流離う翼たち




中立国家、オーブに所属するコロニー、ヘリオポリス。ここは今だ戦火に巻き込まれていない貴重なコロニーだ。ここには戦火を逃れて多くの人々が集まっている。誰が危険な戦闘地域になど住みたがるだろうか。だが、今このコロニーに1つの危険が迫ろうとしていた。

ヘリオポリスに入航しようとしている1隻の輸送船がある。いや、正確には連合の仮装巡洋艦だ。ヘリオポリスは戦闘艦の入航を認めていないので、このような処置をとっているのである。艦の中には戦闘用のメビウスが3機と、メビウス・ゼロが1機収められている。
 艦内でメビウス・ゼロの調整をしていたフラガは、通りかかった部下を見つけて声をかけた。

「おいキース、どうした、やけに嬉しそうじゃないか?」

 呼び止まられたのはキーエンス・バゥアー中尉。フラガの部下の1人で、フラガが最も信頼している仲間でもある。キースとは彼の愛称だ。
 キースはフラガの方を向くと、嬉しそうに相好を崩した。

「そりゃ嬉しいですよ。久しぶりの上陸ですからね。もうこんな狭い艦の中はコリゴリです」
「なるほどな、そりゃ言えてる」

 声を上げて笑うフラガ。彼は連合の中では屈指の実力を持つエースパイロットで、エンディミオンの鷹という2つ名を持っている。彼の専用MAとも言えるメビウス・ゼロは彼にしか扱えないという事で知られる特殊なMAだ。
 キースはスコアこそフラガに劣るものの、その実力はフラガに劣らないと言われている。何しろメビウスで多くのジンを叩き落しているのだ。彼はエメラルドグリーンに塗装された目立つメビウスを駆る事で知られている。その装備はとにかく重武装・高機動で、付けられるだけの火器とブースターを取り付けている。これでひたすら一撃離脱を繰り返すのが彼の戦法だ。
 これだけの実力を持つエースを2人も乗せている事を見れば、この艦がどれだけ重要な任務を与えられているかが分かるだろう。この艦には、開発中の連合のMSのパイロットが乗っているのだ。
 だが、まさに運が悪いと言うか、この艦がヘリオポリスに到着すると同時期に、2隻のザフト艦がヘリオポリスに迫っていたのである。


ザフト軍ナスカ級高速巡洋艦ヴェザリウス。ザフト軍のエース、ラウ・ル・クルーゼが率いるクルーゼ隊だ。ヘリオポリスを見つめるクルーゼの顔は半ば仮面で隠され、その表情を伺う事は出来ない
ヴェザリウスを預かる艦長、アデスは自分の懸念をクルーゼにぶつけた。

「評議会からの返答を待ってからでも遅くは無かったのでは・・・・・・隊長?」
「遅いな・・・・・・私の勘が告げている。ここで見過ごせば、その代価、いずれ我等の命で支払わなくてはならなくなるぞ」

 クルーゼはヘリオポリスを攻撃してでも連合の新型を奪取するつもりだった。その為なら多少の外交問題など考慮する必要は無いと考えているのだ。



 ヘリオポリスの中では多くの人々が平和に暮している。そんな中に、1人の少年がいた。コーディネイターであるがプラントに移り住む事は無く、両親と共にヘリオポリスにやってきた少年、キラ・ヤマトだ。
 彼は仲間達とエレカでモルゲンレーテの工場へと向っていた。自分たちの教諭であるカトウ教授に会うためだ。だが、そこに教授の姿は無く、代りに3人の同年輩の人物がいた。1人はサイ・アーガイル。ゼミの仲間で、仲間内ではリーダー格でもある。もう1人はカズィ・バスカーク。やはりゼミの仲間だ。あと1人帽子を被った人がいるが、こちらは見覚えが無い。
 この華奢な少年を放っておいてキラ達は和気藹々と話していたのだが、いきなり彼等は激しい振動に襲われ、慌てて近くの物に捕まる事になる。

「な、なんだ!?」
「隕石でも当たったのか?」

 彼等が事実を知るのはすこし後のこととなる。それは、ザフトの攻撃だったのだ。平和な筈の世界、それは、ここに住んでいる人々の思惑を無視して壊されようとしていたのである。



 ヘリオポリスに入航していた仮装巡洋艦は慌てふためいて出向してきた。すでにコロニー防衛隊とザフト軍の戦闘は始まっている。仮装巡洋艦からも5機のMAが飛び出して来た。だが、ザフトの主力機であるMSジンとMAメビウスのキルレシオは1対5。とても勝負にはならないだろう。

「全機、ジンをコロニーに近づけるな。何としてでも粘れ!」

 フラガは指示を出したが、正直言ってどれだけ持ち応えられるか、という思いが強い。自分とキースを除けば残る2人は実戦経験が少ないのだ。
 そんな事を考えていると、すぐにジンが向かってきた。フラガは意識を切り替えるとそれに立ち向かっていく。1対1ならジンごときに遅れを取らない自信が彼にはあった。有線ガンバレルを展開し、四方八方から攻撃を加えて行く。フラガ自身はジンとのドッグファイトに入った。そのジンは予想外の所から砲撃を受け、左腕を失ってしまう。
 だが、フラガの奮戦も戦局には大した影響を与えてはいない。
 フラガの予想通り、メビウス隊は自分の身を守る事さえ出来ず、ヘリオポリスにMSの侵入を許してしまった。キースは舌打ちしながらも目の前のジンに向って行く。

