目は二心があるようには見えなかった。
「ザフトのMSに攻めて対抗せん、と造った物だというのに、君らが扱うととんでもない怪物になってしまうようだ」
「え、ええと・・・・・」
キラは返答に詰まってしまった。色々話したい事はあるのだが、いざとなると上手く言葉にならない。ハルバートンはそんなキラを温かい目で見ていた。
「君の両親は、ナチュラルだそうだが?」
「え、あ・・・・・・はい」
「どんな夢を託して、君をコーディネイターとしたのか」
キラは動揺した。今までそんな事を考えた事も無かったからだ。
「なんにせよ、早く終わらせたいものだな、こんな戦争は」
その時、キャットウォークの向こうから一人の士官がやってきてハルバートンに何事かを報告した。ハルバートンは肩を竦めるとキラを見上げる。
「やれやれ、君らとゆっくり話す暇も無いわ」
ハルバートンは改めてキラを見ると、しっかりした口調で言う。
「ここまでアークエンジェルとストライクを守ってもらって感謝している。良い時代が来るまで、死ぬなよ!」
そのまま身を翻して帰ろうとするハルバートンにむかって、キラは遠慮がちに尋ねた。
「あの・・・・・・アークエンジェルは、ラミアス大尉は、これから?」
「アークエンジェルはこのまま地球に降りる。彼女らはまた、戦場だ」
当たり前の様にハルバートンは答えた。そうなのだ。マリュ−達は軍人であり、アークエンジェルは戦艦なのだから。だが、自分がいなくて誰がストライクを動かす。どうやってこの艦を守るのだ。
悩むキラを見て、ハルバートンは足を止めた。
「君が何を迷っているのかは分かる。確かに魅力的だ、君の力は。軍にとってはな」
キラはハルバートンの顔を見た。だが、その顔には自分を利用しようとする様子は見受けられない。まるで孫を見るかのような優しい目をしている。
「だが、君がいれば勝てるというものでもない。戦争はそんな甘いものではない。自惚れるなよ」
「で、でも、『出来るだけの力があるなら、出来る事をしろ』と!」
「その意思が、あるならだ!」
キラは言葉を飲んだ。
「意思の無いものに、なにもやり抜く事は出来んよ!」
そう言ったハルバートンの目には、確かに強い意思の光が宿っていた。
44
敵の接近が知らされたことでアークエンジェルではランチの発進が急がれていた。キラもデッキにやってきたが、そこに友人たちの姿は無かった。暫く待っていると、子供特有の甲高い声が響き、振り返った。避難民のマスコット的な存在だったあの女の子がキラを見つけて飛び出してきたのだ。
「おにいちゃん、これ」
女の子が差し出してきたのは、折り紙の花だった。キラは目を瞬かせる。
「僕に?」
「うん、いままでまもってくれて、ありがとう」
キラは振るえる手でそれを受け取った。女の子はにこやかに手を振ると、母親の方へと戻って行く。キラはその手に折り紙の花を持ったまま、じっとその後姿を追っていた。
その時、いきなり背後からヘッドロックをかけられた。こんなことをする奴は決まっている。
「止めろよトール!」
笑いながら振り返ったキラは言葉に詰まった。仲間たちは何故か連合軍の制服のままだったのだ。怪訝な顔のキラに1枚の紙を突き付ける。
「これ、持って行けって。除隊許可証」
「え?」
「俺達、残る事にしたからさ」
「残る?」
「アークエンジェルにさ」
キラは目を見開き、仲間たちの顔をまじまじと見た。
「どういう事・・・なんで・・・・・・?」
「フレイが志願したんだ。それで俺達も」
サイが答え、キラが更に驚愕する。まさか、彼女が志願するとは思っていなかったのだろう。
そして、艦内に警戒警報が響き渡る。
「総員第1戦闘配備、繰り返す、総員第1戦闘配備!」
みんなが反射的に振りかえり、持ち場へ向おうとする。背後から声がかかった。
「おい、そこの。乗らんのか、出すぞ!」
「待ってください、こいつも乗ります!」
「トール!?」
トールはキラの肩をぐっと掴み、しばしその顔を見つけた。そしてニッコリと笑う。
