流離う翼たち 14 キラのストライクが艦へと戻って行く。それを追撃しようとイージスが追ってきたが、それを遮るように放たれたミサイルがイージスを襲う。ブリッツとバスターが抜けた事で混乱を脱したアークエンジェルが援護してくれたのだ。加えてキースのメビウスがビームを織り交ぜた攻撃をしてくるのでこれへの対処もしなくてはならない。 「くっそぉ、MA風情が舐めやがってえ!」 イザークのデュエルが血気に早ってキースを攻撃してきたが、キースにはそれに付き合うつもりは無かった。もうアークエンジェルは安全圏に達したと判断し、加速性能にものを言わせてさっさとデュエルから逃げ出してしまう。 「こ、この、卑怯者がああぁぁぁぁぁ!!」 逃げていく緑色のメビウスに向ってイザークは数回ビームライフルを放ったがそんなものが命中する筈も無く、彼らは敵を取り逃す事になったのである。 逃げ延びたアークエンジェルに着艦したキースはまだメビウス・ゼロが帰艦していないのを見て首を傾げた。近くの整備兵を捕まえて問いかけると、もうすぐ帰ってくるという答えが来たので僅かに安堵する。 「どうしたの、一体?」 大体の事情を察したキースはハッチを強制解放し、コクピットに体を滑りこませた。予想通りというか、キラはシートに座ったままの姿勢で完全に硬直している。キースは微笑しながらコントロールスティックにかけられたままの指を1本1本はずしていく。 「もう終わったんだ、キラ・ヤマト。お前はみんなを、友達を守りきったんだよ」 キースの言葉にキラはビクリと体を震わせた。吐く息が荒くなり、体が小刻みに震えている。新兵が陥りやすい状態だ。無理も無い。これが初陣のようなものなのだから。 「ほら、どうした。もう戦闘は終わったんだ。誰も死ななかった。お前は良くやったよ」 キラはようやくキースを認識したようだ。キースは苦笑しながらも振るえるキラの体を掴み、コクピットから引っ張り出してやる。 こうして、キラの初めての本格的な戦闘は終わった。すでに目的地であるアルテミス基地は目の前にある。誰もがようやく見方の勢力圏に帰ってこれたのだと安堵する中で、フラガとキースだけは不安を抱えていた。 15 アークエンジェルはアルテミスに入航した。ここは難攻不落の光波防御壁に守られる軍事要塞で、ユーラシアに所属している。識別コードを持たないアークエンジェルでは簡単には入航させては貰えないのではないかと思われたのだが、予想に反してアルテミス側はあっさりと入航許可を出してきた。 「ストライクの起動プログラムをロックしておくんだ。君以外の人間には、誰も動かす事が出来ないようにな」 キラにはその言葉の意味が分からなかったが、程なくしてその意味を知る事になる。 「まあ、予想通りの反応というところですか?」 キースとフラガを含む4人の士官は基地司令の元へと連れて行かれることとなった。後に残されたクルーたちは不安げに体を寄せ合い、ひそひそと話している。そんな中には当然キラ達の姿もあった。キラ、サイ、フレイ、トール、ミリィ、カズィが一纏めに座っている。 「なあ、何がどうなってるんだろうな?」 カズィの不安そうな問い掛けにサイがぶっきらぼうに返す。彼にだって答えが分かっている訳ではないのだ。そのサイに体を預けているフレイが心細げに呟いた。 「私たち、何時になったら安心出来るのかしら?」 その質問には誰も答えられない。誰も明日の事さえ何とも言えないのが現状だ。フレイの不安はみんなの不安でもある。キラだってサイだってこんな状況からは一刻も早く抜け出したいのだ。そもそも、両親が無事でいてくれるかどうか。それさえも分からない。 みんなが不安でいる所へ、ユーラシアの士官が入ってきた。禿頭の男が横柄な口調で尋ねる。 「私は当衛星基地司令官、ジェラード・ガルシアだ。この艦に積んであるMSのパイロットと技術者は何処だね?」 素直に手を上げて立ちあがろうとするキラをマードックが押し止めた。キラは訳が分からずキョトンとしていると、ノイマンがむっつりした声で問い質した。 「何故我々に聞くんです・艦長たちが言わなかったからですか?」 キラはようやく理解した。