フレイ/ルージュルート


承前/ボアズ編



「……第7機動艦隊、展開完了」
「MSは、発進準備の終わった部隊から順次出撃させよ」
「ボアズ要塞、スクリーンに出ます。距離800」

 C.E71年。
 長く確執を続け、開戦し、互いを殺しあってきたナチュラルとコーディネイターの戦争も、いよいよ最終局面を迎えていた。月基地を発進した地球連合軍第7機動艦隊を中核とするプラント打撃艦隊に与えられた武器は3つ。
 1つは量産型MSストライク・ダガー・2つはNJC技術の導入による核ミサイル攻撃部隊“ピースメーカー”
 3つは完成を見た3機の“G”兵器と、それを駆るブーステッドマンたち

 だが。
 そのどれにも属さぬ存在がもう1つ、アークエンジェル級2番艦“ドミニオン”のMS格納庫に搭載されていた。

「……スター少尉。アルスター少尉?」
「? っ、は、はい!」

 呼ばれているのだと気づいた真紅の髪の少女は、やっと自分がどこに居るのかを認識し直した。
 ここはMSの操縦席。シートに深く身を沈め、今は逢えない人……たちに想いを馳せるうちに、ぼぅっとなっていたのだろう。

「大丈夫か? 初陣、なのだからな。……緊張しているのは分かるが」
「大丈夫です、バジルール艦長。私は、行けます」

 そうか、と呟いた女性士官の表情が、モニターの中で僅かにほころぶ。
 20代半ばの若さで少佐にまで昇進し、最新鋭のMS運用艦の艦長を任されるほどであるから、普段のナタル・バジルール少佐を知る者であれば、この微笑は意外に思えたかも知れな
い。

「ストライク・ルージュの調子はどうだ? 戦闘データは充分に集まっている機体だし、OSも嫌というくらい調整したものだ。扱いに困ることは無いと思うが」
「ええ。これなら私でも、やれると思います」

 だが、今のナタルにとって、真紅に塗られた5番目の“G”兵器に乗る少女は、大切な妹のようなものかも知れなかった。それが分かるからこそ、フレイ・アルスターも彼女の前では素直に、時々ちょっとだけ強がって見せたりもする。

「私だって戦場に……立てます」

 様々な想いと決意を込めて、そう応えることもできる。





「当たり前じゃないですか。それは普通じゃ考えられないくらい贅沢な造りのMSなんだ。トーシロが乗ったってジンの5〜6機くらいは墜とせて当然でしょ?」
「アズラエル理事!」

 突然、会話に割り込んで来たスカイブルーのビジネススーツを纏った青年。
 地球連合の軍産複合体企業団の理事を表の顔とし、コーディネイターの完全抹殺を目指して組織された反プラント過激派集団“ブルーコスモス”の盟主でもある、ムルタ・アズラエルその人である。
 どういう感覚の持ち主か、安全な後方ではなく、最前線の最新鋭艦に一席を設けている神経の太さだけは、ナタルも認めざるを得ない。

「ふフン」

 そんな彼女の制止も聞かず、アズラエルは出来の悪い生徒に諭す気取った教師のような口調で喋り始めた。

「そのMS、ストライク・ルージュはキミのために造ったMSなんだ。もともとバックパック交換システムなんて無駄なものを積んでいたのが幸いしたんだけどね。キミの背負ってるルージュストライカーパックに、何が搭載されてるかくらいはお勉強してるんでしょう?」
「……ニュートロンジャマー、キャンセラー」
「よくできました、その通り」

 皮肉っぽく、口の端を歪めた微笑を浮かべるアズラエル。
 ナタルさんとは天地ほども違う、とフレイは思う。いや、引き合いに出される地でさえ、こいつに例えられるのは可哀相だ。

「核動力による無限のエネルギー。おかげで無限運用できるTF装甲。対ビームコーティングだって最新式なんだ。これで撃墜されたって保険、効かないんですよ?」
「撃墜なんかされません! だって私……」
「はいはい。愛しい彼に会うまでは、でしたね? まぁ私もNJCが手に入った以上、敵に回らなければ見逃してあげてもいいんですけどねえ……?」

