流離う翼たち



14

 キラのストライクが艦へと戻って行く。それを追撃しようとイージスが追ってきたが、それを遮るように放たれたミサイルがイージスを襲う。ブリッツとバスターが抜けた事で混乱を脱したアークエンジェルが援護してくれたのだ。加えてキースのメビウスがビームを織り交ぜた攻撃をしてくるのでこれへの対処もしなくてはならない。

「くっそぉ、MA風情が舐めやがってえ!」
「よせイザーク、危険だ!」

 イザークのデュエルが血気に早ってキースを攻撃してきたが、キースにはそれに付き合うつもりは無かった。もうアークエンジェルは安全圏に達したと判断し、加速性能にものを言わせてさっさとデュエルから逃げ出してしまう。
 イザークは逃げていくメビウスに向って罵声を叩きつけていた。

「こ、この、卑怯者がああぁぁぁぁぁ!!」

 逃げていく緑色のメビウスに向ってイザークは数回ビームライフルを放ったがそんなものが命中する筈も無く、彼らは敵を取り逃す事になったのである。


 逃げ延びたアークエンジェルに着艦したキースはまだメビウス・ゼロが帰艦していないのを見て首を傾げた。近くの整備兵を捕まえて問いかけると、もうすぐ帰ってくるという答えが来たので僅かに安堵する。
 そして、ストライクの所にやってきた。なにやらマードックがストライクのコクピットに声をかけている。

「どうしたの、一体?」
「それが、坊主が出てこないんですよ」
「・・・・・・まあ、そうだろうな」

 大体の事情を察したキースはハッチを強制解放し、コクピットに体を滑りこませた。予想通りというか、キラはシートに座ったままの姿勢で完全に硬直している。キースは微笑しながらコントロールスティックにかけられたままの指を1本1本はずしていく。

「もう終わったんだ、キラ・ヤマト。お前はみんなを、友達を守りきったんだよ」

 キースの言葉にキラはビクリと体を震わせた。吐く息が荒くなり、体が小刻みに震えている。新兵が陥りやすい状態だ。無理も無い。これが初陣のようなものなのだから。

「ほら、どうした。もう戦闘は終わったんだ。誰も死ななかった。お前は良くやったよ」
「・・・・・・キース、さん?」

 キラはようやくキースを認識したようだ。キースは苦笑しながらも振るえるキラの体を掴み、コクピットから引っ張り出してやる。
 外に出てきたキラをみっともないと笑う者はいなかった。これが初陣なのだし、しかも子供だ。誰が彼を馬鹿に出来ようか。キースはキラに肩を貸しながらマードックに目で後は任せたと伝え、格納庫を後にした。

 こうして、キラの初めての本格的な戦闘は終わった。すでに目的地であるアルテミス基地は目の前にある。誰もがようやく見方の勢力圏に帰ってこれたのだと安堵する中で、フラガとキースだけは不安を抱えていた。


15

 アークエンジェルはアルテミスに入航した。ここは難攻不落の光波防御壁に守られる軍事要塞で、ユーラシアに所属している。識別コードを持たないアークエンジェルでは簡単には入航させては貰えないのではないかと思われたのだが、予想に反してアルテミス側はあっさりと入航許可を出してきた。
 だが、入航前にフラガがキラに1つの指示を出していた。

「ストライクの起動プログラムをロックしておくんだ。君以外の人間には、誰も動かす事が出来ないようにな」

 キラにはその言葉の意味が分からなかったが、程なくしてその意味を知る事になる。
 入航したアークエンジェルはいきなり武装した兵士やMAに囲まれたのである。エアロックが破られ、武装した兵士達がなだれこんでくる。クルー達はたちまち食堂に集められてしまった。
 マリュ―が気色ばんで抗議しているが、相手の士官はのらりくらりとかわすばかりだ。キースとフラガは案の定と言いたげに顔を見合わせて肩を竦める。

「まあ、予想通りの反応というところですか?」
「そうだな、とりあえず、俺たちは呼び出されてるみたいだけどな」

 キースとフラガを含む4人の士官は基地司令の元へと連れて行かれることとなった。後に残されたクルーたちは不安げに体を寄せ合い、ひそひそと話している。そんな中には当然キラ達の姿もあった。キラ、サイ、フレイ、トール、ミリィ、カズィが一纏めに座っている。

「なあ、何がどうなってるんだろうな?」
「さあなあ、艦長たちも連れて行かれちゃったし、色々問題があるんだろ」

 カズィの不安そうな問い掛けにサイがぶっきらぼうに返す。彼にだって答えが分かっている訳ではないのだ。そのサイに体を預けているフレイが心細げに呟いた。

「私たち、何時になったら安心出来るのかしら?」

 その質問には誰も答えられない。誰も明日の事さえ何とも言えないのが現状だ。フレイの不安はみんなの不安でもある。キラだってサイだってこんな状況からは一刻も早く抜け出したいのだ。そもそも、両親が無事でいてくれるかどうか。それさえも分からない。

 みんなが不安でいる所へ、ユーラシアの士官が入ってきた。禿頭の男が横柄な口調で尋ねる。

「私は当衛星基地司令官、ジェラード・ガルシアだ。この艦に積んであるMSのパイロットと技術者は何処だね?」
「あ・・・・・・」

 素直に手を上げて立ちあがろうとするキラをマードックが押し止めた。キラは訳が分からずキョトンとしていると、ノイマンがむっつりした声で問い質した。

「何故我々に聞くんです・艦長たちが言わなかったからですか?」

 キラはようやく理解した。フラガがストライクをロックしておけといった意味がようやく理解できたのだ。
 ガルシアは幾分気分を害したようだが、ふいに笑うとノイマンの近くまで歩いてきた。