フラガがストライクをロックしておけといった意味がようやく理解できたのだ。 「別にどうもせんよ。ただ、せっかく公式発表より先に見せていただく機会に恵まれたのだ。色々聞きたくてね。パイロットは?」 マードックが答えたが、ガルシアはそれを鼻で笑った。 「先の戦闘はこちらでもモニターしていた。ガンバレル付きのゼロを扱えるのはあの男だけだ。それくらい私でも知っている」 ガルシアは辺りを見渡した。誰も答える様子がない所を見ると、近くにいるミリアミアの腕を掴んだ。 「きゃっ」 ガルシアの余りのやりようにトールが立ちあがる。 16 「ミリィを放して下さい!」 トールは俯き、黙り込んでしまった。友人を売る事など出来るはずも無い。トールの苦悩を察したキラは自分から立ちあがった。 「止めてください。僕がパイロットです」 トールが非難めいた声でキラの名を呼ぶ。だが、ガルシアはキラの体をねめつけるように見やると、鼻で笑った。 「ふん、あれは君のようなひよっこが扱える物じゃないだろう。ふざけた事を言うな!」 ガルシアは突然殴りかかってきたが、コーディネイターであるキラにはその拳は全く脅威には感じられない。あっさりそれを躱すや、逆に腕を掴んでねじり上げた。 「僕は、あなたに殴られる筋合いは無いですよ!」 ガルシアの顔が怒りと屈辱でどす黒く染まる。周りの部下たちが慌ててキラを取り押さえようとするが、それをサイが邪魔した。 「止めてください!」 だが、サイは殴られて床に転がされた。悲鳴を上げたフレイがサイの体に縋りつき、兵士達を見る。 「止めてよ。その子がパイロットよ。だってその子、コーディネイターだもの!」 マードック達が痛恨の表情となり、兵士達の動きが止まる。そしてまるで敵を見るような目でキラを見た。キラはそんな彼らの視線を逆に睨み返している。 「何であんな事言うんだよ、お前は!」 フレイは詫びれずに言った。それがトールの癇に障る。 「キラがどうなるとか、全然考えない訳、お前って!」 罪の意識が無いばかりか、状況が全く理解できてないフレイの物言いに、トールが激しい憤りを感じていた。 「・・・・・・地球軍が何と戦ってると思ってるんだよ!」 問われたフレイは僅かに体を振るわせ、身を固くした。トールの言いたい事にようやく思い至ったのだ。地球軍の敵はザフト、コーディネイターなのだ。そしてキラはコーディネイター。フレイは、友人を売り渡すも同然の事をしてしまったのだ。 「OSのロックを外せは良いんですね」 ガルシアの言葉に、キラは凍り付いたように動きを止めた。 「・・・・・・裏切り者?」 ガルシアは機嫌よさそうにキラに言った。キラはそんなガルシアの言葉に体を振るわせている。 「ち、違う・・・僕は・・・・・・」 そうなのだ。今は戦時下であり、自分はコーディネイターなのだ。今までそれを余り意識した事は無かったが、今の自分の回りにある環境はそれを許してはくれない。自分はコーディネイターであり、友人達はナチュラルなのだ。彼らを守るためには自分はコ‐ディネイターを、同胞を殺さなくてはならない。両方を同時に満足させる事は出来ないのだ。 OSのロックを外し、機体を起動させたキラだったが、いきなりの振動に愕きの表情を浮かべた。下にいるアルテミスの兵士達も驚愕している。ガルシアが管制室を呼び出した。 17 「なんだ、この振動は!?」 続いて更なる振動が襲ってくる。間違い無い、攻撃を受けているのだ。 「ぼ、防御エリア内にMSが!?」 笠が破られた事に呆然とするガルシアたち。キラはその隙にハッチを閉じると機体を動かし、ソードストライカーパックを装着させる。 「1番怖いのは、何かを失って、全てが手遅れになってから気付くことだ」 その言葉を反芻したキラは、機体を動かした。何が正しいのかなんて、今は分からない。でも、自分は友達を守るために武器を取ると決めたのだ。今はそれが全てだった。 振動で動揺した見張りの兵士達を制圧したアークエンジェルクルーたちは自力でアークエンジェルの発進準備を進めていた。艦長たちが戻らない事に不安を感じてはいたが、このままではただの的になってしまう。 「艦長!」 クルー達が喜びの声を上げる。