自由への奔走0.1



 立ちはだかるアスランのジャスティスに、キラは声を荒げていた。
「アスラン! どいてくれ! 僕はいかなきゃならないんだ!!」
 両の腕を左右に広げ、見るからに遮っているジャスティスのアスランは、キラのことが理解できない、と言いたげに口を開いた。
「キラ! 自分がなにをしようとしてるのか、わかっているのか!? 罠かもしれないんだぞ!」
「わかってるよそんなこと! だからって、放っておくわけにはいかない! 助けを求めてる人がいるんだ!!」
「お前らしくないじゃないか! 感情的過ぎるぞ、キラ!」
「いいからどいてくれ! どかないというなら・・どかないというなら、腕づくでもどいてもらう!」
 ビーム・サーベルを抜き払ったフリーダムに、ジャスティスのアスランを始めとして緊張が走った。
『キラ! なに馬鹿なことやってんだ!? 相手はアスランなんだぞ!?』
 クサナギで怒鳴りつけるカガリの姿が、ディスプレイの隅に映し出される。明らかに瞳には動揺が浮かび、ともすれば泣き出しそうな雰囲気だ。
『キラ・・・』
 エターナルのラクスは、立ち上がったまま言葉を失っている。その瞳には悲しみの色が漂う。
「どくんだ! アスラン!」
「行ってはダメだ、キラ!!」
 自機にむかい突っ込んでくるフリーダムに、アスランは否応なくサーベルを抜いた。
 バチュゥ!
 無機質な宇宙空間に砕けたビーム粒子が飛び散り、ビームとビームが接触する嫌な音が響き渡る機体の中で、アスランはもう一度叫んだ。
「キラ! 行ってはダメだ!!」



自由への奔走0.2


 ことの始まりは、強襲艦アークエンジェルに入った一通の謎の通信だった。
 ノイズだらけのその通信に、ミリィは首をかしげた。
「ノイズが酷くて・・・ホントに一瞬ずつしか聞こえないんです」
「レーダーに反応は?」
 マリュー・ラミアス艦長の言葉に、サイは首を横に振った。
「反応なしです。相当ノイズが乗っているようですから、かなりの遠距離からの通信ではないかと思われます」
「オールレンジの通信なのよね?」
「はい。そのようです」
 マリューが指を唇に押し当てていると、ブリッジにキラとフラガが姿を現した。
「艦長、整備と点検終わったぜ」
「ご苦労様です、2人とも」
 フラガに応えながら、難しい顔をしているマリューに、2人は顔を見合わせた。
「なにかあったのか?」
「ええ・・ノイズだらけの通信が入っているようなの。オールレンジで」
「オールレンジの通信・・? まさか、救援とか・・?」
 キラの言葉に、マリューは意を決したようにミリィに告げた。
「音声をメインアウトプットにまわして。発信先の探索、レーダーにも気をつけてね」
「了解」
 ミリィがコンソールをたたくと、ザラザラとした耳障りなノイズ音がブリッジに響いた。
「うひゃあ! こりゃあ、雑音だらけで・・・ただの不快な音楽だな、こりゃ」
 肩をすくめたフラガに、ミリィは音量を下げた。
「ミリィ、音量さげないで」
「えっ・・? キラ、でも・・」
「いいから」
 なにか思いつめたような視線のキラに気圧されて、ミリィは音量を先ほどまでにあげた。
「・・・け・・・・・キ・・・・・ア・・ク・・・フ・・・ア・・・・・」
「・・・・・・・」
 キラは、目を閉じると、声の部分だけに耳を傾けた。
「・・・なにかわかりそうなのか、キラ?」
「すみません、静かに・・」
「すまん」
「・・・・・た・・・て・・・・キラ・・・・」
 その声の後、どこからかとんできたトリィが、キラの肩に乗った。
「トリィ!」
「!」
 キラは、思い出したかのように思いっきり地面を蹴って後ろに飛ぶと、そのままブリッジを出て行ってしまった。
 取り残されたメンバーは、なにがなにやら、といった顔でお互いを見ている。
「今・・・キラって言ったか?」
「え? 私にはノイズばかりでよく・・・」
「・・・キラ・・? どうしたんだ・・?」
「アウトプット、切断しますか?」
「ええ、お願い・・・」
 腑に落ちない表情のままのマリューの顔は、数分後に困惑に染まることになる。