「これも運命だ。じゃあな、お前は無事に地球に降りろよ!」
「元気でね、キラ!」
「生きてろよ!」
「何があっても、ザフトには入らないでくれよ!」
仲間たちの別れの言葉に、キラは顔を俯かせた。取り残されたという焦燥感と、これで良いのかという迷い。自分は、何の為に戦ってきたのだろう。次々に浮かんでくる友人たちの顔。そして、赤い髪の少女の顔が浮かんでくる。
悩むキラの背後からランチの搭乗員の急かす声が聞えてくる。その声に弾かれるように、キラは決断した。
「行ってください!」
キラは床を蹴った。後にくしゃくしゃになった除隊許可証を残して。
45
マリュ−はハルバートンの指示でメネラオスの傍にいた。各武装が次々に起動し、戦闘準備が進んでいく。格納庫ではフラガとキースが緊急発進の準備を終えていた。
「艦長、メビウス・ゼロ、出撃する。ヒヨッコどもだけじゃ持たない!」
「ですが、大尉」
「艦長、俺からも頼みます。第8艦隊だけでは持ちこたえられない!」
フラガだけでなく、キースまでが出撃許可を求めてきた。暫く黙考していたマリュ−も遂に頷く。
「分かりました、出撃してください!」
「「了解!」」
2機のMAが飛び出して行く。それを合図に戦闘準備が一気に進みだした。艦橋が騒然とした空気に包まれる。
そこに降りたはずのヘリオポリスの学生たちが飛び込んできた。
「あなたたち・・・・・・」
マリュ−が呆然として呟く。
「志願兵です。ホフマン大佐が承認し、私が受領しました」
事情を知っているらしいナタルが報告する。
「あ、キラは降ろしました」
「俺達じゃあいつの変わりにはならないでしょうけど」
サイとトールがマリュ−に教える。トールはノイマンに合図を送り、トノムラは背後の2人を見て笑みを浮かべる。はじめは驚いていたクルーたちも、今は嬉しそうに彼らを受け入れていた。
マリュ−は彼等の決意をありがたいとは思ったが、同時に重荷にも感じてしまう。彼らの決意は余りにも甘く、愚かだ。後の人生にこの決断はどのような影響をもたらすのだろうか。
キラがパイロットルームに飛び込むと、そこには先客がいた。
「フレイ・・・・・・?」
キラが声を上げると、彼のロッカーを前にたたずんでいた少女が弾かれた様に振り向いた。
「キラ・・・・・・・降りたんじゃなかったの?」
次の瞬間、フレイはキラの胸に飛び込んだ。柔らかい質感にキラは戸惑う。
「フ、フレイ・・・・・・なんで?」
「あなた、行っちゃたかと思ってた・・・・」
以前から憧れていた少女に至近距離から見つめられ、キラは冷静な思考が出来なくなっていた。そんなキラの様子に気づいていないのか、フレイは続ける。
「私・・・みんな戦ってるのに・・・最初に言い出した私だけが何もしないなんて、だから・・・・・・」
キラはようやくフレイがなんでここにいたのかを悟った。中からパイロットスーツが覗いているのを見て、フレイの意図に気づく。
「まさか!」
フレイを引き剥がし、じっと彼女を見る。こんな華奢な体で、あのストライクに乗ろうとしていたのか。そこまで決意していたというのか。
「・・・・・・無理だよ、君には・・・・・・」
「でも・・・」
諦めそうも無いフレイに、キラは微笑んだ。
「大丈夫、ストライクには僕が乗るよ。フレイの分も」
「なら・・・・・・」
フレイは自分の体をキラにすり寄せた。
「私の思いは、あなたを守るわ」
フレイの顔が近づき、唇が重なる。その熱い吐息に、その言葉に、キラは酔った。
パイロットスーツに着替えて出て行くキラを見送って、フレイは自分の唇をそっと拭った。コーディネイターなんかとキスをしてしまったという屈辱が心に暗い影をおとす。だが、同時にもう1つの何かが過去に聞いた言葉を思い出させた。
「アスランは、僕が月にいた頃の友達なんだ」
「アスランはザフトにいたんだ・・・・・・」
「イージスのパイロットになって・・・・・・僕と戦ったんだ」
フレイは浮かんできたその言葉を必死に否定しようとした。俯き、両手で体を抱きしめる。その口から漏れるのは、呪詛の言葉。