フラガが労いの言葉をかけ、マリュ―とナタルが自分のシートに付く。 「アークエンジェル、発進します」 すでに外の戦いにはバスターやデュエルも加わり、激しい戦いが繰り広げられている。アークエンジェルは反転して戦いから離れるように艦を移動させて行く。ストライクと戦っていたブリッツがそれを追おうとしたが、爆発に邪魔されて追撃を遮られてしまった。 そして、アークエンジェルが離脱して数日後、アルテミスは陥落したのである。 18 「不可能を可能にする男かな、俺は?」 アルテミスを後にしたキラはストライクの整備をしていた。機体の整備を人任せにするなというフラガの助言に従ったのだが、その意味はキラにも分かる。やはり、自分の命がかかっているのだから。 「よお坊主、あんまり根を詰めすぎると、後で体に響くぜ」 マードックは少し逡巡した後、コクピットから離れた。そして小声で呟く。 「馬鹿野郎が、無理してるのが見え見えなんだよ」 だが、今は好きにさせた方が良いと考えたマードックは、自分の仕事に戻って行った。他にもやらなくてはいけない事が沢山あるからだ。 「おいキラ、そろそろ飯でも食べに行こう」 キースはキラの手を掴むと強引に引っ張り出した。 「休むのもパイロットの仕事の内だぜ。アルテミスで何があったか知らないが、そう思い詰めるな」 そう言いながらも表情を曇らせ、うつ向いてしまうキラを見て、キースはやれやれと肩を竦めた。まったく、こいつはどうしてこう何でもかんでも自分で背負い込んでしまうのだろうか。人間1人が背負い込めるものなど、たかが知れているというのに。 「おやおや、うちの食糧事情はかなり悪いらしな」 キースが残念そうにぼやく。キラはそんなキースを見てようやく微笑を浮かべた。そして、自分も食事をしようとした時、意を決したようにフレイが声をかけてきた。 「あ、あの、キラ、この間はごめんなさい」 突然頭を下げられてキラは動揺した。キースは事情が分からずにキョトンとしている。トールがそっと口を添えてくれた。 「ほら、アルテミスの時さ」 あの時のフレイの言葉を、ガルシアの言葉を思い出してキラの体が強張る。だが、無理に笑顔を作ってフレイに答えた。 「いいよ、別に。気にして無いから・・・・・・本当のことだしね」 許された事で、とたんにフレイは安堵した表情になった。 「ありがとう」 そして傍らに立つサイを見てニッコリと微笑む。仲睦まじい2人の姿はキラの心に影を落してしまう。 19 そんなキラの様子に、キースはトールを掴まえると小声で問いかけた。 「アルテミスで、何があったんだ?」 言い難そうにするトールを見て、キースはそれ以上の追求を断念した。何となく察する事は出来たし、無理に聞き出して良い内容でも無さそうだ。仕方なくまた食事を再開しようとして、ふとフレイの方を見た。2つの事が脳裏に引っかかる。あの赤い髪そして、アルスターという姓。 「・・・・・・・参ったな、こいつは」 やれやれと頭を掻きながらキースは食事を再開した。前者はともかく、後者は一介の中尉如きが思い悩むような問題ではないと思えたからだ。 「あ・・・ああ・・・・・・」 キラとトールは震える声を搾り出し、それが何なのかを言葉を介さずに確認する。ユニウス7.かつて、血のバレンタインと呼ばれた、核兵器で破壊されたプラントコロニ−の、現在の姿であった。 そして、戻ってきた彼らにナタルは残酷ともとれる指示を出した。それを聞いた一同が驚愕する。 「あそこの水を・・・・・・本気なんですか!?」 ナタルは淡々と事実だけを口にしていく。それで納得するようなキラではないのだが。 「でも、見たでしょう。あのプラントは何十万人もの人が亡くなった場所で!」 キラははっと息を飲んだ。トールが辛そうに顔を顰める。 「誰だって、あそこには踏みこみたくは無い。けど、しょうがねえだろ。俺達は生きてるんだ。ってことは、生きなきゃなんねえって事なんだよ!」 フラガの言葉に誰も反論する事が出来ず、内側に不満を閉じ込めたまま艦橋から出ていった。残されたフラガとマリュ−は顔を見合わせ、同時に深い溜息をつく。 「また、嫌われたかな?」 2人とも分かっているのだ。