夢の向こう/1



 ザフト軍宇宙要塞ボアーズは核の光の中に消えた。
 残されたのは焼け爛れた巨岩とろう細工のように醜く変形し融解したザフトMSと戦艦の残骸。
 無線はかろうじて生き残った兵士の悲鳴と助けを求める声で溢れていた。
 その中を、地球連合軍MSダガーが飛翔し、未だ稼動状態にある戦艦やMSを容易く撃墜していった。
 核の衝撃によってザフト兵は放心状態で、とても反撃できる余裕はなかった。
「これが……核」
 地球連合軍アークエンジェル級強襲揚陸艦「ドミニオン」艦長、
ナタル・バジルール少佐はやっとのことで声帯を振るわせた。
「いやぁ、ホント凄いですねぇ。
 どうです?綺麗に、そしてあっという間に片付いたでしょ?」
 ドミニオン艦橋。艦長席の左隣にどっしりと腰を落ち着けた優男風の青年がピクニックでサンドイッチを進めるような口調で答えた。オーダーメイドの高級スーツが戦闘艦艇にはとても相応しくないが、身体全体から立ち上る狂気がそれを打ち消していた。
 ブルーコスモスの盟主、ムルタ・アズラエルである。


夢の向こう/2

「…貴方は!!」
 普段から鋭い声と明確な論点で部下達に恐れられるナタル少佐だが、この時ばかりは違った。
 詰問するような、咎めるような意志が明白に込められていた。
 アズラエルは軽く手を振って舌鋒をやり過ごした。
「核を使うのは反対ですか?実は僕も反対です」
「だったらなぜ!!」
「では、貴方ならどうしました?」
 アズラエルは挑戦的にナタルを正面から見つめた。
「正攻法ですか?正面からボアーズを攻略する?
 それで何人、未来ある若人が散るんでしょうね?
 味方の損害を最小限に抑え、敵には最大限の打撃と衝撃を与える。
 その為ならば何でもする。軍事常識ではありませんか?」
 ナタルは返答に詰まった。
「それにね」
 アズラエルは愉快そうだった。
「我々には時間がないんです。核を使った以上、宇宙人共も対抗手段を使ってくるはずです。
 我々はそれを阻止しなくてはならない」
「対抗手段?」
 襟首を掴まん勢いでアズラエルに詰め寄ろうとしたナタルだが、上部通信席から響いてきた少女の声が動きを止めた。
「艦長、サザーランド司令官より入電!作戦は第二段階に移行するとのことです」
「司令官より?フレイ、詳細は?」
「わ、わかりません。本艦が入電した通信はそれだけです」
 萌えるような赤い髪を後ろにまとめた少女、フレイ・アルスターは手元のコンソールをカタカタと叩いたが、
コンピューターは先ほどと同じ返答を返してよこした。
 もう一人のオペレーター、レイ・バーグ曹長も背中越しに振りかえり、フレイに対して首を振ってみせた。



夢の向こう/3  

「どういうことだ…?作戦など、何も聞いていないぞ?」
「それはね、私が知っているからです」
 アズラエルの何気ない一言に、艦橋内全員の視線が彼に集中した。
 アズラエルは手元のキーをポンポンと軽く叩き、封印された情報を呼び出した。
 やや間が開いて機密データがドミニオン艦橋のメインパネルに映し出される。
 アズラエルは立ち上がり、大観衆の注目を集めたオペラ歌手のように両手を広げ、ゆっくりと左腕をパネルにむけた。
「隠していて悪かったが、今こそ話そう。これが今回の作戦の要。
 そして、我々人類か、それとも遺伝子を弄んだ宇宙人か、どちらかが地球の覇権を手にするか。
 その運命を決める戦いの幕開けだ」
「こ、これは!」
 軍人として優秀なナタルは、その正体を一目で見抜いた。
 それは、ザフトがジェネシスと呼ぶ宇宙要塞だった。
「そう。プラントから地球を直接狙えるエネルギー兵器。
 我々の目標はこれ。こいつを破壊しないことにはザフトは戦争を止めないだろうからねぇ〜」
 何がおかしいのか、くつくつと笑いをこぼす。
「こんだけ大きいと、普通の手段じゃ攻め落とせないよね。
 我々はこれから進路変更し、ジェネシス破壊に向かうんだけど、戦いが長引くとザフトはこいつを使うかもしれない。
 艦長、君にこの要塞を手早く落せるアイデアはあるかな?」
 暗に核を使えという命令。ナタルは反論できなかった。
 上部席に座るフレイは、ナタルの肩が震えているのを見た。
 やりきれない気持ちに襲われ、彼女は目を逸らした。