「別にどうもせんよ。ただ、せっかく公式発表より先に見せていただく機会に恵まれたのだ。色々聞きたくてね。パイロットは?」
「フラガ大尉ですよ。お聞きになりたいことがあるんあら、大尉にどうぞ」

 マードックが答えたが、ガルシアはそれを鼻で笑った。

「先の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを扱えるのはあの男だけだ。それくらい私でも知っている」

 ガルシアは辺りを見渡した。誰も答える様子がない所を見ると、近くにいるミリアミアの腕を掴んだ。

「きゃっ」
「まさか女性がパイロットとも思えないが、この艦の艦長も女性という事だしな・・・・・・」

 ガルシアの余りのやりようにトールが立ちあがる。


16

「ミリィを放して下さい!」
「威勢が良いな、坊主。なら誰がパイロットなのか、言ってもらおうか?」
「そ、それは・・・・・・」

 トールは俯き、黙り込んでしまった。友人を売る事など出来るはずも無い。トールの苦悩を察したキラは自分から立ちあがった。

「止めてください。僕がパイロットです」
「キラっ」

 トールが非難めいた声でキラの名を呼ぶ。だが、ガルシアはキラの体をねめつけるように見やると、鼻で笑った。

「ふん、あれは君のようなひよっこが扱える物じゃないだろう。ふざけた事を言うな!」

 ガルシアは突然殴りかかってきたが、コーディネイターであるキラにはその拳は全く脅威には感じられない。あっさりそれを躱すや、逆に腕を掴んでねじり上げた。

「僕は、あなたに殴られる筋合いは無いですよ!」
「なんだと!?」

 ガルシアの顔が怒りと屈辱でどす黒く染まる。周りの部下たちが慌ててキラを取り押さえようとするが、それをサイが邪魔した。

「止めてください!」

 だが、サイは殴られて床に転がされた。悲鳴を上げたフレイがサイの体に縋りつき、兵士達を見る。

「止めてよ。その子がパイロットよ。だってその子、コーディネイターだもの!」

 マードック達が痛恨の表情となり、兵士達の動きが止まる。そしてまるで敵を見るような目でキラを見た。キラはそんな彼らの視線を逆に睨み返している。
 連れて行かれたキラを見送った後、トールがフレイをなじった。

「何であんな事言うんだよ、お前は!」
「だって、本当の事じゃない!」

 フレイは詫びれずに言った。それがトールの癇に障る。

「キラがどうなるとか、全然考えない訳、お前って!」
「お前お前ってなによ。だってここ、地球軍の基地なんでしょ。パイロットが誰かぐらい言ったって良いじゃない。なんでいけないのよ!?」

 罪の意識が無いばかりか、状況が全く理解できてないフレイの物言いに、トールが激しい憤りを感じていた。

「・・・・・・地球軍が何と戦ってると思ってるんだよ!」

 問われたフレイは僅かに体を振るわせ、身を固くした。トールの言いたい事にようやく思い至ったのだ。地球軍の敵はザフト、コーディネイターなのだ。そしてキラはコーディネイター。フレイは、友人を売り渡すも同然の事をしてしまったのだ。


「OSのロックを外せは良いんですね」
「ふむ、それはもちろんやって貰うが、ね。君にはそう、もっといろんな事が出来るだろう。たとえばこいつを解析して同じ物を作るとか、逆にこういったMSに対抗できる兵器を作るとか」
「僕はただの民間陣です。軍人じゃないんです。そんな事をしなくちゃいけない理由はありませんよ」
「だが、君は裏切り者のコーディネイターだろう?」

 ガルシアの言葉に、キラは凍り付いたように動きを止めた。

「・・・・・・裏切り者?」
「どんな理由でかは知らないが、どうせ同朋を裏切った身だ。ならばユーラシアで戦っても同じだろう?」

 ガルシアは機嫌よさそうにキラに言った。キラはそんなガルシアの言葉に体を振るわせている。

「ち、違う・・・僕は・・・・・・」

 そうなのだ。今は戦時下であり、自分はコーディネイターなのだ。今までそれを余り意識した事は無かったが、今の自分の回りにある環境はそれを許してはくれない。自分はコーディネイターであり、友人達はナチュラルなのだ。彼らを守るためには自分はコ‐ディネイターを、同胞を殺さなくてはならない。両方を同時に満足させる事は出来ないのだ。

 OSのロックを外し、機体を起動させたキラだったが、いきなりの振動に愕きの表情を浮かべた。下にいるアルテミスの兵士達も驚愕している。ガルシアが管制室を呼び出した。


17

「なんだ、この振動は!?」
「不明です、周囲に機影無し」
「だが、これは爆発の振動だろうが!」

 続いて更なる振動が襲ってくる。間違い無い、攻撃を受けているのだ。

「ぼ、防御エリア内にMSが!?」
「なんだと、そんな馬鹿な!?」

 笠が破られた事に呆然とするガルシアたち。キラはその隙にハッチを閉じると機体を動かし、ソードストライカーパックを装着させる。
 僕は何をしているのだろう。その思いがキラの頭からはなれない。自分を利用する事しか考えないガルシアのようなナチュラルたち。あんな奴らの為に自分は同じコーディネイターを斬らなくてはならないのだろうか。
 だが、その時、ふとキースの言葉が蘇って来た。

「1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ」

 その言葉を反芻したキラは、機体を動かした。何が正しいのかなんて、今は分からない。でも、自分は友達を守るために武器を取ると決めたのだ。今はそれが全てだった。


 振動で動揺した見張りの兵士達を制圧したアークエンジェルクルーたちは自力でアークエンジェルの発進準備を進めていた。艦長たちが戻らない事に不安を感じてはいたが、このままではただの的になってしまう。
 だが、彼らの心配は杞憂であった。程無くして自力で脱出したマリュ―たちが艦橋にやってきたのだ。

