終末に向って 1 フレイの乗ったポッドはドミニオンに回収された。 「はいはい、その女の子は私の大事な客人です。手荒な真似はしないようにね」 やってきたのは白いスーツを着込んだ、軍人というよりも企業のエリートという感じの男だった。だが、そん言葉に兵士達は慌てて向けていた銃を降ろしたことを考えると、この艦では偉い人らしいと分かる。 「やあフレイ・アルスター、初めまして、と言うべきかな。僕はムルタ・アズラエルといいます」 顔を俯かせて答えるフレイに、アズラエルは僅かに口元を歪ませ、心底楽しそうな口調で答えた。 「なあに、気にする事は無い。確かに捕まった事は悲劇だったが、今君はこうしてザフトの魔の手から逃れ、我々ナチュラルのもとに自力で帰ってきたんだからね。これはなかなかに凄い事だよ」 フレイにはその言葉が重かった。別に自分はナチュラルの勢力下に帰りたかった訳ではない。アークエンジェルに戻りたかっただけなのだ。アズラエルはその辺りを勘違いしているらしい。 「ところで、敵艦から脱出する際、何か持ってきた物などはないかね?」 フレイは持ち出してきたディスクをアズラエルに渡した。それを受け取ったアズラエルは満足げに頷くと、フレイの肩に手を置いた。 「いやあ、ありがとう。これは実に重要なデータなんだ。そう、戦争を終わらせられるぐらいにね」 フレイにはアズラエルの言ってることが理解できなかった。何故ディスク1枚で戦争が終わるのだろうか。あれはそんなに大切な物だったのだろうか。 終末に向って2 フレイを収容したドミニオンは弾幕を張りつつフリーダムから離れていった。フリーダムは必死に追い縋ろうとしているがドミニオンの快速と火力、そして3機のガンダムに邪魔されてしまい、遂には振り切られてしまう。 「まったく、なんであんな男を乗せねばならんのだ」 あの新型3機は自分の指揮下に有ると言うより、アズラエルに貸し出されているようなものである以上、彼の言うことを無視する事は出来ない。だが、その事がますますナタルの神経を苛立たせていた。 「艦長、少しは気を楽にした方が良いですよ」 ドリンクを受け取ったナタルは一口啜った。こういう時は何かを飲むと不思議と落ち着くものだ。 「そういえば、あのポッドには誰が乗っていたのだ?」 ナタルはまた不機嫌になった。自分の艦の中で勝手をされているかと思うと、また苛立ちが表に出てくるのだ。 アズラエルが自分に物資の搬入を求めてきた時、ナタルはそれがミサイルだと確認するとそれ以上の興味を失い、勝手にしろと言い放った。 プラントへ向けて進撃を開始した連合艦隊。その戦力は激減しているザフト軍とは比較できないほどの物量であった。 「皆さん、これからコーディネイターどもに今までの借りを返す戦いが始まります。あの美しい地球を戦場とした愚か者どもに、自分たちのした事がどれほど罪深い事だったかを思い知らせてやるとしましょう」 ブルーコスモスでなければ聞いていられないような台詞に、ナタルは流石に顔を顰めた。ナタルとてコーディネイターが好きという訳ではないが、ここまで憎悪する気にもならないのは確かだ。 「それでは皆さん、戦いを始める号砲として、これから盛大な花火を打ち上げます。見逃さないで下さいね」 アズラエルはマイクを置くとナタルを見た。 「艦長、先ほど搬入したミサイルを装填してもらえますか」 アズラエルが何を言いたいのかナタルには分からなかったが、とりあえず言われた事を実行した。搬入されたミサイルをランチャーに装填し、アボス基地に向けて撃ち放つ。 アボス基地消滅の知らせを受けたナタルは驚愕して振り返った。 「どういう事だ、あのミサイルはまさか!?」 ナタルは怒りに顔を歪ませた。あのユニウス7の残骸と、そこに漂う住人達の姿は今でも覚えている。あの惨劇を拡大再生産しようとでも言うのだろうか? 「まずは脅しですよ。これで降伏しない様なら核攻撃を加えていきます」 アズラエルの嘲笑を受けて、ナタルは足元が崩れていくかのような衝撃を受けていた。 終末に向って3 核攻撃。一年前に封印された禁忌が今破られてしまった。 「くっくっく、どうやら現実が見えていない様ですねえ。良いでしょう、躾の悪い野良犬は一度教育してやるとしますか」 アズラエルの指示で連合艦隊は再び前進を開始した。攻撃目標はプラントとの間に立ちはだかる最後の防衛線、ヤキン・ドゥーエ要塞。ここを突破すればプラントは完全に裸になる。まさにケリをつける戦いという訳だ。 「さてと、そろそろ彼女に役に立ってもらうとしますか。奇跡の生還を遂げたヒロインに」 連合軍の核攻撃にキラ達は揺れていた。まさか、NJCが連合の手に渡ってしまうとは。 「連合が核攻撃を開始した以上、これをどうにかするのが優先でしょう」 ラクスがプラントを心配するのは当然だが、マリュ−は現実的には不可能だと思っている。連合軍にはあの新型の3機がいる。あれはフリーダムとジャスティスでも手を焼く強敵だ。これに2機が拘束されれば後はダガーの大軍を食いとめる術は無い。 「キラ、アスラン、あなた達はどう思いますか?」 キサカがかなり無茶な事を言うが、2機の戦闘力を考えれば不可能ではないかもしれない。キラとアスランはキサカの提案に頷いていた。 「フレイ!?」 キラが驚きの声を上げ、マリュ−が訝しがる。 「皆さん、彼女はザフトの捕虜という危険極まりない状況から奇跡の生還を果たした勇敢な兵士であり、戦場で非業の死を遂げられた事務次官、ジョージ・アルスター氏のご令嬢です。これから彼女がザフトの実態を語ってくれますから、ちゃんと聞いてください」 これは、フレイを利用した連合の宣伝放送だったのである。フレイを利用した卑劣な手段に、キラ達はアズラエルへの怒りを募らせていた 終末に向って4 ドミニオンに作られたステージに上げられたフレイ。