夢の向こう/4   

 宇宙に浮かぶ、円錐を組み合わせたような巨大構造物。コロニー。
 そのコロニー住民で構成されたプラント議会議長パトリック・ザラは怪訝な表情を浮かべていた。
 彼だけでなく、周囲の議員や軍人達も同様だ。
 その原因は、戦術モニターに示された地球軍の動きである。
 ボアズ要塞を落とした地球軍は補給を済ませ、ザフトの本拠地にして中枢たるこのプラント群に侵攻をかけると見せかけるや、素通りしたのである。
 急遽編成された防衛隊は肩透かしを食らい、射程外を悠々と通過していく艦隊をぼんやりと眺めていた。
 ミリタリーバランスを一変させたアラスカ攻略失敗、パナマでの惨敗、プラント歌姫ラクスによるフリーダムの強奪、何よりも愛息子アスラン・ザラの裏切りとジャスティスの喪失。この2ヶ月で、彼は20歳も年を喰ったように思えた。しかし「俺がしっかりせねばプラントは終わりだ」という驚異的な責任感と意志により、彼は周囲に猛烈な存在感と気迫を醸し出していた。
 だが、彼が右腕と頼む仮面を装着した男、ラウ・ル・クルーゼが、
その仮面の下で嘲るような色を瞳に浮かべていたことは気付かなかった。
 クルーゼは醒めた目でプラント最高指導部の面々をそっと見渡した。
(ふん、貴様等に明日はない。
 明日になれば、コーディネイターであることを魔女の釜で悔いることになるのだからな)
 一方で、彼にも予想外のことがあった。
 地球連合艦隊の動きである。
(直接プラントに攻撃をかけてくると思ったのだが…。どうしたことだ?
 核を撃たせ、そして激怒したザラがジェネシスを発動させる…。
 どこでシナリオを逸脱したのだ?)
 クルーゼは間違いを犯していた。
 彼がシナリオを書いたことは事実であったが、役者は誰もシナリオを知らないのである。
 したがって、彼は意図と違う演技をする役者を止めることも軌道修正することも出来なかった。
(…まさか!!)
 その時、ヤン・ドウーイェから緊急入電が入った。