 いやらしい目つきで、ナタルの手元からフレイの映る小モニターを覗き込むアズラエル。
 言外に、それはフレイがいま一番逢いたいひと……フリーダムに乗るキラ・ヤマトを撃てと。
撃てずとも目の前に現れれば、油断くらいはさせてみせろと雄弁に語っている。その間に、彼の子飼いの新型“G”3機が、今度こそキラを仕留めるだろうと。

「…………」

 それが分かっていて、フレイはMSに乗ることを選んだ。
 キラに会うために、キラに会って話をするためだけに、同じ戦場(ばしょ)に立てる道具を……
MSをフレイは欲したのだ。




「もうよろしいでしょうアズラエル理事。サブナック少尉たちの準備も終わったようです」
「あっそう。じゃ、とっとと発進させて、とっとと終わらせて下さい。……簡単でしょ? ピースメーカー隊の攻撃準備が整う15分。15分だけ、敵とやりあってくれればいいんだ」
「……くッ」

 一瞬、怒気と共にアズラエルを睨むナタル。
 だが、思い直すように手を振って彼を追い払うと、制帽を整え直し、矢継ぎ早に指示を繰り出す。

「ダガー隊を順次展開させろ。その後に“G”を出す。MS隊出撃後、本艦は対艦対MS戦に入る。イーゲルシュテルン、バリアント、ゴットフリート各兵装は今のうちに最終チェック、急げ!」
「了解。ダガー隊、発進!」
「X131カラミティ、発進」
「X370レイダー、X252フォビドゥン発進します」
「各兵装再チェック。コントロールシステム、異常ありません」

 CICから次々と報告が上がってくる。推進剤の白い尾を引いて出撃していくMS隊を見やりながら、艦長席のナタルは大きく息を吐いた。“G”3機については心配する必要も無いだろうが……。ダガー隊、そしてフレイの乗るストライク・ルージュ、いずれも本格的な実戦は初めてだ。
 果たして、何機が無事に戻って来れるのか……と考えたところでナタルは自嘲した。
 最悪の場合、この艦が沈められていることだって充分にありうるのだ。

(せめて、お前だけでも生き延びて欲しいな。……フレイ・アルスター)

 15歳の若さで軍に志願し、MSパイロットを志した彼女の胸中を測り知ることは、できなくも無いが苦手だとナタルは自分でも思う。それに、事がここまで来た以上、それも決戦の前の瑣末でちっぽけな感傷の1つでしかない。
 だがせめて、自分と10も違う少女の無事くらいは祈っても構わないのではないか。

「X115ストライク・ルージュ、発進どうぞ」
「了解。フレイ・アルスター、ストライク・ルージュ、行きます!」

 オペレーターの管制に、小気味よく緊張感を含んだ凛々しい少女の声が返ってくる。
 それはまた、人類史上初の宇宙要塞攻略戦の開始を告げる合図でもあった。




「ったく、うようよいやがるぜッ!」
「オラオラオラオラーッ、抹・殺!」
「はーーーーー、うざーーーーーっ」

 3者3様の奇声を発しながら、次々と迎撃に出てきたザフトのMSを撃墜していく3機の“G”。
彼らの戦いぶりを知らぬフレイでは無かったが、あらためて戦場で見ると、恐怖と共に幾ばくかの哀れみを覚えずにはいられない。
 そんな3機の攻撃に巻き込まれないよう機体をロールさせながら、周囲のMS……特に“G”タイプが居ないかと感覚を動かす。

「ッ? きゃあああ!」

 遠距離から76mm弾の直撃。PS装甲やTF装甲といった特殊装備を持たないメビウスやダガーなら、それだけで撃破されている程の衝撃が、ストライク・ルージュと操縦席のフレイを襲った。

「っくあ! こ、こんなところで……ぇッ!」

 OSに頼りながら、どうにか機体を立て直すフレイ。だが、慌てて反撃に移ろうと思った瞬間、横合いから突き刺さったビームが眼前のジンを光球に変えていた。

「??!」
「はッ、何ボケっとしてンだよ、お前!」

 振り向きざま一撃でジンを叩き落したのは、オルガ・サブナック少尉の駆るX131カラミティであった。砲撃戦仕様機として幾多の火砲を身に纏いながら、その機動性はダガーを軽く凌駕する化け物MSである。

「あ、ありがとサブナック少尉……」
「ハッ、何言ってやがる。……おいクロト、シャニ! あんまり出過ぎるんじゃ無え! オレたちゃ、この小娘のお守りも命令されてンだろーが!」
「……ちッ。護衛!」
「あ〜、うざーい」