「そうよ、キラはコーディネイターを殺して、殺して、そして最後には自分も死ぬのよ。そうでなくちゃ、許さない・・・・・・そうじゃないと、いけないんだから」
46
第8艦隊は密集体形を取り、メビウス隊を展開させた。ザフト艦からもMSが射出されている。MAの数は120を超えているのに対し、MSの数はジンが13機にXナンバーが3機。数だけ見れば圧倒できるだけの兵力差だが、ハルバートンの気持ちは晴れなかった。
これだけの艦隊を擁しながらも、敗北を覚悟しなくてはならない。それほどの戦力差がMSとMAの間にはあった。特にMAパイロットの消耗は激しく、多くはヒヨッコパイロットなのだ。
ハルバートンは悲壮な覚悟で命令を下した。
「全艦砲撃戦用意。いいか、アークエンジェルだけは何があっても守りぬけ!」
唯一の救いは、MA隊の先頭に立つ2機の強力なMA、メビウスゼロと、エメラルドのメビウスがあることだ。2機とも単独でジンと互角以上に遣り合えるとさえ言われる超エースだ。アークエンジェルを巡る戦闘でもその凄まじい強さを見せ付けている。
先頭に立つフラガは突入してくるMSを見て命令を下した。
「全機、迎撃開始。生き残れよ!」
「了解!」
「キース、お前は好きにやれ。意味は分かるな!」
「はいはい、やらせて頂きますよ」
キースは肩を竦めて答えた。そしてスラスターを限界まで吹かす。たちまち物凄い加速で緑色のメビウスがメビウス隊の中から飛び出した。
たった1機でMSに向ってくるMAを見たジンのパイロットは呆れかえった。MAでMSに勝てると思っているのだろうか。
だが、彼らはすぐに自分の甘さを後悔する事になる。突入してきたキースの狙いは2つあった。1つは1機落として数を減らすこと。もう1つは敵を掻き乱すことである。その為にはどれか1機を先制で叩き落すのが1番効率が良い。動きの鈍い1機に目をつけると、キースはそれに向かって行った。
キースのメビウスに気づいたディアッカは狙われているジンのパイロットに警告をだした。これまでの戦いで、あのMAは舐めてかかれる相手ではないと思い知らされていたのだ。飛び出してきたMAを落そうと無造作に狙われたジンがキースの前に出る。
「おい、そいつの前に出るな。死ぬぞ!」
ディアッカの警告は遅かった。見ている前でそのジンはレールガンやバルカンを浴びてたちまちバラバラにされてしまったのだから。そして開いた穴からそのメビウスが突入し、MS隊を無視して艦隊に向かっていく。
「あいつ、また艦隊をやるつもりか!」
「ちぃ、俺が戻る!」
「待てイザーク、俺達の任務は、足付きの撃沈だ。MAの始末はジンに任せろ!」
「・・・・・・くそっ、分かってる!」
イザークの声には悔しさと、屈辱が滲み出ていた。自分をたった1機で翻弄したMA。ナチュラルのくせに遥かに優れた能力を持つ筈の自分を良いようにあしらったあいつは許し難い敵だ。
キースが駆け抜けた直後にジンとメビウスが一斉に砲火を開いた。メビウスの放ったミサイルを躱してジンがバズーカを叩き込む。イージスとデュエルとバスターが卓越した機体性能を生かしてMAを蹴散らしながら艦隊へと迫ってくる。
だが、MSも無傷ではすまない。群がるMAに集中攻撃を受けて避けきれず、直撃から火球へと変わるジンや、不運な艦砲の一撃に直撃されるジンもいる。
MA隊の中で超人的な活躍を見せるのがフラガのメビウスゼロだ。有線ガンバレルを操り、確実にジンを仕留めていく。フラガの活躍が周囲の味方の士気に多大な影響を与えていることは間違い無かった。
「バゥアー中尉だけに任せるな。敵艦隊左側のローラシア級に向けてゴッドフリート照準、発射後、回避した方向に向けてバリアント1番2番を発射!」
ナタルがキースを支援するべく砲撃を敵艦に向けさせる。4門のゴッドフリートから放たれたエネルギーの矛が狙われたローラシア級巡洋艦エデラを襲う。エデラは辛うじてそれを回避したが、続いて襲ってきた大口径レールキャノンの直撃を受けた。被弾の衝撃で艦が傾く。