夢の向こう/5   

 連合艦隊はジェネシスを包囲するように展開した。
 万一ジェネシスの砲口が彼等に向けられた場合、被害を最小限にする為である。 
「MS部隊、発進!」「主砲の射線上には展開させるなよ」
 戦艦や空母から、地球連合主力MS「ダガー」が発進し、宇宙空間にみごとなフォーメーションを組み上げる。
 MS部隊の展開が終わると同時に、艦隊は主砲の一斉射撃を行なった。
 直撃すればフリーダムでさえ一瞬で蒸発させる戦艦のビーム砲。
 漆黒の空間を閃光をまとった死神の鎌が一閃する。
 ビームは何も無い空間に虚しく撃ちこまれ、エネルギーを浪費したかに見えた。
 しかし、人の目やセンサーは騙せても、殺意を持って撃ちこまれるビームに対してミラージュコロイドは無力だった。融解した隔壁や構造物が砕け散る。よくよく観察すれば人体だった蛋白質や衣服も混ざっているだろう。
 偽装シールドの効果が薄れ始めた要塞に対し、連合艦隊は容赦なく砲撃を続けた。
 ジェネシス守備隊MSによる反撃は小規模にとどまり、艦隊にたどりつくことなくMS防衛網に引っかかって撃退された。
 元々要塞駐留防衛軍の規模は小さい。この要塞が完全な機密であったこと、それ故に目立つ哨戒活動が出来なかったこと、そして連合艦隊がプラントを襲う進路をとったことでパトリックが慌てて守備隊を呼び戻してしまったからである。
 では、なぜ連合軍はジェネシスの存在を知っていたのか?
 実は、諜報活動により情報を入手。その位置を特定していたのである。
 ザラ派、反ザラ派、コーディネイター至上主義派、穏健派、シーゲル派。
 様々な派閥が乱立していたザフトは、地球連合の諜報活動に危機管理の甘さを露呈した。
 情報は漏洩し、さらに偵察活動によって物資の搬入先を突き止められた。
 ジェネシスそのものの偽装は完璧だったが、物資運搬船や技術者達を送り迎えする輸送船を覆い隠すことを怠ったのである。
 連合艦隊はジェネシスに接近。
 息絶え絶えの護衛部隊に止めを刺し、核を撃ちこんだ。
 それで終わりだった。
 破壊できなかった部分は、全艦隊が主砲のつるべ撃ちを浴びせた。
 演習よりも簡単な標的射撃が終了し、ザフトは切り札を失った。



夢の向こう/6   

「これでザフトは終わりです」
 ジェネシスの最後の欠片が爆発し、閃光から乗員の目を守るべく自動的に艦窓シャッターが落ちる。
 その閃光に目を細めながら魅入っていたアズラエルがナタルを見やって微笑んだ。
「状況は我々に圧倒的に有利です。兵力もさることながら、我が方には核がある。
 しかし、彼等にそれを防ぐ手段も、また報復の手段も無いのです」
「…しかし、彼等がそれでも停戦の交渉テーブルにつかなかったら!?」
「違います、艦長。停戦ではありません。降伏です」
 神経を逆撫でする動作で指を振ってみせると、アズラエルは立ち上がった。
「我々の目的は、コーディネイターを宇宙から消すことです。
 だからといって、今生きている彼等を抹殺するなんてことは出来ません。
 端的に言えば、ナチュラルに戻ってもらう、ということですな」
「気の長い話ですね」
「そう。そのためには、我々が管理する必要があるのです。つまり奴等の首に縄をつけるのです」
 ジェネシスを失って狼狽するプラント評議会に、連合からの最後通告が突きつけられたのは、
その僅か1時間後であった。
「な、なんですか、これは!?」
 穏健派を自他共に認めるエザリアでさえ顔色を変える講和条項であった。
「連合は、ザフトが以下の条項に同意した場合のみ停戦を受け入れるものとする。
一、ザフトによる自治権の放棄。
二、ザフト政府が保障する全ての権利の剥奪
三、軍備の完全放棄
四、連合軍に対する反逆者、アークエンジェルとクサナギの両艦を引き渡すこと
五、ザフトは以上の条項を受け入れる/または追加条件を加えるに際し、一切の異議を唱えない」
 要約すると、一言につきる。無条件降伏。
 パトリックは勿論、穏健派も受け入れられる代物ではなかった。
 ザフト議会は全会一致でこの条件を一蹴した。
 それがアズラエルの狙いであることも知らずに。