 敵MS隊のド真ん中に突っ込もうとしていたレイダー、フォビドゥンの足が止まる。
 そこで均衡した戦線にダガー隊が押し寄せ、ザフト側のジンと激しい撃ち合いを始めた。これがMS戦に不慣れな地球連合軍にとって有利に作用したのは、戦線が安定し、しかも破壊力のある“G”兵器が存分に味方を支える形に持ち込めたからである。

「ッ、この! この!」

 3機の“G”に守られるようにして、フレイのストライク・ルージュもビームライフルを連射する。
 僅か1ヶ月の超短期訓練で仕上げたにしては、フレイの腕は悪くなかった。OSの優秀なロックオン機能とも相まって、2機のジンにビームが命中する。1機は右腕、1機は頭部を失って後退しただけで撃墜には至らなかったが、初の実戦にしては出来すぎとも言える戦果であった。




「…………」
「意外ですか、艦長さん?」

 MS隊、正確には3機の“G”とフレイのストライク・ルージュの戦いぶりを黙って凝視していたナタルに声をかけたのは、艦長席脇の特設シートにゆったりと座るアズラエルであった。

「まぁ、我々にしても、あの娘に簡単に死なれては困りますからね。3人には乱戦ならアルスター嬢を守るよう、命令してあります」
「なッ? 何を勝手なことを。アズラエル理事……」
「艦長さんだって死なせたくは、ないのでしょう?」
「っ!」

 痛いところを突かれ、押し黙るナタル。
 満足そうに頷いたアズラエルは、再度正面のスクリーンを見やった。

「ほらほら艦長さん、正面におあつらえ向きの敵さんが登場ですよ。はやくやっつけちゃって下さい」
「敵艦です! 距離200、オレンジ30マーク12。ナスカ級1、ローレシア級2!」

 アズラエルの言葉を追うように、オペレーターの声が重なる。
 毅い闘志を取り戻した瞳で顔を上げたナタルは、一瞬で状況を把握し、的確な作戦を脳裏に思い浮かべ、唇を動かして指示を出す作業をやってのけた。それは彼女の才能の発露であって、コーディネイターとて簡単に真似できる代物ではない。

「バリアント、ゴットフリート1番2番照準、敵ナスカ級。射線上のMSに回避パターンDの4と伝えろ。……コリントス装填、1番から12番まで右ローレシア級、13番から24番まで左ローレシア級。こちらは牽制でいい! ランダムパターンの選択は任せる」

 ヒュゥ! と口笛を吹くアズラエルを無視して、ナタルは背後のオペレーターにも指示を出す。

「僚艦と同調時間差攻撃を仕掛ける。タイミングはスペードの8と伝えろ」
「りょ、了解! 護衛艦チャールズ、ウィンストン、こちらドミニオン。スペードの8で援護請う。繰り返す、スペードの8で援護請う……」

 ドミニオンの正面から、綺麗に散って射線を開けるダガー隊。虚を突かれたところに、連合の護衛艦とドミニオンのミサイルが雨霰と降り注ぐ。突然のことにザフトのMS隊とて迎撃もままならず、回避するのが精一杯だった。以前なら、このまま自分たちも対艦戦闘に入るのだが、それはダガー隊と3機の“G”にがっちりと押さえ込まれる。
 たまらず弾幕を張りつつ、回避運動に入るザフト艦たち。ナタルの狙いはその瞬間であっ
た。

「ゴットフリート、バリアント照準完了。目標、敵ナスカ級!」
「よし。タイミング合わせ、当てろよ……。3、2、1、撃ぇーーーッ!!」

 激しい緑色の火線と、黄色い曳光弾を追いかけるレールキャノンとが、ドミニオンの正面に無防備な姿を晒したナスカ級の艦体に吸い込まれていく。瞬間、その外壁が膨れ上がり、音も無く宇宙に砕け散った。

「お見事です、艦長さん」
「まだだ! 続けてゴットフリート、バリアント、右ローレシア級に照準……。撃ェーーーッ!」

 敵艦撃沈にも表情を変えることなく、指示を出し続けるナタルの横顔を眺め、アズラエルは軽く笑みを浮かべると肩を竦めた。
 手元の専用コンソールを操作する。返ってきた応えは、核攻撃部隊“ピースメーカー”の準備完了を知らせるもの。緊迫する艦橋でただ一人、アズラエルはほくそ笑んだ。





