プラント打撃戦2
14 

「ゴットフリート照準、正面ローレシア級。撃ぇーーーッ!」  ドミニオンから放たれた強烈なグリーンの火線が、正面に立ち砲火を叩きつけあっていたザフト艦のブリッジを砕き、艦体を火球に変えた。ボアズ戦から数えればこれで5隻目、プラント打撃艦隊にあって、艦船としては随一の戦果である。

「いやぁ、勇ましいなぁ艦長さんは。おかげでこっちも、楽に仕事が進められそうですよ」
「…………」

 皮肉かはたまた本気でか、ナタルを誉めそやすアズラエル。
 これまで努めて彼を無視し、この艦が生き延びることに集中してきたナタルだったが、MS隊の奮戦もあって戦線が安定したこの時、ついに耐え切れなくなって言葉を切り出した。

「アズラエル理事、本気でプラントに核を撃ち込むおつもりで……?」
「おやおや、何いまさらなコト云ってるんですか艦長さん? もともと僕たちは、そのためにここまで来たんですよ? さっさと撃って、さっさと終わらせちゃいましょう、こんな戦争」

 それは、そうなのだ。
 ここまで侵攻してきた地球連合軍の宇宙艦隊。“プラント打撃艦隊”という名称が、何よりもそれを雄弁に物語っている。この戦争で敵となったコーディネイターたち、彼らを殲滅すれば確かに戦争は終わる。それを目的とする集団が“ブルーコスモス”であり、今の地球軍に根深く食い込んでいる存在だ。

「しかし、ならばまずヤキン・ドゥーエ要塞を堕とし、その上でプラントに降伏を勧告して」
「はぁーぁあ、分かってないですねえ艦長さんは。そんな回りくどいことしてたら、こっちがどれだけやられちゃうか分かるでしょ? プラントさえ潰せば、補給の効かなくなる要塞なんてそれこそ石ころ同然。兵士たちに一進一退の消耗戦で死ねって云うより、よっぽど人道的じゃないですかァ?」

 一瞬、ナタルは押し黙り、怒りを秘めた瞳でアズラエルを睨んだ。
 だが、彼女が黙ったのを承服と受け取ったのか、その瞳に気づくことも無くアズラエルは特設シートのコンソールを操作し、子飼いの部隊に指示を出す。

「さぁて出番です。ここまで押し込めば充分充分。ピースメーカー隊、さっさとコーディネーターどもを灼き尽くして来て下さい」



15

「はぁッ、はッ、はぁぁッ、はッ……」

 揺れるコクピットの中で、フレイは大きく肩で息をしていた。
 疲弊し、何度も途切れそうになる意識を精神力で無理やり縛り付けながら、ストライク・ルージュを駆って戦い続けたのだ。ただ、そうしているうちに戦線はプラント側により押し込まれたので、今のところすぐ近くに敵の姿は無い。
 と、ピピピッとコンソールに警告音が走った。

「回避、指示信、号? パターン、Nの、3……」

 唐突に流れる赤い文字列を、青ざめた表情で読み取る。
 それは後方で展開完了したピースメーカー隊、彼らが発射する核ミサイルの進路から退避しつつ、護衛を命じるコードであった。
 反射的に、フレイは思う。
 ここから離れないと! 今すぐに離れてあれを止めないと!
 そう考えているのに、コントロールグリップを握り締めた腕が固まったまま、動かない。こんなにも早く、ただのナチュラルである自分は動けなくなるのか。こんなにもあっさりと力尽きてしまうのか?