その顔には困惑と躊躇いが浮かんでいる。 「私に演説なんて出来ませんよ」 ようするに、自分を戦意高揚のプロパガンダに利用するということか。 演台に立ったフレイは、これまでの儚げな雰囲気を捨て去ると、強さを秘めた目で語り出した。 「皆さん私はフレイ・アルスター。連邦事務次官、ジョージ・アルスターの娘です」 フレイの演説に連合軍将兵は聞き入った。フレイの持つ容姿が彼らの興味を引いたということもあるが、アズラエルの命令がやはり大きい。 「私の住んでいたヘリオポロスコロニーは、ザフトの突然の襲撃を受け、破壊されました。住む場所を奪われた私は連合軍の戦艦アークエンジェルに救助され、地球までザフトの襲撃に怯える日々を送ったんです」 「私はコーディネイターを憎みました。そして復讐を誓いましたが、私には力が無かった。そんな私が目をつけたのが、ストライクのパイロットだった少年でした」 この言葉にAAにいたキラは衝撃を受けた。サイ達の顔にも怒りの色が浮かんでいる。 「彼は私の思惑通り戦ってくれました。ザフトを次々に倒していったんです。そして最後には自分の友人が乗っていたイージスと相打ちになり、彼は死にました」 そこでフレイは言葉を切った。内心を整理する時間が欲しかったのだ。 フレイの放送を聞いていた人々の反応はさまざまだった。同情するもの、怒りを露にするもの、困惑するもの。 そして、フレイは再び口を開いた。その表情はキラやサイですら見たことが無いほどに美しく、そして何処か悟ったような危うさがあった。 「ですが、私はザフトと行動を共にすることであることに気付きました。それは、彼らの戦う理由と、私たちの戦う理由が同じだということです」 フレイの発言は周囲に大きな衝撃を与えていた。コーディネイターを憎んでいた少女が、まさかコーディネイターを擁護するとは。 「彼らも人間なんです。確かに遺伝子は違うかもしれない。今まで殺しあった相手を受け入れるのは大変かも知れません。でも、このまま殺しあってたら、私みたいな子供が増えるだけなんです」 涙声で語るフレイの言葉は、聞く者の心に確かに響いていた。実体験から来る説得力というのか、連合の兵士もザフトの兵士もフレイの注目していたのだ。 「どういうつもりですか、フレイ・アルスター。誰がそんな事を言えと?」 フレイとアズラエルがしばし睨み合う。そして、フレイは目を閉じると胸に手を当て、懐かしむように優しい声で語り出した。 「滑稽な話だと思うでしょうね。コーディネイターを憎み、復讐を誓った私が、そのコーディネイターに恋をしてたと言ったら」 自嘲気味に笑い、そしてフレイは顔をあげ、アズラエルを見た。 「ブルーコスモスのあなたに言っても無駄かもしれないけど、ナチュラルとコーディネイターは分かり合えるわ。だって、私がキラを好きになれたんだもの。他の人にできないはずが無い。排斥することしか考えないあなた達に未来は無いわ!」 フレイはアズラエルから顔を背けると、自分を写すカメラを見た。 「皆さん、もし私の話を少しでも理解してくれたなら、AAに、ラクスに手を貸してあげてください。あの人たちならきっと未来を切り開いてっ・・・・・・・」 フレイは最後まで言う事は出来なかった。舞台に一発の銃声が響き渡り、フレイの胸から血飛沫が上がる。 終末に向って5 フレイが撃たれる瞬間を見たAAのクルーたちは誰もが言葉を失っていた。 「どうして、フレイがラクスのことを知ってるんだ。何でラクスを助けろなんて?」 カガリにラクスが答えた。その顔には困惑と悲しみが浮かんでいる。 「あの時、あの時僕がポッドを収容できてれば、こんな事には!」 ミリィにかけられる言葉は無かった。恋人を失う悲しみを知っている彼女ではあるが、その辛さを生かせるほどには長生きしてる訳ではなかった。 「泣くな、少年達っ!」 2人を一喝したのはバルトフェルドだった。誰もが驚いて彼に視線を集中させる中、淡々と言葉を紡いでゆく。 「少年、あの娘はなんと言っていた。もう戦わないでくれ。殺し合いなんか止めてくれ。そう言っていただろう。なら我々はどうすれば良い、何をすれば彼女の勇気に報いてやれる!?」 バルトフェルドの問い掛けに、キラもサイも答える事はできなかった。ただ瞳に理解の色を宿してはいる。それを確認したバルトフェルドは力強く頷いた。 「そうだ、我々に出来ることは戦争を終わらせることだ。それだけが彼女に報いてやれる唯一の手段だ。だから今は泣くな。悲しみを怒りに変えて立ち向かえ。俺のようにな」 最後にバルトフェルドはふっと寂しげな笑みを一瞬だけ閃かせた。それに気付いたキラはバルトフェルドもアイシャを失った事を思いだし、彼もこの苦しみに耐えて戦っているのだということを悟った。 「バルトフェルドさん、あなたは・・・・・・」 キラはそれ以上なにも言わなかった。袖で涙を拭い、すっくと立ちあがる。サイも少し遅れたが顔を上げた。 「分かりました、バルトフェルドさん」 自分で立ち上がったキラに、これまでに無い強さを見たバルトフェルドは顔を綻ばせた。今のキラはバルトフェルドから見ても1人の男の顔になっていたのだ。誰の助けでもない、自分で答えを見つけて逆境から立ち上がる。それが出来たとき、人は本当の成長を見せるのだ。 だが、その時、連合艦隊のいる宙域を一条の閃光が埋め尽くした。それが何なのか、分かる者は誰もいなかった。 終末に向って6 ザフトの最終兵器、ジェネシスは連合艦隊の半数を焼き払ってしまった。生き残ったのは未だに集結を終えていなかった艦隊であり、それらも突然の事態に混乱し切っている。 「姿勢を保て、消火を最優先だ。弾薬庫の誘爆だけはなんとしてでも阻止しろ!」 ナタルの指示が矢継ぎ早に飛ぶが、その指示も焼け石に水であった。