自分たちが子供たちにどれほどの無理を強いているのかくらい。 「中尉、何をなさるんです!」 キースに反発するナタル。だが、キースの視線に射竦められ、ナタルは勢いを失った。優れた才能を持ち、高度な教育を受けたナタルだが、実戦経験は足りない。フラガと並ぶ戦場の勇者であるキースとではまだまだ役者が違っていた。 「バジルール少尉、覚えておくんだな。兵士だって人間なんだってことを」 それだけ言うと、キースはナタルの肩から手を放し、自分も作業に従事する為に艦橋を後にした。それを見送ったフラガが苦笑してナタルを見やる。ナタルは不満そうではあったが、何かを考えているようだ。 20 かつては砂浜であったろう凍てついた大地から、ミリアリアは両手一杯の花を投げた。勿論生け花などこの艦には無い。ミリアミアやトールたちが作った折り紙の花だ。それが荒れ狂う海に広がり、散っていく。 船外作業を開始したクルーたち。キースの指示のもとに必要な物資をあたりから掻き集めていく。凍りついた水を切り取り、アークエンジェルに運び込む作業も行なわれている。それを護衛するようにストライクが哨戒を続けていた。 「行け、行ってくれ・・・・・・」 キラは必死に祈った。その祈りが通じたかのようにジンが去ろうとしたが、いきなりそのジンが向きを変えた。近付いて来た作業ポッドを発見したのだ。 「馬鹿野郎、なんで気付くんだよ!」 ジンがライフルを放つのが見えた。銃弾がポッドを掠める。それを見たキラは思わずトリガーを引き絞った。ビームが放たれ、ジンに吸いこまれて行く。ビームに機体を貫かれたジンは仰け反り、そのまま爆発してしまった。 「つくづく拾い物が好きなのだな、君は」 ナタルの声には苦々しさと諦めが混じっている。キラは憮然として答えなかった。 「ハロ・ハロ・・・・・・」 間抜けな声を発しながら漂い出たのは、ピンク色をした球状の物体だった。パタパタと羽ばたくように動き、なんとも愛嬌のある顔つきをしている。どうやらペット用のロボットらしい。何者が出てくるかと警戒していた一同は完全に毒気を抜かれてしまった。 「ありがとう、ご苦労様です」 ハッチの中から一人の少女が出てくる。やわらかなピンク色の髪と長いスカートの裾をなびかせ、ハッチから出てきたのはキラたちと同年代くらいの愛らしい少女だった。 「あら・・・・・・あらあら?」 慣性のままに漂っている少女の体をキースが掴んだ。そして床にまで引っ張ってくる。 「ありがとうございます」 どう対応したものかと戸惑うキースだったが、ふいにその少女の顔が驚いたように変化した。その視線はキースの軍服に向けられている。 「あらあら・・・・・・まあ、これはザフトのお船ではありませんねの?」 マリューが気の抜けた返事を返し、一拍おいてナタルが深々と溜息を付いた。キラは突然現れたこの不思議な少女に魅せられていた。 21 プラント最高評議会。召集を受けて報告を行ったアスランは会場を出た所でどっと肩を落とした。やはり、こういう所は疲れるものなのだ。その背中に声がかけられる。振りかえったアスランはとっさに敬礼した。 「クライン議長閣下!」 苦笑混じりに言われてアスランはようやく自分が敬礼している事に気付いた。慌てて手を下ろし、シーゲルと顔を見合わせて笑いあう。 「やれやれ、せっかく君が帰ってきてくれたのに、いまは娘が仕事で出かけておる。擦れ違いが多いというのも困ったものだな」 残念そうなアスランに、シーゲルはすまなそうに答えた。 「ユニウス7の慰霊団代表になってしまってな。今は事前視察に出かけておる。あれも君に会いたがっておったよ」 アスランは懐に手を入れ、1つのロケットを取り出した。それを開くと、中にはラクスの写真が入っている。2人を繋いでいる絆の1つである。これと対になるロケットをラクスが持っている。 「また、休暇が取れたら会いに来ます。ラクスにもそうお伝え下さい」 アスランはシーゲルに軽く頭を下げ、その場を後にした。 デプリベルトで拾った少女。彼女の尋問は士官室の空き部屋で行なわれていた。その扉の前に人垣が出来ており、キラやトール、サイ、カズィ、何故かトノムラやパルまでが加わっている。 