「駄目よ、駄目……。動け、動け、動け私ッ……!」

 フレイの必死な思いとは裏腹に、宇宙空間で脱力したように停まるストライク・ルージュ。
 鳴り続ける警告音が、後方からの核ミサイル群接近を知らせる。動きが止まっていたせいか、凶暴な破壊の牙の群れは誤爆することもなく素通りし、前方のプラントへと流れていく。
 虚ろに視線を動かす。
 核ミサイル群は、プラントへの直撃を阻止しようとするザフト軍と、彼らを抑える地球連合軍のMS隊とが揉み合う宙域の傍を悠々とすり抜けて行った。
 どういうわけか、もともとこちらに展開したザフト軍のMS部隊はそう多くない。このまま行けば遠からず、放たれた核の刃は無防備なプラントを切り裂き、灼き尽くすだろう。

 “血のバレンタイン”の再現――。
 ザフト艦ヴェサリウスに撃たれ、爆散する戦艦モントゴメリ――――。
 イージスに組み付かれ、為す術も無く爆発に巻き込まれるストライク――――――。

「駄目ッ、いやッ、いやああああああああああああああああッッッ??!」

 悪夢のような映像が脳裏をフラッシュバックした時、何かが水面の上で跳ねたようなイメージが重なる。
 無意識のうちにフレイはグリップを深く押し込み、ストライク・ルージュを全速で前進させていた。彼女の無茶な注文にも機体は忠実に応えるが、代わりに圧倒的なGという形で代償を要求する。
 肋骨がミシミシと悲鳴を挙げているのを、フレイは無視した。
 追いついて、追いついて、1発でも多く、あのミサイルを止めないと!
 そんな彼女の焦りとは裏腹に、もう手の届かないところまで核ミサイル群がたどり着こうとして――。



16

 奇跡が起こった。
 少なくとも、フレイはそう思った。

「…………!!」

 目の前で、核ミサイル群がプラントを灼くことなく、次々と爆発していく。
 燃え広がる炎の中から飛び出してくる巨大な機影たち。2機の大型MA組み込まれているのは、アズラエルの言によればNJC搭載のMSたるジャスティス、そして。

「フリーダム……。キラッ……!」

 あの翼持つ白と青の機体に、彼が、キラ・ヤマトが乗っているのだ。
 我知らず視界が潤んでいるのは、あまりにも強烈な光量を直視したせいなんかじゃない。そんな確信のまま、フレイは誰ともなく頷いていた。

「そんな、馬鹿な……。たった、たった2機のMAにだとっ?!」
「逃がした魚。やはり随分と大きかった、か」

 ドミニオンの艦橋で、棒立ちになり虚脱してスクリーンを見つめるアズラエル。
 ナタルは、どこかホッとした表情で届かぬ光を散華させる核ミサイル群を見ていた。あれをやってのけるキラたちの、その自由な意思に痛快なほど素直な敗北感を感じていた。


「核ミサイル群、全弾撃破!」
「プラントへの着弾、及び深刻なダメージはありません!」

 その光景は、ヤキン・ドゥーエ要塞司令室のスクリーンにも派手に映し出されていた。

 危機を脱した故郷の姿に歓声が上がる中でも微動だにしないまま、プラント最高評議会議長パトリック・ザラは皮肉げに口元を歪める。

「フ……やはり出しゃばって来おったか、あばずれどもめ」
「ラクス・クライン。泳がせておいた甲斐がありましたな」
「何を都合の良いことを、クルーゼ。連中を撃ちもらしたのは貴様だろうが」

 斜め後ろに立つ仮面姿の青年の追従を、一刀で切り捨てる。
 確かに、放って置いても彼らが出てくると読んだからこそ、あえてこの局面、プラントの守備を手薄にしたパトリックである。それも全ては次に打つべき、この一手のため。


「これは我らコーディネイターに与えられた千載一遇の好機である。今こそ思い上がったナチュラルどもの軍勢を殲滅し、我らコーディネイターの正しさを証明する時が来たのだ。……ジェネシスを起動せよ。その一撃で、地球軍の邪悪なる艦隊は撃滅されるであろう。諸君らの奮励努力に期待する!」

 頃合を見定め、演説の1つも振っておくのは忘れない。
 そんなパトリックを見ながらも、クルーゼは僅かに歯噛みしていた。ラクス・クラインの一党が出てくるのは良いが、プラントに核の1発も落ちないでは己の“プラン”に狂いが生じるやも知れぬ――。



17

 プラントに向けて放った核ミサイル群が阻止されたことで、地球軍には明らかに動揺が広がっていた。逆に意気軒昂と反撃に転じたザフト軍のMS隊に押し返され、再び乱戦状態となる。
 そんな中にあって、フレイはただただ、戦場を駆けるフリーダムを追ってストライク・ルージュを走らせていた。

