燃え尽きる命 



沈みゆくドミニオンから打ち出された1つのカプセル。それを回収したキラは驚愕してAAに帰って来た。そのポッドから接触回線で聞こえてくる声。それは聞き間違えようも無い声。フレイの声だったのだ。
ただ、様子がおかしかった。まるで怪我でもしているかの様に苦しそうで、時折くぐもった悲鳴も聞こえてくる。

キラはAAに着艦すると慎重にポッドを降ろし、フリーダムから降りて急いでポッドを開けた。
中に入ると濃い血の匂いがして顔を顰め、次いで驚愕する事になる。ポッドの中には無重力で漂うフレイが居たからだ。腹部は血で赤く濡れており、無数の血球がポッドの中に漂っている。

キラは慎重にフレイをポッドの中から出すと、格納庫の床に横たえた。集まってきた整備兵達が驚いている。

「おいおい、こいつはお嬢ちゃんじゃないか」
「マードックさん、先生は!?」
「今来たぞ」

マードックが場所を開け、駆け付けてきた軍医がフレイの傷口を調べる。だが、すぐに顔を顰めると取り出した無針注射器でなにかの薬剤をフレイに投与した。

「先生、フレイは!?」
「・・・・・・鎮痛剤を投与した。暫くすれば目を覚ますだろう」
「先生!?」
「・・・・・・すまないが、手遅れだ」

頭を下げる軍医。だが、キラは納得できなかった。軍医の襟首を掴み、締め上げる。

「あんた医者だろ。なんで女の子一人助けられないんだ!」
「お、落ちつけ!」
「これが落ちついてられるか、フレイを見殺しになんかして見ろ。絶対に許さないぞ!」

締め上げる力を強めるキラ。誰もが圧倒されて動けないでいる中、1人だけ進み出る者がいた。
締め上げる腕を誰かに掴まれ、キラは殺気だった目でその相手を睨みつける。

「誰だ!」
「止めるんだキラ、こんな事して何になるんだ!?」

キラを止めたのはサイだった。その強い眼差しにキラは自分の頭が冷えて来るのが分かった。締めあげていた手を緩め、軍医を解放する。

「・・・・・・僕は」
「ああ、分かってるよ。お前の辛さは俺にだって分かる」

サイはキラの肩を叩いた。何時の間にか艦橋に居たマリュ−ミリィやノイマン達も降りてきている。フラガやディアッカの姿もあった。キラはサイに促されるままにフレイの脇に膝を付いた。サイもキラと向かい合う様に反対側に膝を付く。サイの後ろには今にも泣き出しそうなミリィがいた。



そのままじっとフレイを見つめていると、いきなりトリィが飛んできてフレイの体の上に止まった。慌ててキラが掴まえようとするが、そのトリィの声に反応したかのようにフレイがようやく薄目を開け、回りを見渡した。

「・・・・・・ここは?」
「AAだよ。フレイ」

かけられた声にフレイは驚愕した。もう2度と聞けないはずの声なのに。
フレイはようやく自分を囲んでいる友人達に気付いた。キラが、サイが、ミリィが自分を見下ろしている。

「・・・サイ、ミリィ・・・・・・それに、キラ? なんで」
「フレイ、君はAAに帰って来たんだよ」
「・・・・・・AA,そう、帰って来れたんだ」

サイの言葉にフレイは目を閉じた。幾つもの想いが脳内を駆け抜け、閉じられた瞳から涙が零れていく。どれほど望んだだろうか。もう2度と帰れないと思っていた場所に帰ることを。そして、この人たちと話をする事を。

フレイはゆっくりと目を開けると、サイを見た。

「・・・サイ、あの時は・・・ごめんなさい。 私、酷い事を・・・」
「いいんだ、フレイ。もう良いんだ」
「でも・・・あなたを傷付けて・・・・・・」
「いいよ、もう俺は気にしてない。全部許すさ」

涙声でフレイを許すというサイに、フレイは安堵の吐息を漏らした。

「・・・・・・ありがとう」

そして、フレイは視線をサイからミリィに移した。

「ミリィ、あなたにも・・・・・・迷惑をかけたわね」
「フレイ・・・・・・」
「できれば、もう一度あなたとテニスをしたかったわ」

ミリィはそれに答える事ができなかった。胸の前で手を組み、こぼれる涙を拭う事も出来ない。ただ押し寄せる悲しみに必死に耐えていた。

「カズィは・・・・・・何処?」
「カズィは・・・オーブで・・・艦を降りたわ」
「・・・・・・そうなんだ。じゃあ、私がご免と言ってたって、伝えて」

フレイはそれだけ言うと、疲れたように大きく息を吐いた。
集まったクルーたちは誰もが泣いていた。マリュ−はフラガの胸を借りている。ノイマン達は顔を伏せ、あるいは腕で目を擦っている。ディアッカでさえ体を小刻みに振るわせていた。
フレイは自分の為にこんなに沢山の人が泣いてくれるということに驚き、嬉しくなった。自分がAA内では嫌われている事くらい知っていた。それも全ては自分の所為なのだ。誰を恨む事も出来ない。もし自分に何かあっても悲しむ人は居ないと思っていた。なのに、こんなに沢山の人たちが泣いてくれている。自分を看取ろうと集まってくれた友人達が居る。これは、望外の喜びではないだろうか。
そして何より、誰よりも傍に居て欲しかった人が今傍に居るのだから。



