終末に向って 1



 フレイの乗ったポッドはドミニオンに回収された。
 ポッドから出てきたザフト軍服の少女を見て兵士達は銃を付きつける。銃口を向けられて怯える少女だったが、いささか芝居がかった声が兵士達を止めた。

「はいはい、その女の子は私の大事な客人です。手荒な真似はしないようにね」

 やってきたのは白いスーツを着込んだ、軍人というよりも企業のエリートという感じの男だった。だが、そん言葉に兵士達は慌てて向けていた銃を降ろしたことを考えると、この艦では偉い人らしいと分かる。
 男はフレイの前に来るとにこやかに語り書けてきた。

「やあフレイ・アルスター、初めまして、と言うべきかな。僕はムルタ・アズラエルといいます」
「ムルタ・アズラエルって、確かブルーコスモスの総帥の・・・・・・」
「そう、君のお父上には実に世話になった。本当なら君とはもっと早く会えていた筈なんだが、どうやらアクシデントがあったようだねえ」
「は、はい。アラスカでクルーゼというザフトの士官に捕まってしまって」

 顔を俯かせて答えるフレイに、アズラエルは僅かに口元を歪ませ、心底楽しそうな口調で答えた。

「なあに、気にする事は無い。確かに捕まった事は悲劇だったが、今君はこうしてザフトの魔の手から逃れ、我々ナチュラルのもとに自力で帰ってきたんだからね。これはなかなかに凄い事だよ」
「凄い事?」
「そうだろう、ザフトに捕まったナチュラルが帰って来た事は無い。君はその第一号という訳だ。まさに英雄だよ」
「英雄・・・・・・」

 フレイにはその言葉が重かった。別に自分はナチュラルの勢力下に帰りたかった訳ではない。アークエンジェルに戻りたかっただけなのだ。アズラエルはその辺りを勘違いしているらしい。

「ところで、敵艦から脱出する際、何か持ってきた物などはないかね?」
「え?・・・・・・あ、はい、ありますけど」

 フレイは持ち出してきたディスクをアズラエルに渡した。それを受け取ったアズラエルは満足げに頷くと、フレイの肩に手を置いた。

「いやあ、ありがとう。これは実に重要なデータなんだ。そう、戦争を終わらせられるぐらいにね」
「戦争を、終わらせられる?」

 フレイにはアズラエルの言ってることが理解できなかった。何故ディスク1枚で戦争が終わるのだろうか。あれはそんなに大切な物だったのだろうか。
 フレイの疑問?答える者はいない。アズラエルは兵士の1人にフレイを休ませるように言うと、一人でどこかに行ってしまった。私は案内役の兵士に言われるままに歩いて行く。
 あてがわれた部屋は個室だった。一応の物は揃っているようだ。私はベッドに腰を下ろすと、じっと天井を見上げた。これからどうなるのだろう。ただその事だけが頭の中を占めていた。



終末に向って2

 フレイを収容したドミニオンは弾幕を張りつつフリーダムから離れていった。フリーダムは必死に追い縋ろうとしているがドミニオンの快速と火力、そして3機のガンダムに邪魔されてしまい、遂には振り切られてしまう。
 フリーダムを振り切ったドミニオンはその足で連合軍第7機動艦隊主力との合流を果たした。
 第7機動艦隊と合流すると、アズラエルは用があると言って艦橋から出ていってしまう。忌々しい男がいなくなった事でようやくナタルは一息つく事が出来た。

「まったく、なんであんな男を乗せねばならんのだ」

 あの新型3機は自分の指揮下に有ると言うより、アズラエルに貸し出されているようなものである以上、彼の言うことを無視する事は出来ない。だが、その事がますますナタルの神経を苛立たせていた。
 そんな荒んだナタルの眼前にいきなりドリンクが差し出されてきた。

「艦長、少しは気を楽にした方が良いですよ」
「あ、ああ、済まないな」

 ドリンクを受け取ったナタルは一口啜った。こういう時は何かを飲むと不思議と落ち着くものだ。
 幾分か気分を和らげたナタルは、ふと気になった事を尋ねた。

「そういえば、あのポッドには誰が乗っていたのだ?」
「それが、ザフトから脱走してきた少女兵だそうです。アズラエル氏が何か受け取ったそうですが、詳しい事は分かりません」
「・・・・・・そうか、あの男、何を考えているのか」

 ナタルはまた不機嫌になった。自分の艦の中で勝手をされているかと思うと、また苛立ちが表に出てくるのだ。

 アズラエルが自分に物資の搬入を求めてきた時、ナタルはそれがミサイルだと確認するとそれ以上の興味を失い、勝手にしろと言い放った。
 ナタルの許可を受けたアズラエルはにこやかに頷き、その物資を搬入していく。
 この時、ナタルはアズラエルの計画を知らなかった。もし知っていればどんな手段でも使って抵抗しただろう。
 それは、核弾頭ミサイルだったのである。


 プラントへ向けて進撃を開始した連合艦隊。その戦力は激減しているザフト軍とは比較できないほどの物量であった。
 この大艦隊に対し、アズラエルはドミニオンから放送を始めた。

「皆さん、これからコーディネイターどもに今までの借りを返す戦いが始まります。あの美しい地球を戦場とした愚か者どもに、自分たちのした事がどれほど罪深い事だったかを思い知らせてやるとしましょう」

 ブルーコスモスでなければ聞いていられないような台詞に、ナタルは流石に顔を顰めた。ナタルとてコーディネイターが好きという訳ではないが、ここまで憎悪する気にもならないのは確かだ。
 もちろなずらえるはナタルの変化になど気にもかけていない。気付いていたとしても何も言わなかっただろうが。
 アズラエルは楽しそうに演説を続けていく。

「それでは皆さん、戦いを始める号砲として、これから盛大な花火を打ち上げます。見逃さないで下さいね」

 アズラエルはマイクを置くとナタルを見た。

「艦長、先ほど搬入したミサイルを装填してもらえますか」
「ミサイルを装填だと。ここから何処を狙うつもりなのだ?」
「決まってます。ザフト軍前線基地、アボス基地ですよ」
「・・・・・・だが、ここからミサイルを撃っても迎撃されるだけだぞ」
「迎撃されても構いませんよ。ある程度まで近くに行けば十分です」

 アズラエルが何を言いたいのかナタルには分からなかったが、とりあえず言われた事を実行した。搬入されたミサイルをランチャーに装填し、アボス基地に向けて撃ち放つ。
 だが、この手の長距離攻撃が意味の無いものであることは常識だ。軌道計算でミサイルを撃つことは可能だが、途中で必ず迎撃されてしまうからだ。
 だが、このミサイルはそれでいいのだ。そう、ある程度近くで炸裂してくれればそれで成功なのだから。
 そして、アボス基地は幾つかの巨大な閃光に包まれ、消滅していったのである。

 アボス基地消滅の知らせを受けたナタルは驚愕して振り返った。

「どういう事だ、あのミサイルはまさか!?」
「そう、核ミサイルですよ。我々は核の封印を解き放ったのです」
「・・・・・・貴様は、血のバレンタインを再現するつもりなのか?」

 ナタルは怒りに顔を歪ませた。あのユニウス7の残骸と、そこに漂う住人達の姿は今でも覚えている。あの惨劇を拡大再生産しようとでも言うのだろうか?
 アズラエルはナタルに皮肉な笑みを向けて答えた。

「まずは脅しですよ。これで降伏しない様なら核攻撃を加えていきます」
「私はこんな命令は受けていない!」
「この作戦はサザーランド大佐から上層部の許可を取り付けたものです。艦長の意思は関係無いのですよ」

 アズラエルの嘲笑を受けて、ナタルは足元が崩れていくかのような衝撃を受けていた。
 今まで信じてきたもの、その最後の糸が切れてしまったかのような衝撃だ。この時、ナタルの中で1つの決意が形を成したのである。



終末に向って3

 核攻撃。一年前に封印された禁忌が今破られてしまった。
 連合将兵達も流石に勝利の余韻に浸る事も出来ず呆然としている者が多い。
 連合艦隊はプラント侵攻を前に一度動きを止めていた。プラント側に降伏を勧告した為だ。だが、この勧告はプラント側に蹴られてしまった。返されてきた電文を読んだアズラエルは皮肉げに笑うとその用紙を握り潰す。

「くっくっく、どうやら現実が見えていない様ですねえ。良いでしょう、躾の悪い野良犬は一度教育してやるとしますか」

 アズラエルの指示で連合艦隊は再び前進を開始した。攻撃目標はプラントとの間に立ちはだかる最後の防衛線、ヤキン・ドゥーエ要塞。ここを突破すればプラントは完全に裸になる。まさにケリをつける戦いという訳だ。
 アズラエルは戦いの前にやっておくことを思いついていた。

「さてと、そろそろ彼女に役に立ってもらうとしますか。奇跡の生還を遂げたヒロインに」



 連合軍の核攻撃にキラ達は揺れていた。まさか、NJCが連合の手に渡ってしまうとは。
 この事態にAAに集まった一堂は今後の事で協議を重ねていた。

「連合が核攻撃を開始した以上、これをどうにかするのが優先でしょう」
「ですが、どうやってですか? いくらフリーダムトジャスティスでもあの大軍を止めるなんて」

 ラクスがプラントを心配するのは当然だが、マリュ−は現実的には不可能だと思っている。連合軍にはあの新型の3機がいる。あれはフリーダムとジャスティスでも手を焼く強敵だ。これに2機が拘束されれば後はダガーの大軍を食いとめる術は無い。
 つまり、自分達3隻の戦力でどう足掻こうとも連合軍を止めることは出来ないのだ。バルトフェルドとキサカもマリューの言葉に頷いている。彼らも軍人であり、現実を無視できないのだ。
 ラクスは沈痛な表情でキラとアスランを見た。

「キラ、アスラン、あなた達はどう思いますか?」
「僕は、連合軍はとめなくちゃいけないと思う。でも・・・・・・」
「我々が出撃した後、艦を誰が守るのです。M1とバスターだけでは持たないでしょう」
「・・・・・・それなら、2機だけでの強襲という手もあるな」

 キサカがかなり無茶な事を言うが、2機の戦闘力を考えれば不可能ではないかもしれない。キラとアスランはキサカの提案に頷いていた。
 だが、この作戦会議を中止に追い込む、ある放送が連合艦隊から発せられたのである。
 それを受信したAAではサイが驚いてメインモニターに回している。
 そこに映っていたのは、赤い連合軍の制服を着たフレイであった。

「フレイ!?」
「どういうこと、何であの娘が?」

 キラが驚きの声を上げ、マリュ−が訝しがる。
 そして、アズラエルの声がこの放送の意味を教えてくれた。

「皆さん、彼女はザフトの捕虜という危険極まりない状況から奇跡の生還を果たした勇敢な兵士であり、戦場で非業の死を遂げられた事務次官、ジョージ・アルスター氏のご令嬢です。これから彼女がザフトの実態を語ってくれますから、ちゃんと聞いてください」