ドミニオンの最後は刻一刻と迫っていたのである。 「総員退艦しろ、この艦はもう持たない。近くの艦を呼び寄せろ!」 オペレーターが通信を交し、程なくして受け入れ要請受諾を取りつける。ナタルは頷くと総員にシャトルとポッドでの脱出を指示した。 「艦長だ。軍医、負傷者は動かせるか?」 慌しく飛び出して行くオペレーター達を見送ったナタルは、悠々と出て行こうとするアズラエルを呼び止めた。 「待っていただこうか、アズラエル」 アズラエルがナタルの振り返り、そして体を硬直させた。アズラエルの視界には、自分に銃口を向けるナタルの姿があった。 「な、なんのつもりですか、艦長。冗談にしてはいささか・・・・・・」 ゆっくりとアズラエルに近づいて行く。その顔には明確な殺意と怒りがあった。 「フレイ・アルスターを撃ったことの報い、受けてもらおうか」 肩を竦めるアズラエルに、ナタルは淡々と告げた。 「ムルタ・アズラエル氏は沈むゆく艦から脱出に失敗、戦死したと報告しておこう」 アズラエルは感心してナタルを誉めた。まるで銃口など見えていないかのような態度にナタルは苛立ちを見せる。 アズラエルは倒れたナタルを見やり、皮肉な笑みを作るとその場から立ち去っていった。 「やれやれ、仕方ありませんねえ。渡し自ら頑張るとしますか」 いつもの皮肉さの中に危険な何かを閃かせ、アズラエルはMSデッキへと歩いていった。そこには、自分を待つ最強の機体が眠っているのだ。 終末に向って 7 遂に激突した連合とザフト。ジェネシスで戦力を半減させた連合にザフトの主力艦隊が襲いかかる。遂に最後の戦いの幕が上がろうとしているのだ 「それで、俺達はどうするね。連合につくのか、ザフトにつくのか、双方が消耗し切るまで待つのか?」 フラガがラクスに問いかけた・一応この集団のリーダーはラクスだから当然なのだが、何も知らない人が見ればさぞかし奇妙な光景に映るだろう。 「私達はヤキン・ドゥーエ要塞を攻略します」 フラガが呆れた様に肩を竦める。他の者も発言はしないが一様に戸惑いを見せている。 「今のヤキン要塞には最低限の守備隊しか残っていない筈です。勿論プラント本土にも。これを陥落させればプラント本土は丸裸となり、私達でも圧力をかけられるようになります」 ラクスの言葉に一堂は言葉を失った。いや、ある程度事情を知ってたらしいバルトフェルドは厳しい表情を崩さずに居る。 「私達は前から準備を進めていたのです。プラントを掌握後、地球連合でも戦争継続派を逮捕、拘束する手筈になっています」 マリュ−が不思議そうに問うた。 「オーブのマルキオ様やウズミ様を通じてですわ。全てが成功すれば月にある連合基地も艦隊も意味を無くします。ザフトも押さえる事は不可能ではないと思ってます」 キサカの提示した問題にはバルトフェルドが答えた。 「その点は大丈夫だ。すでにフリーダムとジャスティスの強化パーツであるミーティアの準備が完了している。これの戦力ならどうにかなる筈だ」 キラの言葉にアスランが頷いた。 「ちょっと、良いかな?」 ラクスがフラガの方を向く。作戦室にはマリュ−とフラガ、ラクスの3人しか残っていない。 「正直に答えて欲しいもんだな。お姫さんは、俺達がヤキン要塞攻略を終えるまでにザフトなり連合なりが押し寄せてくるとは考えなかったのか?」 フラガの声には押し殺された怒りがあった。 「分かってるのか、余程上手く行かない限り、俺達は全滅するんだぞ?」 フラガはキッとラクスを睨みつけると、それ以上何も言わずに作戦室を後にした。その後をマリュ−が追っていく。 そして、遂にラクス達は動き出した。目指す攻撃目標はヤキン・ドゥーエ要塞である。 終末に向って 8 それは、突然に起こった。ヤキン・ドゥーエ要塞に超遠距離から2条の光が叩き付けられたのだ。 「なんだ、何処からの砲撃だ!?」 要塞司令官は怒りに顔を赤くした。要塞駐留のMS隊をボロボロにされたのはまだ記憶に新しい。 「迎撃だ。要塞砲の砲門を開け。MS隊と艦隊は直ちに出撃。奴等に身の程を教えてやれ!」 司令官の命令で駐留軍が出撃してくる。連合主力の迎撃にかなりの戦力を割かれたとはいえ、まだまだその戦力は多い。 「キラ、こっちは押し切れそうだ。そっちはどうだ?」 キラの言う通りだった。迎撃に出てきたジンとゲイツは当初の想定をかなり上回っている。 「ローエングリン第2射用意!」 AAの艦橋は蜂の巣を突ついたような喧騒に包まれている。なにしろ敵の数が多すぎるのだ。だが、これでもAAは持ち前の大火力で多くの敵を引きつけて奮戦していた。なんだかんだ言っても歴戦の艦なのである。 「ええい、くそっ、突破できん!」 かなりヤバイ状況なのに軽口だけは忘れない2人。それを通信で聞いていたマリュ−は青筋立てて2人を怒鳴りつけた。 「ムウ、ディアッカ、こんな時に何ふざけてる訳!? 口動かす暇があったら1機でも堕としなさい!!」 通信機が壊れそうなマリュ−の怒声にフラガとディアッカは首を竦めてしまった。そして恐る恐る謝り出した。 「い、いや、やっぱ気分を少しでも軽くしようかと思って」 まあ、軽口叩きながらでも確実に敵を落としているんだから問題は無いのだろう。だが、マリュ−は額を押さえて頭痛を堪えていた。 戦闘そのものはミーティア2機を擁するAA側がなんとか押し切る形で推移しようとしていた。やはりこの超兵器の存在は大きい。 終末に向って 9 ザフト艦隊が帰って来た事はすぐにAAの知るところとなった。元々それあるかを警戒して常に監視していたのだから当然だ。 「アークエンジェルは直ちに反転。ザフト艦隊を足止めします。ストライクとバスターを戻して。出来ればフリーダムも呼び寄せて!」 ノイマンが驚愕した叫びを上げる。他のクルーは声もでない様だ。 