「キラ、キラ、キラ、キラ……ッ」

 もどかしい手つきでコンソールを操作し、通信回線を開こうとする。
 キラの声が聞きたい。その想いに突き動かされているのが自分でも分かっていた。

 だから。
 フレイは繋がりかかった全周囲回線を、自らの意思で切った。今、キラに自分の声を聞かせるわけにはいかなくなったから。

「ハハハハァ! 今度こそ邪魔はさせねえ! クロト、シャニ、しくじるなよ!」
「誰ァれに言ってやがる!」
「……分かった。これはキレイだからね」

 接近してくる3機の“G”兵器。
 彼らに護衛されている、核ミサイルを搭載したメビウス“ピースメーカー”たち。

「! ……まだ、まだ撃つつもりなの?!」
「そうだよ? そうしなきゃ、俺らがやられちゃうんだぜ?」

 半ば怒りのこもったフレイの叫びに、捨てセリフで応えたのはブエル少尉だった。

 そのままレイダーがフリーダムに、フォビドゥンがジャスティスに挑みかかる。カラミティの重砲火が、近づこうとしたデュエルらザフトのMS隊を寄せ付けないため弾幕を張る。

「よゥし、しっかりそいつら、抑えておけよ2人とも」
「道は拓けた! ……蒼き清浄なる世界のために!」
「魂となって宇宙に散れっ、コーディネイター!」

 解き放たれた核ミサイルは、先ほどに比べれば僅かな数だ。しかし、それを阻止したフリーダムとジャスティスが、今度はがっちりと押さえ込まれてしまっている。彼らが背負う迎撃型追加装備“ミーティア”は豊富な火砲を搭載している分小回りが効かず、遠距離から核ミサイルを撃ち落そうにも懐に飛び込んだ“G”兵器が狙いを定めさせない。

「…………!」

 意を決して、フレイは敵味方識別コードを切った。そうしないとストライク・ルージュのOSが、味方のミサイルをロックオンしてくれないからである。このまま行けばどうなるか、そんな懸念は完全に頭の中から吹き飛んでいた。



プラント打撃戦3
18

「あれは……紅い、ストライク?」

 レイダーのハンマーを回避しつつ、フリーダムのコンソールに流れた表示を読み取るキラ。
 一瞬、その機体がこちらを振り向いたように思うが、気のせいだろうと自分を納得させる。何より、しつこく挑みかかってくる黒い“G”兵器に、もはや躊躇している余裕は無いと思い知らされているのだ。

「悪いけど。……ごめん」

 脳裏に描かれる水面と、跳ねて弾ける種のイメージ。
 キラの瞳から、表情が消えた。
 “ミーティア”の各所に埋め込まれているミサイルポッドをフルオープンし、普段は敵MS隊に向けて広域に発射するそれを、並列計算した数十通りのランダムパターンを仕込んでただ1機のレイダー目掛けて全弾発射する。

「おわああああああッ、くそ、やられるかよゥ!」

 対するクロトも、薬物とインプラントで強化された知覚力、演算力でキラの攻撃を躱しきれないことを判断した。となれば反応も素早い。瞬時にレイダーをMA形態に変形させ、機体各所に内蔵された機関砲でミサイルを迎撃しながら錐揉み飛行で“ミーティア”から離れていく。それでも食い下がる何発かが至近で爆発するが、その程度はTP装甲に任せておけば問題ない。

「…………!」

 レイダーの機動力を使いこなす敵パイロットの実力に、キラは内心でかなり動揺した。確実に撃墜するつもりで浴びせたミサイル弾を、不完全とは言え凌いでくるとは思わなかったのだ。それでもレイダーを自機から追い払うという、最低限の目的は達したことになる。

「くそッ、間に合うのか?!」

 アスランの“ミーティア”は、フォビドゥンに加えてカラミティの介入を受け、身動きが取れそうにない。別方向から味方機――フラガ少佐のストライク、ディアッカのバスター、カガリのM1が接近しているが、撃ち込まれた核ミサイルを迎撃し切れるかの保証は無い。
 何より、彼らに向かっているのは地球軍の紅いストライクなのだ。あれも3機の“G”兵器と同等の実力を持っているのだとしたら――。
 背筋が凍るのを感じながら、キラは全速で“ミーティア”のバーニアを噴かした。