「悪いけどな、堕とさせてもらう!」

 緑色のメビウスが一直線にジンに向っていく。ジンのパイロットは小癪なメビウスを撃とうとしたが、その機体を見て狼狽した声を上げた。

「緑のメビウス。まさかこいつ、噂の「緑玉(エメラルド)の死神」か!?」

 エメラルドの死神。そう呼ばれるメビウスパイロットがいる。フラガのエンディミオンの鷹ほど有名ではないが、シップエースとして名を馳せているのだ。当然MS撃墜数も多い。
 キースの前に出た事がこのジンパイロットの不運だった。積めるだけの武装を積みこんだキースのメビウスの正面火力は凄まじい。絶大な火力を叩き付けられたジンは回避運動に入ったものの、キースから見てその動きはいささか腰が退けたものに映る。どうやら自分を知っているらしい。キースは機体性能の限界まで加速させ、一直線にそのジンに迫った。下手な回避運動は一切しない。投影面積を最少に止め、すれ違いざまにありったけの武器を叩きこんでいく。これがキース流の一撃離脱戦法だった。
狙われたジンはたちまち攻撃を受け、機体をバラバラにされて破壊されてしまった。

「オロール機被弾! 緊急帰投!」
「オロールが被弾だと、こんな戦闘でか?」

 アデスが意外そうな口調で問いかけたが、次に来た報告には驚愕をしてしまった。

「クライム機反応消失、撃墜された模様!」
「馬鹿な、クライムまでだと!?」

 アデスは椅子を蹴って立ちあがった。クルーゼ隊のパイロットはエース級で揃えられている。それなのに、たった数機のMAにこうまで苦戦しているのだから。
 そして、何処かの宙域を見ていたクルーゼがふっと笑った。

「どうやら、いささか煩いハエが1匹、飛んでいるようだぞ」
「はぁ?」
 
 意味が分からず聞き返すアデスに、クルーゼは滑らかな動作で椅子から立ちあがり、告げた。

「私も出る」



 ヘリオポリスの中は大変な事になっていた。数機のジンが侵入して暴れまわり、施設を破壊して回っている。民間人の犠牲もかなりの数に上るだろう。そんな中で、モルゲンレーテの施設から2機のMSが飛び出してきた。連合の新型機動兵器、GAT X−303イージスと、GTA X−105ストライクだ。

「良くやった、アスラン!」
「・・・・・・ラスティは失敗だ、向こうの機体には地球軍の士官が乗っている!」
「なに、ラスティは!?」

 アスランは無言で頭を左右に振った。それを見たミゲルも辛そうに顔を顰める。

「なら、あの機体は俺が捕獲する。お前は先に離脱しろ!」

 アスランを下がらせてミゲルのジンがストライクに向って行く。ストライクを操るマリューは咄嗟にフェイズ・シフトのスイッチを入れた。機体の色調が変わり、振るわれたジンのサーベルが弾き返される。

「な、なんだ、こいつの装甲はどうなってるんだ!?」
「この機体はフェイズ・シフトを装備してるんだ。ジンのサーベルなど通用はしない」
「ちっ、厄介な」

 ミゲルはジンを僅かに下がらせたが、すぐにまた前に出た。このまま動きの鈍いストライクを殴りつづけ、バッテリー切れにさせようと考えたのだ。
 ストライクの中のキラはモニターで友人達が瓦礫の中を逃げ惑っているのを見つけ、思わず機体の操作に手を出してしまった。襲い来るジンのサーベルを機体を沈める事で躱し、体当たりでジンを吹き飛ばす。

「まだ人が残ってるんです、こんなものに乗ってるなら、何とかしてくださいよ!」
「君!」

 女性士官が咎めるように叫ぶが、キラは構わずに計器類をチェックしていく。

「無茶苦茶だ、こんな堕粗末なOSで、これだけの機体を動かそうなんて!」
「ま、まだ全て終わってないのよ。仕方ないでしょう!?」
「どいてください!」

 女性士官が慌ててシートを譲る。キラはシートに滑りこむと端末を引きだし、凄まじい速度で叩き始めた。戦場でOSを書換えようというのだ。その余りの速度に女性士官、マリューは驚きの目を向けていた。
 襲いかかるミゲルのジン、だが、ミゲルの予想に反してストライクの動きはいきなり良くなった。それまでぎこちなくしか動けなかったのに、突然変化したのである。そして、その変化に戸惑っている間に、ミゲルは機体を失ってしまったのである。


 キースは1機のジンを堕とし、更にローラシア級巡洋艦のガモフに手傷を負わせた辺りでようやく周囲に変化に気づいた。何時の間にか味方が1機も見当たらないのだ。

「おいおい、冗談だろ、まさかフラガ大尉まで殺られちまったってのか!?」

 あのフラガ大尉がそう簡単に殺られるとは思えないが、このまま孤立して袋叩きは嫌だったので、キースは機体を近くのデプリに飛び込ませ、ゴミに貼りつけた。これで発見される確立は激減するからだ。機体の動力も落として熱反応も押さえ込む。
 後はそのうち敵が立ち去って、ヘリオポリスにでも逃げ込めるのを期待するしかない。

「酸素が無くなるまでに終わってくれれば良いがなあ」

 暢気にそんな事を考えていると、いきなりヘリオポリスの外壁に大穴が開いた。内側から強力なビーム砲が放たれたのは分かるのだが、あれではまるで艦砲でも撃ったかのようだ。その穴から1機のシグーが出てくるのが見えたが、今は相手にするつもりは無い。
 この時、コロニーの中で起きている事件を知ったら、キースは驚愕しただろう。まさか、中で戦艦が暴れているなどとは普通は思わない。



「ラミアス大尉!」

 少年達にストライクの部品を載せたトレーラーを運転させ、アークエンジェルに帰ってきたマリューを出迎えたのは、ナタル・バジルール少尉だった。

「ご無事で何よりでした」
「あなたこそ、よくアークエンジェルを。おかげで助かったわ」

 その時、ストライクからキラが降りてきた。それを見た整備長のマードックらが驚いている。
 ナタルの隣から見た事の無いパイロットスーツ姿の男が現れた。端正な顔立ちに気さくそうな笑顔を浮かべている。