夢の向こう/7   

 フレイは忙しかった。
 ドミニオンのオペレーターとして、400名を超える乗員の生死をその手に握っているのである。
 命令に的確な指示を出し、またナタルに必要な情報を選別・処理して挙げなくてはならない。
 緊急時は艦長に代わって指示を出さねばならない時もある。
 入ってくる報告が途切れ、フレイは大きく息を吐き出した。
 あの作戦から二ヶ月が経過した。
 連合艦隊は月基地に帰還した。アズラエルはそこで降り、地球に戻った。
 ボアーズとジェネシスを破壊した所で引き上げたのである。
 同時に艦隊の大半もドッグ入りし、月とプラントまでの宙域に哨戒艦を貼り付けている程度である。
 プラントは連合艦隊が突然反転したことを疑問に思いつつ、目先の脅威が去ったことに胸を撫で下ろした。
 しかし、連合はプラントに安寧をもたらす為に引き上げたのではなかった。
 補給や戦力が整っていなかったという理由もあるが、本当の目的は辛らつだった。
 新型MSによるプラント本土への無差別攻撃を実行したのである。
「あ……」
 フレイは小さく声を上げた。
 ドミニオンの右側面をMSの編隊が飛翔する。
 その機影が太陽光線に反射し、漆黒の宇宙を背景にした小波のような光をフレイに投げかけた。
 数100。
 彼等が、ドミニオンが今守るべき対象。
 そしてプラントに死を振りまく厄災の天使。
 月とプラント間を無補給で往復可能な重MS「フォートレス」である。


夢の向こう/8  

 フォートレスは全長50mという巨大MSであった。
 もはやMSというよりMA、小型艦艇と呼ぶのが相応しいかもしれない。
 乗員5名。脚部は巨大な推進装置。両腕は長距離砲撃を可能にした大威力レールガン。ウェポンバインダーと化した両腕に挟まれるごとく細長い頭部を持ち、それが唯一MSであることを主張しているようであった。
 フォートレスの目的は只一つ。月基地から発進し、プラント付近に展開。
 プラントに向けて搭載したレールガンとミサイルを撃ち込むのである。
 敵中に突出するため、フォートレスには機体各部に6基のイーゲルシュテルンを持ち、さらにトランスフェイズ装甲を備えている。
 そのエネルギーはNJCによって搭載可能になった核融合炉から供給される。
 生半可な攻撃ではダメージを与えることすら出来ない。
 つまり、フォートレスは連合版のフリーダムなのである。
 軍事企業はこのMSの生産で莫大な利益を計上していた。
 NJC、TF装甲、核融合炉を備えたフォートレスの生産単価は目が飛び出るほど高価だったからだ。
 また使用する弾薬も半端ではなく、企業は嬉しい悲鳴を上げていた。
 フォートレスだけではない。
 ダガーやロングダガー、そしてデュエル改といったMSの整備、それを効率よく運用できる次世代艦艇の配備も進み、各軍事企業は利潤を、地球連合軍はかつてない戦力を手に入れた。これがアズラエルの真意だった。コーディネイターに容赦ない打撃を与えると同時に、軍事企業も莫大な利益を得る。
 一石二鳥。
 そんあ言葉がフレイの脳裏に浮かんだ。



夢の向こう/9  

 一方、ザフトの弱体は目を覆うばかりだった。
 ボアーズとジェネシス陥落による損失、連合艦隊による封鎖、そして農業コロニーを優先的に狙ったフォートレスの砲撃。農業コロニーが全滅すると、目標は一般コロニーに向けられた。ザフトの反撃は悉く叩き潰され、艦隊も壊滅。二ヶ月の間に全コロニーの1/4が破壊、もしくは放棄された。
 400万人のコーディネイターが死んだ。
 フレイの思いを断ち切るように新たなフォートレスの編隊がドミニオンを追い抜いていく。
 彼等は、これからボアーズを超えて砲撃ラインに進出。そこからコロニーに一斉射撃を浴びせるのである。
 フレイには分かっていた。
 この機体が帰路につく時、また何万人ものコーディネイターが死ぬのだと。
 それを止める力は、彼女にはなかった。ナタルにもなかった。
 更に言えば、ブルーコスモスであるサザーランドやアズラエルにもなかった。
 フォートレスは、コーディネイターに対する、全人類の恐怖と断固たる拒絶の象徴だった。
(昔は、あれほどコーディネイターを憎んだのに)
 あの時吹き出していた黒い炎が嘘の様だった。
 皮肉なものだ。フレイは自嘲する。
 コーディネイターを心から憎んだ自分が、今はコーディネイターに同情している。
 コーディネイターを生み出した人類が、今はコーディネイターを滅ぼそうとしている。
「この渦は、もう止まらない。なら、私は、何をすれば良いの…?」
 フレイが呼びかけた相手は遠く離れてしまった。
 もう二度と会うことはないかもしれない。
 それを思うと何よりも哀しかった。