19

「来るぞ。用意はいいな、ガングロ坊主、お嬢ちゃんッ!」
「グゥレイトに任せてくれ、おっさん!」
「お嬢ちゃんって言うなッ!」

 キラとアスランの“ミーティア”さえすり抜けてきた核ミサイルを、天頂方向から狙う“エンディミオンの鷹”ことムゥ・ラ・フラガ。随伴する2機に向けて軽口を叩いて見たが、どうやら少年少女2人とも余裕は充分あるようだ。これなら回避行動を取らないミサイルを撃墜するのは、比較的容易いとも言える。

「待ったおっさん、1機、何か来てるぜ?」
「何だって?」
「紅いストライク? ……私が、行く! 少佐たちは核ミサイルを!」

 フラガが止める間も無く、M1の進路を変えるカガリ。その先には、核ミサイルを追うように向かってくるストライク・ルージュが見える。

「おい、アイツ1人で大丈夫なのかおっさん!」
「おっさんじゃねえ! ともかく、ミサイルを潰すのが先決だ。援護はその後、考える!」

 タイミングを合わせて、バスターの対装甲散弾砲と、ストライクのビームライフル連射が核ミサイルに降り注いでいく。先ほどの“ミーティア”による迎撃ほどでは無いが、核ミサイル群は次々と撃ち抜かれ、プラントにたどり着くことなく宇宙に散っていった。

「ああッ?」
「しまった!」

 だが、砲撃と誘爆の中からまだ3本、生き残った核ミサイルが突き抜けて行く。
 天頂方向からの阻止限界点ギリギリで狙撃したストライクとバスターでは、もう迎撃が追いつかない。

「ッ、このおおおおおおっ!」

 もちろん、紅いストライクに向かったカガリのM1も、である。
 自分が火力を減らすために釣り出された。そう思い込んだカガリは感情のままにM1を敵機に向けた。その機体が敵味方識別信号を出していないことなど、まるで眼中に無い。


「!!」

 だが、それでも明確にこちらに向けられたビームライフルの銃口と、そこから放たれる鋭気を感じ取ることはできた。無茶に突っ込み過ぎた! そう考えるより早く身体が反応し、M1を紅いストライクの射線上から回避させようとする。

「カガリっ!!」

 その光景は、追いついてきた“ミーティア”からも見えた。幾らキラが叫ぼうが、もう間に合わない。1つ、2つ、3つと、紅いストライクがビームライフルを連射した。


20

「何でこっちに来るのよ、この馬鹿ッ……!」

 ストライク・ルージュのコンソールが、オーブ軍のMSであるM1の接近を告げる。それを確認したフレイは。歯噛みしながら呻いていた。
 もう手段を選んでは居られない。体力も精神力も、とっくに限界は超えている。もともとフレイは射撃にもあまり自信が無く、核ミサイルへの命中率を上げるためビームライフルの出力を最大に設定していた。このままM1がこちらと戦うつもりなら、射線上に飛び出て来るのなら。機体ごと核ミサイルを墜とさなくては、ならなくなる。

「……頼むから、逃げてッ!」

 祈りながら、スコープを引き出して遠距離狙撃モードを起動する。
 天頂から進入してきたストライク、バスターの2機が大方の核ミサイルを撃破してくれたおかげで、残っているのはあと3発だけ。なのに射線の上にはM1の機影――。

「ッ。当た、れええーーーーーーッッ!!」

 OSが3発のミサイルをロックオンしたのを確認し、一瞬ためらってから、フレイは最後の力を振り絞ってトリガーを引き込んだ。その想いに機体が忠実に応え、両手で狙撃モードに構えるビームライフルを1つ、2つ、3つと連射する。