「地球軍第7機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガ大尉だ。宜しく」
「あ、地球軍第2宙域第5特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」

 敬礼を交し合った後、フラガが切り出した。

「乗艦許可が欲しいんだが。俺の乗ってきた船は落とされちまってね。この艦の責任者は?」
 
思い口調でそれに答えたのは、ナタルだった。

「艦長以下、主だった士官は全員戦死されました。よって、ラミアス大尉がその任にあると思いますが」
「え・・・・・・・・?」

 マリューが凍り付く。まさか、艦長達が戦死していたとは。
 フラガは疲れた顔で額を押さえる。そして、戦艦には似つかわしくない少年たちの方を見る。

「で、あれは?」
「ご覧の通り、民間人の少年です。襲撃の時、何故か工場ブロックにいて、私がGに乗せました。キラ・ヤマトと言います」
「ふーん」
「彼のおかげで、先も人1機を撃退し、あれだけは守る事が出来ました」
「ジンを撃退した。あんな子供が!?」
「俺は、例のXナンバーのパイロットになるひよっこ達の護衛できたんだがね。あいつらは・・・・・・?」

 ナタルはフラガの問いに沈痛な顔で頭を左右に振った。それを見たフラガの顔が辛そうに引き締められる。

「彼が、ストライクを操縦してくれたおかげで、あれだけは守ることが出来たんです」

 ナタルが驚いた声を上げる。フラガは面白そうにキラを見ると、近づいていった。キラは僅かに身を固くし、警戒した声を出す。

「な、なんですか?」
「・・・・・・君、コーディネイターだろ?」

 何気ない口調での問いかけ。だが、それのもつ意味は大きかった。コーディネイターという言葉に反応した兵士達が銃を向ける。その銃口の前にトール達が立ちはだかり、キツイ目で兵士達を睨みつける。

「キラはコーディネイターでも敵じゃねえよ。さっきのを見てなかったのか。どういう頭してるんだよ!」
「トール・・・・・・」

 緊迫した空気を吹き払ったのは、自分たちをここに連れてきたマリューだった。

「銃を降ろしなさい」
「ラミアス大尉、これは一体?」
「別に、おかしな事じゃないでしょう。ここは中立コロニーですもの。戦争に巻き込まれるのが嫌で、移り住んだコーディネイターがいても不思議じゃないわ。違う、キラ君?」
「ええ、僕は、1世代目のコーディネイターですから」

 キラの答えに誰もが顔を向き合わせている。そんな中からフラガが一歩前に出てきた。

「つまり、両親はナチュラルという事か」

 頭を掻きつつ振りかえり、気安い声で謝辞を口にする。

「いや、すまなかったな。こんな騒ぎを起すつもりは無かったんだが。俺は、こいつのパイロットになる連中のシュミレーションを見てきたんだが、あいつ等、のそくさ動かすのにも四苦八苦してたからな」

 それだけ言うと、フラガは艦内に向けて歩き出した。ナタルに呼び止められて一度足を止めるが、人を食ったような答えを返すだけでまた中へと歩いていってしまう。フラガは外にいいるのがクルーゼ隊だと言い、また仕掛けてくると言う。この少ないクルーで何処までやれるか、マリューもナタルも暗澹たる思いに囚われてしまった。
 そして、再びクルーゼ隊の攻撃は開始されたのである。



 1人戦闘から離れた所で漂っているキース。そのまま飄々としていたら、今度はコロニーが崩壊を始めたのだ。これには流石に驚愕を隠せなかった。

「おいおい、どうなってんだよ。何が起きてるんだ!?」

 コロニーが崩壊する。そんな事は通常では考えられない。D型装備のジンが数機コロニーに向っていくのが見えたが、まさか奴等はコロニーの破壊が目的だったのだろうか。
 そしてコロニーの残骸から1隻の戦艦が現れた。白い、見たことも無い戦艦。味方の識別表には載っていない艦だ。あれは敵だろうかとも思ったが、それにしては妙な気もする。   
何が起きているのか分からないのだが、ヘリオポリスが崩壊した以上はもう何処にも行くことが出来ない。ならば敵でも交渉して投降するのも手だろう。動力を入れ、機体を起動させる。

「さてさて、あれは味方かな、それとも敵なのかな」

 通信機を操作し、戦艦に通信を入れる。出来れば味方であってくれればと思いながら。

「こちら連合軍のMAだ。貴艦の所属を教えられたい」

 暫く待つ。そして、帰ってきた声にキースは驚愕した。

「キース、その声はキースか!?」
「へ、フラガ大尉。生きてたんですか?」
「当たり前だ。お前こそ、良く無事だったな!」
「まあ、俺はしぶといですから」



 機体をアークエンジェルに向ける。とりあえずこの場は生き残る事が出来そうだった。だが、近くに1機のMSを発見し、慌てて戦う態勢を取る。

「フラガ大尉、MS1機を発見、攻撃します!」
「ちょ、ちょっと待て、そいつは味方だ。撃つな!」

 慌ててフラガが止める。キースはトリガーにかけた指を寸での所で止めた。

「味方って、じゃあ、あれがXナンバーなんですか?」
「ああ、X−105ストライクだ」
「あいつがストライク」

 キースの見ている前でその鮮やかなカラーの機体はゆっくりと近づいてくる。手に抱えているのは脱出ポッドだろうか。コロニーの住人が入っているのだろう。乗ってるのが誰かは知らないが、軍人としては甘い奴だと思えた。
 機体をアークエンジェルの軸線に乗せ、ゆっくりと着艦していく。入ってきたMAを見て整備兵達が驚きの声を上げていた。