「エターナルを危険に晒す訳には生きません。あの艦には未来がかかっています!」 マリュ−の覚悟は全員に伝わったのか、誰もがそれ以上は何も言わず、自分の任務に戻った。暫くしてアークエンジェルの要請を受けた3機のMSが戻ってくる。 「多い、ですね」 3人とも喉がカラカラに乾いている。余りの敵の多さにいつもの余裕さえ無くしているのだ。 「ザフト艦隊後方に連合艦隊を確認。更に連合艦隊の一部がプラントに向かっています!」 マリュ−は歯噛みしたが、今更どうにも出来ない。自分たちにはそれだけの戦力が無いのだから 「前方ローラシア級、主砲温度上昇中!」 サイの悲鳴のような報告が届くが、AAの主砲はすぐにそちらを撃てない。もはや打つ手は無かった。 だが、まさに覚悟を決めたとき、いきなり目の前のローラシア級が爆発したのである。 『アークエンジェル、こちら第7機動艦隊司令官代理ダウディング少将。これより貴艦を援護する』 終末に向って 10 突然の連合艦隊の豹変ぶりに戸惑いを隠せないAAクルー達。マリュ−も最初は罠ではないかと思ったが、現実に連合艦隊の砲火はAAから敵を遠ざけるように放たれており、ストライクダガー部隊はザフトMSを押し返している。 「第7機動艦隊司令官代理、ダウディングだ」 マリュ−の問い掛けに、ダウディングは口元を綻ばせ、気恥ずかしそうに答えた。 「私にも、16の娘がいるのだよ。フレイ・アルスターの演説を聞いて、娘に諭されたような気になってしまった」 ダウディングは敬礼を残してモニターから消えた。そして安堵する間もなく今度はクサナギとエターナルから通信が飛びこんでくる。 「お、おい、なんで連合軍と一緒にいるんだよ!?」 なにやら誤解してるらしい2人に、マリュ−は少し誇らしげに答えた。 「第7機動艦隊は私達の味方よ。フレイさんの演説を聞いて、彼女の歳後の言葉に応えてくれたのよ」 カガリは信じられないという表情で絶叫し、ラクスは驚きのあまり呆然としている。無理もあるまい、駆けつけた連合艦隊は50隻以上の艦艇と200を超すMSを保有していたのだから。 「これより、アークエンジェルはプラントに向ったアズラエル部隊を追撃します。クサナギ、エターナルは続いてください!」 AAが進路を変え、プラント方向へと向う。それにやや遅れてエターナルとクサナギも続いた。さらにダウディングの格別の好意か、1隻の戦艦と4隻の護衛艦が同行してくれた。 そして、フレイの言葉を受けとめたのは、連合軍だけではなかったのである。 終末に向って 11 連合艦隊によってヤキン要塞に取り付く事さえ出来なくなったザフト軍。彼等は各部隊の指揮官が独自の判断で戦闘を継続していたが、その中には連合の動きに明らかな戸惑いを覚える者がいた。イザークである。 「くそっ、ナチュラルがラクス・クラインの味方をするだと!」 部下に問われたイザークは咄嗟に答える事ができなかった。頭の中では既に答えが出ている。だが、それを実行するには感情がなかなか許さない。 「連合軍ダウディング少将より、ザフト艦隊へ。我々は貴軍との一時休戦を要求する。応じる者は通信で答えてもらいたい」 部下が口にした戸惑い。それは自分の気持ちの代弁でもあった。分かっているのだ。今ここで自分が動かなくてはいけないのだという事くらい。 「・・・・・・ふん、あんな女の口車に乗せられるとはな」 部下たちが不思議そうにイザークを見るが、イザークは構わずに通信士に指示を出した。 「連合艦隊旗艦に通信を繋げ!」 慌てて通信機を操作し、スクリーンにダウディングが映し出される。イザークは心底嫌そうではあったが、はっきりとそれを口にした。 「ザフト軍、ジュール隊隊長、イザーク・ジュールだ。要請は了解した。これよりわが艦隊はエターナル援護の為急行する」 ダウディングがモニターから消えたのを確認すると、イザークは部下にエターナルを追えという指示を出し、自らはシートに腰を降ろして僅かに口元を緩めた。 終末に向って 12 AAはザフトのプラント直衛部隊と衝突する連合部隊を遂に捕捉した。放たれたゴッドフリートが闇を切り裂き、アズラエル艦隊に襲いかかる。それは直撃こそしなかったが、アズラエル艦隊の足を止めるには十分な一撃であった。 「なんです、この忙しい時に?」 アズラエルは機体を止め、振り返った。そして新たな敵を見やり、皮肉そうに口元を歪める。 「アークエンジェルに、フリーダム。あの時殺せなかった事がここまで響くとはねえ、キラ・ヤマト」 アズラエルは過去のミスを振り返り、ここまで災いをもたらすはと苦笑した。 「良いでしょう、最高のコーディネイターとブルーコスモスのTOP、決着をつけるという意味ではこれほどの役者は無い」 キラは迫ってくる見慣れない機体に戸惑っていた。たった一機なのにこの妙な威圧感は何なのだろう。 「キラ・ヤマトですね」 キラは否定できなかった。何しろ自分がそう思っているのだから。そしてアズラエルのセリフは続く。 「ここでナチュラルとコーディネイターの決着を付けるとしましょうか。どちらが生き残る種なのか、私と君が決めるのです」 デザイアが持っているビームライフルを撃ち放ってきた。フリーダムは咄嗟にそれを回避して反撃のビームを叩きこむが、それは当たる直前で曲げられてしまった。 「ビームを曲げる、こいつはあの機体と同じ!?」 デザイアの機体に備えられている2門のビーム砲がフリーダムに襲いかかる。その攻撃力はカラミティにさえ引けを取っていない。 「くそっ、これじゃどうにもならない。防御も完璧、攻撃も完璧じゃ、どうしろっていうんだ!?」 キラは焦りを浮かべてミサイルの弾幕を張ったが、TP装甲を持つデザイアにはほとんど意味が無かった。 「しまった!」 