47
艦隊に突入したキースはその被弾したローラシア級巡洋艦に目を付けた。狙われたのはエデラだ。3隻は高速で接近するMAに気づいて対空砲火を撃ち上げるが、天頂方向から襲いかかってきたメビウスは2秒以上直進しようとはせず、小刻みに機体を動かしながら真っ直ぐに突っ込んできた。被弾しているエデラの対空砲火は見ていて可哀想になるほど対空砲火の照準に精密さを欠いている。
「沈めええええええ!!」
キースが運んできた2発の対艦ミサイルを放ち、レールガンとビームガン、バルカンを撃ちまくる。艦橋を直撃したミサイルが艦の主要スタッフを抹殺し、主砲を直撃したレールガンが容易に主砲を粉砕し、エネルギーのリバースで誘爆を起こす。その周辺に着弾した弾が容赦無く装甲を貫き、艦を引き裂いていく。
キースはエデラに重傷を負わせたことを確認し、真っ直ぐ下に突き抜けた。そして、今日は迷わず機体を反転させて再攻撃に入る。確実に仕留めるつもりだ。1機のジンがエデラの前に立ちはだかっているが目には入っていない。もう一度ありったけの武器を叩き込み、エデラに止めを刺した。メビウスが再度上に出た所で機関部の誘爆が起こり、援護に来たジンを巻き込んで爆発四散してしまった。
エデラがあっさりと沈められたことに、ヴェザリウスの艦橋は驚愕に包まれていた。
「馬鹿な、たった1機のMAに巡洋艦がこうも簡単に!?」
「・・・・・・噂に聞くエメラルドの死神か。ガモフを大破させたのもあいつだという話だな」
アデスの言葉にクルーゼが苦々しく呟く。これで貴重な巡洋艦を1隻失い、砲戦力が激減してしまったからだ。さらにジンが奴の為に2機も落とされている。1機は誘爆に巻き込まれただけだが。
予想もしなかった損害に、しだいにクルーゼの勝算が覚束ないものとなろうとしていた。
ハルバートンは巧みに艦隊を維持していた。損傷艦は多かったが、未だに陣形は崩されてはいない。アークエンジェルもその火力を生かして積極的に戦闘に参加している。
「味方撃ちを恐れるな。艦は対空砲火如きでは沈まん。艦隊を密集させて弾幕の密度を上げろ!」
「メビウス隊の損害、30%を超えました!」
オペレーターの悲鳴のような報告が届く。恐ろしいほどの損失だ。20機にも満たないMSにこれだけの艦隊が苦戦しなくてはならないのだから、まことにMSとは恐ろしい兵器である。
そんな中でフラガのメビウス・ゼロの活躍は凄まじかった。4基の有線ガンバレルを展開し、ジンを追い詰めている。
「ええい、お前1機に構ってられないんだよ!」
四方八方から襲いかかるガンバレルのリニアガンに襲われるジンは必死に回避していたが、一発につかまって吹き飛ばされた。それで動きが止まったところに更に攻撃が集中し、完全破壊されてしまう。
ジン1機を撃墜したフラガはすぐに次の目標を目指した。1機でも堕とせばそれだけ味方の被害が減る。その一心でフラガは新たな敵に挑みかかった。
メネラオスでは次々に寄せられる被害への対処に追われていた。だんだん追い詰められていく友軍。だが、そこに喝采とも取れる通信が飛び込んできた。
「こちら、キーエンス・バゥアー中尉。敵巡洋艦1隻を撃沈、ジン2機を撃墜。これより本体に合流する!」
ジン1機は嘘だが、士気高揚のためにあえて数にいれた。この大戦果に連合軍の士気が否応無く上がる。逆にザフト軍は動揺した。
「巡洋艦を沈めただと!?」
「エデラだ。エデラがやられたんだ!」
「そんな、俺の母艦が・・・・・・」
ジンのパイロット達の士気がたちまち落ちてしまった。イザークが事情を察して歯軋りする。
「ガモフをやった奴だ。あの緑色のMAがエデラを沈めたんだ!」
「たったMA1機で、巡洋艦を沈めったっていうのかよ」
ディアッカが呆れて呟く。出鱈目な火力だとは思っていたが、まさか1機で巡洋艦を沈めるとは。