「おいおい、こりゃ随分重武装のメビウスだな。誰が乗ってるんだよ」

 整備班長のマードックが楽しそうに機体を見ている。そして降りてきたパイロットを見て今度は僅かに驚いた。

「こりゃまた、思ってたより若いパイロットさんだな」
「まだ22だよ。キーエンス・バゥアー中尉だ。よろしく」
「マードックです、宜しく」

 差し出された手を握り返し、マードックはニヤリと笑った。こいつは面白い奴だ、そう感じたのだ。
 キースは格納庫を見渡し、ストライクを見つけると、マードックに問い掛けた。

「ところで、あいつのパイロットは?」
「ああ、ヘリオポリスの子供が動かしてるんですよ」
「子供? 俺が護衛してきたパイロットはどうしたんだ?」
「全滅です。みんな艦長達と一緒に」
「・・・・・・そうか」

 キースはガックリと肩を落とした。結局、死なせる為にここに連れて来たようなものだったのだ。そしてストライクに乗っている少年とやらを探しに歩き出した。どんな奴が乗っているのか興味があったのだ。
 だが、いきなり格納庫に少女の声が響き渡ったのには流石に驚いてしまった。

「ねえ、一体何があったの。ヘリオポリスは? 私、1人で、とても心細かったのよ!」
「大丈夫だから、もう大丈夫だから、ね」

 黒い服を着た少年に赤い髪の少女が抱き付いている。何で軍艦の中でこんな光景を目にするのかと持ったが、民間人を保護したのだと考えれば納得もいく。自分たちの住んでいたコロニーがいきなり崩壊すればそりゃ混乱するだろう。
 キースはどうしたもんかと考えていたのだが、女の子が離れたのを見て少年に声をかけようと思った。だが、少女が別の少年に抱きついたのを見て少年の表情が一瞬曇ったのを見て口元を楽しげに歪める。床を蹴り、ゆっくりと少年、キラに近づいて行く。



「やあ、君がストライクを?」
「え、ええ。あなたは?」
「ああ、第7機動艦隊のMA乗りだよ。キーエンス・バゥアー中尉だ。キースで良い」
「僕はキラ・ヤマトです」

 キースはキラを掴んで床に降ろした。そして小声で問いかける。

「しっかし、なんで君がストライクを動かしてるんだ。あれは軍の重要機密なんだぞ?」
「・・・・・・乗りたくて乗ってるんじゃありません。ラミアス大尉に頼まれて仕方なく」

 ラミアス大尉が誰かは知らないが、キースは理由は分からないが、この少年が自分の意思で乗っているのではないという事は分かった。そして、改めてキラを見る。

「ところで、話は変わるが君、さっきの娘のこと、どう思ってるんだ?」
「えっ?」
「隠すんならもう少し上手く隠すんだな。彼女が離れた瞬間の寂しそうな顔、見ていて一発で分かったぞ」

 ニタニタと笑うキースにキラは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

「うーん、片思いのようだな。青春真っ盛りだね〜」
「キ、キースさん!」
「はっはっは、頑張れよ、キラ君」

 キラを冷やかすだけ冷やかしてキースは艦橋に行ってしまった。残されたキラはまだ顔を赤くしながらその後姿を見ていると、背後からトールのタックルを受けてしまった。

「よおキラ、どうしたんだよ?」
「ト、トール。何でも無いって!?」
「そうかあ、フレイに抱き付かれて顔が赤かったぞ?」
「トールまでそういう事言うのかよ!」

 顔を赤くして喚きたてるキラだったが、致命的な失言に彼は気付いていなかった。トールが不思議そうに問いかける。

「トールまでって、俺以外にも誰か言ったのか?」
「さ、さっきの中尉さんが、トールみたいな事言ってからかったんだよ」
「へー、まあ、キラは分かり易いからなあ」

 楽しそうなトール。その後ろからやってきたミリィとカズィ、サイと一緒にきたフレイ。ヘリオポリスから脱出した6人の少年少女達と、アークエンジェルに乗り込む数人の士官たち、マリュー、フラガ、ナタル、キース。
 物語は今、動き出した。待ち受けるのは悲劇か、それとも・・・・・・


流離う翼たち・キャラ・機体
登場オリキャラと機体解説

キーエンス・バゥアー 22歳 中尉
 愛称はキース。「緑玉(エメラルド)の死神」の2つ名で呼ばれる凄腕のMA乗り。孤児であったらしく、バゥアー家に引き取られて育てられた。戦争によって両親と妹を失ったことでザフトに復讐を誓い軍に志願。MA操縦に天賦の才能があり、MAを駆って数々の武勲を立てる。今でこそ明るく振舞っているが、昔は復讐だけが全ての危険な男で、死神というのはその頃のキースの異常な戦い振りから付けられた。
 その出生には何か秘密があるらしいが、それを誰かに語った事は無い。
 部下の面倒見がよく、多芸でいろんな技能を持つ、いささか調子に乗るところはあるが、頼れる男である。キラ達の事を気にかけ、なにかと世話を焼いてもいる。特にフレイには死んだ妹の面影を重ねているところがある。


エメラルドのメビウス
 超重武装、高機動の両立を追及し、徹底した一撃離脱思想を具現化したメビウス。機体はノーマルだが、機体バランスの限界までオプションを装備している。常人では扱い切れないほどの火器とブースターを取り付けてあり、その加速は並のナチュラルには殺人的でさえある。
 エメラルドグリーンの機体は戦場では非常に目立ち、この機体色を使うというだけでキースを狂っていると見る者もいる。実際、昔のキースはわざと目立つ事で敵を自分に引き寄せようとしていた事実があり、その頃は間違い無く狂っていたと言える。
 だが、戦場で武勲を重ねる内にこの機体はザフトから恐れられるようになり、ザフトからは緑玉の死神と呼ばれるようになる。遂にはそれが連合にも伝わり、キースの2つ名となったのだ。




