クローン・フレイ




[ドミニオン]

フレイを目の前にして、アズラエルが話す。
「連邦事務次官ジョージ・アルスター。この人、ちょっと疑問の多い人物でね。
経歴が、今ひとつはっきりしないんですよ。まるで、だれかが、
戸籍を偽って別人になりすましたように。」

「パパが、そんな訳ないわ」フレイは反論する。

アズラエルは無視して、さらにショッキングな内容を続ける。
「それに、娘がいるというのは間違い無いみたいですが、
結婚した記録が無いんですよ。それどころか、当人、
女性嫌いで内縁の妻も無いという話です。
じゃあ、娘っていったい、どこから生まれたのでしょうね」

「そんな...」フレイは息を飲む。

「それと、お嬢さんのお顔、財界の古い方には、何か記憶があるのですよね。
これ考えると、先程のアルスター事務次官の正体も自ずとわかりそうなものです。」

「何が言いたい」ナタルが言う。

「さあ。でも、お嬢さんには、ちょっと興味がありますね。
鍵っていうのは、お嬢さん自身のことかもしれませんよ」




[アークエンジェル]

「キラ、大丈夫ですか」ラクスが聞く。
「ごめん、ラクス。もう大丈夫だよ。それより怪我をしたムウさんが心配だ。
ちょっと、アークエンジェルへ行ってくる。」
キラは ランチでアークエンジェルへ向かう。

アークエンジェルの医務室で、ベッドに横たわるムウにマリューが話している。
「お母さんのことは覚えていないの」
「記憶が無いんだ。親父が毛嫌いしていて、物心ついたころには、
ほとんど、お袋と顔を合わせることは無かったから。」

メンデルの研究所から持ってきた資料を見ていたマリューは、
ふと、クローンについての記述に目を留める。

「ムウ! クローンはクルーゼだけでは無いみたいよ。成功例として
上がっているものもあるわ」
「なんだって! じゃ、実際に何人かクローンがいる訳か、
そんなこと知れたら、コーディネータ以上に大騒ぎになるぞ」

「ムウ!!! これ。」
資料をめくったマリューは、真っ青な顔で資料を指差す。

成功例 被験者 xxx.フラガ 女性

「なんだって !!、お袋 !?」フラガは叫ぶ。そして、それに
付けられた写真。赤毛で大きな目の、人を引きつける女性。
それは年齢は重ねているが、フレイ・アルスターに驚くほど
よく似ている。

「なんてこった。かんべんしてくれよ。クルーゼが親父ってだけでなくて、
あのお嬢ちゃんが、お袋のクローンだって。しかも成功例の」
「こんなことが知られたら... あ」

マリューは気づかなかった、いつの間にか医務室の扉が開いていたことを。
そこには、顔面蒼白にしたキラが立っていた。

「キラ君!」叫んで、マリューは思わず資料を落とす。

つかつかと歩み寄ったキラは、資料を手に取り、そのフレイそっくりである
ムウの母親の写真をまじまじと見つめた。

「キラ!!」ムウが叫ぶ。その瞬間キラは踵を返して医務室から走り出す。
「キラ!! 待て!! イチチ」ムウは追いかけようとするが、傷が癒えていない。
「私が行くわ。」マリューが代わりに走り出るが、既にキラの影は無かった。

その時、アラートが鳴る。宇宙に大きな光が。核が使われたのだ。





[プラント]

核攻撃を受けて慌ただしいザフト内で、クルーゼはひそかに
笑みを浮かべる。

そして、己自身蒔いた、もうひとつの「鍵」の行方に思いをめぐらす。
フレイを乗せたポッドの緊急回線。あれは、フレイに、一つめの「鍵」
Nジャマーキャンセラーのディスクの存在を連邦に伝えさせるためのものだったが、
クルーゼの予測もしない、もうひとつの「鍵」の成果を伝えてくれた。

「フレイーーー!!!」
「キラーーーー!!!」
明らかに恋仲を示す二人の通信に、クルーゼは嘲笑を隠せなかった。

(傑作だ!! 人工子宮から生産されたコーディネータと、
クローン成功例、人としてあらざるもの同士のカップルなんて)

例え、核戦争が回避されようとも、あの二人の存在は、人類という
種に新たな混乱を生むのだ。そして、いずれ生命の尊厳さえ忘れた
人類は化け物を作りつづけ破滅するのだ。




[エターナル]

修理の終わったフリーダムで出撃するキラに、ラクスは
一人駆け寄って、想いを打ち明ける。

「アークエンジェルで出会う前から、私、キラのことが好きでした」
「ラクス... ?」

「キラは覚えていないかもしれませんが、私も昔、月の幼年学校にいたのです」
「!! .... それじゃ」

(桜の散る並木で一人待つキラを、もの影から切なげに見つめる少女の映像)

ラクスは、うなずく。

「知っていたのです、あなたのことを。あなたのやさしさを、あなたの強さを」

「どうして、あのアークエンジェルで出会ったとき...」
キラは、驚きを隠せずに聞き返す。

ラクスは表情を曇らせる。
「あのときは、決められた婚約者に従うことしか許されなかったのです。
それに、婚約者のアスランのことも本当に好きでした。
でも...