「お前たちはまだ積み込み作業が残っているだろう。さっさと作業に戻れ!」 ナタルの怒声に一同はいっそ見事とさえ言えるほどにその場から消え去った。それを見ていた少女は驚いていたが、すぐにクスクスと笑い声を立てる。その隣で立っていたキースも同じように笑っていた。 「失礼しました。それで・・・・・・」 少女がピンク色のロボットを出して紹介する。ハロハロ・ラクスなどとほざいているロボットを見てフラガがガックリと頭を抱え、マリュ−とナタルが疲れた顔になる。ただ1人、キースだけは面白そうな顔でハロを突つき、ラクスに問いかけた。 「ラクス・クラインね。俺の記憶が確かなら、そいつはプラントの歌姫にして最高評議会議長のご令嬢の名前の筈だが」 キースのそれは問い掛けでは無く、確認だった。ラクスが嬉しそうに頷く。 「その通りです。良くご存知ですのね」 なんだかネジが数本抜けてるんじゃないかと思えるような2人のやり取りに、3人は更にガックリと肩を落とした。どうやらこの少女の独特の空気について行けるのはキースだけらしい。 「そんな方が、どうしてこんな所に?」 ラクスの語った内容は、4人を驚愕させずにはおかなかった。民間船の臨検はともかく、その後いざこざを起して民間船を攻撃するとは。ラクスは船が沈められたとは言わなかったが。キラの報告でポッドの傍には砲撃で沈められた真新しい船があったという。まず間違いあるまい。 「祈りましょうね、ハロ。どの人の魂も安らぐように」 そんなラクスを見ていたキースは、うっかりラクスの目を見てしまった。たったそれだけなのに、キースは目の前にいる少女が先ほどとは別人のように映った。先ほどの何処か天然を感じさせる世間知らずのお嬢様と、僅かな間だけ表に出てきた深く透き通った、全てを睥睨するかのような眼差し。どちらが本当の彼女なのだろうか。 22 プラントでは1つの騒ぎが起きていた。いや、ごく一部と言うべきか。プラント最高評議会議長の娘、ラクス・クラインが行方不明になったというのだ。ラクスの捜索に幾つもの部隊が派遣され、アスランの所属するヴェザリウスも当然ながら捜索の為出撃する事になっている。 「馬鹿な、そんな事するような奴じゃない!」 アスランは否定したかった。まさか、キラがラクスを襲うんなんてことがあるわけが無いと。 食堂から少女の甲高い声が聞こえてきて、キラは立ち止まった。 「嫌ったら嫌、!」 フレイとミリアリアが、食事のトレイを前に言い争っている。トールは仲裁には入れないようだ。キラは食堂に入り、カズィに事情を問いかけた。 「何があったの?」 フレイが叫んだ。 「嫌よ、コーディネイターの所に行くなんて、怖くって・・・・・・」 ミリアリアが慌ててたしなめた。フレイもキラに気付き、失言を悟る。 「も、もちろんキラは別よ。でも、あの子はザフトでしょ。コーディネイターって、反射神経とかも凄く良いんでしょう。なにかあったらどうするのよ!?」 よりにもよってキラに問いかけるフレイ。キラはどう答えて良いか分からずに沈黙する。 「まあ、誰が誰に飛びかかりますの?」 おっとりした声が背後からかかって来て、キラたちは反射的に振りかえった。そこにいたのは例のラクス・クラインだった。隣にキースもいる。 「あら、驚かせてしまったのならすいません」 キラはしどろもどろになりながら答えた。そんなキラをキースが一瞥する。 「お前等、何を言い争ってたんだ。外にまで響いてたぞ?」 カズィがフレイの顔を伺いながらキースに答えた。キースはフレイを見た後、テーブルに置かれている食事のトレイを見て、事情を察した。 23 「あの、私、喉が乾いているのですが・・・・・・それにお腹もすいてしまいまして」 キースに連れられてラクスが入って来る。それを見てフレイが怯えたように少し下がった。ラクスはニコニコとしながらフレイの前に歩み出る。 「あの、私はザフトではありませんのよ。ザフトは軍の呼称ですから」 フレイはあくまでラクスを受け入れようとはしない。そんなフレイにラクスはあくまでやわらかな物腰で話を続けようとした。だが、そんなラクスをキースが遮った。 