 ヘリオポリスを離れたアークエンジェルは、ヴェザリウスの追撃を恐れながらも友軍の拠点であるアルテミス要塞を目指していた。戦略上の要所という訳ではない。むしろ、戦略上の意味を喪失したからこそザフトの攻略対象とならなかったのだといえる。
 ただ、この要塞が攻略されなかったのにはもう1つの理由がある。それは、アルテミスの傘と呼ばれる光学シールドの存在だ。これがある限り、アルテミスは攻略不可能に近いのだ。

 ここに逃げ込めばとりあえずの安全は確保される。補給も受けられる。それがナタルの意見だった。これを聞かされた3人の士官、マリュー、フラガ、キースはどうしたものかと顔を見合わせた。

「アルテミスねえ」
「ユーラシアがこちらをどう思うかですね。何しろこの艦には友軍コードさえない」

 フラガが難色を示し、キースが不安を口にする。自分たちは大西洋連邦に所属し、ユーラシア連合とは友軍とはいえ反目している。迂闊に近づけば攻撃されるかもしれない。だが、月に行くにはナタルの言うとおり物資が持たないし、他に選択肢が無いのも確かだ。
 最終決定権を持つマリューは、仕方なくナタルの意見を受け入れた。

「仕方ないわね、アルテミスに行きましょう」
「・・・・・・まあ、良いですがね」

 キースはそれだけ呟くと、自分が腰掛けていた手摺から離れた。そして艦橋から出て行こうとする。

「中尉、どちらへ?」
「何となくだがね、嫌な予感がするんだ。今の内に機体の整備をしておこうかと思ってな。それに、ストライクにもう一度乗ってもらわなくちゃいかんかもしれんし」

 意味深な言葉を残してキースは艦橋から出て行った。ナタルとマリューは煙に巻かれたような顔をしていたが、フラガだけが嫌そうな顔をし、右手で顔を覆った。

「やれやれ、もう1戦するしかないか」
「フラガ大尉?」
「あいつの勘はやたらと当たるんだ。戦闘準備をした方が良いな」

 フラガも立ちあがり、キースと同じように艦橋を後にする。残されたナタルとマリューは顔を見合わせ、同時に溜息をついた。どうにもMA乗りというものの考え方は理解できない。

 だが、キースの悪い予感は当たっていた。デコイを使っての進路変更を見破ったクルーゼがアルテミスの航路上に待ち構えていたのだから。ヴェザリウスで宙域図を眺めるクルーゼの口元には笑みが浮かんでいる。

「さて、そろそろ脚付きが網にかかる頃だが、ガモフからの連絡は?」
「未だ、何も」
「慣性航行で音無しの構えか。厄介ではあるが、何処まで隠し通せるかな」

 アークエンジェルを追い求めるクルーゼ。だが、その場にいながらもアスランは別の事を考えていた。

『何故だキラ、どうしてお前が地球軍に・・・・・・』

 月で別れた親友が敵にいる。悪夢としか思えない現実にアスランは苦しめられていた。同じコーディネイターなのに、何故ナチュラルに味方するのか。それがどうしても理解できない。友達の為と言っていた。だが、自分もキラの親友なの筈だ。友人を守る為に友人と戦う。矛盾してるじゃないか。
 この作戦ではストライクの破壊が加えられている。投入される戦力は連合から奪取したMS4機。敵はMS1機と戦艦1隻、とても勝負にはならない。ストライクは確実に撃破されるだろう。ヘリオポリスではジンとストライクの性能差で何機ものMSを仕留められたが、今回は性能面で引けを取ることは無い。
 だが、それはアスランには辛すぎる事実だった。キラをこの手で殺すかもしれないのだから。



 崩壊した日常、失われた世界。ヘリオポリスを追い出された少年達は居住区の一室で身を寄せ合う事しかできなかった。

「俺達、どうなるのかな?」
「さあ、わかんないよ」

 誰にも未来なんか見えやしない。昨日までずっと続くと思っていた日常が、僅かな時間で崩壊してしまったのだ。これからどうなるかなんて、誰にも分かるわけが無い。
 そんな中で1人だけぐっすりと眠りこけているキラがいる。フレイはそんなキラに薄気味悪そうな視線を向けている。

「ねえ、この子、コーディネイターだったの?」

 フレイの問いにサイは小さく頷いた。それを見たフレイが僅かにキラから離れる。このフレイの反応が一般的なナチュラルのコーディネイターに対する反応というものだ。サイやトールのように平然と付き合える方が珍しいのである。

 疲れて眠っているキラの元を、マリューとフラガが訪れた。気付いたトールが慌ててキラを起す。起されたキラにマリューが頼みごとを告げた。それまで寝惚けていたキラはそれを聞いて一気に覚醒する。

「お断りします!」

 怒りさえ見せてキラは叫んだ。

「何で僕があれに乗らなくちゃいけないんです。あなたが言った事は正しいかもしれない。僕らの周りで戦争をしていて、それが現実だって。でも、僕は戦いが嫌で、中立のヘリオポリスに来たんだ。もう僕らを巻き込まないで下さい!」
「だが、あれは君にしか乗れないんだから、しょうがないだろ?」
「しょうがないって、僕は軍人じゃないんですよ!」
「いずれまた戦争が始まった時、今度は乗らずに、そうやって死んでいくか?」

 フラガの言葉にキラは言葉を失った。

「今この艦を守れるのは、俺とお前、そしてキースだけなんだぜ?」
「でも・・・・・・僕は・・・・・・」

 声を震わせるキラに、フラガは優しいとさえ思える声をかけた。

「君は出来るだけの力を持ってるだろ、なら、出来ることをやれよ」

 キラははっとしてフラガの顔を見たが、すぐに顔を逸らすと彼を付きのけるようにして部屋を飛び出して行った。それを見送ったフラガとマリューの表情は硬い。どれだけ理由を取り繕おうと、民間人を戦争に送り出すという事実は隠せはしない。

