※『熱の隙間の悪い夢』の続きとなってます。


愛と別離



1

死者の魂を弔う火が空に上って行くのをキラは眺めた。フレイの傍らで。

(5…6…)

何人も死んだ。
けれど、自分は生き残った。フレイも。

(だから…)

こうするしかない。


紅海。眩しい太陽の下、許可が下りたつかの間に、キラはデッキへと出た。

激しく射す光に目が眩んで、キラは太陽に手を翳す。
またキラは一人きりだった。
抑え切れない孤独が沸くが、それでももうフレイに縋ることはしたくない。
感情のままにフレイを抱くたびに、落ちていく気がしたから。


「虎」の言葉がこだましていた。しかし迷えばそれは死に繋がる。だから迷うことは許されない筈だ。
でも虎の問い掛けはキラを揺さぶり、迷わせた。
それでも結果は変わらなかったが。

自責の念に混乱して、キラはうずくまった。
思わず滲む涙を、拳で拭うと、後ろから声がした。

カガリだ。

気まずさにキラはデッキを去ろうとしたが、腕を引き寄せられた。
「?!」
「よしよし…大丈夫だ…」

優しく抱き締められた時、はりつめた力がふっと抜けたように思えた。
キラは黙ってカガリに抱かれる。

抱き締められて安心するなんて、単純で子供みたいだと思う。

でもフレイを求めたのも同じ理由だったのだろう、恐らく。

どうしてそれだけに留められ無かったんだろう。
貪欲になってしまったんだろう。

その後、ふたりはデッキに座り話をした。

カガリは不思議な子だ。えらく直球だけど、その分裏表がない。
差別感情にも無縁なようだし、きっと恵まれた環境で育ったんだろう…。
そんな彼女が、少し羨ましかった。


フレイはキラを探し館内をうろついていた。
デッキまで来ると話し声がして、
それがキラと、あの少女のものだと判った時、苛立ちを覚えた。

フレイはカガリが嫌いだった。それは幸福そうだからだ。
およそ暗いものを知らないような無垢さと、誰にでも溶け込める気さくさが気に入らない。

それは以前フレイが持っていたもので、そして今は持たないもの。

カガリはどこかキラに似ている。性格とかではなく、顔かたちの話だ。
瞼を閉じる一瞬が驚くほどそっくりに見えたことがある。
明るいキラ。自由なキラ。そんなものはいらないのだ。

フレイに必要なのは盲目的なキラだ。
そしてまた、孤独に苦しむキラにはフレイが必要なのだ。


カガリははキラを変えてしまう気がした。


だから邪魔だ。

(私のキラに触らないで)


フレイは上着を脱ぐと、ふたりの前に踊り出た。

作り込んだ声で部屋に戻りましょうと囁き、胸を押し付ける。

少し露骨にしなを作れば、カガリは嫌悪を含んだ眼差しをこちらに向け、
デッキを去って行った。

それをすまなそうな顔でキラは見送る。
フレイは悔しくなって、キラの顔をこちらにむけさせた。

「何はなしてたの?」
「なんでも無いよ…」
キラはそう微笑むと、すぐに顔を反らした。
フレイは増々苛立ちを覚える。

「あの子と仲いいのね。」
「…え?」
「キラ、あの子の事可愛いって思ってるんでしょう」

意地悪な質問をする。唇を尖らせて拗ねたように問うフレイは天性のものなのか、
子悪魔的にかわいらしく、キラは思わずどぎまぎした。

「何言ってるんだよ…」

否定しない所を見ると遠からず、という事だろう。増々嫌な女だ。
化粧もせず女として苦しまなくても、人をひきつけられるのだから。

フレイはキラの腕を強く掴んだ。

「キラ、キスしよう」
そう言ってキラの目を見つめた。
キラは困惑の表情をうかべる。
突然どうしたのかと言いたそうだ。

「あの子より私が好きなら、キスして?」

さらりと恐いことを言ってのけるフレイに、キラはつい胸を高鳴らせた。

そしてゆっくり唇に触れる。
これは偽りのキスだ、キラは思う。


いくらキスを繰り返しても、抱き合って肌を重ねても、
手に入れられない気がしていた。

僕は君を好きだけど、君は僕を好きじゃないから。


軽い絶望を感じながらキラは胸の内で告げる。

(それでも…守るよ)