「うわ、わぁッ?!」

 その一瞬、フレイのためらいがカガリの生死を分けた。ギリギリで回避行動に移ったM1の傍を、グリーンの火線が掠めていく。エネルギーの余波が、M1の右腕をライフルごともぎ取っていた。AMBACも遅れていたため、あと一瞬ストライク・ルージュの射撃が早かったら、今ごろ機体は火球に変えられていただろう。

「カガリっ、……よくも!」

 急行した“ミーティア”が、フレイのストライク・ルージュを正面の射界に捉えた。
 ロックオンした時、その機体が敵味方識別信号を出していないことに、戸惑うキラ。
 ゆっくりと、こちらを振り向く紅いストライク。その瞬間、その背後で立て続けに3つ、核の華が激しく咲き誇った。

「あっ……?」

 不覚にも幻惑されるキラ。
 ふと、紅いストライクが微笑んだような錯覚を覚える。あれは自分の魂を奪いに来た死神なのか――? もしここで次の一撃を撃たれれば、キラとフリーダムは“ミーティア”ごと爆砕され、宇宙の塵に還元されていただろう。



21

 だが、フリーダムは撃たれなかった。
 千載一遇のチャンスに紅いストライクは何もしては来ず、ただフリーダムの眼前で力無く遊弋していた。

「何で、撃って、こないんだ? あの、紅いストライク……地球軍じゃ、無い?」
「キラ。やっと、逢えたの、に……。私、バカみたい。もぅ、うご、けない、よ」


 半ば惚けたように、紅いストライクを見つめるキラ。
 何も強化を受けていないナチュラルの少女の限界など、とっくに超えてMSを駆り続けた結果、フレイも通信回線を開くことさえままならなず、ただフリーダムと“ミーティア”を見つめることしかできなかった。

「何をモタモタしてる、フリーダム、ジャスティスッ!」
「やああああッ、ああああっ?!!!」

 そこに天底方向から、ザフト軍のデュエルが介入してくる。因縁のフリーダムではなく、紅いストライクを狙って乱打されたビームライフルは、回避行動を予測したのか威嚇だったのか、どれも機体を掠めるだけに終わった。
 デュエルを駆るイザークとしても、最初から当てようという気があまり無かったか、それ以上の追撃はしない。

「なッ、何をするんだッ?!」
「ジェネシスが来る! さっさとこの宙域から離れろッ!!」
「じぇね、しす?」

 思わず反駁したキラへの返事代わりに、わざわざデュエルが全周波通信を使ったことが、イザークの言葉の真実性を裏付けている。
 2機の“ミーティア”も、破損したカガリ機を保護したストライクとバスターも、地球軍のダガー隊、ピースメーカー隊、3機の“G”兵器も、ストライク・ルージュのコクピットで朦朧とした意識を辛うじて繋ぎとめているフレイも……ゆっくりとミラージュ・コロイドの衣を脱ぎ捨て、PS装甲に彩られていく巨大なパラボラアンテナを思わせる超兵器の姿を、初めて目の当たりにすることとなった。

「なに、あれ……すご、く、嫌な、感じ」

 力無く、呟くフレイ。
 すぐに彼女は、己の直感の正しさを嫌というほど、思い知らされることになる。


22

「ミラージュ・コロイド解除。続けてPS装甲展開」
「NJC、正常に稼動しています。ニュークリアカートリッジ、起爆秒読み開始」
「出力60%に設定、チャンバー圧、フィールドゲージ共に異常ありません」

 ヤキン・ドゥーエ要塞司令室。
 いよいよ最終段階に入った最終兵器の様子に、パトリック・ザラはさして面白くもなさそうに頷いていた。背後に控えるラウ・ル・クルーゼが一歩進み出て、囁くように進言する。

「出力は60%で宜しいので? これでは地球連合の艦隊、半数を撃破できるかどうかでしょう。120%で撃ち放てば、確実に全滅させられるのでは?」
「吹くなクルーゼ。それではプラントへの影響も深刻では済まされないレベルになる。我らの目的が勝利だとしても、そこまでしては意味が無かろう」
「わざわざプラントを囮に核を撃たせておいて、そう仰いますか……難儀ですな」
「言うな。全ては勝つためだ」