夢の向こう/10   

 それから一ヶ月後。地球連合とザフトの戦争は、後者の無条件降伏で幕を閉じた。
 パトリック・ザラは自決。議長代理はイザークの母エザリアが勤め、降伏文書に署名した。
 美しい彼女の顔は屈辱で歪んでいた。

 ザフトの人口は半分になっていた。



夢の向こう/11   

「アルスター、ちょっと、来てくれないか?」
「はい?」
 ドミニオン艦長、ナタル・バジルール少佐がオペレーター業務をこなすフレイに声をかけた。
 ドミニオンはジェネシス攻略戦後、以前の扱いにくい三人組を降ろし、新しいMS小隊を受け入れていた。彼等は訓練に余念がない。戦争が終わったとはいえ、それは続けられていた。
 今は訓練中。パイロットとコミュニケーションをとることもオペレーターの仕事。
(忙しいのに…)
 フレイが怪訝に思ったのは、ナタルが声をかけたことだった。
 脳に仕事の予定表が既に入力されているのでは?と思うほど几帳面に仕事をこなすナタル。
 彼女自身はもちろん、クルーにもそれを要求していたから、自分からクルーに仕事を外すよう求めることは今まで全くなかったのだ。
 何かあったのだろうか?
 良く見れば、ナタルの表情が曇っている。フレイは嫌な予感に頬を強張らせた。
「フレイ、ここは引き継ぐ。だから行っていいよ」
「あ、そ、そう?悪いわね」
 もう一人の担当カーク・マッケンジー軍曹が振り返り、気楽に声をかけた(ドミニオンオペレーターは4人の交代任務)。
 ベルトを外し、フレイは腰を浮かした。
『フレイちゃん行っちゃうの?そんなぁ』
 無線機ごしにドミニオン所属アントン小隊2号機パイロットのペグ・ライアン少尉の情け無い声が響いた。
「ごめんなさい。艦長に呼ばれてるの。埋め合わせはするわ」
「そんなこと言っちゃって、いいのかよ?」
 マッケンジーが笑いながら担当を引き継いだ。
 ライアンは尚もぼやいていたが、直ぐに小隊長ロドニー・グリーン大尉にどやしつけられて大人しくなった。
 フレイは他愛無いやり取りに少し救われた思いがした。



夢の向こう/12   

 ナタルは一言も漏らさず、艦内を進んでいた。フレイも雰囲気に飲まれ話かけられない。
 複雑な艦内を進み、二人は展望室に到着した。誰もいないことを確認し、ドアを閉める。
 ここなら二人きりで話せるからだ。
「アルス…いや、フレイ」「はい」
 ナタルは、二人だけの時はフレイのファーストネームを呼ぶようになっていた。
 それだけ二人の距離が縮まったことの証明でもあった。
「次の任務が決まった」
「任務ですか?戦争は終わったのでは?」
「いや………」
 ナタルは言いづらそうに顔を伏せたが、直ぐにフレイを見つめた。
「正直に言おう。次の任務は、アークエンジェル、エターナル、クサナギの撃滅だ」
「げ、撃滅……」
 フレイの脳裏を「撃滅」の二文字がぐるぐると乱舞した。
 サイ、ミリアリア、カズィ(フレイは彼が除籍したことを知らない)マリュー、フラガ。
 見知った顔が浮かび、闇に消える。
 そして、キラ。
「…どうして、どうして急に」
「急では無い。以前から連合は彼等の行方に重大な関心を抱いて追跡していた。
 それが発見された。だから攻撃するのだ」
 理論を述べつつも、ナタルの表情は痛々しかった。
「廃棄されたオーブコロニーに潜伏しているとの見解は、当初からあった。
 ザフトとの戦争中はそちらを優先していたから哨戒にかえる人手も限られていたが、戦争は終わった。
 連合は不安分子を取り除きたいのだろう。虱潰しに捜索し…」
「それで、見つけたのですね」
「そうだ。現在別働隊が廃棄コロニーの破壊作戦を開始すべく展開中だ。
 我々は脱出を計る彼等を捕獲する。
 抵抗する場合は、排除も止む無しとのことだ。」
 フレイは押し黙った。二人の間に沈黙が重く圧し掛かる。