「艦長!」

 クルー達が喜びの声を上げる。フラガが労いの言葉をかけ、マリュ―とナタルが自分のシートに付く。

「アークエンジェル、発進します」

 すでに外の戦いにはバスターやデュエルも加わり、激しい戦いが繰り広げられている。アークエンジェルは反転して戦いから離れるように艦を移動させて行く。ストライクと戦っていたブリッツがそれを追おうとしたが、爆発に邪魔されて追撃を遮られてしまった。

 そして、アークエンジェルが離脱して数日後、アルテミスは陥落したのである。


18
 
 辛くも脱出に成功したアークエンジェル。クルー達は何でこんな目にあわないといけないのかと愚痴をこぼしつつも任務を全うしている。幸いにして付近に敵影は無く、当面の襲撃の心配は無い。アルテミスがいいめくらましとなってくれたのだ。
 だが、マリュ―やナタルの表情は晴れない。結局の所、アルテミスへの寄港はなんの役にも立たなかったからだ。物資の欠乏は依然として解決せず、水も弾薬も不足している。月基地まではどんなに頑張ってもそれなりの時間を必要とし、ナタルを苛立たせている。間にデプリベルトがあるのが問題なのだ。
 だが、しばらく何事かを考えていたフラガがいきなり不敵な笑みを浮かべ、呟いた。

「不可能を可能にする男かな、俺は?」


 アルテミスを後にしたキラはストライクの整備をしていた。機体の整備を人任せにするなというフラガの助言に従ったのだが、その意味はキラにも分かる。やはり、自分の命がかかっているのだから。
 コクピットでOSの調整をしていたキラにコクピットハッチに手をかけたマードックが声をかけてくる。

「よお坊主、あんまり根を詰めすぎると、後で体に響くぜ」
「大丈夫ですよ、そんなに疲れてません」
「なら良いけどよ・・・・・・」

 マードックは少し逡巡した後、コクピットから離れた。そして小声で呟く。

「馬鹿野郎が、無理してるのが見え見えなんだよ」

 だが、今は好きにさせた方が良いと考えたマードックは、自分の仕事に戻って行った。他にもやらなくてはいけない事が沢山あるからだ。
 マードックと入れ替わるように今度はキースがキラの所にやってきた。

「おいキラ、そろそろ飯でも食べに行こう」
「キースさん、でもまだ調整が終わってません」
「近くに敵影は無い、そう急がなくても大丈夫だよ」

 キースはキラの手を掴むと強引に引っ張り出した。

「休むのもパイロットの仕事の内だぜ。アルテミスで何があったか知らないが、そう思い詰めるな」
「別に僕は、思い詰めてなんかいませんよ・・・・・・」

 そう言いながらも表情を曇らせ、うつ向いてしまうキラを見て、キースはやれやれと肩を竦めた。まったく、こいつはどうしてこう何でもかんでも自分で背負い込んでしまうのだろうか。人間1人が背負い込めるものなど、たかが知れているというのに。
 キラを引っ張って食堂へと向うキース。キラはその間一言も発しなかった。
 食堂に入ると、先に食事をしていたらしいトールとミリアミアが声をかけてきた。キラがそれに返事を返し、席に付く。その隣にキースが腰掛けた。

「おやおや、うちの食糧事情はかなり悪いらしな」

 キースが残念そうにぼやく。キラはそんなキースを見てようやく微笑を浮かべた。そして、自分も食事をしようとした時、意を決したようにフレイが声をかけてきた。

「あ、あの、キラ、この間はごめんなさい」
「え、な、なに?」

 突然頭を下げられてキラは動揺した。キースは事情が分からずにキョトンとしている。トールがそっと口を添えてくれた。

「ほら、アルテミスの時さ」

 あの時のフレイの言葉を、ガルシアの言葉を思い出してキラの体が強張る。だが、無理に笑顔を作ってフレイに答えた。

「いいよ、別に。気にして無いから・・・・・・本当のことだしね」

 許された事で、とたんにフレイは安堵した表情になった。

「ありがとう」

 そして傍らに立つサイを見てニッコリと微笑む。仲睦まじい2人の姿はキラの心に影を落してしまう。


19

 そんなキラの様子に、キースはトールを掴まえると小声で問いかけた。

「アルテミスで、何があったんだ?」
「・・・・・・いえ、ちょっと、キラのことで色々と」

 言い難そうにするトールを見て、キースはそれ以上の追求を断念した。何となく察する事は出来たし、無理に聞き出して良い内容でも無さそうだ。仕方なくまた食事を再開しようとして、ふとフレイの方を見た。2つの事が脳裏に引っかかる。あの赤い髪そして、アルスターという姓。
 キースの頭の中を辛い記憶と、自分たちの国家のお偉いさんの名前がよぎった。