 これは、フレイを利用した連合の宣伝放送だったのである。フレイを利用した卑劣な手段に、キラ達はアズラエルへの怒りを募らせていた



終末に向って4

ドミニオンに作られたステージに上げられたフレイ。その顔には困惑と躊躇いが浮かんでいる。
どうして自分の演説が連合軍将兵に有効だというのだろう。自分は15歳の、なんの力もない小娘でしかないのに
放送が始まる前にその事をアズラエルに尋ねたが、その答えはフレイを愕然とさせるものであった。

「私に演説なんて出来ませんよ」
「いやいや、別に難しい事を話せという訳じゃないんだ。君がこれまでにザフトとの戦闘で見てきた彼らの非道ぶり、コーディネイターに捕まって受けた屈辱の数々を語ってくれれば良いのさ」
「・・・・・・コーディネイターの非道ぶりを?」
「そう、そうすれば連合軍将兵達の敵への怒りは沸点に達するだろう」

ようするに、自分を戦意高揚のプロパガンダに利用するということか。
フレイはそう悟り、皮肉に口元を歪めた。結局何処まで行っても私は利用されるだけの存在らしい。

演台に立ったフレイは、これまでの儚げな雰囲気を捨て去ると、強さを秘めた目で語り出した。

「皆さん私はフレイ・アルスター。連邦事務次官、ジョージ・アルスターの娘です」

フレイの演説に連合軍将兵は聞き入った。フレイの持つ容姿が彼らの興味を引いたということもあるが、アズラエルの命令がやはり大きい。
そして、この通信はザフトでも傍受されていたのだ。クルーゼやイザーク、ザフトの兵士達もこの演説を見ていた。

「私の住んでいたヘリオポロスコロニーは、ザフトの突然の襲撃を受け、破壊されました。住む場所を奪われた私は連合軍の戦艦アークエンジェルに救助され、地球までザフトの襲撃に怯える日々を送ったんです」
「途中、幾度もザフトは襲ってきました。そんなアークエンジェルを守っていたのはヘリオポリスに住んでいたコーディネイターの少年でした。彼だけが連合のMS、ストライクを扱えたんです」
「そして地球まで後少しという所でアークエンジェルは迎えの艦隊と合流できそうになりました。そこには私の父も乗っていたんです」
「しかし、その艦隊はザフトの攻撃を受け、全滅しました。父の乗っていた艦も私の目の前で沈められて・・・・・・」

 
その時の光景を思い出してしまい、フレイは顔を伏せた。感情を押さえるのにしばしの時を必要としたからだ。

「私はコーディネイターを憎みました。そして復讐を誓いましたが、私には力が無かった。そんな私が目をつけたのが、ストライクのパイロットだった少年でした」
「私は彼を利用してやろうと考えました。コーディネイターがコーディネイターを殺す。そして最後にはその少年もコーディネイターに殺されれば良い。そう考えたんです」

この言葉にAAにいたキラは衝撃を受けた。サイ達の顔にも怒りの色が浮かんでいる。

「彼は私の思惑通り戦ってくれました。ザフトを次々に倒していったんです。そして最後には自分の友人が乗っていたイージスと相打ちになり、彼は死にました」
「その後、私はアラスカでザフトのクルーゼという男に攫われ、ずっとザフトと行動を共にしていたんです」

そこでフレイは言葉を切った。内心を整理する時間が欲しかったのだ。

フレイの放送を聞いていた人々の反応はさまざまだった。同情するもの、怒りを露にするもの、困惑するもの。

そして、フレイは再び口を開いた。その表情はキラやサイですら見たことが無いほどに美しく、そして何処か悟ったような危うさがあった。

「ですが、私はザフトと行動を共にすることであることに気付きました。それは、彼らの戦う理由と、私たちの戦う理由が同じだということです」
「私は父の敵を討つために軍に入りましたが、ストライクのパイロットだた少年は友人を守る為に軍に入りました。皆さんも同じはずです。最初からコーディネイターへの憎しみだけで武器を取ったわけでは無いはずです。家族を、友人を、故郷を守りたくて武器を取ったのではないのですか?」
「彼らも同じなんです。プラントを守りたい、家族や友人を戦火から守りたい。同じ思いでコーディネイターも戦ってるんです」

フレイの発言は周囲に大きな衝撃を与えていた。コーディネイターを憎んでいた少女が、まさかコーディネイターを擁護するとは。
それはAAクルー達も同じだ。フレイのコーディ嫌いは有名だったから。

「彼らも人間なんです。確かに遺伝子は違うかもしれない。今まで殺しあった相手を受け入れるのは大変かも知れません。でも、このまま殺しあってたら、私みたいな子供が増えるだけなんです」
「もう、これ以上無駄な殺し合いをしないで下さい。家族の元に帰ってあげてください。復讐なんかしたって、後に残るのは空しさだけなんですから・・・・・・」

涙声で語るフレイの言葉は、聞く者の心に確かに響いていた。実体験から来る説得力というのか、連合の兵士もザフトの兵士もフレイの注目していたのだ。
だが、そんな舞台の中で1つの変化があった。銃を構えたアズラエルが舞台に上がってきたのだ。

「どういうつもりですか、フレイ・アルスター。誰がそんな事を言えと?」
「あなたは私の体験を語れといったわ。だから語ったのよ」

フレイとアズラエルがしばし睨み合う。そして、フレイは目を閉じると胸に手を当て、懐かしむように優しい声で語り出した。

「滑稽な話だと思うでしょうね。コーディネイターを憎み、復讐を誓った私が、そのコーディネイターに恋をしてたと言ったら」
「・・・・・・コーディネイターに、恋だと?」
「ええ、私は自分で利用していた少年、キラ・ヤマトを好きになってたのよ。最初は認められなかった。必死に否定してた。でも、彼が私を拒否して、そして私の前から永遠にいなくなって、ようやく私は自分を受け入れることが出来たわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は、彼が好きよ。今でもね。彼が死んでからようやくその事を受け入れるなんて、自分でも馬鹿だと思うけど」

自嘲気味に笑い、そしてフレイは顔をあげ、アズラエルを見た。

「ブルーコスモスのあなたに言っても無駄かもしれないけど、ナチュラルとコーディネイターは分かり合えるわ。だって、私がキラを好きになれたんだもの。他の人にできないはずが無い。排斥することしか考えないあなた達に未来は無いわ!」
「小娘が知った風な口をっ!」
「・・・・・・あなたはラクスに、AAに勝てはしないわ」

フレイはアズラエルから顔を背けると、自分を写すカメラを見た。

「皆さん、もし私の話を少しでも理解してくれたなら、AAに、ラクスに手を貸してあげてください。あの人たちならきっと未来を切り開いてっ・・・・・・・」

フレイは最後まで言う事は出来なかった。舞台に一発の銃声が響き渡り、フレイの胸から血飛沫が上がる。
そしてフレイは、多くの人が見ている前で舞台に倒れ伏した。

終末に向って5


フレイが撃たれる瞬間を見たAAのクルーたちは誰もが言葉を失っていた。
キラとミリィ、サイを除けばフレイと付き合いのあった者はいないが、それでも同じ艦で戦った仲間には違いない。
その少女が目の前で殺されたのだ。動揺しない方がおかしかった。
むしろこの事態を冷静に受け止めていたのはクサナギやエターナルのクルーたちの方だった。カガリが驚きを交えた声で誰にとも無く問いかける。

「どうして、フレイがラクスのことを知ってるんだ。何でラクスを助けろなんて?」
「恐らく、私の演説を聞いているのでしょう。フレイさんはザフトに囚われていましたから」

カガリにラクスが答えた。その顔には困惑と悲しみが浮かんでいる。
だが、それ以上に深い悲しみを背負っている男たちが居る。サイとキラだ。サイは自分のコンソールに体を預けて涙を流し、キラは床に膝を付いて拳を床に叩きつけている。

「あの時、あの時僕がポッドを収容できてれば、こんな事には!」
「キラ・・・・・・サイ・・・・・・・」

ミリィにかけられる言葉は無かった。恋人を失う悲しみを知っている彼女ではあるが、その辛さを生かせるほどには長生きしてる訳ではなかった。
2人の慟哭が艦橋に響き渡り、誰もそれを慰められないで居る。フラガがいれば言葉をかけられたかもしれないが、彼は未だに病室に居る。
だが、救いの手は誰もが予想しなかった所から差し伸べられた。

「泣くな、少年達っ!」

2人を一喝したのはバルトフェルドだった。誰もが驚いて彼に視線を集中させる中、淡々と言葉を紡いでゆく。

「少年、あの娘はなんと言っていた。もう戦わないでくれ。殺し合いなんか止めてくれ。そう言っていただろう。なら我々はどうすれば良い、何をすれば彼女の勇気に報いてやれる!?」

バルトフェルドの問い掛けに、キラもサイも答える事はできなかった。ただ瞳に理解の色を宿してはいる。それを確認したバルトフェルドは力強く頷いた。

「そうだ、我々に出来ることは戦争を終わらせることだ。それだけが彼女に報いてやれる唯一の手段だ。だから今は泣くな。悲しみを怒りに変えて立ち向かえ。俺のようにな」

最後にバルトフェルドはふっと寂しげな笑みを一瞬だけ閃かせた。それに気付いたキラはバルトフェルドもアイシャを失った事を思いだし、彼もこの苦しみに耐えて戦っているのだということを悟った。

「バルトフェルドさん、あなたは・・・・・・」

キラはそれ以上なにも言わなかった。袖で涙を拭い、すっくと立ちあがる。サイも少し遅れたが顔を上げた。

「分かりました、バルトフェルドさん」
「そうだ、それで良い。この戦いが終わったら、彼女の墓に胸を張って言ってやれ。俺達が戦争を終わらせたってな」

自分で立ち上がったキラに、これまでに無い強さを見たバルトフェルドは顔を綻ばせた。今のキラはバルトフェルドから見ても1人の男の顔になっていたのだ。誰の助けでもない、自分で答えを見つけて逆境から立ち上がる。それが出来たとき、人は本当の成長を見せるのだ。

だが、その時、連合艦隊のいる宙域を一条の閃光が埋め尽くした。それが何なのか、分かる者は誰もいなかった。



終末に向って6

ザフトの最終兵器、ジェネシスは連合艦隊の半数を焼き払ってしまった。生き残ったのは未だに集結を終えていなかった艦隊であり、それらも突然の事態に混乱し切っている。
ジェネシスの余波を受けたドミニオンも大破しており、戦闘行動どころか航行さえ危ぶまれる状態となっている。