夢の向こう/13  

 先に沈黙を破ったのはナタルだった。
「…フレイ。お前は艦を降りたほうが良い」
「……」
「『自由』と『正義』を擁する彼等の戦力は見かけ以上に強力だ。
 我が艦も沈む可能性もある。何よりも、我々はアークエンジェルと雌雄を決することになる。
 お前にとっては、それは辛すぎることだろう」
「…戻れないのですか?
 もう一度、キラと、いえみんなと話し合うことも」
「無駄だ。この作戦は既に発動された。もはや止めることは出来ない」
 ナタルは静かに告げた。ここで遠巻きにごまかしたても、何の解決にもならない。
 それならばいっそ単刀直入に告げる。
 それがナタルの思いやりだった。
「明日0800までに答を決めておけ。
 このまま任務につくか、それとも艦を降りるか。
 答はこの場所で聞こう」
 窓にもたれ、後ろに纏めた赤毛をたなびかせるフレイを残し、ナタルは踵を返した。
 エアロックが閉まる音が響き、フレイは展望室に一人残された。
「…うっ、うっ…キラ…キラぁぁぁぁ!!!」
 肺腑を振り絞るような泣き声は、
 誰にも聴かれること無く宇宙に溶け込んでいった。



夢の向こう/14   

 連合艦隊は単形陣を形成し、オーブの廃棄コロニーを射程圏内に捕らえた。
 巨体にずらりと並んだ主砲が重々しく旋回。コロニーに狙いをつける。
 ミサイル巡洋艦のハッチが順序良く開き、ミッドナイトブルーに塗装されたミサイルがちょこんと顔を出す。
 MSでありながら戦艦と同等の火力を持つフォートレスが編隊を組み、死刑囚に狙いをつける銃殺隊のごとく一列に並んだ。
「ファイア!!」
 司令官が高く掲げた腕を振り下ろした。
「射撃開始!」
「了解、射撃開始します!」
 司令官の命令は各艦の艦長へ、そして砲術長を伝わって砲手に伝えられる。
 砲手がスイッチを入れ、艦は設計通り目標に対してビームを発射した。
 一番艦、二番艦、三番艦…と順序良く発砲。
 コロニーという巨大な静止目標に対して外れようがなく、数秒後、廃棄コロニーに直撃弾炸裂の閃光が煌いた。
 続いて二斉射、三斉射と戦艦の主砲がうなる。その度にコロニーに閃光が瞬き、同時に内部の可燃物に引火したのか爆発がはじまった。
 その頃、ミサイル艦が放った大型ミサイルが到達。
 ビーム命中とは明らかに違う閃光がコロニーを覆った。
 核ではない。
 核をつかえば、コロニーごと内部に潜むAA達を葬ってしまう。
 連合軍は、AAを撃沈したという確かな「証拠」が欲しかったのだ。