「・・・・・・・参ったな、こいつは」

 やれやれと頭を掻きながらキースは食事を再開した。前者はともかく、後者は一介の中尉如きが思い悩むような問題ではないと思えたからだ。
 そして、暫くするとマードックがやってきてマリュ―が呼んでいる事を伝えた。怪訝に思いつつも艦橋にやってきた彼らに伝えられたのは、デプリベルトで物資を掻き集めるという、まるで墓泥棒でもするかのような行為であった。だが、それは少し語弊があるだろう。デプリから使える物の回収は、立派な商売として成り立つのだから。そういう仕事で生計を立てるものもいるのだ。
 デプリベルトにやってきた彼らは直ちに作業ポッドで船外活動を開始した。キースがリーダーとなって周囲を捜索していく。時折使えそうなものを見つけては回収し、艦に持って来て使える物と使えない物を分けていく。破壊されたメビウスや軍艦からは弾薬や推進剤、食料を手に入れるのに都合が良いから集中的に狙っていく。驚いた事に中破しているローラシア級巡洋艦の中からはほとんど無傷のシグーさえ出てきたのである。総員退艦する際に乗り手が無くて放棄されたのだろう。
 これらを回収しつつアークエンジェルはデプリの中を進んでいく。そんな彼らの前に、1つの巨大な大地が現れた。破壊され、申し訳程度に貼りついている自己修復ガラスや、さまざまな構造材。もっとも目立つのは沸騰したように荒れ狂いながら凍っている海だろうか。

「あ・・・ああ・・・・・・」
「な、なあ、これって・・・・・・」

 キラとトールは震える声を搾り出し、それが何なのかを言葉を介さずに確認する。ユニウス7.かつて、血のバレンタインと呼ばれた、核兵器で破壊されたプラントコロニ−の、現在の姿であった。
 ここには死しかない。虚空の宇宙よりも恐ろしいその場所は、かつては多くの人々が暮し、平和な生活が営まれていたのだろう。だが、その全てが、一瞬にして葬り去られたのだ。自分たちのヘリオポリスのように。

 そして、戻ってきた彼らにナタルは残酷ともとれる指示を出した。それを聞いた一同が驚愕する。

「あそこの水を・・・・・・本気なんですか!?」
「あそこには1億t近い水が凍り付いているんだ」

 ナタルは淡々と事実だけを口にしていく。それで納得するようなキラではないのだが。

「でも、見たでしょう。あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で!」
「でも・・・・・・水は、あれしか見つかってないのよ」

 キラははっと息を飲んだ。トールが辛そうに顔を顰める。
 そんな子供たちにフラガが強い口調で語った。

「誰だって、あそこには踏みこみたくは無い。けど、しょうがねえだろ。俺達は生きてるんだ。ってことは、生きなきゃなんねえって事なんだよ!」

 フラガの言葉に誰も反論する事が出来ず、内側に不満を閉じ込めたまま艦橋から出ていった。残されたフラガとマリュ−は顔を見合わせ、同時に深い溜息をつく。

「また、嫌われたかな?」
「かもしれませんね」

 2人とも分かっているのだ。自分たちが子供たちにどれほどの無理を強いているのかくらい。
 そんな2人の内心など気にする風でもなく、ナタルが作業開始の指示を出している。だが、そんなナタルの肩をキースが掴んだ。ナタルが肩の痛みに僅かに顔を顰める。

「中尉、何をなさるんです!」
「・・・・・・バジルール少尉、君は正しい。だがな、もう少し部下への配慮が出来るようにならないと、下は付いて来ないぞ」
「何を馬鹿な事を、私が正しいのなら、問題はないでしょう!?」

 キースに反発するナタル。だが、キースの視線に射竦められ、ナタルは勢いを失った。優れた才能を持ち、高度な教育を受けたナタルだが、実戦経験は足りない。フラガと並ぶ戦場の勇者であるキースとではまだまだ役者が違っていた。

「バジルール少尉、覚えておくんだな。兵士だって人間なんだってことを」

 それだけ言うと、キースはナタルの肩から手を放し、自分も作業に従事する為に艦橋を後にした。それを見送ったフラガが苦笑してナタルを見やる。ナタルは不満そうではあったが、何かを考えているようだ。


20

 かつては砂浜であったろう凍てついた大地から、ミリアリアは両手一杯の花を投げた。勿論生け花などこの艦には無い。ミリアミアやトールたちが作った折り紙の花だ。それが荒れ狂う海に広がり、散っていく。
 凍った大地の上で、艦の中で、人々は黙祷を捧げた。ここは自分たちの、ナチュラルの罪の烙印。例え気休めでしかなくても、彼らには祈るしかなかったのだ。

 船外作業を開始したクルーたち。キースの指示のもとに必要な物資をあたりから掻き集めていく。凍りついた水を切り取り、アークエンジェルに運び込む作業も行なわれている。それを護衛するようにストライクが哨戒を続けていた。
 そのストライクのレーダーが接近する機影を捕らえた。ぼんやりとしていたキラはギクリとしてそれを確認する。デプリの残骸の中に1つだけ熱反応を持つ何かがいる。識別がそれを複座の強行偵察型ジンだと教えている。キラは狙撃用スコープを引き出し、そのジンに狙いを定めた。

「行け、行ってくれ・・・・・・」

 キラは必死に祈った。その祈りが通じたかのようにジンが去ろうとしたが、いきなりそのジンが向きを変えた。近付いて来た作業ポッドを発見したのだ。

「馬鹿野郎、なんで気付くんだよ!」

 ジンがライフルを放つのが見えた。銃弾がポッドを掠める。それを見たキラは思わずトリガーを引き絞った。ビームが放たれ、ジンに吸いこまれて行く。ビームに機体を貫かれたジンは仰け反り、そのまま爆発してしまった。
 通信機からカズィの感謝の声が聞こえてくる。狙われていたポッドにはカズィも乗っていたらしい。だが、キラはそれには答えない。不審に思った何人かが声をかけてくるが、それにも答えず、通信機のスイッチをOFFにする。
 自分は何をやっているのだろう。目の前に広がるユニウス7を破壊したのは地球軍だ。その地球軍に為に同じコーディネイターを殺して、こんな苦しみを味あわなくてはならない。
 そんな苦しみに耐えていると、またレーダーが別の移動物体を捕捉した。また別の敵かと緊張したが、レーダーに映るそれはMSではなかった。