 ははッ、と畏まった敬礼と共に、クルーゼは一歩下がった。
 どうやらこの段階でプラントに被害を出させるのは難しい情勢になったと見える。アズラエルと3機の“G”兵器は頑張ったようだが、2段構えの核攻撃も、どうやら全て阻止されてしまったらしい。

(これではジェネシス、地球に撃たせることは叶わぬか……)

 ラクス・クライン。いまいましい小娘だと冷笑を浮かべ、取り逃がした己を自嘲してみる。
 戦闘映像によれば、どうやら地球軍のMSによる誤射もあったようだが……まぁ良い
。ならば別に用意しておいた“プラン”を実行すべきなのだろう。
 再び1歩進み出たクルーゼは、今度は声高に最高評議会議長に提案した。

「地球連合の艦隊、全て撃滅できねば、恐らく次は死に物狂いでジェネシスを狙ってくるでしょう。仮に追撃でここの艦隊を潰せたとしても、月基地からの増援もありえる話。ラクス・クラインの一党と手でも組まれては、聊か防衛の手数が足りますまい?」

「何が言いたい、クルーゼ」
「“プロヴィデンス”使用の許可を頂きたく」
「……好きにしろ」

 振り返りもせず、告げるパトリック。だが、承諾して退室しようとするクルーゼを呼び止めた時、その目はどこか品定めをするようにも見えた。やはり喰えぬ男だと、クルーゼは微笑する。

「クルーゼ」
「は」
「裏切るなよ?」
「無論です。それでは……ザフトのために!」



23

 一撃。
 ただの一撃で、戦況とはこうも簡単にひっくり返るものなのか。

 突如ヤキン・ドゥーエ要塞の傍に出現した、巨大なパラボラアンテナを思わせる超兵器ジェネシス。解き放たれた圧倒的なガンマレーザーのエネルギーは、密度と集中度において核ミサイルなど軽く凌駕する破壊の嵐を、地球連合軍プラント打撃艦隊の中央部に叩き付けた。

 その一撃で、艦隊の50%が消滅したなどと、いったい誰が信じられるというのか。
 さらに呆然となった地球軍を撃滅するべく、ヤキン・ドゥーエ要塞から次々に出撃してくるザフト軍。プラント打撃艦隊は、まさに壊滅の危機に瀕していた。

「落ち着けッ、このまま黙って全滅する気かっ?!」

 そんな地球軍を立ち直らせたのは、ナタル・バジルール少佐の一喝だった。
 前衛部隊としてプラント方面に深く前進していたのが幸いし、ドミニオンと僚艦、搭載していたMS隊は、ほぼ無傷で残っている。

「各艦、各MSは手近な味方と連携しつつ後退! 緊急コードG−8で回線リンクを再編、動ける艦には本艦を目印に集結するよう伝えろ、急げっ」
「了解、緊急コードG−8開きます」
「護衛艦チャーチル、撃沈! 敵MS隊、接近してきます!」

 刻一刻と逼迫してくる戦況に、鋭い視線をスクリーンに叩き付けるナタル。
 手元の専用回線で“G”3機を呼び戻そうと絶叫しているアズラエルは、とりあえず無視と決め込む。このまま最後まで戦線に留まり、1艦でも多く生き延びさせる。それが今の、自分の任務だ。

「1番から24番まで、コリントス装填! 敵MSの回避パターンを好きにさせるな。バリアント、ゴットフリート、ヘルダート照準! イーゲルシュテルンは左舷に弾幕を集中させろっ」
「ダガー隊、ジョンソン中尉機より入電! 本艦の援護に入ります」
「分かった。CIC、ダガー隊にコリントスのランダムパターンを転送、忘れるな。……1番から24番まで、発射!」

 ドミニオンのミサイル発射管から、対空防御ミサイル“コリントス”が連打される。さらにイーゲルシュテルン、ヘルダートといった近接防御兵装が接近してきた敵MSを翻弄していく。