 飛び出したキラは展望デッキに来ていた。そこで星を見ながらじっとフラガの言葉を反芻している。

『君は、出来るだけの力を持っているんだろ、なら、出来る事をやれよ』


10

 キラにはあの言葉を否定する事はできなかった。自分には出来るだけの力は確かにある。だが、自分はそれを使いたくなかったから、ヘリオポリスに逃げてきたはずだった。なのに、何故こんな事になってしまったんだろう。自分の力を見せればまた周りから化け物でも見るような目で見られてしまう。サイやトール、ミリアミア、カズィでさえ離れて行くかもしれない。それが怖いのだ。
 だが、苦悩するキラの目の前に1つのドリンクがいきなり差し出された。驚いて振りかえると、そこにはキースが立っていた。

「どうしたキラ、背中で悩めるとはなかなかの高等技術だが、あんまり悩んでると禿げるぞ」
「は、禿げるって、僕はそんな年じゃありませんよ!」
「いや、世の中には若禿げというものがあってだなあ、20前から禿げ出す奴もいない訳では」
「だから何でそうなるんですか!」

 ムキになって反論してくるキラに、キースはニヤリと笑って見せた。

「そうそう、それで良い。何を悩んでたのか知らないが、悪い方向にばかり考えるのは良くないぞ」
「・・・・・・キースさん」
「で、何を悩んでたんだ?」

 キースに問われ、キラはフラガとマリューの言葉をキースに伝えた。キースをそれを聞くと、どうしたもんかと頭を掻いた。

「なるほどねえ。まあ、そいつは俺も頼みに行こうかと思っていた事なんだが、まさかこうも速く動くとはなあ」
「キースさんも、僕に戦えって言うんですか?」
「まあ、なあ。あれを動かせるのはキラだけだしな。俺も腕にはそれなりに自信があるつもりなんだが、流石にMAだとMSには不利なんだよな」
「でも、僕は軍人じゃ・・・・・・」

 キラは手摺を掴み、俯く。ただ戦うのが嫌なだけではない。怖いのだ、戦場に出るのが。それを非難する事は誰にも出来ない。何処の世界に戦って死にたいなどと思う馬鹿がいるのだ。誰だって死にたくはない。戦いたくない者に戦いを強制するのは悪でしかないのだ。
 だが、キースは俯くキラの肩に手を置き、諭すように話しかけた。

「そう、お前は軍人じゃない。だから出撃したくなければそれでも良い。俺も、フラガ大尉も文句は言わないさ」
「キースさん?」
「乗るも乗らないもお前の自由だ。好きにしたら良い。俺はお前に強制するつもりは無いよ」
「・・・・・・・・・・・・・・」

 キースは戦うならキラの意思で戦えという。だが、それはキラの望んでいた言葉ではなかった。キラは戦えと言って欲しかったのだ。自分が乗らなくちゃいけないというのは分かっているが、踏ん切りが付かないのだ。
 キースはキラの肩から手を放すと、最後にもう1つだけ付け加えた。

「キラ、もし、本当に守りたい何かがあるなら、それを守る為に戦うってのも悪いもんじゃない。1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ」
「全てが、手遅れになってから?」

 キラはキースにその意味を問いたかったが、キースはそれには答えず、展望デッキから出て行ってしまった。残されたキラはじっとキースの言葉を噛み締めている。


 艦内に敵発見の報が響き渡り、艦内に緊張が走る。そしてキラを艦橋に呼ぶ通信が響き渡った。それを聞いたミリアミアがそっとトールに話し掛けた。

「キラ・・・・・・どうするのかな?」
「あいつが戦ってくれないと、かなり困ったことになるんだろうな」

 サイがそれに答えた。トールはさっきからじっと口を曲げ、むっつりと考えている。その腕をミリアミアが揺する。

「ねえトール、私達だけこんなところで、ただ守ってもらうだけで良いのかな?」
「出来る事をやれ、か・・・・・・」

 ずっと考えていたこと。自分たちにも出来ることがあるのではないのか。キラだけに戦わせるのでは無く、自分たちにも出来ることが。そして、トールは立ちあがり、みんなを見渡した。みんなも頷き、立ち上がる。みんな思っていたのだ、キラだけに戦わせてはいけないと。

 アナウンスを聞いたキラはまだ迷っていたが、3つの言葉が頭の中で反芻し続けている。「出来る事をやれ」「本当に守りたい何か」「全てが手遅れになってから」この言葉が頭の中から消えないのだ。
 でも同時に苦悩もある。何故自分なのだろう。死にたくは無い、殺したくも無い。どうして自分ばかりが手を汚さなくてはいけないのだろう。それに・・・・・・

「アスラン」

 ヘリオポリスで望まぬ形での再会をした親友。もしかしたら彼とも戦わないといけないかもしれない。


11

 キラはのろのろと艦橋へと向う。重々しい足取りが彼の内心を示しているかのようだ。角を曲がった所でキラは足を止めた。向こうからやってくるのは仲間達だ。だが、どうして軍服なんか着てるんだろう。

「トール・・・・・・みんな、どうしたの、その恰好?」
「ブリッジに入るなら軍服を着ろってさ」
「僕らも艦の仕事、手伝おうかと思ってさ。人手不足だろ。普通の人よりは機械やコンピューターの扱いになれてるし」

