紅い髪の少女へ  アデスの場合 1



艦が傾く。自分の命は、あと少しで沈みゆく…この艦と共に。
不思議と、静かな気持ちだった。
戦争の行方は、プラントの未来は。気がかりな事は多い。
死に物狂いで脱出し、新たな艦を率いた方がザフトのためになったかもしれぬ。
殉職が唯一の道ではないことはわかっている。

だが…。生への執着が、今さら何を生み出そう。艦長が生きようと取り乱して、何になろう。
意志をついでくれる者がいる。それで良い。
それに、私は駒だ。盤上に駒がなくなれば、この戦争は終わる。
戦後、復興は困難を極めるだろう。だが兵が死ぬ事もない。

不思議なものだ。死を迎えるこの時まで、戦後の事など思い浮かべはしなかった。

ラクス・クライン。元最高評議会議長の娘が、プラントから寝返り、第三勢力を名乗った。
ナチュラルとの融和。相互理解。
ナチュラルとコーディネーターとの混成軍である彼ら自身が、その可能性を唄っている。
だが。
戦艦のレーダー越し、弾幕越しにしか遇い見えぬ者同士が、
どうして解りあえようか?
我らに、我らの肉親に、その住む土地に、尊厳に、矛を向ける者に
どうして手を差し出せ得ようか?
我らは、生身で逢った事すらないというのに。



紅い髪の少女へ  アデスの場合 2

いや。一人だけいた。
ラウ・ル・クルーゼが捕獲してきた、一人の捕虜…。
およそ軍人らしからぬ、一人の少女。
無論、我がザフトにも、少女兵は居る。
だが、彼女は違うのだ。一目でそれと見てとれる。
立ち振る舞いもなっておらぬ。軍人としての誇りも、持ち合わせていないようだ。
なぜ、彼女のような者が軍服を着ていたのか。
物量に於いて勝るはずの地球軍も、人材不足なのか。それとも慰安婦か何かか。
悲惨なものだ。
地球軍は、あんな少女までも、戦場に駆り立てた。
地球軍の倫理は、どうなっているのか。

だが、そこまで追い詰めたのは、我が軍…か。
軍に居たのだ、あの少女の知己も、幾人と死んだことだろう。
殺したのは我々だ。すまないとも思う。
だがその知己は、我が同胞を殺したこともあろう。
どこまで、その死を悼んでよいものか。

我らは、同じ人間。
その事を、今まで考えないようにしようとしていただけではないのか。



紅い髪の少女へ  アデスの場合 3



クルーゼ隊長が何を考えているのかはわからぬが、
この目で彼女の死に様を見ずに済んだのは、せめてもの幸いだったかもしれぬ。
少女よ、もし無事に地球に帰ることが出来たならば、二度と戦場には戻ってくるな。
我らに銃を向けてくれるな。ならば、死ぬ事もなかろう。
戦争に相応しからぬ考えか。軍人にあるまじき考えか。
だが…あのような少女が、何の屈託もなく笑える時代が、早く来て欲しいものだ。

そのような歳の頃の者といえば。
ヴェサリウス搭乗員だったクルーゼ隊の最後の一人、
イザーク・ジュール。
世界が違えば、あの少女と共に、遊び笑うことすら、あったのかもしれぬ。
それにもかかわらず、身も心も戦争に染まってしまった。
お前たちの笑うときは、敵を撃墜した時だ。
人間を、殺した時だ。
すまない。
戦争を終え、その手を染めた血を洗い流せる時が来るように祈る。

だが、それまでの間。
戦わねば、守れぬものがある。
殺しても、守らねばならぬものがある。
最後の、誇りある赤着る者として、
プラントを。ザフトを。頼む。



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