「つくづく拾い物が好きなのだな、君は」

 ナタルの声には苦々しさと諦めが混じっている。キラは憮然として答えなかった。
アークエンジェルの格納庫にはキラが曳航してきた救命ポッドが横たわっている。マリュ−とフラガは視線を交して溜息を付いている。そんな3人とは異なり、キースだけは面白そうにポッドを見ていた。
 マードックがポッドを操作し、「開けますぜ」と言った。
 ハッチが音を立てて解放され、周囲に待機していた兵士が銃を構える。だが、中から飛び出してきたのは誰もが想像もしなかった物であった。

「ハロ・ハロ・・・・・・」

 間抜けな声を発しながら漂い出たのは、ピンク色をした球状の物体だった。パタパタと羽ばたくように動き、なんとも愛嬌のある顔つきをしている。どうやらペット用のロボットらしい。何者が出てくるかと警戒していた一同は完全に毒気を抜かれてしまった。

「ありがとう、ご苦労様です」

 ハッチの中から一人の少女が出てくる。やわらかなピンク色の髪と長いスカートの裾をなびかせ、ハッチから出てきたのはキラたちと同年代くらいの愛らしい少女だった。

「あら・・・・・・あらあら?」

 慣性のままに漂っている少女の体をキースが掴んだ。そして床にまで引っ張ってくる。

「ありがとうございます」
「・・・・・・あ、ああ」

 どう対応したものかと戸惑うキースだったが、ふいにその少女の顔が驚いたように変化した。その視線はキースの軍服に向けられている。

「あらあら・・・・・・まあ、これはザフトのお船ではありませんねの?」
「は・・・・・・はい」

 マリューが気の抜けた返事を返し、一拍おいてナタルが深々と溜息を付いた。キラは突然現れたこの不思議な少女に魅せられていた。
 これが、アークエンジェルと、プラントの歌姫、ラクス・クラインの出会いであった。


21

 プラント最高評議会。召集を受けて報告を行ったアスランは会場を出た所でどっと肩を落とした。やはり、こういう所は疲れるものなのだ。その背中に声がかけられる。振りかえったアスランはとっさに敬礼した。

「クライン議長閣下!」
「そう他人行儀な礼をしてくれるな、アスラン」
「いえ、これは・・・・・・その」

 苦笑混じりに言われてアスランはようやく自分が敬礼している事に気付いた。慌てて手を下ろし、シーゲルと顔を見合わせて笑いあう。

「やれやれ、せっかく君が帰ってきてくれたのに、いまは娘が仕事で出かけておる。擦れ違いが多いというのも困ったものだな」
「ラクスは、いないのですか?」

 残念そうなアスランに、シーゲルはすまなそうに答えた。

「ユニウス7の慰霊団代表になってしまってな。今は事前視察に出かけておる。あれも君に会いたがっておったよ」
「そう、ですか」

 アスランは懐に手を入れ、1つのロケットを取り出した。それを開くと、中にはラクスの写真が入っている。2人を繋いでいる絆の1つである。これと対になるロケットをラクスが持っている。
 ロケットを閉じたアスランはシーゲルを見た。

「また、休暇が取れたら会いに来ます。ラクスにもそうお伝え下さい」
「ああ、伝えておこう」

 アスランはシーゲルに軽く頭を下げ、その場を後にした。
 だが、このすぐ後に、彼を驚愕させるニュースが飛び込んでくる事になる。



 デプリベルトで拾った少女。彼女の尋問は士官室の空き部屋で行なわれていた。その扉の前に人垣が出来ており、キラやトール、サイ、カズィ、何故かトノムラやパルまでが加わっている。
 ふいにドアが開き、扉に寄りかかっていた連中は一斉に折り重なって倒れ伏した。それをなんとも言えない冷たい視線で見下ろすナタル。

「お前たちはまだ積み込み作業が残っているだろう。さっさと作業に戻れ!」

 ナタルの怒声に一同はいっそ見事とさえ言えるほどにその場から消え去った。それを見ていた少女は驚いていたが、すぐにクスクスと笑い声を立てる。その隣で立っていたキースも同じように笑っていた。
 扉が閉じると同時にマリュ−が軽く咳払いをした。

「失礼しました。それで・・・・・・」
「私はラクス・クラインですわ。これは友達のハロです」

 少女がピンク色のロボットを出して紹介する。ハロハロ・ラクスなどとほざいているロボットを見てフラガがガックリと頭を抱え、マリュ−とナタルが疲れた顔になる。ただ1人、キースだけは面白そうな顔でハロを突つき、ラクスに問いかけた。

「ラクス・クラインね。俺の記憶が確かなら、そいつはプラントの歌姫にして最高評議会議長のご令嬢の名前の筈だが」

 キースのそれは問い掛けでは無く、確認だった。ラクスが嬉しそうに頷く。

「その通りです。良くご存知ですのね」
「まあね。こう見えても社会情勢には詳しいのよ」

 なんだかネジが数本抜けてるんじゃないかと思えるような2人のやり取りに、3人は更にガックリと肩を落とした。どうやらこの少女の独特の空気について行けるのはキースだけらしい。

「そんな方が、どうしてこんな所に?」
「ええ、私、ユニウス7の追悼慰霊の事前調査に来ておりまして・・・・・・」

 ラクスの語った内容は、4人を驚愕させずにはおかなかった。民間船の臨検はともかく、その後いざこざを起して民間船を攻撃するとは。ラクスは船が沈められたとは言わなかったが。キラの報告でポッドの傍には砲撃で沈められた真新しい船があったという。まず間違いあるまい。
 監視に残ったキース以外の3人が去った後で、ラクスは壁にあるモニターを見た。そこにはユニウス7の残骸が映されている。ラクスはそれを見ると、ハロを膝の上に抱き上げ、ささやきかけた。