そして、戦力の低下はそのままザフト軍を窮地へと追いこんでいた。ここにキースも戻ってきたために更に損害が増していく。だが、3機のGは第8艦隊の防衛線を突破して遂にアークエンジェルに襲いかかろうとしていた。
48
「デュエル、バスター、イージスが防衛線を突破してきます!」
「ストライク、迎撃に向いました!」
「フラガ大尉とバゥアー中尉が戻るまで、少しかかります!」
「・・・・・・まずいわね」
マリュ−は悩んでいた。このままアークエンジェルがここにいては第8艦隊は逃げられない。更に降下のタイミングが迫っている。このままでは降下できないかもしれない。マリュ−は決断した。
「降下用意、アークエンジェルは第8艦隊から離れ、地球に降下します!」
「艦長、それは!?」
ノイマンが驚いて振り向いたが、マリュ−の意思は変わらなかった。
ハルバートンにもその意思が伝えられる。
「提督、アークエンジェルはこれより地球に降下します!」
「なんだと!?」
「敵の狙いは本艦です・本艦が離れない限り、敵は諦めません!」
「だが・・・・・・」
「それに、もう降下のタイミングまでギリギリです!」
マリュ−の言葉にハルバートンは苦いものを噛み潰したような顔になる。このまま戦っても勝てるかもしれないが、降下タイミングを逃せば大幅な時間のロスになる。その間に敵が同規模の部隊を差し向けてきたら、今度は守り切れないだろう。
「アラスカは無理ですが、この位置なら友軍の勢力圏には降下できます。行かせて下さい!」
「・・・・・・分かった。行きたまえ。後は任せろ!」
「提督、ありがとうございます!」
マリュ−は頭を下げた。アークエンジェルは直ちに艦隊を離れ、地球に降下を開始する。ハルバートンはメネラオスをアークエンジェルの頭上に移動させ、敵を通すまいと盾とした。そこに3機のGが迫ってくる。
「副長、シャトルを降下させろ。本艦はここを動く訳にはいかん!」
「閣下、それは!」
ホフマンは、上官が死を覚悟している事を悟った。直ちにシャトルが切り離され、メネラオスから離れて行く。それに少し遅れてデュエル、バスター、イージスが襲いかかってきた。
メネラオスは護衛の駆逐艦と共に物凄い対空砲火を撃ち上げたが、3機のGはジンを遥かに凌ぐ機動性でこれを回避している。デュエルの放ったビームがメネラオスの上甲板に着弾し、大穴を作った。そしてバスターが2つのライフルを繋ぎ、照準を定めようとする。だが、メネラオスを狙っていたバスターに側面からビームが叩き付けられた。
「なにぃ!?」
辛うじてそのビームを回避するバスター。そして、メネラオスの前にストライクが現れた。
「ハルバートン提督、大丈夫ですか!?」
「キラ・ヤマト君か!」
「僕がギリギリまで支えます。メネラオスは下がってください!」
「しかし・・・・・・」
子供に任せて後退するのを良しとしないハルバートン。だが、そこにようやく2機のMAが駆けつけてきた。
「提督、アークエンジェルは我々で守り抜きます!」
「ここまで、ありがとうございました!」
「フラガ大尉、バゥアー中尉・・・・・・すまん!」
メネラオスは上昇を開始した。メネラオスに続くように生き残りの艦が地球軌道から離れていく。逃げる訳ではない。より自由の利く所でヴェザリウスと砲撃戦を行おうというのだ。
「こうなればクルーゼだけでも仕留めるぞ。敵は僅か2隻だ。砲撃を集中して沈めてしまえ!」
第8艦隊が陣形を再編していく。損傷艦を下げ、健在艦艇がメネラオスを中心に方形に展開していく。その左右にMA隊が集結した。生き残ったジンがこれに攻撃しようと襲い掛かってきたが、態勢を立て直した第8艦隊に対するには余りにも数が少なすぎた。
「メビウス隊は敵MSの迎撃に全力をあげろ。残すジンは僅か4機だ、恐れるな。艦隊は敵艦隊との砲戦に入るぞ、地球軌道は奴らの宇宙ではない事を教えてやれ!」
ハルバートンの命令で全艦の砲撃がヴェザリウスとツィーグラーが圧倒的な砲火に晒され、艦がエネルギーの奔流に木の葉の様に揺られる。頼みのMSは主力のG3機がアークエンジェルに向った為、残るはミゲルのジンを含めて僅か4機。対するメビウスはまだ60機以上を残している。艦艇も損傷艦が多いが20隻近くが戦闘続行可能だ。