「今だ! ゴットフリート、バリアント、撃ぇーーーっ!!」

 戦艦をも打ち砕く、グリーンの火線とイエローの曳光弾を追うレールガンとが、ザフト軍のMSを薙ぎ払った。僚艦も手持ちのミサイルを惜しげもなく連射し、それでも撃ちもらした敵MSをダガー隊が撃退する。
 月基地に配属されて以来、ナタルの厳しい訓練に耐えてきたドミニオンのクルーは、もはや新兵と補充兵の集団の域を超えて高い能力を発揮し始めていた。これもアークエンジェル時代の経験の賜物なのだが、そのことに思いを馳せる余裕など、流石に今のナタルには無い。



24

 アークエンジェル級2番艦、ドミニオンの奮戦ぶりは、あたかも地球軍の崩壊そのものを食い止めようとする決意と気概に満ちていた。ゆえにザフト軍も、躍起になってこの黒い主天使を沈めにかかってくる。
 CICから上がってくる報告を総合すれば、艦体の各所に受けたダメージの蓄積が、そろそろラミネート装甲の限界に達しようとしているのが判断できた。

「ここまでか……いや」

 もう一度制帽を調え直し、ナタルは正面のスクリーンを見つめた。
 生き残った味方の大半は、どうにか後退できている。あとは最後まで戦い続けたこの艦と僚艦をどう脱出させるかだが……さすがにナタルも、ここまで来て無事に済むとは到底思えなかった。

「護衛艦ウィンストン大破! ……通信が来ています。“我レ奮闘スモ命運尽ク。貴艦ノ武運長久ヲ祈ル”」
「くっ、ウィンストンも駄目か。総員、対ショック防御!」

 刹那、右舷で頑健に戦っていた護衛艦が爆沈する。
 その余波がドミニオンをも襲い、艦橋も激しく揺さぶられた。ナタルの制帽も脱げてしまったが、拾いに行く暇など、それこそありはしない。
「まだだ、諦めるな! ローエングリン1番2番用意! 発射後180度回頭、本艦も戦線を離脱する!」

 ここに来て、ナタルは切り札を使う決断を下した。だが、陽電子破城砲ローエングリンは、その破壊力を引き出すために若干の時間を要する。既に多くの味方が撤退したこの時になって、その時間を稼ぐのは直掩のMS、MA隊の役割だが……。

「ジョンソン中尉機、反応消えました……」
「メビウス第3臨時小隊壊滅! 左舷方向から敵MS隊!」

「くッ……」

 既に掩護を期待できる味方の戦力は、底をついたと言って良い。
 もはや藁にも縋る気持ちで、ナタルは特設シートに座っているアズラエルを見た。ちょうど同じようにこちらを見ていた“ブルーコスモス”の盟主と視線がぶつかり合う。

「アズラエル理事、3機の“G”は……」
「…………」
「X370レイダー、X252フォビドゥン帰投。着艦要請が出ています」
「X131カラミティから掩護要請。X115ストライク・ルージュを牽引しているとのことです」

 アズラエルの沈黙に、オペレーターからの報告が重なる。
 要するに、戻って来たはいいがクスリ切れか。運命の皮肉を感じ取り、ナタルはふと微笑んでいた。

「両方とも却下しろ。本艦に構わず、後方の味方と合流するように連絡を……」
「待ってください。さらに高速で接近する大型モビルアーマー有り! 距離80!」

 どうにかドミニオンまでたどり着いた3機の“G”兵器とストライク・ルージュ。
 それに追い撃ちをかけるような“ミーティア”の登場に、どう反応すべきかナタルは迷った。



25

「あれは……キラ・ヤマトか?!」

 だが、“ミーティア”に組み込まれているのが白と青を基調とするMSであると見て取り、一抹の希望をナタルは抱く。迎撃は控えさせ、ドミニオンの全能力をローエングリン発射に振り向けるよう指示を飛ばした。

「ドミニオン……黒いアークエンジェル……バジルール中尉の艦……」

 “ミーティア”のコンソールがザフト軍のMS隊を着実にロックオンしていくのを、どこか他所事のように感じながらキラは呟いていた。ここまで来たのは、もちろん戦意を失った地球連合軍に必要以上の追い撃ちをかけ、ナチュラルを虐殺しようとするザフト軍を止めるためなのだが。
 それ以上に、キラはあの紅いストライクがどうしても気になって仕方が無かった。
 砲火の中で真紅の機体がX131カラミティに曳航され、ドミニオンに着艦する光景に、どうしても既視感を覚えずにはいられない。