「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も安らぐように」

 そんなラクスを見ていたキースは、うっかりラクスの目を見てしまった。たったそれだけなのに、キースは目の前にいる少女が先ほどとは別人のように映った。先ほどの何処か天然を感じさせる世間知らずのお嬢様と、僅かな間だけ表に出てきた深く透き通った、全てを睥睨するかのような眼差し。どちらが本当の彼女なのだろうか。
 この僅かな印象の変化で、キースはラクスへの警戒心を強めた。これまでの全てが擬態ではないのかという疑いと共に。


22

 プラントでは1つの騒ぎが起きていた。いや、ごく一部と言うべきか。プラント最高評議会議長の娘、ラクス・クラインが行方不明になったというのだ。ラクスの捜索に幾つもの部隊が派遣され、アスランの所属するヴェザリウスも当然ながら捜索の為出撃する事になっている。
 ラクスが行方不明といわれたアスランは動揺を隠しきれなかった。婚約者であり、2年の時を過ごしてきた少女が消息不明などと言われれば誰だって動揺する。 
 出撃したヴェザリウスの中でアスランはラクスの安否を気遣うと共に、あんな所で消息不明になったという事に疑問を感じていた。確かにデプリベルトは地球に近いが、あの辺りの制宙圏はどちらかと言えばこちらにある。そんな所に地球軍の哨戒部隊が来るだろうか。
 アスランはある疑惑を捨てきれなかった。ラクスを襲ったかもしれない地球軍と、自分たちが取り逃した敵の新型戦艦。もしかしたら、あの艦が襲ったのではないのか。だとしたら、あいつが・・・・・・・

「馬鹿な、そんな事するような奴じゃない!」

 アスランは否定したかった。まさか、キラがラクスを襲うんなんてことがあるわけが無いと。
 だが、一度噴出した疑念はなかなか消える事は無く、アスランは次々に沸き起こってくる不吉な想像に苛まれる事になる。



 食堂から少女の甲高い声が聞こえてきて、キラは立ち止まった。

「嫌ったら嫌、!」
「もう、フレイってば、なんでよお?」

 フレイとミリアリアが、食事のトレイを前に言い争っている。トールは仲裁には入れないようだ。キラは食堂に入り、カズィに事情を問いかけた。

「何があったの?」
「お前が拾ってきた女のこの食事だよ。ミリィがフレイに持ってくように言ったんだけど、フレイが嫌がってるんだ」

 フレイが叫んだ。

「嫌よ、コーディネイターの所に行くなんて、怖くって・・・・・・」
「フレイッ!」

 ミリアリアが慌ててたしなめた。フレイもキラに気付き、失言を悟る。

「も、もちろんキラは別よ。でも、あの子はザフトでしょ。コーディネイターって、反射神経とかも凄く良いんでしょう。なにかあったらどうするのよ!?」

 よりにもよってキラに問いかけるフレイ。キラはどう答えて良いか分からずに沈黙する。
 その時、新たな人影が食堂に入ってきた。

「まあ、誰が誰に飛びかかりますの?」

 おっとりした声が背後からかかって来て、キラたちは反射的に振りかえった。そこにいたのは例のラクス・クラインだった。隣にキースもいる。

「あら、驚かせてしまったのならすいません」
「い、いえ、別に・・・・・・」

 キラはしどろもどろになりながら答えた。そんなキラをキースが一瞥する。

「お前等、何を言い争ってたんだ。外にまで響いてたぞ?」
「いえ、大した事じゃないんです」

 カズィがフレイの顔を伺いながらキースに答えた。キースはフレイを見た後、テーブルに置かれている食事のトレイを見て、事情を察した。
 ラクスが複雑そうな顔をしているキースに問いかける。


23

「あの、私、喉が乾いているのですが・・・・・・それにお腹もすいてしまいまして」
「あ、ああ、そうだったな。丁度食事も用意されてるようだし、食べて行くと良い」
「まあ、そうでしたか。ありがとうございます」

 キースに連れられてラクスが入って来る。それを見てフレイが怯えたように少し下がった。ラクスはニコニコとしながらフレイの前に歩み出る。

「あの、私はザフトではありませんのよ。ザフトは軍の呼称ですから」
「な、なんだって一緒よ。コーディネイターなんだから!」

 フレイはあくまでラクスを受け入れようとはしない。そんなフレイにラクスはあくまでやわらかな物腰で話を続けようとした。だが、そんなラクスをキースが遮った。

「ほらほら、あんまり外に出してると副長が煩いんだ。お前等もあんまり騒ぎを起すんじゃないの。さっさと座る」

 キースに促されてラクスは椅子に腰掛けた。その隣にキースも腰掛け、チラリと少年少女を見やる。キースに視線で促されたキラたちも渋々と腰を降ろした。
 そして、何処か異様な雰囲気の中で食事が始まった。あくまでもふんわりとした雰囲気を崩さないラクスと、そんなラクスに露骨な警戒心を隠さないフレイ。一緒にいるトールとカズィとキラはこの胃の痛くなるような緊張感に必死に堪えていた。
 そんな中で、ミリアリアがラクスに話し掛けた。

「ところで、あなた、名前は?」
「私はラクス・クラインと申します」
「そうなんだ、私はミリアリア・ハウ。よろしくね」

 ミリアリアの良い所が最大限に発揮されていた。この挨拶のおかげでようやく場の緊張が僅かにほぐれるのが感じられる。ミリアリアに続いてトールが、キラが、カズィが自己紹介をし、最後にフレイが残された。みんなの視線が集中する中でミリアリアがフレイを肘で突っつく。