「姿勢を保て、消火を最優先だ。弾薬庫の誘爆だけはなんとしてでも阻止しろ!」

ナタルの指示が矢継ぎ早に飛ぶが、その指示も焼け石に水であった。ドミニオンの最後は刻一刻と迫っていたのである。
そして、遂にナタルは総員退艦を決意した。

「総員退艦しろ、この艦はもう持たない。近くの艦を呼び寄せろ!」
「護衛艦サンフランシスコが近いです。今連絡を取ります!」

オペレーターが通信を交し、程なくして受け入れ要請受諾を取りつける。ナタルは頷くと総員にシャトルとポッドでの脱出を指示した。
そして、ナタルは医務室に通信を繋ぐ。

「艦長だ。軍医、負傷者は動かせるか?」
「なんとか大丈夫だと思います。シャトルで移送します」
「ああ、最優先で頼む」

慌しく飛び出して行くオペレーター達を見送ったナタルは、悠々と出て行こうとするアズラエルを呼び止めた。

「待っていただこうか、アズラエル」
「はい?」

アズラエルがナタルの振り返り、そして体を硬直させた。アズラエルの視界には、自分に銃口を向けるナタルの姿があった。

「な、なんのつもりですか、艦長。冗談にしてはいささか・・・・・・」
「冗談ではないさ」

ゆっくりとアズラエルに近づいて行く。その顔には明確な殺意と怒りがあった。

「フレイ・アルスターを撃ったことの報い、受けてもらおうか」
「・・・・・・おやおや、そういえば貴方もアークエンジェルのクルーでしたねえ。仲間同士の友情という訳ですか」

肩を竦めるアズラエルに、ナタルは淡々と告げた。

「ムルタ・アズラエル氏は沈むゆく艦から脱出に失敗、戦死したと報告しておこう」
「ほう、思っていたよりずっと悪知恵が働くんですね」

アズラエルは感心してナタルを誉めた。まるで銃口など見えていないかのような態度にナタルは苛立ちを見せる。
ナタルはアズラエルに向けて銃を撃ち放った。これでアズラエルは死んだはずだった。少なくともナタルの頭の中では。
だが、ナタルの視線の先にはすでにアズラエルの姿は無く、そして一発の銃声が響き渡った。


アズラエルは倒れたナタルを見やり、皮肉な笑みを作るとその場から立ち去っていった。

「やれやれ、仕方ありませんねえ。渡し自ら頑張るとしますか」

いつもの皮肉さの中に危険な何かを閃かせ、アズラエルはMSデッキへと歩いていった。そこには、自分を待つ最強の機体が眠っているのだ。




終末に向って 7

遂に激突した連合とザフト。ジェネシスで戦力を半減させた連合にザフトの主力艦隊が襲いかかる。遂に最後の戦いの幕が上がろうとしているのだ
この戦いを遠くから見ていたAAと草薙、エターナルは主要メンバーがAAに集まって今後の行動を考えていた。

「それで、俺達はどうするね。連合につくのか、ザフトにつくのか、双方が消耗し切るまで待つのか?」

フラガがラクスに問いかけた・一応この集団のリーダーはラクスだから当然なのだが、何も知らない人が見ればさぞかし奇妙な光景に映るだろう。
問われたラクスはしばし考えこんだ。そして、ゆっくりと口を開く。

「私達はヤキン・ドゥーエ要塞を攻略します」
「おいおい、俺達だけで要塞に手を出そうってのかい?」

フラガが呆れた様に肩を竦める。他の者も発言はしないが一様に戸惑いを見せている。

「今のヤキン要塞には最低限の守備隊しか残っていない筈です。勿論プラント本土にも。これを陥落させればプラント本土は丸裸となり、私達でも圧力をかけられるようになります」
「その上でプラントに残る同士達が決起し、ザラ議長を初めとする強硬派議員たちを拘束します」

ラクスの言葉に一堂は言葉を失った。いや、ある程度事情を知ってたらしいバルトフェルドは厳しい表情を崩さずに居る。

「私達は前から準備を進めていたのです。プラントを掌握後、地球連合でも戦争継続派を逮捕、拘束する手筈になっています」
「連合にもって、どうやってコンタクトを?」

マリュ−が不思議そうに問うた。

「オーブのマルキオ様やウズミ様を通じてですわ。全てが成功すれば月にある連合基地も艦隊も意味を無くします。ザフトも押さえる事は不可能ではないと思ってます」
「言うのは簡単だが、まずはヤキン要塞を落とさないといけない。これとて容易ではないぞ」

キサカの提示した問題にはバルトフェルドが答えた。

「その点は大丈夫だ。すでにフリーダムとジャスティスの強化パーツであるミーティアの準備が完了している。これの戦力ならどうにかなる筈だ」
「じゃあ、後は僕とアスランが上手くやるだけですね」

キラの言葉にアスランが頷いた。
話の細部を詰めて皆がそれぞれの艦に帰って行くなか、フラガがラクスを呼びとめた。

「ちょっと、良いかな?」
「はい、何でしょうか?」

ラクスがフラガの方を向く。作戦室にはマリュ−とフラガ、ラクスの3人しか残っていない。
フラガは厳しい顔でラクスに問いかけた。

「正直に答えて欲しいもんだな。お姫さんは、俺達がヤキン要塞攻略を終えるまでにザフトなり連合なりが押し寄せてくるとは考えなかったのか?」
「・・・・・・・・・勿論、考えていました。恐らく要塞攻略前に押し寄せて来るでしょう」
「それを承知で、こんな無茶をさせるのか?」

フラガの声には押し殺された怒りがあった。

「分かってるのか、余程上手く行かない限り、俺達は全滅するんだぞ?」
「・・・・・・分かっています。ですが、これは最初で最後のチャンスかもしれないのです。逃す訳にはいきません。多少の犠牲は覚悟の上です」
「そう、かい。分かったよ!」

フラガはキッとラクスを睨みつけると、それ以上何も言わずに作戦室を後にした。その後をマリュ−が追っていく。
残されたラクスは顔を伏せると、じっと床を見続けていた。


そして、遂にラクス達は動き出した。目指す攻撃目標はヤキン・ドゥーエ要塞である。



終末に向って 8

それは、突然に起こった。ヤキン・ドゥーエ要塞に超遠距離から2条の光が叩き付けられたのだ。
勿論2発程度で要塞が崩壊する訳も無いが、メインゲートがこれで完全に破壊されてしまった

「なんだ、何処からの砲撃だ!?」
「待ってください・・・・・・分かりました、大型艦3隻を確認。連合のAA級と未確認艦1、それと・・・・・・エターナルです!」
「エターナル、あの反逆者の艦か」

要塞司令官は怒りに顔を赤くした。要塞駐留のMS隊をボロボロにされたのはまだ記憶に新しい。

「迎撃だ。要塞砲の砲門を開け。MS隊と艦隊は直ちに出撃。奴等に身の程を教えてやれ!」

司令官の命令で駐留軍が出撃してくる。連合主力の迎撃にかなりの戦力を割かれたとはいえ、まだまだその戦力は多い。
だが、彼等の士気はいきなり挫かれる事になる。敵艦隊から高速で迫る2機の巨大MAを前に、迎撃に出たMS隊は大損害を受けたのである。
突入してきた2機のミーティアは味方の為に突破口を切り開いていた。キラはなんとか殺さない様努力はしようとしたのだが、ミーティアの攻撃は大味過ぎてそういう手加減は出来ない。もともとそういう事を考えていないアスランは一方的に敵を蹴散らしていた。

「キラ、こっちは押し切れそうだ。そっちはどうだ?」
「大丈夫だと思う。だけど、思ってたより多い!」

キラの言う通りだった。迎撃に出てきたジンとゲイツは当初の想定をかなり上回っている。
そして、キラとアスランで引き受けた敵以外は高速で突入してきたMS部隊の熱い歓迎を受けていた。

「ローエングリン第2射用意!」
「すぐには無理です!」
「MS8機、天頂方向より接近!」

AAの艦橋は蜂の巣を突ついたような喧騒に包まれている。なにしろ敵の数が多すぎるのだ。だが、これでもAAは持ち前の大火力で多くの敵を引きつけて奮戦していた。なんだかんだ言っても歴戦の艦なのである。
問題なのはエターナルとクサナギだった。エターナルは近接防御力が不足していたし、クサナギは致命的に実戦経験が不足している。数十機のMSに襲われるなどという事態に対処し切れていないのだ。
この穴を埋めるべきMS部隊も大苦戦していた。フラガは負傷しているからストライクの動きは精細を欠き、バスターは乱戦には向かない。アストレイはゲイツには分が悪かった。

「ええい、くそっ、突破できん!」
「おっさん、怪我してんだから無理すんなよ!」
「だからおっさんはやめろと言ってるだろ! 俺はまだ若いんだ!」

かなりヤバイ状況なのに軽口だけは忘れない2人。それを通信で聞いていたマリュ−は青筋立てて2人を怒鳴りつけた。

「ムウ、ディアッカ、こんな時に何ふざけてる訳!? 口動かす暇があったら1機でも堕としなさい!!」

通信機が壊れそうなマリュ−の怒声にフラガとディアッカは首を竦めてしまった。そして恐る恐る謝り出した。

「い、いや、やっぱ気分を少しでも軽くしようかと思って」
「軽口でも叩かないとやってられないんだよ」

まあ、軽口叩きながらでも確実に敵を落としているんだから問題は無いのだろう。だが、マリュ−は額を押さえて頭痛を堪えていた。


戦闘そのものはミーティア2機を擁するAA側がなんとか押し切る形で推移しようとしていた。やはりこの超兵器の存在は大きい。
だが、その活躍は余りにも凄すぎた。ヤキン・ドゥーエ要塞は主力艦隊に救援を求め、ザフト主力艦隊とそれを追撃する連合艦隊を呼び寄せる結果を招いたのだから
ただ、連合艦隊の動きはおかしかった。カラミティ、フォビドゥン、レイダーを率いるアズラエルのMS、デザイアを先頭にザフトを追撃して行く部隊と、やや遅れて戦力を集結している部隊とにである。
なにか、連合艦隊の中に変化が起こり始めていたのだ。



終末に向って 9

ザフト艦隊が帰って来た事はすぐにAAの知るところとなった。元々それあるかを警戒して常に監視していたのだから当然だ。
だが、それは今の状況を考えると絶望的な報告だった。まだヤキン要塞は落ちていない。すでにAAもクサナギもエターナルも要塞に取り付いてはいるが、まだ内部では抵抗が続いているのだ。
予想通りと言うか、最悪の事態にマリュ−は1つの決断をしなくてはならなかった。

「アークエンジェルは直ちに反転。ザフト艦隊を足止めします。ストライクとバスターを戻して。出来ればフリーダムも呼び寄せて!」
「艦長、我々だけであの大軍を相手取るつもりですか!?」

ノイマンが驚愕した叫びを上げる。他のクルーは声もでない様だ。
マリュ−は厳しい顔でノイマンを見た。

「エターナルを危険に晒す訳には生きません。あの艦には未来がかかっています!」
「・・・・・・艦長」
「すまないとは思うわ。でも、今はこれしかないのよ」

マリュ−の覚悟は全員に伝わったのか、誰もがそれ以上は何も言わず、自分の任務に戻った。暫くしてアークエンジェルの要請を受けた3機のMSが戻ってくる。
そして、たった1隻の戦艦と3機のMSは圧倒的な戦力を持つザフト艦隊と対峙したのである。
流石のキラでもこの状況には思わず生唾を飲み込んだ。