その時、警報が鳴り響いた。



2

ぐるぐると視界が回り、気が気で無い。
はっと気付くとベットの上だった。

キラがとても優しい。
それが意外な程、心地良かった。


艦が海上に出て暫くして、フレイは体調不良を訴えた。
食欲はないし、気力もない。加えて慣れない海の揺れに、酔った。
「平気?」

キラの顔がすぐそばにある。フレイは首を振った。

「平気じゃないわ…お腹痛いし」
「冷えると良くないんでしょ、毛布かける?」
「ヤダ、熱いもの」

フレイは今日は特に我が儘だった。こんな自分は久しぶりだ。
まるで父親に、サイに甘えたようにキラに甘えていた。

「気持ち悪い…」

何度目かにフレイは呟いた。

「タオル、かえようか」
「うーん」

キラが濡れタオルを持って立ち上がるのを眺めて、フレイは溜息をついた。
気持ち悪いし、腰は重い。それでもちゃんと月のものが来て安心はあったが。

(よかった…)

これを期に軍医に相談しようか。
トールとミリイはどうしてるのだろう。あの二人はそんな雰囲気じゃないが、男と女のやる事なんてひとつだ。

少し醒めた感情にフレイはわれながら驚く。
でもあの砂漠を最後に、ふたりは別のベットで寝ていた。
キラはフレイを抱かない。

辛いことが減って、良かったと楽観視できなかった。キラの心が離れていってしまう気がした。

そのかわりキラは、フレイと話をするようになった。
おはようとかおやすみとか、そんな些細な事を言うようになった。そして今のように、優しい。

キラは少し変わった。それは許せないことな筈なのに、すごく心地良かった。


「ミリアリアに来てもらう?」

キラは心配そうに声をかける。僕は男だからわからないし、と付け足して。

「いい」

ミリイ達とは顔をあわせたくない。この部屋には二人だけで充分だ。
他はなにもいらない。
フレイは本心からそう思っていた。

「キラさえ傍にいてくれればいいの」

弱く呟いて手を重ねると、キラは顔をふいと反らした。



3

フレイがまるで、昔のように甘えた声を出す。それが愛しかった。だけど胸の奥のしこりはどんどんその質量を増す。
でもキラは耐えた。
そして願っていた。

孤独なフレイ。フレイがくれた優しさのかわりに、自分も優しさをあげたい。
そしていつか愛して欲しいと。

「なんか、ジュースみたいの飲みたい」

フレイがねだると、キラは微笑んだ。

「タオルももう温ーい」

今替えたばかりなのに。しょうがないな、とキラは溜息をつくが、実の所嬉しかった。

本当のフレイが見たいと思っていた。
今は少し、見せてくれているように思う

しかし食堂でサイを見た時、そんな浮かれた思いは消沈した。

フレイはサイが好きなのに、ほんとうに求めているのはサイの筈なのに。
自分は代用品でしかないのかもしれないと思うとすごく惨めだった。


部屋に戻ると、待ちくたびれたという様子で顔を上げた。

「キラ、遅い」
「ごめん…はい、飲物」
「ありがと」

すこし吸って、フレイは眉をひそめる。

「どうしたの?」
「林檎味がよかった」

今更そんな我が儘を言う。

「林檎なんて無いよ」
「あったわよ。前、見た気がするもの。」

拗ねた顔のフレイに、キラはメニュー覧の記憶をたどる。

「それ、ゼリーじゃない?先週の…」

確かにあった。キラは思い出したことが嬉しくてフレイを見たが、睨み返された。

「キラの意地悪!優しくないわ」

つんとそっぽを向くフレイが可愛くて、キラの表情がつい綻んだ。

「総員!第一戦闘配備!」

警報にはじかれたようにキラは立ち上がる。
「フレイ、ごめん、いくよ!」
「あっ、キラ!」

叫んだフレイのひとみに、またいつもの暗い火が宿る。

「守ってね…あいつら皆、やっつけて」

胸が痛くなった。フレイはやはり昔のフレイではいられないのだ。
キラは頷くことができぬまま部屋をとびだした。

「寝れるなら寝ちゃったほうがいいよ、そのほうが…」

フレイに声をかけた所でサイ達に鉢合わせた。

(あっ…)