 それは、意外なほどあっけない幕切れだった。
 ドミニオンを中心とした囮艦隊がボアズ要塞の守備隊を引き付けている間に、レーダーの探知圏外ギリギリに接近するアガメムノン級艦隊。高速を活かした核ミサイル搭載メビウス部隊“ピースメーカー”による打撃……。
 作戦としてはごく単純なものだが、NJC技術を連合が手にしていると知らなかったザフト軍に与えた衝撃は、想像を遥かに超えたものとなった。

「…………」

 内部から青白い閃光に包まれ、崩壊していくボアズ要塞を、フレイはただ黙って見つめていた。あの中で出撃を待っていた戦艦が崩れていったのが、傷つき帰還しMSを下りたパイロットが蒸発したのが、祖国を防衛するため力の限りを尽くしていた司令部が炎に包まれるのが、見えた気がした。
 これは自分が招いた災厄の光なのだ。そう思うだけで、押し潰され吐きそうになるのを必死にこらえる。
 既にノーマルスーツのバイザーには幾つかの水滴が漂っていたが、フレイはそのことにまるで気づいていなかった。

「はッ、もう終わりか。あっけねェな」
「見敵! 必殺!」
「たるーい」

 今まで散々、ジンや見慣れぬMSを撃破しまくっていた3機の“G”から、つまらなそうな声が流れて来てもフレイは無反応だった。

「なンだ、シケてんな……。まぁいい、おい小娘、俺たちは前へ出るぜ」
「……勝手に、すれば」
「あぁ。じゃァな」

 核攻撃で要塞が無力化されたとは言え、迎撃に出ていた防衛部隊の戦力は健在だ。補給も無いではいずれ力尽きるのが自明とは言え、要塞を沈められた怒りのままに無駄な抵抗を続
けている部隊も多い。
 これ幸いと、今のうちにコーディネイターを少しでも減らしておきたいのだろう。そんな思惑をオルガたち3人の“G”パイロットたちから感じ取って、フレイはまた陰鬱な気分に沈み込んだ。

「大丈夫だったかね、アルスター少尉?」
「カーライル隊長……」

 そんな時、接触回線で通信を入れてきた機体があった。コンソールには、ドミニオンのダガー隊を率いるカーライル大尉機を示す表示が流れている。彼のダガーは、隊長機らしく大きめのアンテナの付いた頭部が特徴であった。

「ボアズ戦は終わった。……後は彼らに任せて、ドミニオンに戻ろう」
「は、はい。あの、ありがとうございます、カーライル隊長」

 恐縮するフレイに、コンソールから気持ちのいい笑いが聞こえてくる。
 そこで初めて、自分が泣いていることにフレイは気づいた。隊長は気遣ってくれたのか、音声だけでモニターはONにしていない。

「…………」

 気を取り直し、ストライク・ルージュをカーライル機の斜め後方に付けるフレイ。
 ドミニオンが見えてきた、その一瞬、ほっと息を吐いた瞬間。
 目の前のカーライル機に、真下から盾のような爪のようなものが突き刺さり、爆散させた。




「カーライル隊長っ!」

 泣き叫ぶと同時に、この一ヶ月の訓練の成果かフレイの身体は自然に反応し、ストライク・ルージュに回避運動を取らせていた。直後、さっきまで機体のあった位置をビームが掠めていく。
恐怖に突き動かされながら、闇雲に操縦桿を引き倒す彼女の思いをOSが汲み取り、ランダムな回避運動に翻訳していく。

「なッ、何これ、ザフトの新型……?」
「クッ、この! よくもボアズを……!」

 コンソールにはザフトの新鋭MS“ゲイツ”の接近を警告する表示とアラームが踊っていたが、フレイにそれを読み取る余裕は無い。何度も浴びせられるビームを辛うじて躱し、あるいはシールドで精一杯に捌いていく。

「何で……どうしてっ? 要塞はやられたのに、何でまだ戦うの?!」
「お前たちの核で、もう戻る場所は無い! せめて道連れに死んでもらうぞ、赤いヤツ!」

 後退し、ドミニオンの対空射撃圏内に逃げ込もうとするストライク・ルージュを巧みに阻むゲイツ。もちろんナタルたちもこの戦闘は察知していたが、絡み合う2機に躊躇して援護射撃もできないでいる。