「多い、ですね」
「そうだな。ヤキン守備隊の比じゃないな」
「まさか、元味方の艦隊にビビる日が来るとはなあ〜」

3人とも喉がカラカラに乾いている。余りの敵の多さにいつもの余裕さえ無くしているのだ。
そして、更に致命的な報告がもたらされた。

「ザフト艦隊後方に連合艦隊を確認。更に連合艦隊の一部がプラントに向かっています!」
「まさか、プラントを直接攻撃するつもりなの!?」

マリュ−は歯噛みしたが、今更どうにも出来ない。自分たちにはそれだけの戦力が無いのだから
自分たちの無力感を噛み締めている間にもザフト艦隊は殺到し、ついに戦闘が開始された。
ビームとミサイルの雨にAAは次々と被弾していく。3機のMSも雲霞の如く押し寄せるザフトMSに翻弄されていた。ミーティア装備のフリーダムでさえボロボロなのだ。
圧倒的な敵部隊にどんどん押し返されるAA。迫り来るローレシア級巡洋艦の姿に、マリュ−は自らの最後を悟った。

「前方ローラシア級、主砲温度上昇中!」

サイの悲鳴のような報告が届くが、AAの主砲はすぐにそちらを撃てない。もはや打つ手は無かった。



だが、まさに覚悟を決めたとき、いきなり目の前のローラシア級が爆発したのである。
誰もが突然の事に呆然とした。MSも近くにいないのに、誰が助けてくれたというのだろうか?
そして、1つの通信がAAにもたらされたのである。それは、戦局を決定的に覆すことになる、まさに奇跡ともいえる通信だった

『アークエンジェル、こちら第7機動艦隊司令官代理ダウディング少将。これより貴艦を援護する』



終末に向って 10

突然の連合艦隊の豹変ぶりに戸惑いを隠せないAAクルー達。マリュ−も最初は罠ではないかと思ったが、現実に連合艦隊の砲火はAAから敵を遠ざけるように放たれており、ストライクダガー部隊はザフトMSを押し返している。
そして、メネラオス級戦艦の巨体がAAに近付いて来た。通信モニターに40代半ばほどの将官の姿が映し出される。

「第7機動艦隊司令官代理、ダウディングだ」
「・・・・・・何故、我々を助けてくれるのです?」

マリュ−の問い掛けに、ダウディングは口元を綻ばせ、気恥ずかしそうに答えた。

「私にも、16の娘がいるのだよ。フレイ・アルスターの演説を聞いて、娘に諭されたような気になってしまった」
「フレイさんの、演説で?」
「ナチュラルとコーディネイターが分かり合えるのかどうか、私のような年になると正直言って自信が無いとしか言えない。だが、彼女のような若者なら未来をその様に持っていけるのかもしれん」
「提督、それでは!?」
「ここは引きうける。君達はプラントに向ったアズラエルを止めてくれ。奴はプラントを直接核攻撃するつもりだ。そんな事を許してはいけない」

ダウディングは敬礼を残してモニターから消えた。そして安堵する間もなく今度はクサナギとエターナルから通信が飛びこんでくる。

「お、おい、なんで連合軍と一緒にいるんだよ!?」
「ラミアス艦長、説明をお願いします」

なにやら誤解してるらしい2人に、マリュ−は少し誇らしげに答えた。

「第7機動艦隊は私達の味方よ。フレイさんの演説を聞いて、彼女の歳後の言葉に応えてくれたのよ」
「連合軍が、私達の味方だって!?」
「フレイさんの言葉で、これだけの部隊が動いたというのですか!?」

カガリは信じられないという表情で絶叫し、ラクスは驚きのあまり呆然としている。無理もあるまい、駆けつけた連合艦隊は50隻以上の艦艇と200を超すMSを保有していたのだから。
実際には傷付いたアストレイがダガーに援護されているし、ザフト部隊はヤキン要塞に近づく事さえ出来なくなっている。
マリュ−はダウディングに感謝しつつ、AAの進路を変更した。

「これより、アークエンジェルはプラントに向ったアズラエル部隊を追撃します。クサナギ、エターナルは続いてください!」

AAが進路を変え、プラント方向へと向う。それにやや遅れてエターナルとクサナギも続いた。さらにダウディングの格別の好意か、1隻の戦艦と4隻の護衛艦が同行してくれた。
連合艦隊の離反、クルーゼとアズラエルの描いたシナリオは、フレイの命を賭けた言葉によって脆くも崩れ去ろうとしていた。

そして、フレイの言葉を受けとめたのは、連合軍だけではなかったのである。



終末に向って 11

連合艦隊によってヤキン要塞に取り付く事さえ出来なくなったザフト軍。彼等は各部隊の指揮官が独自の判断で戦闘を継続していたが、その中には連合の動きに明らかな戸惑いを覚える者がいた。イザークである。
イザークは自分に与えられたナスカ級高速巡洋艦キラウレの艦橋で意外な方向に転がり始めた状況に歯噛みしていた。

「くそっ、ナチュラルがラクス・クラインの味方をするだと!」
「イザーク隊長、どうしますか?」

部下に問われたイザークは咄嗟に答える事ができなかった。頭の中では既に答えが出ている。だが、それを実行するには感情がなかなか許さない。
分かっているのだ。最善の策は、目の前の連合軍と一時休戦してでもラクス・クラインに協力し、プラント本土を守る事だという事は。
だが、ナチュラルと協力して戦うなど、これまでのイザークの矜持が許さない。
自分から膝を屈することはできない。それがイザークという男だった。だが、今回は彼は連合に救われる事となる。
連合軍から全域周波数で送られてきた通信。それを受け取ったイザークは目を丸くした。

「連合軍ダウディング少将より、ザフト艦隊へ。我々は貴軍との一時休戦を要求する。応じる者は通信で答えてもらいたい」
「何を馬鹿な事を・・・・・・今更そんな事が」

部下が口にした戸惑い。それは自分の気持ちの代弁でもあった。分かっているのだ。今ここで自分が動かなくてはいけないのだという事くらい。
そして、連合軍が何故このような行動に走ったのか、その理由もまた分かっていた。あの赤い髪の女の言葉が原因なのだ。

「・・・・・・ふん、あんな女の口車に乗せられるとはな」
「イザーク隊長?」

部下たちが不思議そうにイザークを見るが、イザークは構わずに通信士に指示を出した。

「連合艦隊旗艦に通信を繋げ!」
「は、はい!」

慌てて通信機を操作し、スクリーンにダウディングが映し出される。イザークは心底嫌そうではあったが、はっきりとそれを口にした。

「ザフト軍、ジュール隊隊長、イザーク・ジュールだ。要請は了解した。これよりわが艦隊はエターナル援護の為急行する」
「ほう、それは助かるが、良いのか?」
「我々ザフトの存在理由はプラントの防衛だ。そちらが優先されるべきだろう」
「確かにな、分かった。貴官の勇気に感謝する」

ダウディングがモニターから消えたのを確認すると、イザークは部下にエターナルを追えという指示を出し、自らはシートに腰を降ろして僅かに口元を緩めた。
もしかしたら、俺達は歴史の変わる瞬間に立ち合ったのかもしれない。




終末に向って 12

AAはザフトのプラント直衛部隊と衝突する連合部隊を遂に捕捉した。放たれたゴッドフリートが闇を切り裂き、アズラエル艦隊に襲いかかる。それは直撃こそしなかったが、アズラエル艦隊の足を止めるには十分な一撃であった。

「なんです、この忙しい時に?」

アズラエルは機体を止め、振り返った。そして新たな敵を見やり、皮肉そうに口元を歪める。

「アークエンジェルに、フリーダム。あの時殺せなかった事がここまで響くとはねえ、キラ・ヤマト」

アズラエルは過去のミスを振り返り、ここまで災いをもたらすはと苦笑した。
そして、機体をフリーダムへと向けた。

「良いでしょう、最高のコーディネイターとブルーコスモスのTOP、決着をつけるという意味ではこれほどの役者は無い」

キラは迫ってくる見慣れない機体に戸惑っていた。たった一機なのにこの妙な威圧感は何なのだろう。
そして、その機体から通信が入ってきた。

「キラ・ヤマトですね」
「その声はムルタ・アズラエル!?」
「名前を知って頂いていたとは光栄ですね。ヒビキ博士の生み出した至高のコーディネイター。もっとも自然の摂理から外れた化け物」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

キラは否定できなかった。何しろ自分がそう思っているのだから。そしてアズラエルのセリフは続く。

「ここでナチュラルとコーディネイターの決着を付けるとしましょうか。どちらが生き残る種なのか、私と君が決めるのです」
「僕達が、人類の行く末を決めるだって。そんな傲慢が許される訳無いだろ!」
「許されるんですよ、君と私ならね。君も私もそういう存在なんですから」

デザイアが持っているビームライフルを撃ち放ってきた。フリーダムは咄嗟にそれを回避して反撃のビームを叩きこむが、それは当たる直前で曲げられてしまった。

「ビームを曲げる、こいつはあの機体と同じ!?」
「当然でしょう、折角完成した技術、使わないとでも思ったんですか?」

デザイアの機体に備えられている2門のビーム砲がフリーダムに襲いかかる。その攻撃力はカラミティにさえ引けを取っていない。
圧倒的な戦闘力を持つデザイアに流石のフリーダムも攻めあぐねていたミーティアは確かに強力だが、これまでの戦いでガタが来てる上に、小回りが効かない。

「くそっ、これじゃどうにもならない。防御も完璧、攻撃も完璧じゃ、どうしろっていうんだ!?」

キラは焦りを浮かべてミサイルの弾幕を張ったが、TP装甲を持つデザイアにはほとんど意味が無かった。
そして、焦りから生まれた隙を付かれ、キラは懐にデザイアが入る事を許してしまった。

「しまった!」
「終わりですね、キラ・ヤマト!」

デザイアの手にはビームサーベルが握られている。それを防ぐ事も避ける事も、もうキラには出来なかった。



終末に向って 13

避けられない死を前にキラは思わず目を閉じた。だが、いつまで経っても予想した衝撃は来ない。恐る恐る目をあけて見ると、デザイアのビームサーベルはストライクのビームサーベルにかろうじて受け止められていた。

「大丈夫か、キラ!?」
「ムゥさん・・・・・・」
「なにぼぅっとしてやがる、さっさとそのでかいのを外して身軽になれ!」
「は、はいっ!」

急いでミーティアをパージし、フリーダムを自由にする。これでデザイアに運動性能で負けることは無いだろう。
アズラエルは割り込んできた邪魔者を苦々しい目で見やる。

「X−105ストライク。誰が乗ってるのかは知りませんが、目障りですね」

デザイアがその大火力を生かして容赦の無い攻撃を加えてくる。あらゆる面で性能に大きな差があるストライクでは勝負になる相手ではなかった。
必死に機体を操りながらも、覆しそうのない性能差に歯噛みするフラガ。

「くっそぉ、勝負にならんか!」
「くっくっく、死になさい、身の程知らずのお莫迦さん」

向けられるビーム砲。だが、その砲撃を邪魔するようにフリーダムが反撃に出てきた。立て続けに放たれるビームとレールガンの雨にアズラエルは舌打ちして回避運動に入る。
勝負は第2ラウンドへと突入していた。