怪我をしたキラをマルキオ様がお連れしてから、私は、
キラのことしか考えられなくなっていました。」

ラクスは、アスランのことを想い話を続ける。
「アスランのことは、いくら償っても償いきれないと思います。
でも、私は自分の気持ちに嘘はつけませんでした。」

だが、今のキラには、ラクスの想いを、素直に受け止めることはできなかった。
「ラクス、僕は...」

ラクスはキラの言葉をさえぎるようにして、胸に飛び込む。

「キラ! 今は何も言わないで。戦争が、すべてが終わった後で...
だから、キラ、必ず帰ってきてください。必ず...」

やや、あってキラはラクスに告げる。
「分かった。ラクス、必ず帰ってくるよ。約束する」

ラクスはうなずいた。




[脱出艇]

「アズラエルめ、鍵を二つも与えたのに不甲斐ないやつだ。回収させてもらう」
クルーゼの乗るプロビデンスがフレイの乗る脱出艇に近づく。

クルーゼの気配を察知したキラのフリーダムが、それを阻止に回る。
プロビデンスのファンネルが、フリーダムを圧倒する中、二機の放出する
Nジャマーキャンセラーの波動で周囲の通信妨害も解かれていく。
それは、フレイのノーマルスーツに接続した携帯用無線機 (通信管制の
特訓を受けた教官から、どんな事態があっても、これだけは持っていけと
言われた) にも、戦う二人の会話が明確に聞き取れた。

フレイは叫ぶ。「二人ともやめて、もうやめて」

「ほう、君も話を聞きたいか。フレイ・アルスター。君は、また私の手に戻ってくるのだよ。
鍵として」クルーゼがフレイの通信に答える。
「やめろ、そのことをフレイに言っちゃだめだ」キラも通信に割り込む。

「え! 何なの」驚くフレイにクルーゼは続ける。
「キラ君は知っているようだな。
フレイ君。君は、クローン人間なのだよ。私と同じ。私が、君のお父さんジョージ・アルスター、
いや、その正体はアル・ダ・フラガのクローンであるように。
君は、その妻であった女性のクローンなのだよ」
「やめろ!!!」キラが絶叫する。

「私が、クローン...」フレイは呆然とする。
「そう君は人にあらざるもの。そして、このキラ君も、また人工子宮により、人間からでは無く
機械から産み出された呪われたコーディネータ。君たち二人は、この戦争の後も、
また、愚かな争いの種になってもらわなくてはならない。殺しはしないよ。
二人とも私の手の中に戻るが良い」クルーゼは勝ち誇ったように言った。

「そうは、させない! フレイも僕も、お前の望みどおりにはならない」
キラのフリーダムの速度が急に上がった。堪らず、クルーゼのプロビデンスは、
ファンネルでビームの弾幕を張り後退する。その間に、キラはフレイの脱出艇の
近くに回り込む。

「フレイ !!!」
「キラ!!!」
「フレイ、僕は...作られたもの...だけど...」
「キラ!! そんなこといい。コーディネータでもなんでもいい。私がクローンとかどうでもいい。
キラはキラだもの。私は私だもの。私、キラに会いたかったから」
「フレイ、僕も会いたかった」
「キラ会いたい。今すぐ会いたい。会って伝えたい。好きなの。好きって言いたいの。キラ!!」
「フレイ!!!」

フリーダムが脱出艇に近づく。窓際にフレイが見える。その瞬間。

「抹殺!」
生き残っていたクロトの乗るレイダーの破砕球が脱出艇を襲った。バラバラに砕け散る脱出
艇。

「フレイ−−−!」キラが絶叫する。

同時にレイダーのビーム砲がフリーダムに直撃した。炎を噴き上げて流されていくフリーダム。

「チィッ!」
クルーゼが舌打ちして、ファンネル制射でレイダーを葬りさる。

「くそ! 二人とも失うとは。こうなれば」
クルーゼは方向を変えるとジェネシスへ向かって引き返した。




[ジェネシス]

クルーゼのプロビデンスから Download したプログラムで、
ジェネシスは再び動きだした。照準は地球に向けられている。

アスランは歯噛みするが、すでにヤキンに突入するために、
大破状態になったジャスティスでは、どうすることもできない。

そのとき、一條の光がジェネシスに突入するのが見えた。
キラのフリーダム。キラは生きていた。腕、足など、各所が破壊されていたが、
輝く翼のみが、その機体を突き進ませる。

「フリーダムの原子炉は臨界状態だ。暴走して爆発する。
これでジェネシスを破壊する」
キラの通信がアスランに入る。

それを見たクルーゼは、フリーダムを打ち落とすべく、
ファンネルを展開させるが、リミッターを越えて暴走する
フリーダムの動きにはついていけない。
フリーダムは、唯一残った片腕でビームサーベルをプロビデンスに突きたてる。

「キラ君、これで終わるのか、私も。それも良かろう」
クルーゼは絶命した。

フリーダムは、そのまま、プロビデンスごとジェネシスに突っ込んでいった。
そして、大爆発。二機の原子炉の爆発により、ジェネシスの
中枢部は破壊された。





[宇宙]

キラはふと目を覚ました。自分はフリーダムごと爆発して死んだはずなのに。
だが、体の痛みは感じる。生きているのか。
まだ操縦桿を握る感触がある。コクピットごと投げ出されたのか ?