デザイアの手にはビームサーベルが握られている。それを防ぐ事も避ける事も、もうキラには出来なかった。 終末に向って 13 避けられない死を前にキラは思わず目を閉じた。だが、いつまで経っても予想した衝撃は来ない。恐る恐る目をあけて見ると、デザイアのビームサーベルはストライクのビームサーベルにかろうじて受け止められていた。 「大丈夫か、キラ!?」 急いでミーティアをパージし、フリーダムを自由にする。これでデザイアに運動性能で負けることは無いだろう。 「X−105ストライク。誰が乗ってるのかは知りませんが、目障りですね」 デザイアがその大火力を生かして容赦の無い攻撃を加えてくる。あらゆる面で性能に大きな差があるストライクでは勝負になる相手ではなかった。 「くっそぉ、勝負にならんか!」 向けられるビーム砲。だが、その砲撃を邪魔するようにフリーダムが反撃に出てきた。立て続けに放たれるビームとレールガンの雨にアズラエルは舌打ちして回避運動に入る。 激突するラクス艦隊とアズラエル艦隊。既にプラント直衛艦隊は壊滅状態であり、こちらはほとんど影響力を持っていない。 「護衛艦カンバーランド中破、後退します!」 歯噛みするマリュ−。だが、次の瞬間には直撃の衝撃が艦を大きく揺さぶる。そして、その被害報告にマリュ−は青褪めた。 「右舷ゴッドフリートに直撃、完全破壊されました!」 つまり、火力が激減したというのだ。砲力が落ちれば撃ち負けてしまう。AAはこれ以上敵の攻勢を支え切れないのは明白であった。 だが、このAAの窮地を救ったのは皮肉な事に最後までAAの敵として戦い続けた男であった。 「全艦横一文字に展開、攻撃をアズラエル艦隊に集中しろ。MS隊は直ちに発進。敵味方が同じ機体を使っている。識別信号に注意しろ。俺もデュエルで出る!」 それだけの指示を出すと、イザークはMSデッキへと向った。 「どうやら、勝てそうですわね、バルトフェルドさん」 バルトフェルドの言葉にラクスは一瞬だけ、自分を人質にしようとした赤毛の少女を思い浮かべ、彼女の最後の言葉を思い浮かべ、小さな声で答えた。 「私もです」 終末に向って 14 戦場は完全に2つの勢力に割れていた。ブルーコスモスの考えを受け入れるものと、受け入れない者とにである。もう1つの勢力、コーディネイター史上主義とも取れるパトリック指揮下の部隊は既に壊滅し、残るはクルーゼ率いる部隊だけとなっている。 「クルーゼ隊長、ジェネシス第2射の準備があと2分で終わりますが、照準はどうしますか?」 部下が足早に去って行くのを見送りながら、クルーゼは再び考えた。何処で間違えたのだろう。本当なら連合とザフトはお互いに殺しあって全滅する筈だったのに、気が付けば双方が手を取り合って戦っている。 ジェネシスが発射態勢にある事に最初に気付いたのはザフト艦隊の艦艇だった。情報が渡されていたので、すぐにそれに気付く。 「ジェネシスだ。我々を狙っています!」 各艦の艦長は焦った声を上げ、連合艦隊にも警告が発せられる。それを受け取った艦は次々に戦場から後退を始めた。 「ふざけるな、今から逃げ出して、どれだけの数が安全圏に達すると思ってるんだ!」 これ以上の議論はしない、という意思を言外に込めてラクスは言い切った。バルトフェルドは苦虫を噛み潰した表情で部下にラクスの指示を伝達する様に伝える。 「手前、逃げる気かよお!」 レイダーとカラミティが猛攻をかけてくる。アスランはそれを回避しながら振り切ろうとするが、2機のガンダムの攻撃は激しかった。 「くそっ、こいつら!」 だが、カラミティもレイダーもジャスティスには取り付けなかった。強力なビームが3機の間を分けたのだ。 「早く行け、アスラン!」 バスターとデュエル。それに4機のゲイツと10を超すダガー部隊。 「早く行け、こいつ等は引き受けた」 アスランはジャスティスをジェネシスに向け加速させた。ミーティアの強大な機動力がたちまち戦場から遠ざけてくれる。 終末に向って 15 ジェネシス破壊に向ったアスラン。それを迎え撃つジェネシス防衛隊。あと数分で発射出来るのだ。ここで邪魔をさせるわけにはいかない。 「くそっ、ここまでの化け物とはな・・・・・・」 かつて部下であった少年に最後の武器すら奪われたクルーゼは愕然とするしかなかった。 「ジェネシスは潰したか。後はどうやって帰るかだが・・・・・・」 ジャスティスの前にはジェネシス防衛隊が立ちはだかっている。ジャスティス攻撃に集中して防衛隊を無視していた為、ほとんど無傷で残っているのだ。 カラミティとレイダーを相手取っているイザークとディアッカは大苦戦していた。基本性能が余りにも違ううえにパイロットの技量も向こうの方が上だ。 「畜生、これじゃいずれ殺られるぞ!」 ランチャーを続けて撃ち放ってカラミティを牽制するが、返ってくる砲撃は自分に数倍するものだ。相手は後継機なのだから仕方ないのでが、ディアッカには面白くない。 「畜生、何処のどいつだ!?」 新たに戦場に突入してきた敵、それは3機のM1を率いる赤いMSだった。 「何やってるんだ、ディアッカ!」 とたんに崩れる緊張感。カガリはむっとした顔をしていたが、とりあえずディアッカへの追求は止める事にした。 「さてと、オーブの借りを返させてもらおうか!」 勝利の女神は、久しぶりに自ら戦場へと踊り出てきた。その赤い機体は戦場で一際輝いてさえ見れる。ストライク・ルージュ、それがこのMSの名前だった。 終末に向って 16 終わる事の無い戦い。ただ無意味に殺されていく兵士達。戦争では珍しくもない光景だが、それが戦争の現実だ プラントにある評議会ビル。そこに武装した兵士達が大挙して突入してきたのが始まりだった。警備の部隊は油断していた所を付かれて制圧されてしまい、評議会ビルは短時間で制圧されてしまったのである。 