「TF装甲搭載ですから、撃っちゃってくれてもいいんですけどねえ」
「破片がバーニアにでも突き刺されば、それで終わりです。危険なことに代わりはありません!」

 ナタルの一喝に、やれやれと肩を竦めるアズラエル。
 だが、その表情はどこか自信に満ちていた。手元の独自回線を、ルージュに繋ぐ。

「何をやっているんですかお嬢さん。ストライク・ルージュの性能なら、そんなザコひとひねりのはずでしょう?」
「なッ、そんなコト!」
「じゃあそこで死んでも良いんですよ。保険金が入らないのは残念ですが、愛しい彼に弔電くらいは打ってあげてもいい」

 アズラエルがそれを口にした瞬間、フレイは固まった。
 ストライク・ルージュの機体にゲイツの放ったビームが命中し、左脚を半分、もぎ取っていく。




「! ヘルダート装填、目標……」
「慌てなくても、大丈夫ですよ艦長さん。さっきも言ったように、あの機体はトーシロでもジンの5〜6機は墜とせる性能なんです。ここはあの娘の訓練の成果、じっくり見物しましょうよ」

 ストライク・ルージュの破損にも、アズラエルは平然としていた。
 その余裕に応えるように、ビームライフルを応射し始めるフレイ。OSに支援された的確な射撃が、回避するゲイツが機動する余地を次第に奪っていく。そして最後の一撃が、正確にコクピットを貫き――機体を火球に変えた。

「な……」
「ほーらやっぱり、あの娘の勝ちでした。当たり前なんですよ。あの機体、サザーランド大佐の肝いりでコスト度外視して造っちゃったヤツですからねえ。保険効かないって意味、分かりましたァ?」

 勝ち誇るように、ナタルを馬鹿にして笑うアズラエル。
 だが、当のナタルは自分が罵倒されていることにすら、気づいていなかった。

「まさか、あの少年と……キラ・ヤマトと同じ? いや……」

 そう言えば、自分がアークエンジェルに居た頃、大気圏突入の直前にフレイ・アルスターは軍に志願したのだった。後で聞いた話だが、その時彼女は動かす者の居なくなったはずだった、X105ストライクに乗り込もうとしていた、ともいう。

 まさかな、考え過ぎだ。
 そう自分を納得させたナタルに、X115ストライク・ルージュの帰艦を告げる報告が入った。
パイロットを休ませるように告げてから、ナタルはドミニオンにも前進するよう発令する。

「これより味方機の回収及び掃討戦に移る。第1種戦闘配置は維持。各員、油断するな!」
「ま、今回は楽勝だったでしょ? 残ったコーディネイター、1匹残らず片付けちゃってください」
「…………」

 アズラエルの軽口を、あえて無視するナタル。
 手元の小モニターには、疲労困憊して整備兵たちにコクピットから引きずり出される、真紅の髪の少女の姿が映っていた。改めて、フレイを休ませるよう念を押してから、ナタルはあえて少女への心配事を思考から外し、目の前の戦況に意識を集中しなおした。


 かくてブラント攻防戦の緒戦は地球連合軍の勝利に終わり、ボアズ要塞は機能を失った。
 これに対しザフト軍はもう1つの要塞ヤキン・ドゥーエに戦力を集めると共に、地球連合軍の核ミサイルをも超える最終破壊兵器“ジェネシス”の発射準備に入る……。



プラント打撃戦1



「……アルスター少尉の様子はどうか?」
「ええ、随分と集中したんでしょうな。だいぶ参っていた様子ですが。……栄養剤と鎮静剤を投与しておきましたから、数時間後には任務に戻れると思います」

 そうか、と応える女性士官の声で、フレイは目を覚ました。
 ここはアークエンジェル級2番艦“ドミニオン”の医務室。フレイにとってはある意味で見慣れた部屋であり、いつまで経っても居慣れない部屋でもある。

「しかしバジルール少佐。こう言っては何ですが、アルスター少尉にストライク・ルージュは明らかにオーバースペックではありませんか?」
「……何が言いたい?」
「操縦技術はともかく、精神力と耐久力がまるで追いついていません。ダガーに乗せた方が、まだ“持つ”と思いますが」
「しかし貴官も見ただろう。少尉は初陣、かつ単独で敵の新型を堕としたのだぞ?」
「確かに。ただ、今のままでは、そう長くは続きませんよ。最低でもγ−グリフェプタンの投与を……ヒッ?!」