ミゲルはオレンジ色のジンを駆ってメビウスを落としていたが、流石に残弾とバッテリー残量が不安になりだした。
「ええい、これじゃどうしようもない!」
ミゲルは苛立って吐き捨てたが、そのすぐ横でまた1機のジンがメビウスに落とされてしまった。このままでは、いや、すでに負けは決定しているとしか言えなかった。
49
アークエンジェルは迫るイージスとバスターに狙われていたが、フラガとキースのMAに邪魔されて取り付けずにいた。デュエルはストライクと交戦している。
フラガのゼロがガンバレルを展開し、重力のせいで動きの鈍いバスターを撃ちまくる。元々動きの鈍いバスターはこの攻撃にいい様に翻弄されていた。その近くではキースのメビウスと変形したイージスが高速機動戦を行っている。互いに強大な火力を持つが、小回りとスピードはイージスの方が勝っていた。その為、この勝負はキースに著しく不利だった。
そして、ストライクはデュエルと戦っていた。デュエルのビームサーベルをシールドで弾き返し、距離を取る。デュエルがビームを放って追い討ちをしてくるが、それは容易くキラに回避された。
激戦のさなか、遂にキースのメビウスがイージスのスキュラに捕らえられた。間近を通過したスキュラが機体を焼き、武装を削ぎとってしまう。
「しまった、やられたか!」
キースは機体状況を確かめ、これ以上の戦闘を断念した。武装を全てパージし、身軽にしてアークエンジェルに向う。
「こちらキース、機体が損傷、帰艦する!」
「了解しました!」
キース被弾と聞いて艦橋クルーの顔色が少し変わる。貴重な戦力の1つが失われたことになるからだ。被弾した機体ながらもキースはなんとかアークエンジェルにまで持って来る事が出来た。駆け寄ってきた整備兵が爆発しないように科学消化剤で被弾箇所を埋めてしまう。これでキースの仕事は終わりだった。
だが、激しい戦いを展開する間にも着実に地球は迫っており、遂にアークエンジェルから帰艦命令が発せられた。
「フラガ大尉、キラ、もう限界です、早く帰艦してください!」
「分かった、今戻る!」
フラガが急いでアークエンジェルに向う。ディアッカが追撃しようとしたが、アスランに止められた。
「よせディアッカ、重力に捕まるぞ。俺達も退くんだ!」
「またあいつ等を逃がすのかよ!?」
「大気圏の摩擦熱で燃え尽きたいのか!?」
アスランに大声で窘められ、ディアッカは渋々後退しだした。だが、イザークが退こうとはしない。
「イザーク、おい、イザーク、何やってるんだ!?」
「うるさい、俺はストライクを堕とす!」
デュエルとストライクが危険な高度まで下がっていく。そしてデュエルがビームライフルを向けた時、デュエルとストライクの間に割り込む様に1機のシャトルが降下してきた。ヘリオポリスの避難民を載せたシャトルだ。
キラは見た。デュエルのビームライフルがシャトルに向けられるのを。
「止めろおぉぉぉぉ!!」
キラは絶叫した。バーニアを吹かし、ストライクをシャトルへと向ける。だが、次の瞬間、シャトルをビームが貫いた。ビームの高熱と大気圏の摩擦熱によって外壁がまくれあがり、ついで内側から引き裂かれる様に爆発してしまう。
キラはコクピットで絶叫し続けた。守りきれなかった。守れると思っていたのに、守りきれたと思っていたのに。
ハルバートンの、キースの言葉は正しかったのだ。“意思が無くては、何事も成し遂げられない” “1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ”
こうなる前にデュエルを撃墜しておくべきだったのだ。たとえ、同朋の血にその手を染める事になろうとも。それに今更気付いても全ては手遅れなのだ。もうあの幼女は生き返りはしない。キースはこの苦痛を知っていたのだろう。全てが手遅れになるという苦痛を。
|