「どういう事だ、ユウキ!?」 パトリックは激高したが、それで状況が変わる訳でもない。武装した兵士に拘束されてパトリックは連れていかれてしまった。 「地球のほうはどうなっているか?」 ユウキは感慨深そうに目を閉じ、天井を見上げた。そう、まさにこの瞬間をもって、世界は代わろうとしていたのだ。 そして、プラントと地球連合の双方から、同時にある放送が行なわれた。それは、世界を震撼させる放送であった。 「我々は地球連合、プラント政府の双方の合意の元に、休戦協定を結んだ事をここに宣言する。各地で交戦中の部隊は戦闘を中止し、次の指示を待つように」 この放送を聞いたザフト、連合の兵士達は驚愕した。いきなり戦争が終わったと言うのだ。しかも、双方の政府からの連名で。これで混乱するなという方が無茶というものだが、ともかく公式宣言で戦争は終わったと言われたのだ。 「バルトフェルドさん、前方の艦隊に休戦を申し入れてください。戦いは終わりました」 直ちにバルトフェルドが通信を送る。だが、帰ってきた答えはバルトフェルドをして顔を顰めさせるものであった。 「参りましたな、連中、戦いを止めるつもりは無いようです」 ラクスには理解できなかった。何故こんな空しい行為を続けようとするのだろう? 終末に向って 17 激突するフリーダムとデザイア。性能の差か、少しづつ追い詰められていくフリーダム。この2機の最強MSの戦いに介入できる者は存在しなかった。 「駄目だ、このままじゃ押しきられる!」 キラは焦りを浮かべて時折反撃を加えるが、そのビームは空しく弾かれてしまう。まさに完璧な性能を持つデザイアにキラは絶望にも近い闇を感じた。 「おやおや、どうしたんです? 最強のコーディネイターともあろう者が、この程度でもう音を上げますか」 キラは怒りに身を任せて攻撃を再開した。守りを無視した攻め一辺倒の攻撃にデザイアも僅かに押される。 「ほう、やれば出来るじゃないですか」 アズラエルが肩を竦めるが、キラの目は真剣だった。余りに真剣なキラの視線にアズラエルの顔から笑みが消える。 「僕は、絶対にお前を許さないぞ。戦争をここまで拡大し、核を使い、そして・・・・・・そしてフレイを殺したお前をっ!」 アズラエルは再び口元に笑みを浮かべた。そして、馬鹿にして問い掛ける。 「それで、敵を取ろうという訳ですか。ですが、そんなざまではね!」 ビームサーベルを抜き、斬りかかる。キラはそれを辛うじてビームサーベルで受け止めたが、パワー差からジリジリと押されていく。 「彼女も愚かでしたね。大人しく私の言うことを聞いていれば死なずに済んだものを」 その時、キラに明らかな変化が起こった。キラの表情は見ていて怖くなるほど冷たい表情で、強烈な殺意だけを見せていたのだ。 「・・・・・・殺してやる」 キラの目の色がまた少し変わっていく。そして、直後のフリーダムの動きが目に見えて変わっていた。まるでそれまで遊んでいたかのように動きの切れがよくなり、素早くなっている。 終末に向って 18 ルージュの参戦それ事体は大して状況を好転させる事はなかった。所詮はストライクの色違いであり、カガリの技量もフラガに較べるべくもないからだ。 「ちいい、こいつ等!」 クロトは雲霞の如く集まってきたダガーやジン、ゲイツの集中攻撃を受けている。機体性能とパイロットの技量で大きく上回ってはいるのだが、流石に数十機のMSに囲まれては逃げるだけで手一杯だ。時折掠めるビームが少しづつ機体にダメージを蓄積していく。 「う、うわああぁぁぁぁぁぁっ!!」 爆発し、四散していくレイダーをモニターで見たオルガは一瞬我を忘れ、呆然としてしまった。 「ク、クロ、ト?」 最後の仲間を失った事で強気なオルガも流石に怯みが出たが、すぐにそれを掻き消すような怒気がこみ上げてきた。 「手前ら、ぶっ殺してやる!」 全ての火器を総動員して撃ちまくるカラミティ。圧倒的な火力に迂闊に近づいたMSが数機撃墜されてしまう。 「こいつぅ!」 反撃が来ないのを見てイザークが歓喜の声を上げる。それを聞いたディアッカとカガリが攻撃を集中する。 カラミティを落としたカガリはようやく一息ついてシートに体を沈めた。 「終わったな、これで」 ディアッカが宇宙の一角を指し示す。そこには、人外の戦いを繰り広げるデザイアとフリーダムが居た。ストライクもいるのだが、戦いの動きに付いて行くことさえ出来ないでいる。 「どうする、助けに行くか?」 ディアッカは恐怖さえ浮かべた表情でその戦場を見ている。フリーダムが僅かに押されているが、桁違いの戦闘がそこでは行なわれているのだ。 終末に向って 19 シールドを吹き飛ばされた衝撃でキラの意識は朦朧としていた。すでに疲労は限界に達し、ただ怒りと殺意だけで体を動かしていたのだ。 「はあっはあっ・・・・・・駄目なのか、僕じゃ勝てないのか?」 薄れゆく意識の中で、キラは周囲の状況を確認した。多くの仲間たち。駆けつけた連合とザフトの援軍。これだけいればこの化け物を倒す事も出来るだろう。僕はここで終わっても良いのかもしれない。 「もう諦めるのか、だらしないぞ、キラ」 驚くキラの目の前で、トールが笑っていた。死んだはずのトールが。そして、オーブで降りた筈のカズィが、アークエンジェルにいるはずのミリィとサイが、地球の両親いた。 「キラは、まだ戦える筈だよ」 友人達の言葉に、キラは動揺した。まだ帰れる所が自分にはあるのだろうか。それはこれまであえて考えないようにしてきたこと。 そして、キラの傍らからもう1人の声が聞こえてきた。 「大丈夫よ、キラ。言ったでしょう、私の想いがあなたを守るもの」 キラのすぐ右側に赤い連合制服を着たフレイがいた。その顔は優しい笑みが浮かんでいる。 「疲れたなら、休むのも良いわ。