 ほとんど殺意に近い怒気をナタルに叩きつけられた軍医は、そのまま逃げ出すように医務室から駆け出して行った。それを見送るでもなく肩を竦め、大きく息を吐き出すナタル。

「ナタルさん、あの……」
「何だ、起きていたのか? フレイ」

 この艦のみならず現在の地球連合軍にあって、アークエンジェル出身はお互い2人だけとなってから、フレイとナタルはプライベートであれば名前で呼び合うくらいには親密になっていた。
フレイは実質ナタル以外に頼れる女性がおらず、ナタルはナタルで、フレイにどこかアークエンジェル時代の空気のようなものを求めているフシもある。

「今の話……γ−グリフェプタンって」
「お前が知る必要の無いことだ。それより今は一刻も早く、体力を回復させることだけ考えていろ」
「は、はい」

 恐縮するように、寝込んだままシーツを首元に引き寄せるフレイ。
 そんな彼女の姿に、ナタルは一瞬、サブナック少尉、ブエル少尉、アンドラス少尉ら3人の姿を重ねてしまう。ムルタ・アズラエル子飼いの“G”パイロットとして薬物強化されたブーステッドマンとなった3人は、確かに並のコーディネイターであれば赤子のように捻り殺すだけの能力を手に入れていた。だが、その強化薬が切れれば禁断症状にのたうち苦しみ、恐らく今出て行った軍医にすら敵わない無力な存在に成り下がる“G”兵器の生体CPUたち。
 そんな境遇をフレイが望んでいるかどうか、実際のところは分からない。だが、そうなるくらいならいっそ……と考えてしまう自分は偽善者なのだろうか。ナタルは自問するが、答えが返ってくるでもない。
 考えるだけ無駄なのだ。そう割り切った彼女は、本来の用件を切り出すための小道具を取り出すことにした。

「ちょっと待っていろ。今、りんごを剥いてやるからな」
「あ、ありがとう……ございます」

 素直に感謝の言葉を口にするフレイに、口元をほころばせた微笑で応えるナタル。
 軍人の彼女しか知らない人間が見れば、何かの冗談かと思うくらい柔らかい雰囲気のまま、しゃり、しゃり、しゃりと手際良くナイフを扱い、果実を切り分ける。



10

「……それでフレイ。これから、どうする?」
「どうするって、ナタルさん?」

 半身を起こした少女がりんごを食べ終わるのを待ってから、ナタルはそっと切り出した。切り出してから、前提とすべき選択肢を何も話していないことに気づき、バツが悪そうに赤面する。

「す、すまない。……つまりだな、まだこの艦に残って戦うつもりなのか、ということだ」
「ナタルさん……」
「お前も、戦場に立つのがどういうことか分かっただろう? それに、これからの戦いは今回のように簡単には行かない。我々がNJC技術を手に入れ、核の封印を解いたことはプラントにも充分伝わったはずだ。それでも停戦なり和平交渉なりの気配はまだ無い……」
「ザフト軍は、最後まで抵抗するつもり、ということですよね」
「そうだ」

 真剣に頷いたフレイに、ナタルも真剣な表情で応える。
 あるいは今の地球連合に――ブルーコスモスに、プラントを許すつもりが無いからだ、とは言わない。
 だから、今からでもお前は月基地へ戻れ。ストライク・ルージュが戦場に立ち、無事に帰って来たのだからサザーランド大佐もそれを悪しとはしないだろう。……そう切り出そうとして、ナタルは機先を制された。

「私、この艦に残ります。残って、最後まで戦います」
「フレイ……。私は、お前に」
「私だって、キラに逢うまで死ぬつもりはありません。……でも、ここで何もかも投げ出しちゃったら、2度とキラに逢えないって。そんな気がするんです」
「…………」

 少女の強い決意に、ナタルはあっさりと折れた。
 凛とした瞳がひどく懐かしく羨ましくて、思わず微笑を浮かべてしまう。立場と場所は違えど、昔の自分も、この少女のようにまっすぐな瞳を輝かせていた刻が、確かにあったと思い出した
から。