 サイの説明にキラは呆然としてしまった。チャンドラが窘める声が響く。

「お前にばっか戦わせて、守ってもらってばっかじゃな。俺達もやるよ」
「こういう状況だもの、私たちも出来る事をするわ」
「・・・・・・・みんな・・・・・・」

 キラは胸が熱くなるのを感じた。僕は1人じゃないんだ。


 格納庫に現れたキラを見て、フラガがからかうような声をかけた。

「やっとやる気になったってことか、その恰好は?」
「大尉が言ったんでしょう。今この艦を守れるのは僕達だけだって。戦いたいわけじゃないけど、この艦を守りたい。みんな乗ってるんですから」

 キラの答えにフラガは頷いた。

「俺だってそうさ。意味もなく戦いたがる奴なんてそうそういない。戦わなきゃ守れないから戦うんだ」

 キラはこの男を見直した。そうかと思う。軍人だから戦うのかと思っていたが、彼らだって自分と同じように守りたいものがあるから戦っているのだ。
 そして、そんなキラの背中をどやしつけるように誰かが叩いた。

「よう、戦うことにしたのか、キラ?」
「キ、キースさん・・・・・・ええ、そうします」
「そうか、お前が決めたんなら、俺は何も言わないよ。フラガ大尉は敵艦攻撃に行くから、俺とお前でこの艦を守るんだ」

 キースは何時もと違い、真面目な顔で説明した。

「敵はナスカ級が1、ローラシア級が1、多分ヘリオポリスを襲った奴らだ。奪取されたGが出てくる可能性もある。気をつけろよ」
「・・・・・・はい」

 不安そうなキラを見て、フラガがキースに文句を付けた。

「おいキース、余り新人を怖がらせるようなこと言うなって」
「大丈夫ですよ大尉。俺がキラをカバーしますから。そうそう殺らせはしません」

キースが胸を叩いて断言する。だが、フラガの表情は固かった。

「だが、Gはフェイズシフトを装備している。実弾はほとんど役に立たんぞ?」
「ビームガンとレールガン、マシンガンで出ます。ミサイルは使うつもりはありませんよ」

 キースの返事にフラガは頷くと、今度はキラを見た。

「坊主は戦闘中はキースの指示に従え。とにかく、生き残ることを考えるんだ」
「は、はい。大尉こそ、気をつけて」

 心配するキラにフラガはにやっと笑うと、自分の愛機の方へと飛んで行った。残されたキラの肩をキースが叩く。

「俺達も機体で待機だ。分かってると思うが、余り艦から離れるなよ。あと、味方の対空砲火にも気を付けろ。この艦の乗員は慣れてないから、味方撃ちの危険がある」
「分かりました」

 キラも自分の機体へと向っていく。それを見送ったキースも自分のメビウスへと向ったが、一度だけ振りかえり、キラを見た。

「なんの因果かね。まさかこんな所で・・・・・・」

 キースは頭を振って雑念を追い払うと、メビウスに乗りこんだ。


12

 フラガのメビウス・ゼロが飛び出して少し立てから、いよいよ戦闘開始となった。

「エンジン始動、同時に主砲発射用意、目標、前方のナスカ級!」

 マリューの指示を受けて機関が始動され、鈍い音を立て始める。同時に主砲であるゴッドフリートMK71がせりあがり、ヴェザリウスに照準を付ける。

「主砲、撃てえ!」

 ゴッドフリートから光が迸る。それに僅かに遅れてヴェザリウスからイージスが飛び出してきた。イージス発進を聞いてキラが硬直する。アスランが出てきたのだ。

「キラ、ストライク発進です!」
「・・・・・・了解」

 ミリアミアへの返答も重苦しい。だが、機体は自動で発進シークエンスに入り、リニアカタパルトに誘導される。

「キラ・ヤマト。ストライク、行きます!」

 カタパルトから打ち出されるストライク。バッテリーケーブルが弾けるように機体から離れ、激しいGが襲いかかる。それに少し遅れてキースのメビウスも飛び出していた。

「キラ、あまり離れるなよ。それと、後ろからも3機来ている。デュエル、バスター、ブリッツだ」
「そんな、それじゃあ!?」
「ああ、あいつ等、マジで奪ったGを全部投入してきたみたいだ。嫌な連中だよ!」

 キースは吐き捨てるように言うと、キラにイージスを止めるように言った。

「お前はイージスを頼む。俺は後ろから来る3機をなんとか食いとめてみる!」
「キースさん、1機じゃ無理です!」
「お前に複数同時に相手に出来るだけの技量と経験があるのか!?」

 キースに問われたキラは反論できず、黙り込んでしまった。キースはそれ以上何も言わず、3機のGへと向って行く。全部を防げるなどと自惚れてはいない。だが、1機でも多く引き付けるつもりではあった。

 アスランと対峙したキラは高速で擦れ違いながら通信で会話を交していた。

「止めろキラ、僕らは敵じゃない。そうだろ!」

 キラはそれに答えられなかった。アスランを敵と思う事など出来はしないからだ。だが、続くアスランの言葉にはキラは頷けなかった。

「同じコーディネイターのおまえが、何故地球軍にいる。何故ナチュラルの味方をするんだ!?」
「僕は地球軍じゃない!」

 キラは咄嗟に言い返した。

「でも、あの艦には仲間が、友達が乗ってるんだ!」

 その時になってようやくキラはアークエンジェルが2機のMSに襲われている事に気付いた。MSと渡り合っているのはキースのメビウスだろう。
 キラは慌てて戻ろうとしたが、その前にイージスが割り込んでくる。

「やめろ!」
「アスラン・・・・・・」

 焦りを感じつつ、だが攻撃もできず、キラはやり場のない怒りをアスランにぶつけた。

「君こそどうして、何でザフトなんかに。戦争なんか嫌だって、君も言ってたじゃないか!」

 それにアスランが答えを返すより早く、一条のビームが2機の間に割り込んできた。イザークのデュエルだ。アスランが手間取っているのを見たイザークが苛立って介入してきたのである。