でも、今はまだ立ち止まっちゃいけないでしょ」 キラの右腕にフレイの手が添えられる。そして、ゆっくりとそれを動かしていく。 「キラ、いくよ」 そして、キラは再びフリーダムを動かした。 それは偶然だったのだろうか。キラはどれほどの時間意識が混濁していたのだろうか。だが、フリーダムが下から振り上げたビームサーベルは、デザイアの左腕を肩から完全に切り落としたのである。 「なんだとっ!?」 もう死に体だったフリーダムが突然動き出し、デザイアの左腕を切り落とした事にアズラエルが狼狽した声を上げる。 「ありがとう、みんな。ありがとう、父さん母さん。そして、ありがとう、フレイ。僕はもう、死んでも良いなんて思わないよ」 終末に向って 20 いつ果てるとも無く続くキラとアズラエルの戦い。余人の介入を許さないその戦いは凄まじいを通り越して誰もが振るえ上がるほどのものとなっている。 「何をしてるんだ、どうしてキラを援護しない!?」 ディアッカの問いにアスランは改めて戦場を見た。イザークのデュエルとフラガのストライクが追い付こうと必死になっているが、追い付くどころか影を追うことさえ出来ないでいる。あの2機の戦いには普通のMSでは介入できないのだ。 「ク・・・クククク・・・・・・そうか、私は・・・・・・」 何かを悟ったクルーゼ。そして彼もまた戦場へと身を躍らせた。 キラとアズラエルの戦いに介入してきたアスラン。ジャスティスが加わった事で戦局は一気に有利になるかと思われたのだが、アスランはようやくこの場に立つ二人の凄さを思い知らされる事になる。 「は、速い!」 そう、アスランから見てもこの2人は速過ぎた。ジャスティスでさえ付いて行くのがやっとというレベルの戦いをしている。 ビームサーベルを振りかざすフリーダム。それに応戦するデザイア。両機とも満身創痍になりながらも戦いを止めようとはしない。 「ふははは、流石です、キラ・ヤマト。私とここまで戦えるとは!」 キラは愕然とした。何故そこまでするのだろうか。狂ってるとしか思えないが、アズラエルは正気だった。だからかえって理解できない。 終末に向って 21 デザイアに攻撃するジャスティス。だが、デザイアはそれを容易く回避し、あまつさえジャスティスに反撃を加えてきた。 「さっきからうるさいんですよ。邪魔しないでくれますか!」 キラの叫びも空しく、ジャスティスは容易く背後を取られ、スラスターを破壊されてしまった。デザイアが武器をほとんど使い果たしていなければ止めを刺されていただろう。 「そんな、俺が・・・・・・」 キラが駆けつけて来てデザイアを追い払う。ジャスティスの傷は致命傷ではなかったが、戦闘が可能な状態ではなかった。 「アスラン、下がってくれ」 それだけ言うと、キラは再びデザイアに向かっていった。ビームサーベルを構え、後先考えずに斬りかかっていく。デザイアもそれに応戦しようとビームサーベルを振りかぶった。 「さあ、これで決着ですよ。キラ・ヤマト!」 だが、2機が切り結ぶよりも早く、1機のMSがデザイアに突っ込んできた。それは、白いゲイツ。 「な、なんだと・・・・・・」 ゲイツに乗るクルーゼの声がフリーダムの通信機にも入ってくる。キラはその声を聞いて驚いた声を上げた。 「クルーゼ、どうして?」 不敵に笑うクルーゼに、キラは全力で呼びかけた。 「それが分かったなら、死んじゃいけない。生きなくちゃ駄目だよ!」 クルーゼは微笑した。もうすぐ機体が爆発するというのに、 何故か不思議と落ちついているのだ。 「私はもう長くはない。せめて死ぬ時くらい自分で決めたいのだ」 クルーゼに謝られても、キラはどう答えて良いのか分からなかった。フレイを利用したこの男を憎む気持ちは確かにある。だが、この男を哀れむ気持ちも確かにあるのだ。 「君は、私のようにはなるな。孤独感に押し潰され、世界を憎むようにはなるなよ」 それを最後に、クルーゼからの通信は一方的に打ち切られた。もうどれだけ呼びかけても返事は返って来ない。 こうして、世界中を巻き込んだ大戦争は終結した。地球とプラントはクーデターによって強硬派政権を打倒し、破滅的な最終戦争をどうにか回避したのである。 そして、今度は破壊された世界を再建するという、より困難な戦いが始まろうとしていた。 終末に向かって・22 戦争は終わった。キラはフレイがどうなったのかを調べたが、ドミニオンから運び出されたことまでは確認できたのだが、その後月基地で死亡したという記録に辿りいた。 戦いが終わり、傷を癒したアークエンジェル、クサナギは係留されていたプラントを離れ、オーブに帰る事になった。 「なんでだキラ、コーディネイターならプラントに住めばいいだろうに」 キラは忘れていなかった。幻とはいえ、両親は何時でも帰ってこいと言ってくれたのだ。あの言葉が、キラには嬉しかった。 アスランはなおも説得を続けようとしたが、ラクスに腕を掴まれた。ラクスは頭を左右に振り、それ以上引き止めてはいけないとアスランに伝える。 「キラ、あなたの帰る場所は、ここではないのですね?」 ラクスも寂しそうであった。キラは懐から指輪を取り出し、ラクスに返す。 「これ、ありがとう。おかげで帰って来れたよ」 ラクスとキラの視線が微妙に絡み合う。そして、キラはもう一度ラクスの頬にキスをした。ラクスが驚く。 オーブに帰ってきたカガリは早速オーブの再建を開始した。占領されていたオーブだが、終戦と共に独立を果たしている。連合からは賠償金としてかなりの援助を受けることが決まっている。 キラたちは学生に戻ったものの、カガリに頼まれていろんな仕事を手伝ってもいた。何故かモルゲンレーテにはディアッカが就職している。もっとも、エリカ・シモンズに馬車馬のようにこき使われて悲鳴を上げる毎日のようだが。 