真黒



ドアの外で、どたばたと歩く音を聞いて、フレイは目を覚ました。
頭の奥がやけに痛い。
もぞもぞと足を動かすと、ぬめった感覚を憶える。

キラを起こさないように、そうっとシーツから体を起こし、立ち上がる。
手を陰部に当ててみると、べとりと何かがついた。

「あ……」

それは白濁した液体だった。
フレイはすべてを思い出した。

アフリカで、レジスタンスの青年に貰ったお酒。
ほんのちいさなモノだけど、フレイは嬉しかった。
誕生日の時にのむ高級なシャンパンのような美味を期待してはいないけど、
それでも、そのうち飲もう、と決めていた。

けれど安い酒ほど悪酔いするということだろうか、
コップ半分を飲んだときには、既に顔が熱くなっていた。
そんな時だ、キラが帰ってきたのは。

なんとなく、お酒を勧めて。そうして飲んでいると、体がどんどん火照りだした。
あまりに熱いから、服を脱ごうと思って、そして-----

あんなに激しく狂うなんて、今まで無かった事だった。
昨日の痴態を思い返して、フレイは顔が熱くなるのを自覚する。
お酒のせいだろうか、感度が鋭敏になって、ものすごく-----

だからって、浅はかすぎだ。
彼も同じだったのだろうか、いつもより随分強引で。
自分の中に、放った。恐らく三度とも、そうだったように思う。
輸送の度に泡になって精液が溢れていた。

途端、急激に体温が下がったような感じに襲われる。
がくがくと、体が不規則に震えた。
呼吸もままならない程だ。

「わたし、わたし・・・・・」

……妊娠……してしまう!
コーディネーターの、子を!

次の瞬間、
フレイは蹌踉ける足のまま、シャワールームに駆け込んでいた。

洗わなきゃ、洗わなければ。
あれからどれだけ時間が経っているのだろう。
おぞましい、気色悪い。コーディネーターの精液が、自分の体を浸食していく。
いやだいやだいやだ。

フレイは幼い事もあって、まだ生理が不規則だったし、いつが安全かなど知りはしない。
決して中には出してはいけなかったのだ。キラもそれを知ってるはずだ。
なのに何で。自分がそれを咎めなかったからだろうか。

「う、あああ!」

シャワーの水をかけながら、がむしゃらにそこを洗う。
それだけでは飽きたらず、フレイは浴槽に腹を押しつけた。

ドン、ドン!

容赦なく押しつける。鈍い痛みが何度も走るが、躊躇しなかった。
浴室に音が響く。

突然扉が開いた。
キラがいた。少し息が荒い。

「何を…フレイ!」

「っぐ…?」

途端、フレイを襲ったのは、強烈な嘔吐だった。
唇を押さえると、傍らにあった便器に吐く。

キラはびっくりしたように、フレイを見た。

「どうしたの?何が---」
「なんでもない…なんでも…」

「なんでもないって……」

そんな筈は無かった。キラはフレイの肩に触れようとする。
しかしその寸前でフレイは身を翻した。

「いや、触らないで!」

ぱしん、と伸ばした手を払う。
キラはその光景に呆然とする。

「フレイ?」

フレイの頬を、涙が伝っていた。

「キラ…?昨日…なんで、中に出したの?」
「え」

キラは今初めて、昨日の情事を思い出したのだった。
顔がみるみるうちに青ざめる。
フレイは何故か薄く笑った。滑稽だった。
馬鹿なコーディネーター。

「こども、出来たら…どうするの?私たち」
「…!!!あ、あ…そ…れは」
「どうやって降ろそう?ね。ここは戦場なのに、今みたいに、こうやってお腹を----」

「フレイっ!」

キラは叫んだ。

「ごめん、ごめん、僕----そんなつもりじゃ」
「ふふ、私、ばかみたい」

憎い、憎いコーディネーターの子供を宿すとしたら?
本当に馬鹿みたいだ。

「フレ…」

堕胎するしかないだろう。きっと。軍医にそんな事できるのか?
醜い金属の棒で、掻き出すのだ。怖い。からだをいじられるのは嫌いだ。
ああでも、これでキラをずっと、縛っておけるかもしれない。

遠のく意識の中で、フレイはそんなふうに考えていた。



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