自由への奔走0.3


「キ、キラくん! どういうことなの!?」
「フリーダムで出ます! 早くカタパルトデッキをあけてください!!」
「説明してくれなきゃわからないわよ、キラ!」
 ミリィの声に、キラは苛立ったように声を上げた。
「なんでわからないんだよミリィ! フレイじゃないか! フレイが僕を呼んでたんじゃないか!」
「えっ?」
「フレイだって・・?」
 サイの表情に緊張感が走る。懐かしいとまで思えてしまう顔が、頭をよぎった。
「そんな・・聞き間違いじゃないのか? 俺にはフレイの声だなんて・・」
「サイ! もう一度聞いてみればきっとわかるよ! フレイなんだ! いいから、もう、とっととあけてくれ!」
 まるで今にもビームライフルで壁を突き破ってでも発進してしまいそうなキラの声に、ミリィはうろたえるしかなかった。
「・・・艦長・・・」
 指示を請うようにミリィに視線を向けられて、マリューは仕方なくうなずいた。
「しょうがないわね・・・」
「キラ、今からカタパルトを開けるわ。あけるから、ちゃんと説明してよ」
「説明なら今したじゃないか! フレイを助けなくちゃいけない!」
『キラ、どうしたんだ。お前らしくない』
 クサナギで作業をしていたアスランが、ジャスティスのコクピットから通信を入れた。
『落ち着け。俺はそのフレイって人を知らないが、確実にそうだっていう根拠はあるのか?』
「間違えるわけないじゃないか! キラ・ヤマト、フリーダム、出ます!」
 まだ半開きのカタパルトから強引に飛び出していったフリーダムに、アスランは舌打ちをしながらジャスティスを向かわせた。
 二本の閃光が絡み合うようにして宇宙を駆ける。
「キラ、だってフレイは地球にいるはずだろ?」
 動揺が伝わるサイの声に、キラは首を振った。
「なにかあったんだ。きっと」
 あまりにも迷いのない視線に、サイは思わず言葉を失っていた。
「キラくん、あなた一人で行ってどうにかなるものなの? もし彼女だったとして、艦隊で行けば安全に行けるわ」
「艦隊じゃ遅すぎます! それに、目立ちすぎます! フリーダムなら・・フリーダムならすぐに助けられます!」
「キラ!」
 追いついてきたジャスティスの腕が、急加速するフリーダムを押しとどめた。
「アスラン! なにするんだ!」
「お前、なに考えてるんだ!? わけわかんないぞ!」
「友達が僕に助けを求めてるんだ! それだけじゃないか!」
「もしなにかの罠だったりしたらどうするんだ! フリーダムが奪われでもしたら、どうなると思ってる!」
「そんなことにはさせない!」
 まるで子供の喧嘩のようになってしまいそうなのをこらえて、アスランは勤めて冷静に言った。
「落ち着けよ、キラ。お前らしくないじゃないか。それに、おかしいと思わないか? なんで音声だけが届き、レーダーに映らないんだ。救援信号も今のところ受け取っていない」
「救命ポッドが壊れているのかもしれないじゃないか!」
「落ち着けって言っているだろ。大体、レーダーにも映らない救命ポッド・・だとして、それをどうやって探すって言うんだ? この広い宇宙の中で。それこそナンセンスだろう」
「可能性が低いから、助けるのを諦めろって言うの、アスラン! 僕たちは戦争を終わらせるために戦っているんだろ!? もう誰も悲しまなくていいように!」
「そうだ。だから、その為に、お前も冷静に・・・」
「女の子ひとり助けられないで、戦争なんか終わらせられるもんか! フレイは、幸せにならなくちゃいけないんだ!」
 珍しく激昂し本音をぶつけるキラに、アスランは訝った。
「・・・・お前、その女のことが・・」
「いいからどいてくれよアスラン! 僕はまだ・・フレイと話していないことがあるんだ!」
「いかせてやりたいところだが・・・そうはいかない!」
 立ちはだかるジャスティスに、キラは唇をかんだ。
「アスラン!」
「キラァ!」
 二機のガンダムが、漆黒の宇宙で対峙していた。あたかも、あの時のように。
 ストライクと、イージスのように。


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