そして、終戦から半年が過ぎようとしていたある日、キラの元に1通の手紙が届いた。それはマルキオ導師からのもので、トールが死んだ場所が良く見える場所に墓を立てたので、一度来て欲しいというものだった。 終末に向って・23 手紙に従ってマルキオ導師のもとを訪れたキラ。マルキオ導師は孤児院を運営しており、戦災孤児を養っている。 「すいません、運営も苦しいものでして」 お茶に口を付け、しばしの時が過ぎる。そして、キラが口を開いた。 「孤児院、随分と手入れが行き届いてますね。」 マルキオは窓から外を見やる。その目は光を映さないのに、何かが見えているような気さえする。 「キラ君、世界は、変わりましたか?」 そう、戦いは終わっていない。戦争という状態は終わったが、未だに各地で紛争は続き、コーディネイターとナチュラルの確執は続いている。アズラエルを倒してもブルーコスモスのテロ活動は終わらない。 「キラ君、君は、ナチュラルとコーディネイターは分かり合えると思いますか?」 それはキラにとって史上命題だ。あれだけの犠牲を払って、得たものが偽りの平和では余りにも辛すぎる。自分たちもかけがえの無い者を幾人も失ったのだから。 この事がラクスの理想を阻んでいた。先の戦争はナチュラルとコーディネイターの溝をより広げてしまっている。両者が互いの溝を超える事など、信じている者はほとんどいないのだ。 「あそこにトール君の墓が立っています。是非見舞ってきてください。彼も喜ぶでしょう」 キラはマルキオに何かを試されているような気がしていた。何故かは分からないが、そんな気がするのだ。自分を呼んだ理由も明確に語ろうとはしない。 「あなたは全ての希望なのです、キラ・ヤマト君。あなたが選んだ未来によって、この世界の未来が決まるでしょう」 終末に向って・24 海から吹きつける風が気持ち良い。舗装されていない、ただ土を踏み固めただけの道が続いている。 「ここなら、フレイの墓を立てても良いかな。トールもいるし、2人なら寂しくないよね」 フレイが寂しがりやだったことを思いだし、キラはクスクスと笑い出した。戦争が終わった頃はフレイを思い出すだけで辛かったのだが、今ではこうして笑うこともできる。これが時の流れというものなのだろうか。 ゆっくりと歩いて行く。こちらからは崖に見えるが、反対側に回れば小高い丘でしかないようだ。海岸沿いに回って行けば良い。 「あっ」 慌てて早足で墓の方に行く。トリィが迷惑をかけてしまったからだが、その墓の前の人の声を聞いたとき、その足が止まってしまった。 「トリィ!?」 墓の前の人は驚き、立ちあがった。その人は女性で、麦藁帽子から伸びる赤い髪が印象的だ。 「フ・・・レイ・・・・・・?」 フレイもまた信じられないという顔で自分を見ている。お互いに相手が死んだと思っていたのだ。 終末に向って・25 キラとフレイは言葉も無く向き合っていた。お互いに何を言って良いのか分からないのだ。 「生きてたのね、あなた?」 キラはフレイの横に立った。トールの墓にはフレイが作ったらしい花輪がかけられている。 「・・・・・・どうして、ここに?」 フレイは小さく笑うと、風になびく髪を右手で押さえた。 「フレイ、君は、どうして生きてるんだい?」 フレイが死んだのは、記録上のことであった。ドミニオンで撃たれたフレイはすぐに医務室に運ばれ、そこで辛うじて一命を取りとめたのだ。 「私がここに来たのは3ヶ月前、あなた達に連絡を取らなかったのは、そうする必要が無かったからよ」 フレイは立ちあがった。そして、その場で踵を返す。 「さようなら、キラ。私のことは忘れて頂戴」 終末に向って・26 離れて行くフレイ。キラはその背中を見て、内側から込上げてくる不安を確信に変えた。間違い無い、フレイはマルキオ導師の所を出て行くつもりだ。 「キラ、離して」 キラは抱きしめる手に力を込めた。 「死んでいるほうが良いなんて、言わないでよ。フレイが死んだら、僕は悲しいんだ。きっとみんなも」 その言葉に、フレイの体がビクリと震えた。そして、苦しそうな声で言葉を紡いでいく。 「私は、重罪人として裁かれるかもしれないのを怖がって逃げ回ってる臆病な女よ。いても迷惑をかけるだけだわ」 フレイは、罪の意識に苛まれていたのだ。それを1人で抱えこんだまま、生きていこうとしている。あんなに独りぼっちになるのを、孤独を恐れていたフレイが。 「罰なら、一緒に受けてあげる。罪なら、僕も背負ってあげる。どんなに辛い道でも、2人でならきっと乗り越えて行けるよ」 キラの誘いに、フレイの体が小刻みに震えだした。涙が零れ、声が揺れている。 「あなた・・・・・・本当に馬鹿よ。私なんかと一緒にいても、苦労ばかりよ」 フレイの体から力が抜ける。それを見てキラもフレイの体から手を離した。 「・・・・・・でも、もっと馬鹿なのは私よね。一度捨てた夢に、また縋ろうとしてるんだから」 フレイはキラの胸に飛び込んだ。オーブでの別れから、幾ばくかの月日を経ての再会。時間的にさほど長い別れではなかったが、2人に起こった激動の日々を思えば、それは久しき再会であった。 『よかったな、2人とも』 その声に2人は顔を上げ、一緒にトールの墓を見た。そこには誰もいない。ただトリィがとまっていて、掛けられた花輪が風に揺れているだけだ。 「トール」 2人は、小さな声でトールに感謝した。 トールの墓を前に、重なりあった2人の姿は何時までもそこにあり続けた。ナチュラルとコーディネイターの未来を示しているかのように。 終末に向って・作者 実はラストシーンで待ってるのはフレイじゃなくアスランというギャグバージョンも考えてましたが、流石にヤバイので没にしました |
back | next | title | top |