「ほらほら、あんまり外に出してると副長が煩いんだ。お前等もあんまり騒ぎを起すんじゃないの。さっさと座る」 キースに促されてラクスは椅子に腰掛けた。その隣にキースも腰掛け、チラリと少年少女を見やる。キースに視線で促されたキラたちも渋々と腰を降ろした。 「ところで、あなた、名前は?」 ミリアリアの良い所が最大限に発揮されていた。この挨拶のおかげでようやく場の緊張が僅かにほぐれるのが感じられる。ミリアリアに続いてトールが、キラが、カズィが自己紹介をし、最後にフレイが残された。みんなの視線が集中する中でミリアリアがフレイを肘で突っつく。 「ほら、あんたも」 フレイが渋々という感じでラクスを見る。 「フレイ・アルスターよ」 ようやく名前を聞かせてもらえたことで、ラクスは嬉しそうに微笑んだ。そのラクスの笑顔を見てキラとトールは心臓の鼓動が僅かに早くなるのを確かに感じた。 「トールゥ?」 まるで浮気現場が発覚した瞬間を見られたかのようにトールは青褪めている。そのトールの反応を見てミリアリアの視線はますます厳しいものとなった。そんな2人を見て他のみんなが噴出すように笑い出した。 「私、プラントに婚約者がいますの」 僅かに頬を染めて語るラクスに、ミリアリアが興味津々という感じで聞いている。フレイも女の子らしく、こういう話には加わってきた。 「どういう人なのよ。その相手って?」 ミリアリアのさりげない一言にトールが息苦しそうになった。キラとカズィが含み笑いをしている。だが、すぐに2人も顔色を変える事になった。 「でも、なかなか会いに来てくださらないんですの。お仕事が忙しいのは分かりますが、少し寂しくもあるんです」 フレイにはサイという親同士が決めた婚約者がいるが、サイとはまだ恋人同士と言える関係ではない。だから2人の言葉はフレイには新鮮なものだった。 24 「どんな人なの?」 ラクスは首に下げているロケットを開き、中に収められている写真を見せた。中に映っているのは黒髪の、優しげな少年だった。 「へー、本当に優しそうな人ね」 ラクスの口から出てきた名前を聞いた時、キラは凍り付いたように固まってしまった。 「ア、 アスラン・・・・・・」 キラが心ここにあらずという感じで呟く。それを聞いた全員が不思議そうな顔でキラを見た。 「キラ、知ってるのか?」 トールの問い掛けに、キラは震えながら頷き、アスランの事を話し出した。 「アスランは、僕が月にいた頃の友達なんだ。3年前にアスランはプラントに行ってしまって、僕はヘリオポリスに移り住んだ」 カズィが驚いて感想を口にし、フレイとミリアリアが頷いている。だが、次にキラが語った言葉にはさすがに驚きを隠せなかった。 「・・・・・・アスランは、ザフトにいたんだ。ヘリオポリスを攻撃した連中の中に、彼は居た。イージスのパイロットになって・・・・・・・僕と、戦ったんだ」 キラの告白は、場の空気を一気に重くしてしまった。今の友人を守るために昔の友人と殺しあわなくてはならない。それが悲劇で無くて何だと言うのだろう。コーディネイターに強い偏見を持つフレイでさえこれにはキラを不憫だと感じると同時に、小さな驚きもあった。その内心が口から漏れてしまう。 「コーディネイターでも、そういう事で悩んだりするんだ」 それを聞いたのは隣に居たミリアリアと、前に座っていたラクスとキースだけだった。ミリアリアはフレイが何を言いたいのか分からず、訝しげな顔をしていたが、ラクスはニッコリと微笑んだ。キースは口元を僅かに歪めてコーヒーを一口啜っている。 「キラ、前に言っただろう。あんまり悩んでると禿げるぞ」 力一杯否定するキラだったが、友人たちは心配そうな声で訪ねてきた。 「何だキラ、お前、もう禿げてきてるのか?」 口々に勝手なことを言いたてる一同に、キラはガックリと頭を足れて項垂れた。何故だろう、これまでで1番傷付いた気がするのは。 25 キースはラクスの食事が終わったのを確認すると、空になったカップをソーサーに戻した。 「食事は終わったな。それじゃ帰るか、と言いたい所だが、幸いまだ時間がある。どうだ、一曲歌ってくれないか?」 ラクスが不思議そうにキースを見る。