思わず顔を反らす。なにかいけないことを見られてしまったように。

「…頼むな」

しかしサイは絞るような声で、告げた。
うん、と返事をして、その後ろ姿を見送る。

(サイは強いな…)

自分には真似できない。フレイの気持ちを知って尚、彼女を繋ぎ止めようとする自分とは。
本当はサイに打ち明けるべきなのにそれは出来ない。したくない。

(僕は…本当に弱い)
キラはそんな思いを振り切るように、ブリッジへ駆けた。

海中での戦闘は困難を極めた。
先日のグーンもそうだが、ゾノという魚擂を思わせるMSのパワーに圧倒された。海中戦用にプログラムを調整したのはいいが、それでもなんとか勝てた、という状況だった。

AAにとって一応の危機は逃れたものの、砂漠で見たデュエルとバスター…二機のガンダムもこちらの後を追って来るのだろう。
そして…ブリッツとイージス…アスランもまた。

戦いたくない。
次に会う時は撃ち合う時だった…殺す気で。
戦いたくない。守りたいものは何なのか、キラは考える。
それは友人…そして、フレイ。
フレイもアスランもどちらも大事だ。

自分の大切なものだけ守れれば良いのに。
現実は彼に天秤しか与えない。
残酷な選択を迫られていた。
そして選べもしないまま、ここまで来てしまった。

「待って。キラ、全然寝て無いわ」

耐え切れないように身を起こしたキラの袖を、フレイは引いた。

「今日はもう寝ろと言われたでしょう?副長さんに怒らたばかりじゃない」

眉を寄せて、叱るような口調だった。それには様々な感情が交じり、フレイは自覚しないままに苛立った。

「でも…、ほっとけないよ。僕は大丈夫だし、ストライクも動けるし。」

「そういう問題じゃないわ」

まだだるそうな体で、フレイは立ち上がる。
「あの子が心配なのはわかるけど…どうせ夜は見つけられないって言ってたわ。それに、キラがいなかったらこの艦だって危ないじゃない!」

フレイの意見はもっともだが、キラは頷くことが出来ない。優しく、一本気なカガリ。彼女がどこかで救援を待っているに違いないのだ。

「ごめん。フレイ」

そう謝ると、制服に袖を通した。

「キラは私よりあの子が大事なんだ…」

ふと、小さく呟いた。フレイは一番に愛されないと不安になる、そういう所があった。
しかし自分の放った言葉にびっくりして唇を押さえる。

「何?」

キラは聞き取れなかったようで振り返る。だが、フレイは首を振るだけだった。


キラがいなくなって、フレイはまた寝転んだ。キラの匂いのするベッド。それが落ち着くと思ったのはいつからだろう?


何かが変わろうとしていた。
いや、もう既に変わってしまったかもしれなかった。

キラが…違う。
キラが自分と距離をとっているのは感じていた。

そしてそれを、追い駆けている自分自身にも。



4


キラはもうフレイがいらないのかもしれない。
フレイの望みを叶えてくれないのかもしれない。

もしそうなったら…キラが今いなくなったら、私はどうしたらいい?


フレイは震えを覚えて、身を縮こまらせた。

それで全て終わってしまう。

恐ろしい認識だった。

キラを失ってはならない…失いたくない。

その為にどうすればいい?
もう全て与えた筈だ。欲しいというから、フレイは抱かれもしたのに。

これ以上、何を与えればいい?あのカガリという子は、キラに何を与えたのか。

追い詰められる恐怖と、孤独感があいまって叫びだしそうだった。
キラは私に、何を求めるんだろう?
フレイには、判らなかった。

<続く>

書き溜めた分は全部投下しますた。お付き合い頂きありがとう。
感想くれた人にも感謝します。
これからも続くんでよろー。



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