夢の向こう/15   

 およそ20秒ごとに、艦隊は主砲を放つ。
 艦隊に負けてなるものかというように、フォートレスも装備されたレールガンと長距離ビーム砲を親の仇とばかりに唸らせる。
 この砲撃によって、フォートレスは多くのザフトコロニーを住民ごと葬ったのである。
 今回の作戦には20機ほどの参加であるが、それでも集中される砲撃の威力は圧倒的だった。
 砲撃開始から僅か一分。
 旗艦から発砲止めの信号が送られ、各艦とフォートレス部隊は砲撃を停止した。
(酷いものだ)
 誰もが思うほど、廃棄コロニーは痛めつけられていた。
 重金属のたっぷり詰まった構造材、エポキシ系の補填剤、元が良く分からない機械の破片。
 それらを宇宙空間に火山弾のごとく撒き散らしながらコロニーは崩壊していく。
 この光景は、終戦直前のザフトでは日常的に見られた光景だった。
 このコロニーは無人であるが、ザフトでは内部に何十万人もの人々が生活を営んでいたのだ。
 しかし、それは兵士達にとって何の意味もないことだった。
 彼等は戦争を終わらせる為に出撃し、命令どおりに行動し、そして破壊した。
 それだけである。



夢の向こう/16   

 崩壊するコロニーから距離をとって、3機のMSがその様子を静かに観察していた。
 三機はいずれもフォートレスだが、通常の機体とはだいぶ印象を異にする。
 中央の機体は脚部にレドームがついている。機体各所にもゴテゴテとセンサーを備え付けている。極めつけは鶏冠のように後方に跳ね上がった何本ものアンテナだ。フォートレスの偵察タイプであり、指揮仕様でもある。
 その機体を守るようにそびえるニ機はさらに異質だった。
 フォートレスのダイヤのような推進ユニットではなく、ザリガニの鋏のような推進ユニットを装備している。
 フォートレスの長距離行動能力を諦める替わり、火力と機動力を向上させたガンシップタイプだ。
 通常のMS並の機動力を持つ、脅威の存在だ。
 指揮官機はガンシップを付き人のように随伴させ、その時を待った。
 彼等の位置は連合艦隊のちょうど反対側にあたる。
 つまりMSからは艦隊の姿も見えず、また盛んに爆発を起こすコロニー表面も見えない。
 各機のモニターには、日食のように赤々とした爆発の閃光を背負ったコロニーの暗い表面が写るのみだ。
 表面上は何の変化もない。艦隊は廃棄コロニー相手に過剰なまでに演習を行なっているようにしか見えない。
 だが、機体に搭載された高性能センサーは僅かな動きも見逃さない。
 外壁にソーセージを無理やり裂いたような醜い亀裂が走る。その中に金属動体反応を捕らえたのだ。
 直ちに情報が解析され、データが更に包囲するように展開する別働隊…サザーランド大佐の戦艦ナガトを中心としたα任務部隊に伝えられる。
「来たな、鼠ども」
 ナガトのCICで、報告を受けたサザーランドはほくそえんだ。