「何をしているキラ。このままじゃ……」
「あっ、ああ。ごめん、アスラン」

 同じく追ってきた旧友に生返事を返す。アスランにしてみれば、同胞であったザフト軍に不名誉な戦いをして欲しくない気持ちも強いのだろう。
 ともあれ、迎撃機としての“ミーティア”は、それ1機がアークエンジェル級に匹敵する火力と制圧力を誇り、これにMAとしての機動力が加算される分、戦艦であるアークエンジェル級より“細かい”射撃が可能になっている。

「もう止めろ! 戦う気を無くした相手を撃って、何になるって言うんだ!」
「お前たちもコーディネイターだろう! どうして、憎しみだけで戦おうとする!」

 だがこれは、恐らくかつての自分たちの姿なのだ。
 かけがえの無い友を撃たれ、憎しみのままに傷つけあった自分たちの。
 だからこそ、止めなければならない。この憎悪と殺戮の連鎖を、どこかで。

 “ミーティア”から放たれたミサイル群が、レールガンが、ビーム砲が。次々とザフト軍のMSから戦闘能力を奪っていった。それも致命傷を与えずに、これ以上の死と憎悪の連鎖を断ち切ろうとするように。



26

「これが、ザフトの“G”兵器のちから……」

 ドミニオンに喰らい付いていたザフト軍のMS隊を、一撃で退けた2機の“ミーティア”を見つめるナタル。恐らく、脱出できるチャンスはここしかないのはすぐに分かった。準備させていたローエングリンを撃ち、追撃部隊が怯んだ隙に反転、離脱する。
 そこまで指示を出したところで、彼女はオペレーターに命じ、手元の回線を国際救難チャンネルでフリーダムに繋げさせた。ここまで大胆なことができたのも、不甲斐なく戻ってきたサブナック少尉ら3名をなじりにアズラエル理事が艦橋を出て行ったからである。

 彼の直情径行もたまには役に立つのだな。そんな風に考えてから、自嘲気味にナタルは微笑した。

「キラ・ヤマトだな?」
「バジルール中尉?!」

 向こうは予想していなかったのだろう。少し驚きを含んだ声が返ってくる。
 今でも自分を“中尉”と呼ぶのは彼なりの敬意なのだろう、とナタルは思う。

「……何故、我々を助ける。今なら、この艦と3機の“G”を簡単に沈めるチャンスだぞ?」
「僕は……敵を滅ぼすために戦っているんじゃ、ないですから」

 何とつまらない。だが素晴らしい理由かとナタルは思った。
 もしこの艦にブルーコスモスの盟主が居なければ、このまま彼を招いてみるのも一興かとさえ考える。フレイ・アルスターには悪いが、自分ももう少し、この少年と話がしたかったのかも知れない。
 だが、所詮それは叶わぬ話だ。ならせめて、馬鹿みたいに優しい少年に相応のもてなしくらいはせねばなるまい。

「そうか。……では、艦を救ってくれたついでに、もう1つ礼を言わせてくれ」
「……?」
「フレイ・アルスター少尉の乗機、X115ストライク・ルージュは無事に帰艦した。感謝する」
「!!」

 スピーカー越しに、明らかに少年が動揺したのが分かり、ナタルは苦笑した。
 そんな自分を、ブリッジクルーたちが不思議そうな目で見ているが、些細なことだ。

「もう行け。私はともかく、地球軍は貴官らも敵と認識している。キラ・ヤマト。お前の帰るべき艦は、ここではないだろう」
「……はい。バジルール中尉も、その、どうかご無事で」

 寸時ためらってから、2機の“ミーティア”はドミニオンから離れていった。
 この通信を最後に、プラント攻防戦は地球軍の敗北という形で終わる。
 だがそれもまた、より凄惨な戦いの始まりを告げる狼煙でしかない。そんな予感を、この戦場を生き延びた誰もが感じ取っていた。



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