激突するラクス艦隊とアズラエル艦隊。既にプラント直衛艦隊は壊滅状態であり、こちらはほとんど影響力を持っていない。
フリーダムがデザイアに翻弄され、ジャスティスもカラミティ、フォビドゥン、レイダーを1機で相手取っている状態では数の差がそのまま戦力差となってしまう。
AA、クサナギ、エターナルと5隻の連合軍艦艇は良く戦っていたが、数倍する敵を相手にすることはできなかった。

「護衛艦カンバーランド中破、後退します!」
「くっ、穴を埋める事は出来ないわね・・・・・・」

歯噛みするマリュ−。だが、次の瞬間には直撃の衝撃が艦を大きく揺さぶる。そして、その被害報告にマリュ−は青褪めた。

「右舷ゴッドフリートに直撃、完全破壊されました!」
「何ですってっ!!」

つまり、火力が激減したというのだ。砲力が落ちれば撃ち負けてしまう。AAはこれ以上敵の攻勢を支え切れないのは明白であった。

だが、このAAの窮地を救ったのは皮肉な事に最後までAAの敵として戦い続けた男であった。
イザークは被弾し、ボロボロになっているAAをスクリーン越しに見ると、いささか複雑な表情を浮かべ、同行してきた艦艇に指示を出した。

「全艦横一文字に展開、攻撃をアズラエル艦隊に集中しろ。MS隊は直ちに発進。敵味方が同じ機体を使っている。識別信号に注意しろ。俺もデュエルで出る!」
「連合の艦隊はどうします?」
「勝手にやらせておけ。どうせ命令系統が違う」

それだけの指示を出すと、イザークはMSデッキへと向った。
横一文字に展開したザフト艦艇は12隻。それがアズラエル艦隊に砲火を叩き付け出した。それにやや遅れて方形陣を形成する連合艦隊からもビームとミサイルが雨霰と叩き込まれ出した。
その砲火の下をデュエルを先頭にジン、ゲイツ、ダガーが戦場へと突入していく。
圧倒的な援軍を得たラクスはようやく愁眉を開いた。安堵の吐息を漏らし、自分の席に深く腰を掛ける。

「どうやら、勝てそうですわね、バルトフェルドさん」
「ええ、勝てそうです。まさか、こんな事になるとは夢にも思いませんでしたが」

バルトフェルドの言葉にラクスは一瞬だけ、自分を人質にしようとした赤毛の少女を思い浮かべ、彼女の最後の言葉を思い浮かべ、小さな声で答えた。

「私もです」



終末に向って 14

戦場は完全に2つの勢力に割れていた。ブルーコスモスの考えを受け入れるものと、受け入れない者とにである。もう1つの勢力、コーディネイター史上主義とも取れるパトリック指揮下の部隊は既に壊滅し、残るはクルーゼ率いる部隊だけとなっている。
クルーゼはザフト、連合、ラクス軍の合同部隊がブルーコスモス艦隊を押し返して行く光景をジッと見続けていた。

「クルーゼ隊長、ジェネシス第2射の準備があと2分で終わりますが、照準はどうしますか?」
「・・・・・・前方のエターナルに向けろ。ラクス・クラインを仕留める」
「宜しいのですか?」
「エターナルが奴等の中心だ。丁度良い目標だろう。裏切り者でもあるしな」
「分かりました」

部下が足早に去って行くのを見送りながら、クルーゼは再び考えた。何処で間違えたのだろう。本当なら連合とザフトはお互いに殺しあって全滅する筈だったのに、気が付けば双方が手を取り合って戦っている。
ラクス・クラインではない。彼女の言葉では連合は動かない。ならば、フレイ・アルスターの演説だとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい、あんな小娘の言葉に惑わされるものか。
だが、では何が原因だというのだろうか。自分は丁度良い駒を手に入れたつもりだったのだが、実はあの娘はエースでは無く、ジョーカーだったのだろうか。自分は切っていはいけないカードを切ってしまったのではないだろうか。
クルーゼの悩みは消えなかった。


ジェネシスが発射態勢にある事に最初に気付いたのはザフト艦隊の艦艇だった。情報が渡されていたので、すぐにそれに気付く。

「ジェネシスだ。我々を狙っています!」
「まさか、我々ごと敵を一掃するつもりなのか!」

各艦の艦長は焦った声を上げ、連合艦隊にも警告が発せられる。それを受け取った艦は次々に戦場から後退を始めた。
そして、それを受けたエターナルではバルトフェルドが艦長席の肘掛を叩いて罵声を発した。

「ふざけるな、今から逃げ出して、どれだけの数が安全圏に達すると思ってるんだ!」
「バルトフェルドさん、キラとアスランをジェネシス破壊に向わせてください。発射を食い止めます!」
「無理です、今フリーダムは敵との交戦で手一杯です。これでジャスティスまで欠けば、戦局が一気に覆ります!」
「今はそれしかありません。キラが無理なら、アスラだけでも向わせなさい!」
「彼を殺す気ですか!」
「他に手段がありません!」

これ以上の議論はしない、という意思を言外に込めてラクスは言い切った。バルトフェルドは苦虫を噛み潰した表情で部下にラクスの指示を伝達する様に伝える。
ラクスの命令を受けたアスランはジャスティスをジェネシスへと向けた。既にフォビドゥンは破壊され、カラミティとレイダーも小破している。

「手前、逃げる気かよお!」
「逃がす訳ねえだろが!」

レイダーとカラミティが猛攻をかけてくる。アスランはそれを回避しながら振り切ろうとするが、2機のガンダムの攻撃は激しかった。

「くそっ、こいつら!」
「逃がさないって言ったろ」
「ここで仕留めさせてもらうぜ」

だが、カラミティもレイダーもジャスティスには取り付けなかった。強力なビームが3機の間を分けたのだ。

「早く行け、アスラン!」
「ディアッカか!」
「ちっ、まさかお前を助ける事になるとはな!」
「イザーク、お前も来てくれたのか!?」

バスターとデュエル。それに4機のゲイツと10を超すダガー部隊。

「早く行け、こいつ等は引き受けた」
「死ぬんじゃないぞ。貴様には言いたい事が山ほどあるんだからな」
「ディアッカ、イザーク、済まない」

アスランはジャスティスをジェネシスに向け加速させた。ミーティアの強大な機動力がたちまち戦場から遠ざけてくれる。
カラミティとレイダーは新たに現れたMS部隊との交戦に拘束され、追う事は出来ない。ジャスティスはジェネシス発射までにこれを破壊出きるのだろうか。



終末に向って 15

ジェネシス破壊に向ったアスラン。それを迎え撃つジェネシス防衛隊。あと数分で発射出来るのだ。ここで邪魔をさせるわけにはいかない。
だが、ミーティアを装備したジャスティスを食い止めるには、ジェネシス防衛隊の数はあまりに少なすぎた。一瞬で防衛隊を突っ切ったジャスティスは持てる火力の全てを使ってこれを破壊し始めた。
これを見たクルーゼは自らゲイツを駆って出撃したが、圧倒的な機動性を持つジェネシスを捕らえる事さえできなかった。

「くそっ、ここまでの化け物とはな・・・・・・」

かつて部下であった少年に最後の武器すら奪われたクルーゼは愕然とするしかなかった。
そして、ジェネシスは発射不可能なほどの被害を受け、使用不能となったのである。だが、ここでアスランも遂にミーティアを放棄した。被弾しすぎて使えなくなってしまったのだ。

「ジェネシスは潰したか。後はどうやって帰るかだが・・・・・・」

ジャスティスの前にはジェネシス防衛隊が立ちはだかっている。ジャスティス攻撃に集中して防衛隊を無視していた為、ほとんど無傷で残っているのだ。
アスランは自らの死を覚悟しつつ、コントロールスティックを動かした。


カラミティとレイダーを相手取っているイザークとディアッカは大苦戦していた。基本性能が余りにも違ううえにパイロットの技量も向こうの方が上だ。
連れてきたイザークの部下たちも、ダガー部隊もどんどん撃ち減らされている。

「畜生、これじゃいずれ殺られるぞ!」
「じゃあどうする、尻尾をまいて逃げるのか、ディアッカ!?」
「んなダサイ真似できるかよ!」

ランチャーを続けて撃ち放ってカラミティを牽制するが、返ってくる砲撃は自分に数倍するものだ。相手は後継機なのだから仕方ないのでが、ディアッカには面白くない。
面白くなくても敵の攻撃は止む気配さえない。SEEDを発動したキラとアスランでさえ手を焼くこの2機を相手にイザークとディアッカでは役不足だったのだ。
だが、運命という気まぐれな存在は、時として愉快なほどの幸運を運んできてくれるものらしい。
絶体絶命だった2人を救うかのように一条のビームがカラミティを襲う。カラミティは辛うじてそれを避け、ビームの射線を追いかけた。

「畜生、何処のどいつだ!?」

新たに戦場に突入してきた敵、それは3機のM1を率いる赤いMSだった。

「何やってるんだ、ディアッカ!」
「・・・・・・えっと、カガリだったか?」
「お前、まだ名前覚えてなかったのかよ!」
「いや、お前と話した事なかったしな」

とたんに崩れる緊張感。カガリはむっとした顔をしていたが、とりあえずディアッカへの追求は止める事にした。

「さてと、オーブの借りを返させてもらおうか!」

勝利の女神は、久しぶりに自ら戦場へと踊り出てきた。その赤い機体は戦場で一際輝いてさえ見れる。ストライク・ルージュ、それがこのMSの名前だった。



終末に向って 16

終わる事の無い戦い。ただ無意味に殺されていく兵士達。戦争では珍しくもない光景だが、それが戦争の現実だ
救われない絶望的な戦い。それの終止符を打つ決定的な力は戦場にはなかった。それは、戦場の外にあったのだ。

プラントにある評議会ビル。そこに武装した兵士達が大挙して突入してきたのが始まりだった。警備の部隊は油断していた所を付かれて制圧されてしまい、評議会ビルは短時間で制圧されてしまったのである。
執務室で銃を付きつけられたパトリック・ザラは憎々しげに指揮官らしき軍人を睨みつける。

「どういう事だ、ユウキ!?」
「クーデターですよ。あなたのやり方では戦争は終わりません」
「ラクス・クラインの言葉に惑わされたか!」
「どうとでもお取り下さい。我々はアイリーン・カナーバ議員を含む穏健派議員を奪還しました。以後の行政はご心配なく」
「貴様等あ!」

パトリックは激高したが、それで状況が変わる訳でもない。武装した兵士に拘束されてパトリックは連れていかれてしまった。
それを見送ったユウキはさっそく現在の状況の把握にかかった。

「地球のほうはどうなっているか?」
「順調の様です。各地で拠点を制圧、既に臨時政権の発足を宣言する用意が整ったと」
「そうか、いよいよだな。これで世界が変わる」

ユウキは感慨深そうに目を閉じ、天井を見上げた。そう、まさにこの瞬間をもって、世界は代わろうとしていたのだ。


そして、プラントと地球連合の双方から、同時にある放送が行なわれた。それは、世界を震撼させる放送であった。

「我々は地球連合、プラント政府の双方の合意の元に、休戦協定を結んだ事をここに宣言する。各地で交戦中の部隊は戦闘を中止し、次の指示を待つように」

この放送を聞いたザフト、連合の兵士達は驚愕した。いきなり戦争が終わったと言うのだ。しかも、双方の政府からの連名で。これで混乱するなという方が無茶というものだが、ともかく公式宣言で戦争は終わったと言われたのだ。
戦場に動揺が広がっていく。少しづつ戦いを止める兵士達。ヤキン要塞と破壊されたジェネシス周辺の戦火は少しづつ下火となっていった。
この放送を聞いたラクスは感動の余り涙を零した。ついに戦争は終わったのだ。あとはこの戦いを終わらせればすべての決着がつく。