「ほら、あんたも」
「・・・・・・わ、分かったわよ」

 フレイが渋々という感じでラクスを見る。

「フレイ・アルスターよ」
「ラクス・クラインです。よろしくお願いしますね」

 ようやく名前を聞かせてもらえたことで、ラクスは嬉しそうに微笑んだ。そのラクスの笑顔を見てキラとトールは心臓の鼓動が僅かに早くなるのを確かに感じた。
 トールの変化を敏感に察したミリアリアがジロリとトールを睨む。

「トールゥ?」
「な、何、ミリィ?」

 まるで浮気現場が発覚した瞬間を見られたかのようにトールは青褪めている。そのトールの反応を見てミリアリアの視線はますます厳しいものとなった。そんな2人を見て他のみんなが噴出すように笑い出した。
 これでギスギスした空気がなくなり、会話が弾むようになった。フレイだけはまだラクスへの不信感を持っているようだったが、とりあえず表立って酷い事を言うようなことはしていない。
 だが、そんなフレイも注目してしまうような内容に話が移って来た。

「私、プラントに婚約者がいますの」
「えー、婚約者って、その年で?」
「はい、2年前に紹介されまして」

 僅かに頬を染めて語るラクスに、ミリアリアが興味津々という感じで聞いている。フレイも女の子らしく、こういう話には加わってきた。

「どういう人なのよ。その相手って?」
「ええ、とっても優しい人ですわ。今は部屋に置いて来てますけど、ピンクちゃんを作ってくれたのもその人なんです」
「へー、いいなあ。私の彼氏にはプレゼントなんて甲斐性ないのに」

 ミリアリアのさりげない一言にトールが息苦しそうになった。キラとカズィが含み笑いをしている。だが、すぐに2人も顔色を変える事になった。

「でも、なかなか会いに来てくださらないんですの。お仕事が忙しいのは分かりますが、少し寂しくもあるんです」
「まあ、男ってのはどいつもこいつも女心ってのが分かって無いからね」
「そういうものなの、ミリィ?」
「そうよ。フレイは付き合って無いから分かんないかもしれないけどね」
「うふふふ、フレイさんも好きな方が出来れば分かりますわよ」

 フレイにはサイという親同士が決めた婚約者がいるが、サイとはまだ恋人同士と言える関係ではない。だから2人の言葉はフレイには新鮮なものだった。
 逆にキラとトールとカズィは物凄く居心地が悪そうだった。キースだけは我関せずとばかりにコーヒーを口に含んでいるが、頬を流れる一筋の汗がその内心を示していた。


24

「どんな人なの?」
「ちょっとお待ち下さい」

 ラクスは首に下げているロケットを開き、中に収められている写真を見せた。中に映っているのは黒髪の、優しげな少年だった。

「へー、本当に優しそうな人ね」
「ねえねえ、その人、何て言う名前なの?」
「アスラン、アスラン・ザラですわ」

 ラクスの口から出てきた名前を聞いた時、キラは凍り付いたように固まってしまった。

「ア、 アスラン・・・・・・」

 キラが心ここにあらずという感じで呟く。それを聞いた全員が不思議そうな顔でキラを見た。

「キラ、知ってるのか?」

 トールの問い掛けに、キラは震えながら頷き、アスランの事を話し出した。

「アスランは、僕が月にいた頃の友達なんだ。3年前にアスランはプラントに行ってしまって、僕はヘリオポリスに移り住んだ」
「へえ、偶然ってあるもんなんだなあ」

 カズィが驚いて感想を口にし、フレイとミリアリアが頷いている。だが、次にキラが語った言葉にはさすがに驚きを隠せなかった。

「・・・・・・アスランは、ザフトにいたんだ。ヘリオポリスを攻撃した連中の中に、彼は居た。イージスのパイロットになって・・・・・・・僕と、戦ったんだ」

 キラの告白は、場の空気を一気に重くしてしまった。今の友人を守るために昔の友人と殺しあわなくてはならない。それが悲劇で無くて何だと言うのだろう。コーディネイターに強い偏見を持つフレイでさえこれにはキラを不憫だと感じると同時に、小さな驚きもあった。その内心が口から漏れてしまう。

「コーディネイターでも、そういう事で悩んだりするんだ」

 それを聞いたのは隣に居たミリアリアと、前に座っていたラクスとキースだけだった。ミリアリアはフレイが何を言いたいのか分からず、訝しげな顔をしていたが、ラクスはニッコリと微笑んだ。キースは口元を僅かに歪めてコーヒーを一口啜っている。
 また深刻になっているキラを見て、キースは心の底から心配しているような声をかけた。

「キラ、前に言っただろう。あんまり悩んでると禿げるぞ」
「だから、僕は禿げてません!」

 力一杯否定するキラだったが、友人たちは心配そうな声で訪ねてきた。

「何だキラ、お前、もう禿げてきてるのか?」
「言ってくれれば養毛剤を紹介してやったのに」
「あらあら、大変ですわね。若禿げですの?」
「禿げたキラって・・・・・・プッ」
「コーディネイターでも禿げは克服できなかったんだ」

 口々に勝手なことを言いたてる一同に、キラはガックリと頭を足れて項垂れた。何故だろう、これまでで1番傷付いた気がするのは。
 この日、キラの心に深いトラウマが刻まれたのである。