夢の向こう/17  

 MSから送られたデータは、そこに三隻の艦艇が存在することを指し示していた。
 アークエンジェル、クサナギ、そしてエターナル。
 いずれも連邦に弓引いた愚か者であり、処分の対象だ。サザーランドは、彼等がコロニーの崩壊に巻き込まれなかったことを神に感謝した。彼等は、連合によって、コーディネイターはもちろん、全人類に明白な形で処分されなくてはならない。その為に今日まで彼等を泳がせ、万全の体制でこの時を迎えたのだ。
 廃棄コロニー外周から艦隊が砲撃し、彼等をいぶりだす。
 外周艦隊は勢子だ。獲物を追い出し、包囲網を破って逃げ出さぬよう威嚇する。
 狩人は、サザーランドの率いるα任務部隊。
 戦艦ナガト以下、大天使級強襲揚陸艦「ドミニオン」、「パワー」、「ヴァーチャー」、「ソロネ」、戦艦「ノースカロライナ」、「サウスダコタ」、「グナイゼナウ」、ガンシップタイプのフォートレス8機。
 脱走艦三隻を撃沈するには大袈裟すぎる戦力かもしれないが、敵にはなにせ『自由』と『正義』がある。
 石橋を叩いて渡る性格のサザーランドには当然の準備だった。
「サザーランドより全艦へ。
 敵艦発見。アークエンジェル、クサナギ、エターナルの三艦である。
 全ては作戦どおりだ。MS隊発進。艦隊はAAとクサナギの射線を避けて立方体陣形をとる。
 蒼き清浄なる大地の為に、裏切り者を倒せ!!」
 サザーランドの命令を待っていたかのように、各艦が一斉に搭載機を発進させる。
 MSは、全て最新鋭機、デュエル改で統一されている。
 この機体はダガーに対するハイ・ロー・ミックス思想に基づく機体だ。デュエルの改良型というより、ストライクの発展型という方が正確である。ストライクの武装を換装によって全て使用できる上に、出力や運動性も格段に向上していた。2対1ならば、ミーティアを装備しないフリーダムやジャスティスと互角以上に戦えるだろう。
 このMSが、AA級強襲揚陸艦には2コ小隊8機が搭載されている。ドミニオン、ヴァーチャー、ソロネの各艦搭載機が対MS戦闘装備、パワーの機体が対艦装備という分担だ。これにフォートレスG6機が加わり、AA攻撃部隊となる。
 一方戦艦部隊のMSと残りのフォートレスGはフリーダムやジャスティスが艦隊に特攻してきた場合の抑えとなる。
 対するアークエンジェル側は、フリーダム、ジャスティス、ストライク2機、バスター、現地生産したM1アストレイ40機、メビウス改20機。
 だが、パイロットの錬度は総じて低く、経験を積み連携プレーに長けたデュエル隊に太刀打ちできるとは言えない。
 結局、ガンダムチームとコーディネイターに頼るしかないのだ。



夢の向こう/18  

「MS部隊、発進終了です」
 ドミニオン艦橋。フレイはMSが全機発進したことを確認し、報告をあげた。
「うむ。予定通りだな。
 今我々がすることはここまでだ。
 後はMS隊を率いるグリーン大尉とジャレット中尉に任せるしかないか…」
 ナタルが指を口に元に寄せながら脚を組んだ。
 フレイは眉をひそめ、艦橋正面の戦術モニターに視線を移した。
 最大望遠モードの画像の中に、ぼやけつつも懐かしい艦が移っている。
 向かって右からクサナギ、エターナル、そしてアークエンジェル。
 二隻はエターナルを守るように、僅かに前に出ていたが、天頂から見ればほぼ横一列に並んでいた。
 アークエンジェル。
 そこには、フレイの大切な人がいた。
 思い出があった。
 しかし、彼女は今、それを葬る側に身を置いている。
(……なんで、私、ここにいるんだろう?)
 フレイの思いは千路に乱れた。
 フレイは艦を降りなかった。
 AAが沈むならば、せめて、それを自分の眼で見届けなくてはならないと思ったから。
 だが、戦場に身を置き、AAを実際に目の当たりにしてフレイの決心は揺らいだ。



夢の向こう/19  

 フレイのコンピューターがけたたましい電子音をあげ、彼女の心臓は飛び上がった。
「どうした、アルスター!?」
「アーク…いえ、敵艦から入電!!通信を求めています!!」
「旗艦への無線では無いのか?」
「いえ、この周波数は本艦に対してです」
「……」
 ナタルは押し黙った。
 フレイはもちろん、艦橋内の全員がナタルを注視している。
「よかろう。アルスター、通信開け!」
「はいっ!!」
 フレイは喜んで通信回線を開いた。
 正面のモニターに、アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスの姿が大写しになる。
 フレイは息を飲んだ。
 溌剌としていた彼女はやつれ、疲労が目元に隠し様もなく浮かび上がっていた。
 この数ヶ月、彼女の心労はいかばかりだったのか。
『ナタル、久しぶりね』
「ふっ…ラミアス艦長こそ」
『挨拶をしている暇はないの。
 ナタル、攻撃をやめて!我々は、ザフトでも連合にも敵対する意志はないわ!
 だからもう良いでしょ?私達をそっとしておいて!!』
「艦長…」
 ナタルの口から悲しみとも哀れみともつかない溜息が漏れた。


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