「バルトフェルドさん、前方の艦隊に休戦を申し入れてください。戦いは終わりました」
「了解しました」

直ちにバルトフェルドが通信を送る。だが、帰ってきた答えはバルトフェルドをして顔を顰めさせるものであった。

「参りましたな、連中、戦いを止めるつもりは無いようです」
「・・・・・・何故、そこまでして戦おうとするのです?」

ラクスには理解できなかった。何故こんな空しい行為を続けようとするのだろう?
こうして、世界の戦いは下火になっていった。だが、ここの戦いは今だ終わる様子を見せなかったのである。



終末に向って 17

激突するフリーダムとデザイア。性能の差か、少しづつ追い詰められていくフリーダム。この2機の最強MSの戦いに介入できる者は存在しなかった。
放たれるビームをキラは必死に回避していく。お互いに実弾が効かないのでビームの応酬になっている。そして、ビーム戦では圧倒的にフリーダムが不利であった。

「駄目だ、このままじゃ押しきられる!」

キラは焦りを浮かべて時折反撃を加えるが、そのビームは空しく弾かれてしまう。まさに完璧な性能を持つデザイアにキラは絶望にも近い闇を感じた。
キラの動きに焦りを見たアズラエルは苦笑していた。

「おやおや、どうしたんです? 最強のコーディネイターともあろう者が、この程度でもう音を上げますか」
「なんだと!」
「違うと言うならかかって来なさい。最後くらいは憂愁の美を飾るのも良いでしょう」
「ふざけるな!」

キラは怒りに身を任せて攻撃を再開した。守りを無視した攻め一辺倒の攻撃にデザイアも僅かに押される。

「ほう、やれば出来るじゃないですか」
「お前なんかに、僕は負けたりしない!」
「おやおや、憎まれたものですねえ」

アズラエルが肩を竦めるが、キラの目は真剣だった。余りに真剣なキラの視線にアズラエルの顔から笑みが消える。

「僕は、絶対にお前を許さないぞ。戦争をここまで拡大し、核を使い、そして・・・・・・そしてフレイを殺したお前をっ!」
「・・・・・・そう言えばそうでしたね。フレイ・アルスターは君が好きだったんでしたか」

アズラエルは再び口元に笑みを浮かべた。そして、馬鹿にして問い掛ける。

「それで、敵を取ろうという訳ですか。ですが、そんなざまではね!」

ビームサーベルを抜き、斬りかかる。キラはそれを辛うじてビームサーベルで受け止めたが、パワー差からジリジリと押されていく。

「彼女も愚かでしたね。大人しく私の言うことを聞いていれば死なずに済んだものを」
「なんだと!」
「私に逆らうのがいけないんですよ。おとなしく従っていれば、戦後にそれなりの待遇をしてやったものを。馬鹿な娘です」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

その時、キラに明らかな変化が起こった。キラの表情は見ていて怖くなるほど冷たい表情で、強烈な殺意だけを見せていたのだ。
抜き身の刃のような鋭い殺意の視線を受け、アズラエルは明らかに怯んだ。そんなアズラエルにキラは冷たく言い放つ。

「・・・・・・殺してやる」
「な、何を・・・・・・」
「お前みたいな腐った奴は初めてだ。こんな奴のせいでこんな戦争が起きて、トールが死んで、オーブが滅びて、フレイが殺されたっていうのか!」

キラの目の色がまた少し変わっていく。そして、直後のフリーダムの動きが目に見えて変わっていた。まるでそれまで遊んでいたかのように動きの切れがよくなり、素早くなっている。
キラは、生まれて初めて純粋な殺意に身を委ねたのだ。



終末に向って 18

ルージュの参戦それ事体は大して状況を好転させる事はなかった。所詮はストライクの色違いであり、カガリの技量もフラガに較べるべくもないからだ。
だが、ルージュの参戦は間接的な効果をもたらしていた。あちこちから連合、ザフトのMSが集まってきてオルガとクロトを集中攻撃し始めたのだ。

「ちいい、こいつ等!」

クロトは雲霞の如く集まってきたダガーやジン、ゲイツの集中攻撃を受けている。機体性能とパイロットの技量で大きく上回ってはいるのだが、流石に数十機のMSに囲まれては逃げるだけで手一杯だ。時折掠めるビームが少しづつ機体にダメージを蓄積していく。
そして、遂に致命的な一撃がレイダーを襲った。ダガーの放ったビームがレイダーのスラスターを掠め、焼き溶かしたのだ。
これで機動力を激減させられたレイダーは回避さえ難しくなり、集中されるビームに機体を貫かれてしまった。

「う、うわああぁぁぁぁぁぁっ!!」

爆発し、四散していくレイダーをモニターで見たオルガは一瞬我を忘れ、呆然としてしまった。

「ク、クロ、ト?」

最後の仲間を失った事で強気なオルガも流石に怯みが出たが、すぐにそれを掻き消すような怒気がこみ上げてきた。

「手前ら、ぶっ殺してやる!」

全ての火器を総動員して撃ちまくるカラミティ。圧倒的な火力に迂闊に近づいたMSが数機撃墜されてしまう。
だが、オルガはこの時致命的な間違いを犯していた。ビーム兵器主体のカラミティはバッテリーの消費も激しいのだ。たちまちバッテリーを使い果たし、危険値に達してしまう。
警告音でようやくそれに気付いたオルガは舌打ちして後退しようとしたが、動きが鈍った所をイザークに付かれ、ビームサーベルで左腕を半ばから切り落とされてしまった。

「こいつぅ!」
「しめた、バッテリー切れか!」

反撃が来ないのを見てイザークが歓喜の声を上げる。それを聞いたディアッカとカガリが攻撃を集中する。
火力重視で動きの鈍いカラミティにこれを単独で捌ききることは出来なかった。
カガリがカラミティをビームサーベルで切り裂き、止めをさした事でようやくこの宙域の戦いも終わったのだ。

カラミティを落としたカガリはようやく一息ついてシートに体を沈めた。

「終わったな、これで」
「そう言いたい所だが、まだ終わってないみたいだぜ」

ディアッカが宇宙の一角を指し示す。そこには、人外の戦いを繰り広げるデザイアとフリーダムが居た。ストライクもいるのだが、戦いの動きに付いて行くことさえ出来ないでいる。

「どうする、助けに行くか?」
「当たり前だろ。キラを見捨てられるか!」
「だが、あの戦いに加わっても、邪魔になるだけかもしれんぞ」

ディアッカは恐怖さえ浮かべた表情でその戦場を見ている。フリーダムが僅かに押されているが、桁違いの戦闘がそこでは行なわれているのだ。
そう、そこは、他者の介入を許さない戦場だったのだ。もし加わる資格があるとすれば、それはフリーダム級のMSに乗る者だけだろう。
だが、カガリ達の見ている前で、遂にフリーダムがビームの直撃を受けてシールドを破壊され、吹き飛ばされてしまったのだ。



終末に向って 19

シールドを吹き飛ばされた衝撃でキラの意識は朦朧としていた。すでに疲労は限界に達し、ただ怒りと殺意だけで体を動かしていたのだ。
朦朧とする意識を必死に繋ぎとめようとするが、それも難しくなってくる。

「はあっはあっ・・・・・・駄目なのか、僕じゃ勝てないのか?」

薄れゆく意識の中で、キラは周囲の状況を確認した。多くの仲間たち。駆けつけた連合とザフトの援軍。これだけいればこの化け物を倒す事も出来るだろう。僕はここで終わっても良いのかもしれない。
ラクスに渡された指輪を返せない事だけが心残りだったが、キラはもう疲れ切ってしまっていた。この戦争に、守れなかった約束に、疲れていたのだ。
だが、目を閉じようとした時、キラの耳に聞こえる筈の無い声が飛び込んできた。

「もう諦めるのか、だらしないぞ、キラ」
「トール!?」

驚くキラの目の前で、トールが笑っていた。死んだはずのトールが。そして、オーブで降りた筈のカズィが、アークエンジェルにいるはずのミリィとサイが、地球の両親いた。

「キラは、まだ戦える筈だよ」
「私達は信じてるよ、キラの事を」
「お前は帰ってくるって言ったろ、俺達の所に」
「キラは、私の大切な子供よ」
「いつでも帰って来い」

友人達の言葉に、キラは動揺した。まだ帰れる所が自分にはあるのだろうか。それはこれまであえて考えないようにしてきたこと。
自分で勝手に帰る所は無いのだと思い込んでいた。だが、こんな自分を、出生を両親は承知で育ててくれたのではないのか。サイ達は自分をコーディネイターと知ってなお友人と呼んでくれた。
そして、あの赤い髪の少女は、憎いコーディネイターの筈の自分を愛していると言ってくれた。

そして、キラの傍らからもう1人の声が聞こえてきた。

「大丈夫よ、キラ。言ったでしょう、私の想いがあなたを守るもの」
「フ、フレイ・・・・・・」

キラのすぐ右側に赤い連合制服を着たフレイがいた。その顔は優しい笑みが浮かんでいる。

「疲れたなら、休むのも良いわ。でも、今はまだ立ち止まっちゃいけないでしょ」
「でもフレイ、僕は、君を守れなかった、あの娘も、トールも・・・・・・」
「だからって、あなたが死んでも良い訳じゃないでしょ。みんなが待ってるんだから」
「フレイ・・・・・・」
「さあ、もう一度立ち上がって。私の力も貸してあげるから」

キラの右腕にフレイの手が添えられる。そして、ゆっくりとそれを動かしていく。

「キラ、いくよ」
「ああ、フレイ、分かったよ」

そして、キラは再びフリーダムを動かした。

それは偶然だったのだろうか。キラはどれほどの時間意識が混濁していたのだろうか。だが、フリーダムが下から振り上げたビームサーベルは、デザイアの左腕を肩から完全に切り落としたのである。

「なんだとっ!?」

もう死に体だったフリーダムが突然動き出し、デザイアの左腕を切り落とした事にアズラエルが狼狽した声を上げる。
そして、キラは完全に目を覚ましていた。瞳には殺意では無く、決意を秘めて。

「ありがとう、みんな。ありがとう、父さん母さん。そして、ありがとう、フレイ。僕はもう、死んでも良いなんて思わないよ」



終末に向って 20

いつ果てるとも無く続くキラとアズラエルの戦い。余人の介入を許さないその戦いは凄まじいを通り越して誰もが振るえ上がるほどのものとなっている。
ようやく帰ってきたアスランは戦いを遠巻きに眺めているだけの仲間達に声をかけた。