フレイは、最後にキラを見た。死んだ筈だった。もう2度と会えないはずだった。なのにどうしてここに居るのだろう。

「キラ、死んだんじゃなかったの?」
「色々あってね、こうして生きてるよ」
「・・・・・・そう。聞いてみたいけど、無理みたいね」

フレイは無理に笑顔を作った。最後くらいは笑って逝きたいのだ。特にこの人の前では。
あの時は言えなかった。いや、あの時はまだ形になっていなかった想い。もう伝える事は出来ないはずのそれを伝える機会を得る事が出来たのだから。

「・・・ねえ、キラ。私と最後に話した時のこと、覚えてる?」
「うん、忘れないよ。忘れるもんか」
「そう・・・・・・良かった」

フレイは安堵した。忘れられてなかったのだ。

「キラ、私ね・・・・・・あなたの事、好きだったよ」
「え?」
「最初は、パパの復讐の道具としか、思ってなかった。利用するつもりで近づいたの」
「・・・・・・・・・・・・・・」

何となく分かってはいた。フレイが自分への愛情で近づいたんじゃない事くらい。だが、今はそれを責めて良い時ではなかった。

「でもね、何時も泣いて、傷付いて苦しんでるあなたを見てたら、だんだん憎めなくなった。気が付いたらあなたに惹かれてて、それを否定したくて・・・・・・」
「・・・・・・フレイ」
「おかしいよね。憎んでた相手に、惚れちゃうなんて」

フレイは自嘲気味に笑った。もう笑うだけでも大変なのだが、笑いたかったのだ。
そして、笑いを鎮めたフレイは、真剣な眼差しでキラを見た。

「でも・・・今ははっきりと言えるわ。キラ、私はあなたを愛してる」

そこまで言った時、フレイは内から込み上げる苦痛に顔を顰めた。すぐに咳込み出し、口から血の固まりを吐き出す。
キラは苦しそうなフレイの上半身を持ち上げ、膝枕をしてあげる。
フレイは自分の顔を覗き込むキラを見て、懐かしさと共に不思議な違和感を覚えた。その違和感の正体に気付いた時、フレイは内心で苦笑した。そうか、私は初めて愛しい想いでキラの顔を見てるからだ。今まではキラという道具を見てたから、こんな気持ちになるんだ。

「フレイっ!」
「・・・・・・ご免ね、キラ・・・もう、駄目、見たい」
「フレイ、そんな事と言わないでよ」

涙を流すキラ。フレイはそれに気付き、振るえる手でキラの涙を拭ってあげた。

「泣き虫なのは、変わらない、のね」
「フレイ・・・・・・」
「もう・・・キラの顔も、よく、見えないの」

フレイは手探りでキラの頬に手を当てた。

「・・・お願い。最後にもう一度で良いから・・・・・・好きじゃなくても良いから、キスして」

フレイの願いをキラは受け入れた。自分の唇をフレイの唇に重ね合わせ、彼女の体を強く抱き締める。フレイは涙を流して、残る力を振り絞って両腕をキラの背中に回した。初めてだった。キスがこんなに気持ちいいものだと思えたのは。

そして、その想いと共に、最後に得られた充実感と共に、フレイは逝った。



突然力が抜け、キラの背中に回されていた腕が力無く漂う。キラはフレイの変化に気付き、フレイの顔をじっと見つめた。その顔には苦痛の色は無く、満足げな笑顔が浮かんでいる。美しい死に顔というのはこういうのを言うのだろうか。
キラはフレイの亡骸を抱き締め、涙ながらに彼女の名を叫んだ。

「フレイィィィイ−−−−−−ー!!」

キラは冷たくなっていく少女の体を抱き締め、号泣した。サイは床に拳を叩きつけ、ミリィはサイの背中にしがみついて声を上げて泣いている。ヘリオポリスからアラスカまで色々な摩擦があった。だが、死んで欲しいなどと思った事は無い。生きてまた昔のように学校に行く日が来ると信じていたのに、トールに続いてフレイまで逝ってしまったのだ。

マリュ−を置いてキラの傍に歩み寄ってきたフラガはナイフを取り出すとフレイの髪を1房だけ切り取りとった。キラが不思議そうに見ていると、フラガは今度は飾り気の無いペンダントを取り出し、そこにフレイの髪をいれていた。そしてそのペンダントをキラに差し出す。

「お守りにでも持っておけ。きっとお前を守ってくれる。後で写真でも入れておけ」
「ムウさん」
「死んだ者は生き返っては来ない。俺達に出来ることは、決して死んでいった奴を忘れない事だ。お前もお嬢ちゃんのことを忘れるなよ」
「・・・・・・・はい」

キラはフラガからペンダントを受け取り、首に掛けた。そしてポケットから今や形見となってしまったルージュを取り出す。

「フレイ、僕はこの戦いを終らせて見せるよ。そうしたら、みんなでオーブに帰ろう。それまで、待っててね」

フレイの亡骸にもう一度口付けをすると、キラは立ちあがった。ルージュをまたポケットに入れ、決意を秘めた目でフリーダムを見る。その顔に、もはや迷いや後悔は無かった。



一人の少女が命を落とした。戦争という悲劇に巻きこまれ、運命を弄ばれた少女が。
この数日後、戦争は終わった。



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