他の者も不思議そうにキースを見ている。 「ラクス嬢はプラント1の歌手なんだ。その生の歌声を聞けるチャンスを逃す手は無いだろう」 キースの説明にフレイ以外の全員が頷いた。フレイだけは抵抗があるのか顔を背けていたが、とりあえず反対はしていない。それを見て、キースはラクスに頷いた。ラクスは立ちあがると、透き通った声で歌を歌い始めた。美しい、胸に染み入るような歌声。その歌声は聞く者の心を癒し、立ち直らせる。キラはその歌声がささくれ立った心に染み渡るような感触を覚えていた。 聞き終わったみんなは口々にラクスを賞賛した。フレイは複雑そうであったが、その歌を認めてはいた。だが、続く質問が空気を僅かに重くする。 「あなたの歌声って、やっぱり遺伝子を弄ったせいなの?」 こういう無神経な所がフレイの悪い所である。それを聞いたキラがまた表情を曇らせた。だが、ラクスは気にした風も無く首を左右に振った。 「いいえ、確かに私はコーディネイターですが、第2世代ですから、調整はほとんど受けていません。喉を強化するなどという事はしてませんわ」 それを聞いたフレイは意外そうな顔をした。どうやら彼女の頭の中ではコーディネイターとは全て第1世代のような生まれ方をするのだとなっていたらしい。第2世代はそんな事をしなくてもコーディネイターとして生まれてくるのだ。 キースがラクスを連れて士官室に戻った後、食堂に残ったキラたちはラクスの事で談笑していた。やはり、ラクスの歌が話の中心になっている。 「しっかし、あの歌は凄いよなあ。あんな綺麗な歌初めて聞いたよ」 トールとミリアリアとカズィが軽口を交している。余計な事を言ったカズィが頭を叩かれてるが。そんな友人たちの中で、キラは何か物思いに耽っているフレイに気付いた。 「どうかしたの、フレイ?」 キラに問われてフレイははっと我にかえった。慌てて周りを見回す。するとキラだけでなく、トールもミリアリアもカズィも不思議そうな顔で自分を見ている事に気付いた。フレイは慌てて頭を左右に振る。 「な、なんでも無いわよ」 キラはフレイの答えに納得はしていなかったが、それ以上の追求はしなかった。だが、この時のフレイの悩みは深刻であった。その内心を知るものが居ない事は、フレイにとって幸運であったといえた。 不安な航海を続けるアークエンジェルに、1つの光明がさしたのはそれから暫くたっての事であった。第8艦隊のコールサインをキャッチしたのだ。それを見たパルが歓声を上げ、急いで解析に入る。マリュ−もナタルも期待を込めた目でそれを見ていた。 「ハルバートン提督の部隊だわ!」 ナタルの問いにパルはまだ距離があって分からないと答えた。 「パパが!」 ここにも間違い無く希望の光がさしていた。フレイの笑顔を見てサイも微笑む。フレイが片親である事を知るミリアリアもフレイの肩を叩いて「良かったね」と声をかけている。 26 だが、実際には喜んでばかりもいられなかった。アークエンジェルよりも早くこの艦隊に気付いた部隊があったからだ。ザフトのナスカ級高速巡洋艦、ヴェザリウスである。 「ふむ、地球軍の艦隊が、こんな所で何を?」 アデスが疑問を口にする。哨戒部隊にしては妙な位置である。それに答えるようにクルーゼが言った。 「足付きがアルテミスから月に向うとすれば、どうする?」 クルーゼはラクスの捜索よりも敵撃滅を優先するというのだ。これには流石にアスランが大きな声で反論した。 「隊長、それではラクスはどうなるんですか!?」 アスランは珍しく食い下がった。ラクスの身を案じる余り、つい焦りが出てしまったのだ。アデスもクルーゼもそれに気付いたのか、アスランの反論を咎めはしない。だが、クルーゼは自分の意見を取り下げるつもりは無かった。 「我々はこの艦隊を攻撃する。これは命令だぞ、アスラン」 アスランは俯き、血が滲むほど唇を噛み締めた。握る拳がぶるぶると震えている。 『ラクス、無事でいてくれよ・・・・・・』 アスランは、この時ほど自分の行動を自分で決められない自分の立場を恨んだことは無かった。 |
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