「何をしてるんだ、どうしてキラを援護しない!?」
「援護しろったって、どうやれって言うんだよ?」

ディアッカの問いにアスランは改めて戦場を見た。イザークのデュエルとフラガのストライクが追い付こうと必死になっているが、追い付くどころか影を追うことさえ出来ないでいる。あの2機の戦いには普通のMSでは介入できないのだ。
アスランはそれを悟るとジャスティスを加速させた。あそこに加われるのは自分しかいない。
それを見送ったクルーゼは考え込んでいた。彼等は何故戦うのだろう。キラ・ヤマトは、自分の出生を知りながらそれでも戦い続けるというのか。何故だ、分からない。
クルーゼは1つの間違いを犯していた。ひたすら思考のループに陥っていたクルーゼが最後に辿りついたのは、演説をするフレイの姿だった。何の計算も打算も無く、ただ自分の想いを口にした少女。
そして、自分が間違えていた理由、ようやく彼がそれに気づいた時、彼はくぐもった笑い声を上げ始めた。

「ク・・・クククク・・・・・・そうか、私は・・・・・・」

何かを悟ったクルーゼ。そして彼もまた戦場へと身を躍らせた。


キラとアズラエルの戦いに介入してきたアスラン。ジャスティスが加わった事で戦局は一気に有利になるかと思われたのだが、アスランはようやくこの場に立つ二人の凄さを思い知らされる事になる。

「は、速い!」

そう、アスランから見てもこの2人は速過ぎた。ジャスティスでさえ付いて行くのがやっとというレベルの戦いをしている。
恐ろしいレベルの戦闘を行うキラ。そしてそれと互角に戦うアズラエル。この2人は一体何者なのだろうか。キラは本当に自分と同じコーディネイターなのだろうか。この時アスランは初めて疑問を抱いた。

ビームサーベルを振りかざすフリーダム。それに応戦するデザイア。両機とも満身創痍になりながらも戦いを止めようとはしない。

「ふははは、流石です、キラ・ヤマト。私とここまで戦えるとは!」
「お前は何なんだ。ナチュラルじゃないのか!?」
「ナチュラルですよ。薬と身体改造で限界まで強化された、ね」
「えっ?」
「コーディネイターに対抗する為、私は体を改造したのですよ」

キラは愕然とした。何故そこまでするのだろうか。狂ってるとしか思えないが、アズラエルは正気だった。だからかえって理解できない。
この狂気こそが戦争をここまで酷くした原因なのだ。だが、この男を倒せるのかという不安がキラにはある。今の自分はここまで全てを捨てては戦えないからだ。
だが、その時1つの影がデザイアの背後から近づいて来ていることに、気付いた者はいなかった。



終末に向って 21

デザイアに攻撃するジャスティス。だが、デザイアはそれを容易く回避し、あまつさえジャスティスに反撃を加えてきた。

「さっきからうるさいんですよ。邪魔しないでくれますか!」
「貴様こそ、ここで終わりにしてやる!」
「アスラン、駄目だ!」

キラの叫びも空しく、ジャスティスは容易く背後を取られ、スラスターを破壊されてしまった。デザイアが武器をほとんど使い果たしていなければ止めを刺されていただろう。

「そんな、俺が・・・・・・」
「アスラン、大丈夫!?」

キラが駆けつけて来てデザイアを追い払う。ジャスティスの傷は致命傷ではなかったが、戦闘が可能な状態ではなかった。

「アスラン、下がってくれ」
「だけど、キラ!」
「悪いけど、足手纏いだ!」

それだけ言うと、キラは再びデザイアに向かっていった。ビームサーベルを構え、後先考えずに斬りかかっていく。デザイアもそれに応戦しようとビームサーベルを振りかぶった。

「さあ、これで決着ですよ。キラ・ヤマト!」
「アズラエルゥゥゥゥゥ!!」

だが、2機が切り結ぶよりも早く、1機のMSがデザイアに突っ込んできた。それは、白いゲイツ。
それに気付いたアズラエルはそのゲイツを切り払った。だが、ゲイツの勢いは止まらず、持っていたビームサーベルを体ごとぶつけるようにデザイアに突き刺した。コクピット近くに突き刺さり、アズラエルがスパークに襲われる。

「な、なんだと・・・・・・」
「く、くふふふふ、悪いが、この辺りで終わりにしたいのでね」

ゲイツに乗るクルーゼの声がフリーダムの通信機にも入ってくる。キラはその声を聞いて驚いた声を上げた。

「クルーゼ、どうして?」
「ふふふ・・・・・・キラ・ヤマト。私はいささか頭だけで考え過ぎていたようだ。もう少し早く君や、フレイ・アルスターのような人に出会い、自分を見詰め直せていたなら、あるいはと思ってな」
「クルーゼ・・・・・・」
「私の馬鹿な復讐心が起してしまった戦争だ。ならば、私の手でケリをつけるべきだろう」

不敵に笑うクルーゼに、キラは全力で呼びかけた。

「それが分かったなら、死んじゃいけない。生きなくちゃ駄目だよ!」
「ふっふふふふ、何処までも優しいのだな、君は。フレイ・アルスターが惚れる訳だ」

クルーゼは微笑した。もうすぐ機体が爆発するというのに、 何故か不思議と落ちついているのだ。

「私はもう長くはない。せめて死ぬ時くらい自分で決めたいのだ」
「・・・・・・そんなのって」
「キラ・ヤマト。フレイ・アルスターを利用したのは私だ。彼女を死なせた原因は私にもある。済まなかった」

クルーゼに謝られても、キラはどう答えて良いのか分からなかった。フレイを利用したこの男を憎む気持ちは確かにある。だが、この男を哀れむ気持ちも確かにあるのだ。
クルーゼは戸惑うキラを見て、最後に忠告のような言葉を残した。

「君は、私のようにはなるな。孤独感に押し潰され、世界を憎むようにはなるなよ」

それを最後に、クルーゼからの通信は一方的に打ち切られた。もうどれだけ呼びかけても返事は返って来ない。
そして、デザイアを道連れに、クルーゼのゲイツは爆発したのである。

こうして、世界中を巻き込んだ大戦争は終結した。地球とプラントはクーデターによって強硬派政権を打倒し、破滅的な最終戦争をどうにか回避したのである。
失った物は大きく、得る物は何一つとしてない戦い。だが、それでもとにかく戦争は終わったのである。もう核ミサイルがプラントを襲うことも、ジェネシスが地球に向けられることもない。将兵が数百、数千人単位で殺されることもないのだ。
だが、残された者たちは、胸の内に開いた空白に苦しむ事となる。それが、戦後に生き残った者の背負う十字架なのだ。

そして、今度は破壊された世界を再建するという、より困難な戦いが始まろうとしていた。



終末に向かって・22

戦争は終わった。キラはフレイがどうなったのかを調べたが、ドミニオンから運び出されたことまでは確認できたのだが、その後月基地で死亡したという記録に辿りいた。

戦いが終わり、傷を癒したアークエンジェル、クサナギは係留されていたプラントを離れ、オーブに帰る事になった。
アスランはキラがアークエンジェルと共に地球に帰ると知って、強く引き止めたのだが、キラはそれに頷くことは無かった。

「なんでだキラ、コーディネイターならプラントに住めばいいだろうに」
「アスラン、僕の父さんと母さんはオーブに居るんだ。あそこが僕の帰る所なんだよ」

キラは忘れていなかった。幻とはいえ、両親は何時でも帰ってこいと言ってくれたのだ。あの言葉が、キラには嬉しかった。
だから、キラはオーブに帰るのだ。多くの友人たちと共に。

アスランはなおも説得を続けようとしたが、ラクスに腕を掴まれた。ラクスは頭を左右に振り、それ以上引き止めてはいけないとアスランに伝える。
アスランはまだ残念そうであったが、渋々諦めた。そして、ラクスがキラの前に立つ。

「キラ、あなたの帰る場所は、ここではないのですね?」
「うん、僕は、僕の帰りを待ってくれてる父さんと母さんの所に帰りたいんだ」
「そうですか」

ラクスも寂しそうであった。キラは懐から指輪を取り出し、ラクスに返す。

「これ、ありがとう。おかげで帰って来れたよ」
「いえ、お役に立てて良かったです」

ラクスとキラの視線が微妙に絡み合う。そして、キラはもう一度ラクスの頬にキスをした。ラクスが驚く。
そして、それを最後に、キラはアークエンジェルへと歩いて行った。2度と2人を振り返ることは無く。
残されたラクスの頬に一筋の涙がつたり落ちる。
そして、その涙を拭うと、ラクスは表情を為政者のそれに切り替えた。これから自分はプラントの象徴として再建という戦いに赴かなくてはいけない。もう、キラは休んでも良いだろう。
アスランはそんなラクスを補佐して行くことが決まっている。婚約は解消しても、最も頼れるパートナーであることは変わりない。もしかしたら時の流れが再び2人の気持ちを結び付けるかもしれないのだから。


オーブに帰ってきたカガリは早速オーブの再建を開始した。占領されていたオーブだが、終戦と共に独立を果たしている。連合からは賠償金としてかなりの援助を受けることが決まっている。
カガリの役目は1日でも早く国家機能を再建し、国民を呼び戻すことだ。キサカは相変わらず苦労の耐えない毎日らしい。

キラたちは学生に戻ったものの、カガリに頼まれていろんな仕事を手伝ってもいた。何故かモルゲンレーテにはディアッカが就職している。もっとも、エリカ・シモンズに馬車馬のようにこき使われて悲鳴を上げる毎日のようだが。
マリュ−はフラガと結婚したものの、まだフラガともども軍に残っている。今は2人ともオーブ軍所属に変わっていた。当面、アークエンジェルはオーブ防衛の要なのだ。

そして、終戦から半年が過ぎようとしていたある日、キラの元に1通の手紙が届いた。それはマルキオ導師からのもので、トールが死んだ場所が良く見える場所に墓を立てたので、一度来て欲しいというものだった。
ただ、何故かキラだけを呼んでいた。これが何を意味するのか、キラにはよく分からなかった。



終末に向って・23

手紙に従ってマルキオ導師のもとを訪れたキラ。マルキオ導師は孤児院を運営しており、戦災孤児を養っている。
キラが孤児院を訪れるのは初めてではない。だが、前に較べると妙にきれいになったというか、手入れがされている建物や周囲の様子に少し驚いていた。
やってきたキラをマルキオは中へと招き入れ、お茶を出した。

「すいません、運営も苦しいものでして」
「いえ、構いませんよ」

お茶に口を付け、しばしの時が過ぎる。そして、キラが口を開いた。

「孤児院、随分と手入れが行き届いてますね。」
「ええ、私だと目が見えないのでそういう事は手が出せないのですが、少し前に1人の女性が来てくれまして。おかげで助かってます」
「お手伝いさんでも雇ったんですか?」
「まあ、そんなところです」

マルキオは窓から外を見やる。その目は光を映さないのに、何かが見えているような気さえする。

「キラ君、世界は、変わりましたか?」
「・・・・・・いえ、ラクスやカガリも頑張っていますが、未だに戦いは終わっていません」

そう、戦いは終わっていない。戦争という状態は終わったが、未だに各地で紛争は続き、コーディネイターとナチュラルの確執は続いている。アズラエルを倒してもブルーコスモスのテロ活動は終わらない。
結局、自分たちのやった事はなんだったのだろうか。どうしてフレイは、トールは死ななくてはならないのだろうか。
2人の死は無駄でしかなかったというのか。ラクスの唱えるナチュラルとコーディネイターの融和など、夢物語でしかなかったのだろうか。
キラの答えに、マルキオは振り向いた。