ストライクがイージスの自爆に巻き込まれた時もそうだった。
完全に死んだはずなのに、目を覚ますとプラントに居た。
今度も助かったのか。

なぜ、僕は死ねないのだろう。もう、フレイはいない。死んだってよかったのに。
フレイが死に、自分もフリーダムに致命的な一撃を受けた時だって、
既に死んでいてもよかったはずだ。だけど、あの時は、フレイと生きた、
この世界を終わらせてはいけないと思った。
だから、原子炉臨界ギリギリのフリーダムを、なんとか制御して、
クルーゼとジェネシスを止めた。

でも、もういい。できることはやった。もう疲れた。休みたいよ。
ラクスには帰る約束をしてたけど、ごめん。もう無理だ。

キラの目には無限の宇宙だけが広がっている。
おやすみ。

「....」
「キ...ラ....」

どこかで声が聞こえるような気がした。愛しくてたまらない声。
信じられない。また君の声を聞けるなんて。

.....

「キラ!」 トリィが見つけたフリーダムのコクピットの残骸に
アスランとカガリがたどりついた時、そこにキラの姿は無かった。

「キラは生きています。きっと帰ってきます」
ラクスは、エターナルで、それだけを呟いた。





[地球、ある島で]

戦後、一年が経過した。
マルキオの密書を読み、ラクスは一人地球に降り立った。
それは、ラクスが戦後探し続けていたキラからの再会の
連絡だった。密書には、他言せず、一人で来てほしいと
書かれていた。

ラクスはマルキオの小屋を尋ね、そこで待ち合わせの場所を聞いた。
マルキオが保護している子供たちがラクスを歓待する。
ラクスは気づかなかったが、その奥では、赤ん坊をあやす女性の影があった。

待ち合わせた花びらの舞い散る林で、一人待つキラを見たラクスは、
想いを打ち明けることのできなかった幼年学校のころを思い出し、
胸に熱いものが込み上げる。

「キラ、会いたかった」
「ごめん、戻って来る約束だったのに、こんなに遅くなって。」

「キラ、いいんです」
涙を流すラクス。

しかし、キラは、少し曇った顔で伝える。
「もう、ひとつごめん、今日はお別れを言わなきゃならない」

「なぜ? アスランもカガリさんも、みんなキラのことを心配しているのに」
ラクスの言葉に対して、キラは寂しそうに答える。
「ダメなんだ」

キラは、メンデルでの出生のこと、クローンのことを話す。

「そんなこと、私は気にしません」

「でも、ダメなんだ。世界に知られれば、また、ブルーコスモスや
ザフトに狙われる。そして、彼女も、またそうなんだ、僕達は
表の世界にいてはならない」

キラは、ふっと顔を後ろに向け合図のようにうなずいた。
林の影から現れたのは、死んだと思われていたフレイだった。
手には、赤ん坊が抱かれている。
「ごめんなさい」フレイは呟く。

フレイは、あの脱出艇から奇跡的に無傷で投げ出され、ジャンク屋の船に拾われた。
その後、フレイの言葉で向かった空域でキラを見つけたのだ。
なぜ、フレイにキラの場所が分かったのかは謎だった。
ただ、その時、フレイは、既にキラの子を宿していた。

キラは、静かに話す。
「僕達は、世界に混乱を起こす呪われた存在かもしれない。
だけど、この子には関係ない。僕の両親がしてくれたように
愛情を注いで育てたいんだ」

ラクスは、涙を隠してうなずいた。





[オーブ]

キラと会った帰り、再建中のオーブに立ち寄ったラクスは、
アスランとカガリに会う。
ラクスは、キラと会うことを二人には密かに連絡していた。

「キラはどうでした」聞くアスラン。
「二人は、大丈夫でしたわ」とラクスは告げた。

「二人...?」怪訝そうに聞き返すアスラン。
ラクスは、
「カガリさん、今は...ごめんなさい」
と呟くと、アスランの胸に泣き崩れた。

「ラクス...」訳も分からずカガリを見やったアスラン。
カガリは理解していた。カガリは、ふっと顔を背けて

「キサカが呼んでいたから、先に帰るな」

と歩き去る。

「二人... キラ、幸せにな...」

カガリの目にも涙が浮かんだ



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