「それに……最後までこの戦いを見届けることが、私の責任だと思うんです」
「NJCのディスクを運んだことか? しかしあれは……」
「私の責任なんです! あれを私に託したのがクルーゼでも、回収されたのがアークエンジェルじゃなくてドミニオンでも! 何も知らないまま、あれをアズラエルに渡したのは、私の責任なんです……っ!!」

 ぐッ、と唇を噛み、白い指がシーツに溶けるのではないかとばかりに強く握り締められる。
 真紅の髪が揺れ、静かにフレイは嗚咽を漏らし始めた。

「フレイ……」

 傍に寄り、そっと少女の頭を抱く。胸の中で聞こえてくる声無き泣き声を感じながら、ナタルはこんな少女にこれほどの業を背負わせるほどの意義がこの戦いにあるのかと、また答えの出ない自問を彼女が泣き止むまで繰り返していた。


11

「MS隊、順次展開」
「第3機動艦隊、補給作業完了。後詰めに入ります」
「旗艦ワシントンの位置を修正しろ。そうだ、ドミニオンは前衛部隊に回せ」

 ボアズ要塞を堕とした勢いを駆り、地球連合軍プラント打撃艦隊は作戦の最終段階に入っていた。ドミニオンを中核とした第7機動艦隊の前衛部隊が、MS隊と共にザフト軍の迎撃部隊を抑え、その間に後方で展開したピースメーカー隊が核攻撃による直接打撃を敢行する。
 この戦いでは、どこまでプラント側に戦線を押し込めるかが鍵であった。前衛部隊は、ちょうど弓なりにプラントとヤキン・ドゥーエ要塞の前に展開することとなる。次々と発進するMS隊の先頭には、X131カラミティ、X370レイダー、X252フォビドゥン、そしてX115ストライク・ルージュの姿もあった。

「栄えあるプラント打撃艦隊の諸君。いよいよ、我々の戦いも勝利を得る段階まで近づいてきた」

 通信回線からは、後詰めである第3機動艦隊の旗艦に座乗するサザーランド大佐の演説が聞こえてくる。

「全ての災いと諍いの種、母なる地球に与えられた遺伝子を自らの意思で歪めた悪しき者どもを。青き清浄なる光で焼き払う刻が来たのだ」

 顔を伏せて、フレイは回線を切った。
 狂っている。ナチュラルも、コーディネイターも、何もかもが……。そんな大きな流れに呑み込まれていると自覚するだけで、身体の震えが止まらない。逃げ出したくなる、吐き出したくなる、泣き出したくなる。
 でも止まれない。ここまで来て、投げ出すわけにはいかない。

「諸君らの父母も兄弟も子供たちも友人たちも、この宇宙(そら)に浮かぶ悪魔どもに殺されたのだ。なれば、我らの悲しみは怒りの鉄槌へと換わり、コーディネイターどもを叩きのめすだろう」

 ドミニオン艦橋、スクリーンに映るサザーランドの姿を、睨みつけるように見ているナタル。
 その横の特設シートでは、ブルーコスモスの盟主が軍における最高の手駒の演説について、内心で採点をつけていた。独創性には欠けるが効果は確かであって。まぁ80点はやっても良いかと苦笑する。

「青き清浄なる世界のために。諸君らの健闘を期待する!」

 おおおおおッ! と意気上がるプラント打撃艦隊。
 その前面に展開し、往く道を阻むのはヤキン・ドゥーエ駐留のジュール隊を中核とした、ザフト軍の迎撃部隊であった。



12

「ハハハッ、まァたゾロゾロ出てきやがった!」
「うりゃあああああああッ、撃・滅!」
「邪魔くて、ウザいんだよね、お前ら」

 相変わらず、3機の“G”兵器の破壊力は凄まじい。人的資源の枯渇し始めたザフト軍にあって、彼らを相手取るジュール隊は、アラスカ戦、パナマ戦をくぐり抜け、あるいはボアズから辛うじて生き延びた精鋭パイロットたちを集めた最強部隊だったはずが、次々と撃たれ、数を減らしていく。

「ザフトが! 新型が! 何だっていうわわあああッ?」
「駆動系をやられた? 脱出を……ぅあ、ぎゃああッ!」

 無論、地球連合側の損害も僅かな時間で深刻なレベルに至っている。
 次々と撃破されていくダガー隊。ボアズ戦を生き延び、僅かばかり操縦に慣れたからと言っても、それを活かせなければ即、死に繋がる過酷な戦場。