「キラ君、君は、ナチュラルとコーディネイターは分かり合えると思いますか?」
「・・・・・・分かり合える筈です。いえ、そうならないといけないんです」

それはキラにとって史上命題だ。あれだけの犠牲を払って、得たものが偽りの平和では余りにも辛すぎる。自分たちもかけがえの無い者を幾人も失ったのだから。
だが、今だ明確な実例は現れていない。アスランとカガリ、ディアッカとミリアミアはその可能性を見せているが、アスランとカガリはまだ表沙汰には出来ない。そんな事をすればカガリがブルーコスモスのテロの標的にされかねない。重要人物であるカガリをそんな危険には晒せなかった。
逆にディアッカとミリアミアはまだ恋人とは言えず、親しい友達程度だ。ミリアミアの中のトールの存在はまだ大きいのだろう。
つまり、いまだこれと公表できる実例がないのだ。ナチュラルとコーディネイターが分かり合えるという明確な実例が。

この事がラクスの理想を阻んでいた。先の戦争はナチュラルとコーディネイターの溝をより広げてしまっている。両者が互いの溝を超える事など、信じている者はほとんどいないのだ。
キラの返事を聞いたマルキオは微笑むと、窓の外に見える海岸沿いの崖の上を指した。

「あそこにトール君の墓が立っています。是非見舞ってきてください。彼も喜ぶでしょう」
「色々とすいません。無理なお願いをしてしまって」
「いえ、構いません。私も一応神に仕える身ですから。死者を弔うのは当然です」

キラはマルキオに何かを試されているような気がしていた。何故かは分からないが、そんな気がするのだ。自分を呼んだ理由も明確に語ろうとはしない。
キラはマルキオに一礼して、孤児院を後にした。マルキオはそれを見送りながら、小さな声で呟いた。

「あなたは全ての希望なのです、キラ・ヤマト君。あなたが選んだ未来によって、この世界の未来が決まるでしょう」



終末に向って・24

海から吹きつける風が気持ち良い。舗装されていない、ただ土を踏み固めただけの道が続いている。
周囲には木々が木陰を作っているが、オーブの日差しは強い。
この丘の上にトールの墓が立っているのだ。これまで忙しくてトールやフレイの墓を立てることも出来なかったが、マルキオ導師がトールの墓を立ててくれたのだ。
自分たちが忙しさにかまけてつい疎かにしていまったことをキラは恥じていたが、こうして見舞いにくることができるのは嬉しかった。

「ここなら、フレイの墓を立てても良いかな。トールもいるし、2人なら寂しくないよね」

フレイが寂しがりやだったことを思いだし、キラはクスクスと笑い出した。戦争が終わった頃はフレイを思い出すだけで辛かったのだが、今ではこうして笑うこともできる。これが時の流れというものなのだろうか。
どんなに辛い記憶も、楽しい記憶も全ては時と共に思い出になってしまう。フレイを忘れることは決して出来ないだろう。でも、それで良いと思う。誰かが忘れない限り、その人は確かに生きていたのだと言えるのだから。
暫く歩いてると、徐々に林が開けてきた。どうやら林を抜けたようだ。
そして、一気に視界が開けた。眼前には広大な海が広がり、水平線を境に澄みきった青い空が広がっている。
そして、海岸沿いの崖の上に1つの石造りの墓が立っていた。

ゆっくりと歩いて行く。こちらからは崖に見えるが、反対側に回れば小高い丘でしかないようだ。海岸沿いに回って行けば良い。
散歩気分で歩いて行くと、ようやく丘の麓にまで来た。そこから上へと歩いて行く。すると、墓の前に誰かがいるのが見えた。どうやら膝を付いて何かをしているらしい。白い服を着て、大きな麦藁帽子を被っている。
誰だろうと不思議に思ったが、自分より先に家族なりにでも話していたのだろうと納得した。
だが、ある程度登った所でいきなり肩にいたトリィが飛び立ち、墓の前に居る人の所に行ってしまった。

「あっ」

慌てて早足で墓の方に行く。トリィが迷惑をかけてしまったからだが、その墓の前の人の声を聞いたとき、その足が止まってしまった。

「トリィ!?」

墓の前の人は驚き、立ちあがった。その人は女性で、麦藁帽子から伸びる赤い髪が印象的だ。
そして、その女性がこちらを振り返った。その顔を見て、キラの体が硬直する。
ありえない。月の記録でも死んだとなっていたのだ。あの後どれだけ探しても見つからなかったのだ。なのに、どうして・・・・・・
キラは、振るえる声で彼女の名を呼んだ。

「フ・・・レイ・・・・・・?」
「・・・・・・キラ?」

フレイもまた信じられないという顔で自分を見ている。お互いに相手が死んだと思っていたのだ。
その相手がこうして目の前にいる。お互いにその現実を受け入れるのに暫くの時間が必要であった。



終末に向って・25

キラとフレイは言葉も無く向き合っていた。お互いに何を言って良いのか分からないのだ。
だが、先にフレイが顔を逸らした。トールの墓に向き直り、背後にいるキラに声をかける。

「生きてたのね、あなた?」
「うん、僕もどうして助かったのか、良く分からないんだけどね」

キラはフレイの横に立った。トールの墓にはフレイが作ったらしい花輪がかけられている。

「・・・・・・どうして、ここに?」
「マルキオさまが、トールの墓を作ったと教えてくれてね。一度見舞いに来いって」
「そう、マルキオさまが。お節介な人ね」

フレイは小さく笑うと、風になびく髪を右手で押さえた。
キラはどうしても聞きたいことを問いかけた。

「フレイ、君は、どうして生きてるんだい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「僕は必死に調べた。でもどれだけ調べても君の生存は確認できなかったんだ。死んだものと諦めたよ」
「・・・・・・死んだことに、してもらったのよ」

フレイが死んだのは、記録上のことであった。ドミニオンで撃たれたフレイはすぐに医務室に運ばれ、そこで辛うじて一命を取りとめたのだ。
その後ドミニオンから脱出させられ、月基地で本格的な処置を受けた。フレイがNJCを持ってきた張本人であることを危惧したドミニオンの副長がフレイの記録を改竄し、月基地で死んだことにしたのだ。大損害の混乱で改竄そのものは容易かった。
死者に責任を追及することは出来ない。戦後になってプラントには核攻撃の責任者の処分を求める声が上がり、フレイが生きていればその槍玉に挙げられる可能性があったのだ。結果として副長の判断にフレイは救われたことになる。
秘密裏に地球に降ろされたフレイは、オーブ経由でマルキオ導師の元に預けられたのだ。

「私がここに来たのは3ヶ月前、あなた達に連絡を取らなかったのは、そうする必要が無かったからよ」
「必要が無いって・・・・・・」
「私はあなた達に散々迷惑をかけて、戦火を拡大した張本人よ。どの面下げてあなた達に会えっていうの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「私は、死んでいる方が良いのよ。そうすれば誰にも迷惑がかからない」

フレイは立ちあがった。そして、その場で踵を返す。

「さようなら、キラ。私のことは忘れて頂戴」



終末に向って・26

離れて行くフレイ。キラはその背中を見て、内側から込上げてくる不安を確信に変えた。間違い無い、フレイはマルキオ導師の所を出て行くつもりだ。
それを確信した瞬間、キラは動いていた。フレイを背中から抱きしめたのだ。フレイは俯きながら、小さな声で頼んだ。

「キラ、離して」
「離さないよ、絶対」

キラは抱きしめる手に力を込めた。

「死んでいるほうが良いなんて、言わないでよ。フレイが死んだら、僕は悲しいんだ。きっとみんなも」

その言葉に、フレイの体がビクリと震えた。そして、苦しそうな声で言葉を紡いでいく。

「私は、重罪人として裁かれるかもしれないのを怖がって逃げ回ってる臆病な女よ。いても迷惑をかけるだけだわ」

フレイは、罪の意識に苛まれていたのだ。それを1人で抱えこんだまま、生きていこうとしている。あんなに独りぼっちになるのを、孤独を恐れていたフレイが。
だから、キラは優しく宥めるような声でフレイに語り掛けた。

「罰なら、一緒に受けてあげる。罪なら、僕も背負ってあげる。どんなに辛い道でも、2人でならきっと乗り越えて行けるよ」
「・・・・・・キラ・・・・・・・でも」
「だからさ、一緒に帰ろう、フレイ。みんなのいる所へ」

キラの誘いに、フレイの体が小刻みに震えだした。涙が零れ、声が揺れている。

「あなた・・・・・・本当に馬鹿よ。私なんかと一緒にいても、苦労ばかりよ」
「そうかもね」

フレイの体から力が抜ける。それを見てキラもフレイの体から手を離した。
そして、振り返ったフレイは笑っていた。涙で顔をくしゃくしゃにしていたが、確かに笑っていたのだ。

「・・・・・・でも、もっと馬鹿なのは私よね。一度捨てた夢に、また縋ろうとしてるんだから」
「フレイ・・・・・・」
「キラァ――!」

フレイはキラの胸に飛び込んだ。オーブでの別れから、幾ばくかの月日を経ての再会。時間的にさほど長い別れではなかったが、2人に起こった激動の日々を思えば、それは久しき再会であった。
あの日に分かたれた道は、ここで再び1つに交わった。この先がどうなるかは、2人の努力次第だろう。
だが、その時、2人の耳に風にのって声が聞こえてきた。もう聞ける筈の無い声が。

『よかったな、2人とも』

その声に2人は顔を上げ、一緒にトールの墓を見た。そこには誰もいない。ただトリィがとまっていて、掛けられた花輪が風に揺れているだけだ。
だが、2人は確かに聞いたのだ。トールの祝福の声を。

「トール」
「トール・・・・・・ありがとう」

2人は、小さな声でトールに感謝した。
そして、キラはフレイの顔を見ると、ゆっくりと顔を近づけた。キラの意図を察し、フレイが目を閉じる。そして、2人の唇がゆっくりと重なり合った。
打算も何も無い、初めての愛情だけのキスであった。
それを祝福するかのようにトールの墓から花輪が空に舞い上がり、トリィがそれを追って空を駆ける。

トールの墓を前に、重なりあった2人の姿は何時までもそこにあり続けた。ナチュラルとコーディネイターの未来を示しているかのように。



終末に向って・作者
終わったあ。ああ、長かった
これでようやく次のが書けるよ。今度のは本編アナザーストーリーでいこう
皆さん、「終末に向って」はいかがでしたでしょうか。
色々と気に食わない所もあったかと思いますが、ご容赦下さい

実はラストシーンで待ってるのはフレイじゃなくアスランというギャグバージョンも考えてましたが、流石にヤバイので没にしました
ギャグバージョンは全てはラクスの野望の為。彼女のヤオイの世界のための物語だったのだという恐ろしいラストシーンでしたw



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