 アークエンジェルはブリッツとバスターに攻撃されながらも良く持ち応えていた。2機のGは強力な武装を持つアークエンジェルの懐に飛び込む事ができず四苦八苦している。

「へえ、中々の武装じゃないか。だがな!」

 ディアッカがバスターの94mm高エネルギー火線収束ライフルが咆哮し、エネルギーの束を叩きつけるが、アンチビーム粒子にあえなく弾かれてしまう。舌打ちして第2射を放とうとしたが、それより早く下方から襲い来る火線に晒されてしまった。

「チッ、またあいつか!」

 エメラルドグリーンのメビウス。さっきからうろちょろして目障りな上に、馬鹿にできない火力と機動力を持っている。砲戦型のバスターには相手にしずらい敵だった。

「くそっ、イザークは何処に行ったんだ!?」
「イザークはアスランの援護に回りました。こちらは我々だけでやるしかありません!」
 
 ニコルのブリッツが下方から攻撃しようとしたが、イーゲルシュテルンの弾幕に阻まれて失敗してしまう。それどころか無理にロールをかけて艦体を捻ったアークエンジェルが主砲まで撃ってきたのだ。
 中に乗っている民間人たちは当然ながらこの無茶な機動のツケを払わされることになる。フレイも必死にベッドルームの柱にしがみついて悲鳴を上げていた。


13

 キースは単独で2機のMSを相手に文字通り奮戦しているといえる。だが、奮戦であって勝利ではない。確かにビームガンはあるが、自分の想像を超えて2機のGは強敵であった。

「参ったな、対MS用に武装を選んで来ってのに、まさかここまで良く動くとはな。やっぱメビウスじゃキツイな」

 向こうで2機を相手に戦っているキラの事も気になるのだが、助けに行けるほど楽な状態でもない。どうやら向こうも先にこっちをかたずける気になったらしく、攻撃をこちらに集中してきている。
 キースは動きをわざと直線的にして2機のGを誘った。ブリッツとバスターがそれに釣られてメビウスを追撃してくるのを見たキースはそのまま2機をアークエンジェルの対空砲火の射線上に誘いこむ。2人が罠に嵌められたと悟った時には、すでに最悪の場所にいたのである。

「少尉、今だ!」

 キースの指示を受けてナタルがありったけの対空火器を撃ちまくらせた。集中する火線に晒されてブリッツとバスターの機体表面に物凄い火花が散る。実体弾を受けつけないフェイズ・シフト装甲を備える2機だが、エネルギーは無限ではない。弾を食らえばそれだけバッテリーを消耗し、いずれはフェイズ・シフトも落ちるのだ。
身の危険を感じた2人はアークエンジェルの射程外へと退いて行った。キースをそれを見送ると機体を翻したが、そこで見たのは、イージスに良いように追いまくられるストライクの姿だった。


 アークエンジェルではナスカ級にロックオンされた事で騒ぎが起こっていた。先制攻撃を主張するナタルと、フラガを信じるマリューが対立していたのだ。もしフラガが奇襲に失敗していれば、どのみちアークエンジェルは助からないのだが。

 それに気付いたのはクルーゼだった。突然感じた殺気ともとれる不思議な感じは。

「アデス、機関最大、艦首下げろ、ピッチ角60!」

 いきなりの命令にアデスが戸惑った表情で上官を見る。この時、クルーゼは部下の反応の鈍さに苛立ったが、この感覚を伝えられない以上、どうしようもなかった。
 そして、1機のMAがヴェザリウスをしたから突き上げるように出現した。

「うぉりゃああああああああっ!!」

 雄叫びを上げてフラガがヴェザリウスに近づき、ガンバレルを展開させてリニアガンを機関部に叩き込む。擦れ違いざまに機関部が火を吹くのを見てフラガは歓声を上げながらそのまま情報へと突き抜けた。咄嗟にアンカーを発射してヴェザリウスに撃ちこみ、振り子のように向きを変えて宙域を離脱してしまう。
 アデスが被害対処に追われる中で、クルーゼは珍しく怒りを露にしていた。

「ムゥめ・・・・・・」


 フラガからの作戦成功の報を受けたアークエンジェルは湧きかえっていた。マリューはこの気を逃さずに命令を下す。

「この気を逃さず、前方、ナスカ級を仕留めます!」
「了解、ローエングリン1番、2番、発射準備!」

 ナタルの指示でローエングリンの砲口が艦首から突き出す。

「―――てェ!」

 凄まじい威力を持つローエングリンが発射された。ヴェザリウスは傷付いたエンジンで必死に回避運動を行うが、ローエングリンは右舷を掠め、大きな被害を与えた。これでヴェザリウスは完全に戦闘力を失い、クルーゼは歯噛みしながら撤退を命じるしかなかった。


 撤退信号を出された事にアスランは驚いたが、同時に敵艦からも撤退信号が上がるのを見た。それを見てストライクは後退しようとしたが、イザークのデュエルが追撃を止めようとはしない。

「イザーク、撤退命令だぞ!」

 だが、イザークはアスランの忠告に耳を貸す事は無く、ストライクを追っていく。アスランは一瞬迷った後それに続いたが、いきなり目の前でデュエルが多数の直撃弾を浴びて吹き飛ばされるのを目の当たりにすることになる。

「な、何が!?」

 慌てて周囲の状況を確認すると、1機のMAが何時の間にか近づいているのが分かった。それは、キースのメビウスだった。

「はっはっは、まだ生きてるな、キラ!?」
「キースさん、助かりました!」
「いいかげんバッテリー切れだろ。先にアークエンジェルに戻れ。俺はこいつ等をもう少し引き付けたら逃げるから」
「分かりました。気を付けて」



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