「くっ、このッ!」

 そんな激戦の中にあって、フレイの駆るストライク・ルージュは1機のゲイツと死闘を繰り広げていた。味方のダガーを瞬く間に2機墜としたこの相手は、“G”兵器であるデュエルほどでは無いにせよ、間違いなく一線級のエース機と見て取れる。

「貴方たちが、こんなところまで来るから!」
「何よッ? 邪魔しないで! 私は、あンたたちと戦いたいわけじゃないのにッ」

 ビームライフルを撃ち合い、回避し、シールドで捌き、至近距離で絡み合い、イーゲルシュテルンを叩き込み、互いのシールドで互いのビームサーベルを払い合う。

「……やるわね! さすがイザーク隊長因縁の相手っ……色がちょっと違うみたいだけど」
「何よ、何よ何よ何よ何よ何よッこの女ッ?!」

 一度の実戦を、己の経験としてしっかり吸収し成長し次に活かす。
 フレイ・アルスターは、その意味において天性の才能の持ち主かも知れない。高性能機であるストライク・ルージュの力を、ボアズ戦より遥かに良く引き出しているばかりでなく、ゲイツの機動から他には見られない敵パイロットの特性まで読み取っているかにも見える。

「これでっ!」
「こんなものッ!」

 教本どおりにコクピットを狙ってきたゲイツのシールドクローを、半ばOS任せで再度、シールドで弾く。相手が姿勢を崩したところで、OSが冷徹に敵MSのコクピットをロックオンする。

「??!」

 だが、フレイがトリガーを引き込む寸前、ストライク・ルージュの機体が激しい衝撃に見舞われた。揺さぶられ、悲鳴にならない悲鳴をあげるフレイ。コンソールに走っているのは“G”兵器デュエルの接近を告げる警告であった。


13

「堕ちろォ、紅いストライクゥゥ!!」
「きゃああああああああッッ?」
「すみません、イザーク隊長!」

 ゲイツを狙うフレイの機体に肩部装備のレールガンを叩き込んだのは、ジュール隊隊長イザーク・ジュールの駆る“G”兵器デュエルであった。そうして隙を作ってから、ビームライフル、レールガン、ミサイルポッドを全弾発射する。回避行動に入るのが遅れたフレイは、それが全て直撃すると感じ取った。

(やられるの?!)

 思わず目を瞑る。だが、覚悟していた衝撃も炎も無く、自分が助かったのだと感じ直す。
 デュエルとの間に、レイダーが割り込んでいた。360度振り回していた対MS用破砕ハンマー“ミョルニル”を手元に引き戻す。あれでデュエルの全弾発射を防いだのだとしても、俄かには信じがたく、フレイはしばらくあっけに取られていた。そこに追撃が来なかったのは幸運と云うべきだろう。

「なにィッ?」
「ハハハハぁッ、甘いんだよゥ! せえーーーのォ、撲・殺!!」

 レイダーの振り投げた“ミョルニル”が、デュエルを直撃する。
 たまらず後退したところに、今度はエネルギー偏向シールドを利用した、曲がるビームが襲い掛かった。これはレイダーではなく、フォビドゥンの攻撃である。
 さすがに歴戦のエースということか、トリッキーかつ致命的な攻撃を、機体を捻ってどうにか躱したデュエル。しかし、その回避運動でストライク・ルージュとは遠く切り離され、また別方向からのダガー隊の攻撃に対処せざるを得なくなった。苦境に立たされた隊長機を追うように、フレイと戦っていたゲイツも行ってしまう。

「あっ。あの……」
「護衛、完・了!」
「かったるーぃい」

 フレイが礼を述べる間も無く、別の獲物に襲い掛かっていくレイダーとフォビドゥン。
 それ以上何も云えず、フレイも機体を立て直すことに専念した。戦況は、どうやらじわじわと連合がザフトをプラント側に押し込んでいるらしい。何とかフレイは一息つくことができたが、プラント壊滅の時は刻一刻と迫っているとも言える。

「どうしよう……。私、どうすれば……」

 このまま核を撃たせていいのか。
 そんな疑問が湧き出して形になる前に、コンソールの警告音で雲散霧消する。
 先ほどとは別のゲイツの接近に戸惑いながら、フレイは生き延びるためにグリップを握りしめ、ストライク・ルージュを新たな敵に向き直らせた。


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