25

 キースはラクスの食事が終わったのを確認すると、空になったカップをソーサーに戻した。

「食事は終わったな。それじゃ帰るか、と言いたい所だが、幸いまだ時間がある。どうだ、一曲歌ってくれないか?」
「私がですか。構いませんが?」

 ラクスが不思議そうにキースを見る。他の者も不思議そうにキースを見ている。

「ラクス嬢はプラント1の歌手なんだ。その生の歌声を聞けるチャンスを逃す手は無いだろう」

 キースの説明にフレイ以外の全員が頷いた。フレイだけは抵抗があるのか顔を背けていたが、とりあえず反対はしていない。それを見て、キースはラクスに頷いた。ラクスは立ちあがると、透き通った声で歌を歌い始めた。美しい、胸に染み入るような歌声。その歌声は聞く者の心を癒し、立ち直らせる。キラはその歌声がささくれ立った心に染み渡るような感触を覚えていた。

 聞き終わったみんなは口々にラクスを賞賛した。フレイは複雑そうであったが、その歌を認めてはいた。だが、続く質問が空気を僅かに重くする。

「あなたの歌声って、やっぱり遺伝子を弄ったせいなの?」

 こういう無神経な所がフレイの悪い所である。それを聞いたキラがまた表情を曇らせた。だが、ラクスは気にした風も無く首を左右に振った。

「いいえ、確かに私はコーディネイターですが、第2世代ですから、調整はほとんど受けていません。喉を強化するなどという事はしてませんわ」
「コーディネイターって、みんな遺伝子を弄って生まれてくるんじゃないの?」
「第1世代はそうですが、第2世代は違います。出生率の問題で多少の調整は行なわれますが、第1世代のような改造は行なわれません」

 それを聞いたフレイは意外そうな顔をした。どうやら彼女の頭の中ではコーディネイターとは全て第1世代のような生まれ方をするのだとなっていたらしい。第2世代はそんな事をしなくてもコーディネイターとして生まれてくるのだ。

 キースがラクスを連れて士官室に戻った後、食堂に残ったキラたちはラクスの事で談笑していた。やはり、ラクスの歌が話の中心になっている。

「しっかし、あの歌は凄いよなあ。あんな綺麗な歌初めて聞いたよ」
「そうよねえ。私もあんな風に歌えたらなあ」
「ミリィじゃ無理だと思うけどね」

 トールとミリアリアとカズィが軽口を交している。余計な事を言ったカズィが頭を叩かれてるが。そんな友人たちの中で、キラは何か物思いに耽っているフレイに気付いた。

「どうかしたの、フレイ?」

 キラに問われてフレイははっと我にかえった。慌てて周りを見回す。するとキラだけでなく、トールもミリアリアもカズィも不思議そうな顔で自分を見ている事に気付いた。フレイは慌てて頭を左右に振る。

「な、なんでも無いわよ」
「そう、何か真剣に考えてるみたいだったからさ」

 キラはフレイの答えに納得はしていなかったが、それ以上の追求はしなかった。だが、この時のフレイの悩みは深刻であった。その内心を知るものが居ない事は、フレイにとって幸運であったといえた。


 不安な航海を続けるアークエンジェルに、1つの光明がさしたのはそれから暫くたっての事であった。第8艦隊のコールサインをキャッチしたのだ。それを見たパルが歓声を上げ、急いで解析に入る。マリュ−もナタルも期待を込めた目でそれを見ていた。
 そして、ようやくスピーカーから雑音混じりの音声が聞こえてきた。それは聞き取り難かったが、第8艦隊先遣・・・・・・という部分ははっきりと聞き取れた。

「ハルバートン提督の部隊だわ!」
「位置は!?」

 ナタルの問いにパルはまだ距離があって分からないと答えた。
 だが、希望が出てきたことは確かだ。このまま行けば遠からず友軍と合流出来る。その光明は艦内を隅々まで照らし出し、避難民とクルーの表情を明るくする。
 そんな中で、フレイにサイが良いニュースを持ってきた。

「パパが!」
「ああ、先遣隊と一緒にこっちに来てるって」

 ここにも間違い無く希望の光がさしていた。フレイの笑顔を見てサイも微笑む。フレイが片親である事を知るミリアリアもフレイの肩を叩いて「良かったね」と声をかけている。


26

 だが、実際には喜んでばかりもいられなかった。アークエンジェルよりも早くこの艦隊に気付いた部隊があったからだ。ザフトのナスカ級高速巡洋艦、ヴェザリウスである。

「ふむ、地球軍の艦隊が、こんな所で何を?」

 アデスが疑問を口にする。哨戒部隊にしては妙な位置である。それに答えるようにクルーゼが言った。

「足付きがアルテミスから月に向うとすれば、どうする?」
「では、足付きの出迎え部隊だと?」
「ラコーニとボルトの部隊の合流が遅れている。もしもあれが足付きに補給を持ってきたなら、このまま見過ごす訳にはいかん」

 クルーゼはラクスの捜索よりも敵撃滅を優先するというのだ。これには流石にアスランが大きな声で反論した。

「隊長、それではラクスはどうなるんですか!?」
「アスラン、我々は軍人なのだ。たった1人の少女の為にあれを見過ごす訳にも行くまい」
「ですが、我々の任務はラクスの捜索です。足付きの撃沈ではありません!」

 アスランは珍しく食い下がった。ラクスの身を案じる余り、つい焦りが出てしまったのだ。アデスもクルーゼもそれに気付いたのか、アスランの反論を咎めはしない。だが、クルーゼは自分の意見を取り下げるつもりは無かった。

「我々はこの艦隊を攻撃する。これは命令だぞ、アスラン」
「・・・・・・了解」

 アスランは俯き、血が滲むほど唇を噛み締めた。握る拳がぶるぶると震えている。

『ラクス、無事でいてくれよ・・・・・・』

 アスランは、この時ほど自分の行動を自分で決められない自分の立場を恨んだことは無かった。



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